11話 月の夜
「法師寺の現場でぇ、シコメさんが、ガキ追いかけて爆走しとったと聞いたでぇ」
「ひっさびさ聞いたわー。おり(私)を
「ガキの首根っこ、つかんで、ほおりなげたってぇ?」
「また、尾ひれつけて、言いふらしたな!」
「やぁ、おそろしや。おそろしや。そのぐらい元気がありゃあ、男に逃げられても、だいじょうぶだぁな!」
「逃げられてないっ!」
言い返したものの。
(いや。逃げられた。おり(私)は、ちっとも変ってねぇな。ずっと、
それでも、えぇか。
とりあえずは、よし。
風が涼しくなるころ、尼さまは
派遣されていた
ともかくも、
今宵は、その安堵感で里は、まったりとした夜を迎えていた。ソガ氏から慰労に
「
取り上げ婆は灰色の焼きしめた土器の椀になみなみと酒をついで、
「乳に酒が混じるだろ」
月夜だ。
「ぬしのぶんも飲んでやるにゃー」
興にのったのか、婆は、誰かがそこに放り出していた
月よ
たかくのぼれ
あのひとをみつけたら
その足元を照らしておくれ
月よ
欠けないでおくれ
あのひとが歩いている間は
その行く先を見失わぬように
「……そそるじゃん」
婆の外見からは想像できない艶のある声だった。
「若い頃は、これを男の耳元でささやいて、ばったばったと落としたもんにゃ」
「かぁ~っ、いいねぇ」
――月よ
沈まないでおくれ
あのひとの淡雪の胸を
いつまでも
ぱき、と小枝を踏む音がして、
「おや。
「うっせーんだよ」
「さ、里に帰ってきていいのか」
「ま、今は見習いのような身分だしな」
口調と目の光から、生真面目な
「お、おんさ(お前)がいるってことは。
この
「
「げっ」
「オレが一発なぐって、のして来たわけよ」
「仕事仲間で、そういうのはいけねぇや」
「……仕事仲間じゃなかったら、いいのか」
「て、わけで
ついと、
「酒臭い」
志乃布は、つい、口をつぼめてしまう。
「極上の上澄み酒だぞ。
「
「ん-。
「一度、おんさ(お前)に聞きたいと思っていた」
「おんさ(お前)は出家に納得してるのか」
「納得も何も。
この
「オレは、おまけみたいなもの。でなけりゃ、
その手を、
「いつだったんだろう。あいつが『助けて』って心から叫んだ。そのとき、オレは目を醒ました。オレは、やつを助けたいと思った。ずっと、そうなんだよ」
遠くで
婆さまは、今夜、誰かを落とす気なのかもしれない。
「女を口説くのもか」
「くふ。それが、おまけだ。
細く長い指は、今は
「やわい。オレ、これ、好き」
「
おぶっていた
「起きたら、いっしょに乳吸う」
「たあけ(馬鹿)」
たしか、月は、ふたりがはじめて出会った夜も空にあった。
あれはヒダの月。
いや、月はひとつだった。
「……
「うん」
やはり、
「
――月よ 沈まないでおくれ
〈2話~11話 志乃布と多須奈〉 了
※〈箜篌〉 ハープに似た弦楽器
〈槽湯酒〉 酒粕をお湯で溶かしたもの
月の子のトリ ~伝承重視版~ ミコト楚良 @mm_sora_mm
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