10話 法師寺の建立
尼さまの出立が近い日、
「おー」
「ひゃー」
「みょー」
弟子尼たちが歓声をあげて、赤子を迎えてくれた。
「めでたや、めでたや。男子かー。父と兄に似て、女泣かせにならぬとよいなー」
尼さまが、苦笑いするしかない
留学するのは、尼さまと弟子尼、見習い含め、女5人だそうだ。
「
尼さまのお心は、早、海の向こうへと飛んでいるようであった。
恐れも不安も見えない。
「仏を信じると、そのように、
「さぁなぁ。われはわれのことを強いとは思うておらぬよ。それと同じに、愚かであっても愚かとは思わぬ」
尼さまは、に、と笑う。
「
「そうよぉ」
尼さまはうなずく。
「
あー。
尼さまは
あふっ、あふっ、ぐぐっ。
「――で、法師寺の柱が立ちはじめたぞ。見て来るとよい。ソガさまの
「法師寺というのは戒律の道場であるが。仏のお導きは、民の救済にある。薬草を栽培して病気をもつ人に薬を施す施設や、身寄りのない病の者を療養させる施設、困窮した人の飢えを救う施設を作る。あまねく人々を救えば、未来永劫、疫病の苦しみにあうことはないと――。そんな世を、見たいものだ」
尼さまの寺からの帰り道、
現場の辺りは、ちょっとした市場のように、にぎわっていた。
物売りがいて、工人と見ると声をかける。クルミやシリブカガシ(どんぐり)の実を粉にして焼いた平たい
それを目当てに、やってくる老若男女という様子だった。
中には、いかにも貧しい身なりをした子供が数人集まっていて、様子を見ていると通り過ぎる人々に物乞いをしている。
「おばさん、何かおくれよ」
早速、
「なんも持ってねぇ。ごめんよ」
無視して歩こうとしたが袖をひっぱられ、気がつくと衣の腰帯をほどかれて、かっぱらわれていた。青い
「あ、あっ?」
気がついたが、
「どっ、どろぼうっ」
それでも、
うぇぇ、うぇ。
ゆすられた
「よしよし。ごめんよ……」
息も切れたので、その場にかがみこんだ。
「
変わった抑揚の声にたずねられたのは、そのときだ。
顔をあげると、青い目の男がいた。
「
「たてる? あっち、休みナ」
青い目の男は、木蔭を指差した。
「
男は自分の帯を示したが、
見知らぬ男の物を借りるわけにはいかない。
ましてや、帯とは男女の仲を匂わせる物だ。
「くっそぅ」
かっぱらいの子供を思い出して、
あの帯は、
「ダイジなモノ? ちょっ、待てる? あいつらのネジロ、知ってる」
男は、そう言うと立ち去った。
どうせ、あてもないのに、
遠くから――。ただ、見たかった。
脳裏に浮かぶ面影でなく、たしかな姿を。
ぼんやりと、向こうを見ていると
面影は近づいて来て、「
「いけねぇ。日に当たり過ぎたようだ。幻が見える」
幻が、帯を差し出してきた。青い
「
目線を合わさず
あの青い目の男もいた。
「オレ、返しに行くと言うのに。ヨコドリされた」
「
むっつりと
「ガキには、キツク怒っといタ。今度、シたら
そうして、
「こーんな
「……
ひんやりと
「ハイヨ。
手のひらを、ひらひら振って青い目の男は去って行った。
「あ、ありがたし!」
「……」
「……」
あとは無言の二人が残された。
あー。
「っとと」、
あー、あ。
「抱いたこと、ないのに」
「
やはり、
「こっ、こんなところでっ」
んっんっ。ごきげんで
「……」
「……」
無言の気まずさに耐えかねたのは、
「――あんな青い目の人、はじめて見た」
「あぁ、
「
「うん。彼らが監督となって、ここに法師寺を建てるんだ」
「尼さまが
「うん。ヤマトの僧尼をふやすためだ」
「おり(私)も、ついていこうかな、と思った」
「えっ」
「そしたら、なんで
気がつかぬうちに、
「いや、だめだ。だめだよ。赤子がいる身で」
「思っただけだよ。おんさ(お前)、
「
言っても言っても、とりとめのない言葉になるのは、
だから黙った。
※志乃布はヒダの山奥出身 多須奈は渡来人を父に持つ都育ち
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