(2 - 3)
見ていると長くのびているように思えた通りも、数分で歩き切った。
──そう、何事もなく奥まで辿り着いてしまったのだ。
何事もない方が良いんだけれど……通りの中に引き摺り込まれると聞いていたから、道中何かが起こってもおかしくないと覚悟していたのだが、意外だった。特に怪しい気配も無かった……気がする。
そう思いながら後ろを振り返った拓人は、──え、と固まってしまった。
黒い壁があるようだった。
いつの間にかそこに、どよんと濃い闇が
そもそもよく考えれば、全く光の気もないのはおかしかった。
……拓人は後ろを振り返るのを
大丈夫、そんなに危険じゃない筈だから大丈夫。
そして藤邑さんがそうしているように視線を前へと向けると、
「……うわぁ……」
広い通りに突き当たっていた。
横にのびる茶の石畳に、通りを挟んで建ち並ぶカラフルな家々。住居らしきものからお店まであるようだ。
そこを、多くの人が歩いている。
いや、恐らく人だ。なにせ皆一様にボロ切れのような黒布を身に纏い、フードを目深に、素顔が見えない。ゆっくりと、何処を見て進んでいるのか分からぬ様は、何というか、生気が無かった。
こんなものを目にするのはあり得ない。だって、建物の密集地なのだから。
ああ、『断章』の世界だ、と実感した。
この景色そのものが『断章』。
『ここ』は朝、あるいは昼だろうか?
藤邑さんは黙って街並みを眺めていたが、静かに通りへと踏み出した。拓人もその後についていく。
黒い人達が歩むのと同じ方向へ。
その歩調に合わせるように、こちらの動きもゆっくりになる。急に襲ってきたらどうしようと一抹の不安もあったが、自分達に気付いていないように、誰も見向きもしない。──しかし、こうして同じ中にいると、その奇妙さが際立ってきた。
彼あるいは彼女らは、全く足音がしない。纏う黒布を引き摺る衣擦れ音さえ微かでも聞こえないのは、異様である。
そして皆同じ向き。これだけの綺麗なお店が並んでいるのに、一人も見もしない。入る者もいない。
何より──それらは皆背丈が同じなのだ。
僅かの差もない。百六十四の拓人よりも高いが、百八十台の藤邑さんよりやや低いくらい。ぴったりと、皆、そうだ。
見れば見る程、不気味さが露わになってきて、藤邑さんから離れないようにしようと拓人は固く決めた。
藤邑さんは、歩きながら連なる店の方を見遣っていた。
拓人も見てみると、
此処はいったい……。
「……何処か適当に入ってみようか」
藤邑さんが言った。通りは何処までも続いていて、それに沿うように、無言の歩行も続いている。このまま
手近の店の、奥まった所にある木製のドアの前に藤邑さんが歩いていく。そして──
ノック、
直後。
──ザッ!
と通りを歩く皆が一斉にこちらを向いた。
「うわ」
「わッ!」
思わず藤邑さんの服を掴む拓人。
未だに顔は見えないが、フードの向きや体勢からしてこちらを見ているのははっきり感じた。
しかも、ザ、ザ、ザ、と一糸乱れぬ動きでこちらに迫り始める。
「わ、わ、わ、」
半ばパニックになる拓人の前で、藤邑さんはドアを押し開けていた。
問答無用で踏み込む彼に続いて、拓人も飛び込む。直ぐ様閉めるドア。
バタン、と音を立てる向こうで間近に迫る黒の集団が見えた。何かでドアを塞ぐべきか!? ──しかしドアが閉まった途端、集団はくるりと身を翻した。
「……」
興味が失せたかのように、一人残らず通りの方へと戻って行く。この店の周囲を取り囲む……という訳でもなさそうだった。
団結した動きも消えている。
中までは入って来ないみたいだ……。
息を潜めて、店内の
良かった……捕まってたらどうなってたことだろう……。
いや藤邑さんがいるからよっぽどの危険は起こり得ないけれど……。
気持ちを落ち着けて顔を上げる拓人の横で、藤邑さんは店内を見回していた。
「……」
カラフルでファンシーな内装と、温かみのある明かり。外観の印象よりも中は広い。
店いっぱいに甘い香りが漂っていた。
……お菓子屋さんかな?
しかし──店内の何処にも店員の姿はないばかりか、人の気配もしないのだ。
今更だけど中に入って良かったのだろうか……。
そんな疑問も
……もしかすると甘い匂いも何かの罠かも。
だが、此処からどうすればいいのだろう。この店を出たらまた通りの集団に襲われるのだろうか……。
「──それと分かる営業状態、なのに商品が一つも無い店、か」
腕を組む藤邑さんの、明瞭な呟き。外には気を払っていないらしい。
「通りの先の洋風な街並み、同じ姿形の集団、予測のできない動きと何より自分達以外の人間は存在しない……『だれもいないみたいだね』『他のお店も見てみようよ』『さっきのヤツらにおそわれるかも』……うん、彼らはそう言ったんだ。あー、やっぱりそうか」
「……藤邑さん、もしかして『断章』の予測ついてる?」
「まあ、大体は」
「……マジですか……」
この人の記憶力はどうなってるんだろう、と思う。
そもそも、藤邑さんは依頼人から話を聞く段階である程度『断章』の正体を絞り込むらしい。
藤邑さんは、「
『断章』を回収出来るのは読み手のみ。
回収に必要なのが、断章の特定だ。
「そうだね……『
次の瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。
境の向こうの古書奇譚 虚城ハル @Utsushiro_hr
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