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「『断章』に関係ありそうな所を教えに来てやったのよ」
姫宮さんの尻尾がゆらりと動く。
「
「もっと具体的に」
「近付いた途端に何かによってその細い通りに引き摺り込まれるってことよ。で、そのまま消えちゃうんですって。実際、引き摺り込まれてそれっきりの妖もいるのよ。『断章』じゃタチ悪いわよねぇ。ああ、見かけはただの通りなのよ。特別何かがある訳でもない。でも気が付くとその通りに引き込まれている──てのは命からがら逃げ出した妖の話」
拓人は思わず口を挟む。
「そ、それは、結構怖いね……」
「わたしもその近辺は通らないわ。でも以前はそんな事なかったし、『断章』の可能性あるでしょ」
「……妖の可能性もあるだろ」
藤邑さんが言った。
「その辺りを縄張りにし出した妖が、悪さを引き起こしてるとか。妖の仕業じゃないのか」
眉根を寄せた藤邑さんの口調は、とはいえある程度の理解をしている様だった。なんというか、分かっているのだけれどひとまず拒否をする、という感じ。最後の悪足掻き、みたいな。
「あら。
しゃん、と胸を張った姫宮さんが更に、そして──と続ける。
「妖だけじゃなくて人間も引き摺り込まれそうになってるから、そのうち誰かが依頼に来るわよ」
「ちっ……」
渋々感が前面に出ている藤邑さんだが、
「それでわたしへの報酬なんだけれどね、」
「有り前提かよ」
藤邑さんの冷静な突っ込みをものともせず、姫宮さんはこちらを向いた。「拓人の作るあれ、パンケーキでいいわ」
首を傾けながら、拓人はその場に屈み込んで姫宮さんと視線を合わせる。
「そんなので、良いの?」
「ええ。前食べた時、とても美味しかったから」
人の作るものってそう食べられないじゃない、と言う。
「本格的なものじゃないけど……姫宮さんが良いなら、良いよ」
「よし、決まりね」
「結局、食べ物たかりに来ただけじゃないのか」
呆れ顔で溜息を
「まあ話からするとまだ回収はされてない様だし、姫宮の言った事を確認する意味でもその場所に見に行った方が良いか。そこまでのものじゃなさそうだけど、不明瞭な部分が多いし、拓人は留守番ね」
冷蔵庫の中を確認しようと立ち上がったところだった。
「えっ!」
行く気満々でした。
「で、で、でも、ほんとに駄目なら藤邑さん強く止めるだろうし、絶対行っちゃいけないって訳じゃないよね……?」
「でも、何が起きるか分からないのは確実だし、此処に居た方が危険な目に遭わなくて済むよ?」
「そ、そうなんだけど、確かに俺が行っても何か役に立つ訳じゃないけど、どっちかっていうと俺藤邑さんから離れない方が良いだろうし…………済みません興味本位でついていきたいだけです……」
「……そんなに行きたいの?」
きょとんと不思議そうな顔で訊ねる藤邑さん。
「特に……理由はないです……」
がくりと
「でも藤邑さんの側なら絶対安全だし、離れないから大丈夫だよね……!?」
「拓人って結構ストレートに言うよねー。勿論そうするけど」
***
「──通りって……ここ……?」
「さすが猫……」
あれから直ぐ、姫宮さんから詳しく教えて貰ってやって来た「細い通り」を、二人は並んで覗き込んだ。
当の姫宮さんは──この場にいない。
「わたしがついてっても意味ないし、無人になるこの店に居た方が良いでしょ」とソファーの上で丸くなる姫宮さんを、藤邑さんが冷ややかな眼差しで見ていた。
「あれ、合ってる、よね……?」
思わず携帯端末に表示された地図と見比べる。
そこは道であるというよりも、建物と建物の間に生じた隙間と見るのが正しいようだった。普通に通るのも難しかろう、人間一人が横向きになって
姫宮さん、此処を通りと言ったのか……。
何はともあれ、確かに変わったところは見られない。
「どう? 藤邑さん」
陽が射し込まない所為か、奥が見通せない程の暗がりをじっと眺め、
「この気配はそうだろうね……」
拓人には分からないが、『断章』の有る場にはその独特の空気があるらしい。
そして表立った場所でなくとも『断章』が潜むのはよくあった。人家であろうと、なんてことない道であろうとも。
腕を組む藤邑さんは、吐息を一つ。
「やれやれ、結局は姫宮の言った通りか。回収に越したことはないけれど……とりあえず入ってみようか」
そう言って、先に藤邑さんが歩み寄り、片足を踏み込んだその瞬間。
ぐわん、と通りの幅が広がった。
目に見えて異常な空間の広がりは、周囲の建物や電柱などの有る物全てを無視していた。
──入る者を受け入れているかのよう。
意識せず息を止めていた。
「……どうする? 今なら引き返せるけど」
藤邑さんが再び問う。その声は落ち着いていた。
……確かに、引き返せるのは今のうちだけだろう。此処からはもう『断章』の領域だ。
「……行く」
緊張を呑み込んで、拓人は答えた。
平然と歩けるようになった通りを、藤邑さんの後をついて進んで行く。
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