第二章 迷いみちと猫とパンケーキ
──この世界は物語に侵されている。
『断章』──書かれている事が現実になる物語の断片、
各地に散らばって、落ちたその先で現出する。
しかし、多くの事が不明だからこそ、その回収が急がれている。
一部の者達によって。
***
一匹の黒猫が、通りを歩いていく。
大通りではないが、極端に狭い裏道という訳でもない。その真ん中を、優雅に進んでいく。
すれ違う人間の足下も気にせず通り過ぎれば、素知らぬ顔で歩く中に、急にぎょっとする者がいた。
──見える人間と見えない人間がいるかのように。
だが猫はそんな事に構いもせず、通りを進んでいく。
一軒の古書店へ向けて。
戸の開け放たれた店先で、落ち葉を掃いていた。
ひとまとめにして所定の場所に捨てていると、達成感に満たされる。ふうっと大きく息を
黒猫はこちらを見てちょこんと座っている。
それを見て──
「おはよう、
「ええ、おはよう」
当然のように声が返ってきた。凛とした女性のものだ。
拓人もまた話しかける。
「久し振り~、ちょっと寒くなってきたね」
「わたしは気ままに何処へでも行くからね。拓人は相変わらず働き者ねぇ」
「全然いつも通りだよー」
「じゃあいつも働き者ね」
こちらへ歩み寄ってくる。
「今度、わたしが見つけた絶品フィナンシェを紹介してあげるから、それでまったりしなさい?」
「フィナンシェかぁ~。いいねぇ……」
「──ところで、
「居るよー、応接室んとこ。まだちょっと調子が戻ってなくて。藤邑さん朝弱いから」
「なんで店主がこうなのかしらね……昨日は男の依頼が入ってるんじゃなかった?」
「昨日のは仕事の合間ってことで昼に来たんだよ」
姫宮さんを連れ立って店の中に入る。箒は入口の脇に立てかけ、戸はそのまま。
開け放しているのは片一方だ。店の中の書棚はその逆に寄せられ、そちら側の戸は開かない。本に陽射しと水気は厳禁。
店内の左手の壁に、一つだけドアがある。拓人は一度エプロンで手を拭ってからそっと開いた。
そこは直通で部屋だ。
依頼人と話をするこの部屋を、応接室と呼んでいる。そのためだけの場所なので、あるのはローテーブルをあわせたソファーセットのみだ。しかし十分に広い。身体を横たえられる程のソファー席は生地も上等で、飴色の壁や床に調和する程度の豪奢なもの。居心地が好いので、仕事以外の時でも使う事はよくある。
因みに他の部屋へは此処からしか行けない。
そして、そんな部屋で──ソファーの端で片腕を枕に伏せっているのは。
藤邑さん。
こちらからは白っぽい髪と仕事着の背しか見えないが、そんな状態に姫宮さんが堂々声を放った。
「だらしのないのねぇ。店の主の方がへたれてるなんて」
そこで
「……煩い声がすると思ったら、姫宮か」
拓人の安堵を他所に、姫宮さんは藤邑さんの前まで行くと、
「失礼ね、わたしの響きの良い綺麗な声に向かって。頭の奥が目覚めてないようだからこの声で起こしてやってんじゃない」
「頭に響くからそのまま帰って貰って構わないけど?」
間髪入れず藤邑さんが返した。機嫌の悪さは若干残っていそうです。にこりともしない。いや、藤邑さんが姫宮さんににこりとする事は……ないか。見た事ないな。
「アンタのとこ、本屋としての客は滅多に来てないじゃない。代わりに来てやってんのよ。基本暇でしょ?」
「いつも何処かへふらりと出歩ける化け猫は暇そうでいいな」上体を起こし頬杖を突くとともに足を組んだ藤邑さんが言う、「生涯的に暇なの?」
藤邑さんと姫宮さんが話している時、拓人は黙っている事が多い。聞いていて面白いのだ。大半が皮肉の応酬みたいなものだけど。
「……ねぇ、拓人。この男わたしに対する敬意や親切心が
あっ、巻き込まれた。
何と答えたものかと焦っていると、藤邑さんが、はぁ、と明確に息を
「……それで、わざわざ人のことを冷やかす為に此処へ来たのか?」
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