真実も未来も神のみぞ知る物語 ~底辺童貞が女兵士に転生したら~
神崎右京
真実も未来も神のみぞ知る物語 ~底辺童貞が女兵士に転生したら~
あぁ――今日の空は、こんなに蒼かったんだな――
もうもうと立ち上る白煙の先にわずかに見える高い秋の空を見上げて、俺は暢気なことを考えていた。
偉そうにふんぞり返ったお貴族様が街にやって来て、十五歳以上の男たちを全員、有無を言わさず戦場に送ったのは、一か月ほど前。
世界でも類を見ないほど、階級社会が根強く残っているのがこのルキメテス王国だ。当たり前のように貧富の差がえげつないほど広がっていて、平民は貴族に命令されれば、それがどんな命令であっても逆らうことなんて出来ない。
剣を握ったこともない、今日を生きるので精一杯の連中を死地に向かわせることになったって、当然奴らの良心は少しも痛んでいないだろう。
とはいえ親兄弟もおらず、十七歳にもなって恋人の一人もない童貞の俺には、街に後ろ髪を引かれるような存在はいない。屈強な兵士たちに無理やり引き立てられていくとき、隣で愛する恋人と濃厚なキスをして最期の別れを惜しんでいた同世代の男に、嫉妬ゆえの見当違いの殺意を覚えたくらいだ。俺の見えないところでやれ。
戦場に着くと、貴族階級の兵士たちは、薄汚れた平民に切れ味の悪い粗悪な剣を持たせて、ろくな訓練も受けさせないままに作戦に投入した。
最前線に大量に投入された平民たち。徴兵からひと月ほどの猶予があったのは、国中から男手をかき集めていたためらしい。
当然、全員分の防具なんて支給されない。ペラペラの普段着のまま、
貴族たちで構成された正規軍は、平民たちの後ろにぴったりと張り付くらしかった。――まるで、羊を追い立てる牧羊犬だ。
――その例えは、正しかった。
俺たちが貴族に逆らうことなど出来るはずもなく、汗臭い男どもの集団に押し込められて辟易しながら、言われた通りにまっすぐ敵が待ち構えていると言われた方角へと平野を走っていき――
足元で、何かが炸裂した。
一瞬、何が起きているのかわからなかった。
栄養失調気味の俺の身体は爆風に乗って簡単に宙を舞った。もうもうと立ち込める白煙の中、視界の端にはさっきまで隣を走っていた男が同じように宙を舞っていた。恋人にキスをしていた奴だ。
――男は体の半分を失い、宙に赤い軌跡を描いていた。
音は、何も聞こえない。――爆音で、鼓膜が破れたのか。
ドシャッ……と無様な音を立てて地面に落ちたらもう、指先一つ動かせなかった。
音は聞こえないが、ドン……ドン……と腹の底に響くような衝撃が身体に伝わる。どうやら、俺の足元で炸裂した何かは、ここ以外の場所でも、牧羊犬に追い立てられて突進する憐れな仔羊たちを、赤い軌跡と共に無様に宙へと巻き上げているらしい。
「魔法……?」
呟いた声は、掠れていた。うまく発話出来ないばかりか、無様に咳き込み、口の中が鉄臭さであふれる。
音が聞こえなくてよかった、と思った。――きっと、今、ここは歴史上一番の地獄絵図。まともな聴覚が残っていたら、耳を貫く悲鳴と怨嗟と苦悶の声で、気が触れていたかもしれない。
そのうち、だらりと地面に転がる背中に伝わる振動が収まり――断続的な地響きが始まり、大きくなってきた。
「貴族軍……か……」
作戦行動の時に見せられた絵を思い出しながら空へと呟く。教育なんて高尚なものを受けたことがない俺たちは、文字など読めるはずもないから、全て図解で口頭説明された。
若いけど何の能もない平民たちは第一陣に。ピカピカの鎧と切れ味の鋭い武器を持った貴族軍が、後方の第二陣に。
俺たち第一陣が捨て駒なのは、説明などされずとも火を見るより明らかだ。
きっと、一陣の俺たちが敵国の罠に嵌って魔法で吹っ飛んだあとに、綺麗になった道を貴族軍が蹂躙していくのだろう。――ってことは、貴族たちはこの魔法の罠があること、知ってて俺たちを投入したんだな。
どどどど……と背中に響く振動が大きくなっていく。
武装した黒だかりの兵士たちの中には全身鎧を着込んだ騎馬兵も見えた。――あの大軍に、これから俺は、踏みつぶされるのだろう。
「はは……俺も、ちゃんとお前の言う通り勉強しておけばよかったな……テオ」
こんなクソみたいな地獄に相応しくない、澄んだ青空を見て笑いが漏れる。
天涯孤独だった俺と、唯一つるんでくれた同い年の幼馴染。
俺以上にひょろひょろだったけど、どこかからかっぱらってきた本を読んで自力で勉強して、平民の癖にやたらと頭が回った。独学で低級の魔法まで憶えて、絶対に成りあがってやると血走った目で吼えていた野心家だった。
いつかこんなクソみたいな国を抜け出して、魔法使いが優遇されるという隣の聖エクヴァル共和国に行くのだといつも嘯いていた。
盗みがばれて大人にボコボコにされたときも「ククク……あまり俺を怒らせんことだ……」とかいって腫れあがった顔で負け惜しみを言ったり、どう足掻いてもその辺の木の棒を拾ってきて「これは伝説の魔法使いの力が込められし聖遺物……!」と言って謎のポーズをとっていたり、魔方陣を描くだけで発動させられる魔法にダサい技名を付けて、叫びながら仰々しい振付をしたりしてる、変な奴だったけれども。
それでも、テオは魔法が使えることを買われて、戦場に着いてから俺たちとは別の、魔法部隊に入れられた。
いつか――と彼が夢見た国との戦争で、こうして俺が死ぬ羽目になるなんて、なんという皮肉だろうか。
「くっそ……アイツだけ、童貞卒業すんのか……ずりぃ……」
どんどん近づいてくる黒だかりを視界の端に認めながら、情けない言葉が漏れる。
女の趣味は決定的に合わなかったが、俺もテオも、女に一切モテなかったのは一緒だ。
だけどきっと、後方の魔法部隊に入れられたアイツは、この戦争後も生き残るのだろう。
生きてさえいれば、いつか女を抱ける日だって来るかもしれない。
「くそ……一回くらい……貧乳ロリ美少女とお近づきになりたい人生だった……!」
目の前に迫る大量の甲冑の足元と、太くて固そうな蹄を眺め――
辞世の句というにはあまりにも情けなさ過ぎる言葉を遺し、俺の人生は、あっけなく幕を閉じた。
◆◆◆
――そして、五十年後――
何の因果か、俺はまた、ルキメテス王国で、生きている。どうやら、転生とかいうものをしたらしい。
しかも今度は平民ではなく、伯爵家に生まれるという、奇跡!
その上、今生では、なんと――
「アルヴィラ!」
「……クラリサ姫」
背後から響いた声に振り返れば、そこには、美しい絹のような金色の髪をなびかせた、色白の姫がいた。
今年でやっと十二歳になろうか、という御方だが、華奢な体系も相まって見た目は年齢よりも少し幼く、将来は絶世の美女になるかもしれない美しい顔も、あどけなさが滲んでいる。
「そんなに慌てて走ってはいけません。先日、盛大に躓いて転んでしまったのをお忘れですか?」
「でも、アルヴィラがちゃんと受け止めてくれたわ」
ふふっと可愛らしく微笑する姿は、俺が前世から思い描いていた理想の中の貧乳ロリ美少女だ。
神童と呼ばれるほどに優秀な頭脳を持ち、女でありながら政務に携わって、今では王国の中心的人物となっている御方だが、一度
今生で文献を辿って知ったが、俺が死んだ五十年前――聖エクヴァル共和国との戦争で、どうやら案の定、我が国は大敗を喫したらしい。
その一番の要因は、魔法技術の進歩に圧倒的な差があったこと。
特に、世界で初めて実践投入された、事前に地面に魔方陣を仕込んでおいて、人間が足を踏み入れると自動で爆発する”地雷型”と名付けられた新魔法が決定打だったらしい。
たぶん、俺が死んだのもその新魔法のせいだったのだろう。――いや、直接の死因は大軍に踏みつぶされたことによる圧死かもしれないが。
その後の講和で、なんとか自治だけは守り抜いた我が国だったが、領地は大きく削り取られ、弱体化した。
だが、良い方向に変わったものも多くある。
戦争で多くの男手を失ったため、女たちの社会進出が進み、かつては男にしか出来ないと言われていた仕事にも、適正と本人の希望があれば、女が就くことが出来るようになった。
クラリサ姫が政に口を出しても、大人たちが聞く耳を持っているのは、こうした社会背景も大きな要因だろう。
そして何より――
「私、アルヴィラを心から信頼しているのよ。私が不意に飛び込んでも、その鍛えられて引き締まった二本の腕と、その豊かな胸が柔らかく私を受け止めてくれるのだもの」
少し恥じらうような表情で笑う少女に、頬が引き攣りそうになるのを堪える。
――そう。
何の因果か――生まれ変わった俺は、伯爵家の三女として生まれたのだ。
貴族の家に生まれた女は、家の繁栄のために結婚をするべし――というのが常識だが、冗談ではない。
何が悲しくて、むさくるしい野郎に抱かれなければならないのか。童貞より先に処女を失うなんて笑い事じゃない。……いやもう童貞は今生でも一生卒業できないけれども。
俺はそんな地獄のような未来を回避するため、必死に結婚しなくてもいい方法を探った。
それが、女兵士になるという道だった。
前世で、剣の握り方一つ知らないままに戦場に立たされ、何もできないままあっさりと死んでしまったことが悔しかった、と言うのもある。万が一の事態に備え、自分の身を守る剣くらい、覚えておきたいと思った。
戦争での大敗後、国の戦力は大幅に低下していたから、平民も貴族も一緒になって、志願する者には広く門戸が開かれていたのだ。
この厳しい階級社会が蔓延る国で、平民と貴族が一緒に訓練に励むなど天変地異の前触れに等しかったが、背に腹は代えられないということなのだろう。――ならば、女であっても適性さえあれば認められる可能性が高い。
当然、家族には猛反対されたが、無理を言って血反吐を吐きながら稽古を続けて実力で黙らせ、たまたま訓練しているところに現れたクラリサ姫に見出され、王国初の女近衛兵として認められたのが、二年前。
「男性って、大きくて怖いの……」と言って、傍に男の兵士を置くことを、十歳になるまで泣きながら拒否し続けてきたクラリサ姫の護衛役としての抜擢だった。
そりゃあ、こんなに華奢で小柄な姫様からしたら、屈強な兵士なんか、怪物みたいに思えるだろう。
クラリサ姫は、女でありながら自分を守ってくれる存在として、俺をいたく気に入ってくれたらしい。いつもファーストネームで親し気に呼んで、スキンシップも滅茶苦茶に多い。
俺としては、合法的に好みの貧乳ロリ美少女と触れ合える職場環境に、毎日天にも昇る心持ちだ。
「こんな胸など、兵士としては不要なものですが――クラリサ姫のお身体を受け止めるのに役に立てられるのならば、よかったです」
「まぁ……!なんてことを言うの!それは、神が与えた貴女の魅力の一つなのよ!私なんて、もう十二にもなるのに、全然膨らむ気配がないのだもの……」
しょぼん、とした顔で胸に手を当てて姫が俯く。軽く口をとがらせてぼやくのは、思春期の入り口に立った少女らしい悩みを抱えているせいだろうか。
っ、ぁああああ~~~~~!最っっ高~~~~!
「いえ、姫様。女の価値は胸になどありません。いやむしろ、貧乳こそ至高。貧乳を恥じらうそのお姿こそ私にとっては最高のご褒美」
「へ……?」
「あぁいえ、なんでもありません。とにかく、そんな風に気に病まれる必要などない、とお伝えしたいのです」
思わず鼻血を出しそうになるのを堪えながら必死に伝える。
前世では最後まで縁遠く、見ることなど適わなかった女の裸。生まれ変わって女になったんだから、きっと見放題だろう――と涎を垂らしていたのも最初だけ。
このアルヴィラの身体は、何せ発育が早く、あっという間に二次性徴を迎え、今や肩こりに悩まされるほどの爆乳を抱えてしまっている。
顔だって、どちらかと言うと色気がある大人の女、という感じで、貧乳ロリ美少女が好きな前世の俺の志向とは正反対なのだ。
……まぁ、童貞を拗らせて生まれ変わった己の身体に欲情するような変態にならなくてよかった、とは思うけれども。
「それより、アルヴィラ。今日も、魔塔に行っていたんですって?長年の探し人とやらは、見つかったのかしら」
「は……いえ。残念ながら、まだ……姫様にお許しを得て赴いていると言うのに、申し訳ございません」
「それは、いいのだけれど――やはり、私には、誰を探しているのか、教えてはくれないの……?」
上目づかいで好みの美少女に見つめられ、ぐっと言葉に詰まり――心を強く持ってから、困った顔をすることで返答に変える。
戦前は冷遇されていた魔法使いの地位を、戦後ぐっと向上させたのが、五年前に出来た魔塔と呼ばれる研究機関の設立だ。
その発案者は、今目の前にいるクラリサ姫であるということも驚きだが、当時七歳だった少女の力だけでそれを成し得たとは思えない。
きっと、魔塔に属する初期メンバーたちは皆、魔法使いの地位向上に長く取り組んできた者たちだったのだろう。クラリサ姫という王族の後押しがあったためにスムーズに進んだだけで、元から構想を練っていた人間がいるはずだ、と俺は考えていた。
だとしたら――もしも、誰より野心家だったアイツが生きていたら。
魔法遣いの冷遇をいつも嘆いた
「その……も、もしかして……」
「?」
「その探し人、というのは――アルヴィラの、想い人、なのかしら……?」
「はい……?」
もじもじと、聞きにくそうに尋ねられた言葉に、思わず間抜けな声を返す。
一瞬遅れて彼女の言葉を理解し――堪え切れずに噴き出した。
「ま……!そ、そんなに笑わなくても良いでしょう!?」
「い、いえ、すみません。よ、予想外過ぎるお言葉でしたので……あははっ……」
腹を抱えて笑いながら、浮かんだ涙を指の腹で拭う。
「残念ながら、そんな相手ではありませんよ。私は兵士ですから。世の中の貴族令嬢のように、恋愛だの結婚だのといった話題とは無縁です」
「そ、そう……それならば、よいのだけれど」
恥ずかしそうにコホン、と咳払いをする姫様に、クスリと笑いが漏れる。
残念ながら、俺が探しているのは、生きていれば齢六十を軽く超えた老人だ。そんな誤解を受けるだなんて、思ってもみなかった。
しかし、それを正直に言えば、たかだか十七歳の小娘がそんな年寄りと――それも、魔塔設立の中枢メンバーになっていた可能性もある老人と――どんな接点があったのか、と興味を持たれることが必須だから黙っているのだ。
「で、では、アルヴィラには、想い人はいないのね!?」
「はい。勿論でございます」
むしろ俺の想い人は、クラリサ姫に他ならない。
前世で死ぬ間際、情けない未練を残したのを、神様が聞き届けてくれたのだろうか。
「嬉しい!」
「ひ――姫様!」
頬を紅潮させて叫んでから、クラリサ姫が俺の胸へと飛びこんで来る。
「大好きよ、アルヴィラ。貴女のふっくらぽってりとした艶やかな唇も、顔を埋めると息苦しくなるほどの豊満な胸も、腰から尻と脚へかけての堪らない曲線美も、すらりとしたバランスのいい長身も――何もかも、私の理想の女性像そのものだわ!」
「は、はい……」
花のような香しい匂いを纏って、うっとりと俺の胸に顔を埋める姫様に、ドキドキしながらそっと小柄な身体を支える。
っ、ぁあああああ~~~~~!!なんで俺っ……なんで俺、男に生まれなかった~~~~~~!!
めちゃくちゃタイプの女の子に、こんな過剰なスキンシップと特大の好意を示されているのに、女同士というだけでこれ以上の発展が見込めないのが悔しい。
いや、男じゃなかったからこそ、男を苦手とするクラリサ姫にこんなにお近づきになれたのだということくらい、百も承知だが――それでも、やはり、悔しいものは悔しい。
「私も……クラリサ姫は理想の女性像だと思っておりますよ」
「ま……!それでは私たち、相思相愛なのね!?」
キラキラした瞳で胸の合間から顔を上げてくる愛らしさが堪らない。
ぐふぅ……童貞には攻撃力が高すぎるアングルだ……
「では――今日は、同じベッドで寝ましょう!?」
「はっ!!?」
「お風呂だって一緒に入りたいわ!……ねぇ、アルヴィラ。女同士ですもの。何も問題はないわよね?」
「いっ――いやいやいやいやいや!!!!問題だらけです!!!」
童貞を殺す気か!?風呂場で鼻血吹いてぶっ倒れるに決まってるだろ!!
そして何より、姫様はまだ十二歳。
イエス・ロリータ・ノー・タッチ。
それが、貧乳ロリ美少女を愛す紳士としてのポリシーだ。
少なくとも、この国で成人と認められる十五歳までは、ノータッチ必須だ。
十五を超えれば、合法的にお触りオーケー。三年後、きっとパラダイスが待っている。それまで、姫様の乳がこれ以上育たないことを毎日祈ろう。
「私は所詮伯爵家の三女……姫様の寝所や浴室に護衛目的以外でご一緒するなど、決して許されません」
「そんな……!私は何も気にしないのに――」
「そういう訳にも行きません。……身分など関係ない世の中になれば別ですが――」
困った顔で告げると、キラリ、とクラリサ姫の瞳が光ったような気がした。
「わかったわ。――では、私、すぐに身分差など気にしなくてもよくなる世の中にしてあげる」
「ひ、姫様……?」
「そうと決まれば、やることは山積みね。ふふっ……燃えてきたわ……!」
何やら瞳に炎を宿し始めた姫様に戸惑いながら、俺は肩を竦めて護衛の任務に戻る。
前世の死に方は最悪だったし、生まれ変わった先が女で、『憧れの貧乳ロリ美少女と童貞喪失』という夢が永遠に叶わなくなったのは悔しいことだが――
――なんだかんだ、幸せな毎日だ。
ふと窓から外を見上げると、抜けるような青空が広がっている。
人生最期に見たのと同じ、高い高い、澄み切った青空。
「アルヴィラ?何をしているの?書庫に向かうわ。貴女に、高い所の本を取ってほしいの。一緒に来て?」
「はい、愛しい姫様。仰せのままに」
俺はふっと口の端に笑みを湛えて、小柄な少女の後に続くのだった。
◆◆◆
寝自宅を整え終えて、最後の侍女が部屋を出て行ったあと――ごろり、とベッドの中で寝がえりを打つ小柄な身体。
「はぁ……一国の姫ってのも、楽じゃねぇな……」
ぼそり、と暗がりに響く粗野な言葉には、貧民街の民ようなスラングが混じっている。
「まぁでも……マジで、合法的に、爆乳妖艶年上美女にお触りし放題なのは最高。最高オブ最高。今日も、アルヴィラの胸の感触、たまらんかった……」
じゅるっと涎を垂らしそうになりながら、寝所の中で呟くのは、長い金髪を持つ小柄な美少女・クラリサ姫だ。
「アイツが生きてるなら、手柄を立てたってことだろうし、兵士になるんじゃねぇかなと思って訓練所を見に行ったのは本当によかったな。結局、アイツは見つけられなかったけど――タイプど真ん中の美女がいるんだもんな。ソッコーで裏も表も手を回しまくって護衛にして正解。今日も、アルヴィラの尻だの胸だのを下品な目で見てる連中ばっかりだったし。俺がさっさと手に入れなかったら、今頃どうなってたか……」
ぶつぶつ、と呟きながら脳裏に女兵士の姿を描く。
もともと男性用に造られた制服を、女性用に造り直したせいで、胸だの尻だの、男はそんなところ出っ張っていないという場所がパツパツで、目の毒なのだ。
童貞には攻撃力が高すぎる。
「書庫でアルヴィラが脚立に乗ってるのを見上げたときはヤバかった……むっちりした尻がエロすぎた……男だったら絶対勃起してたな……よく耐えた、俺」
昔から、二面性のある人格を演じることは得意だった。己の妄想の中で作り上げた人格を憑依させるのは、もはや息をするようにしてきたライフワークだったから、今も『おしとやかで優秀な美少女クラリサ姫』の人格を憑依させて振舞うのは苦にならない。
前の人生も合わせれば、年季も相当なものだ。誰にも本性を見破られることはないだろう。
「前世は、後衛に配属――なんて言われても、結局戦争末期に貴族の魔法使いの肉の壁になっただけだったからな……今生は、生まれの引きは最強だ。間違いなくスーパースペシャルレアだ。この地位を生かして、出来ること何でもやってやる……!前世の恨みは全部注いでやるぞ、クソッたれな貴族社会め……!」
今日の書庫でも、チラリと隙間時間に前の大戦の戦死者の記録を見てみたが――かつて見知った少年の名前はどこにもなかった。
急遽寄せ集められた平民の集団。いちいち点呼をしたわけでもないし、記録を残していたわけでもないだろう。かつての自分の名前――”テオ”の存在もなかったのだから、推して知るべし。
だが、それでも、未だに少しだけ、気になっているのだ。
あの日、地雷型の魔方陣で吹っ飛んだ平民の死に方は、人間を地雷型魔方陣の発見装置として突っ込ませる作戦だったのだろう、と世界中から非難を浴びた。
実際、戦場は惨い有り様だったと聞く。奇跡的に生き残った者たちが、軒並み気が触れてしまったほどに。
だからこそ――そんな惨い地獄の中で、当時唯一の幼馴染が死んだなんて、考えたくない。
戦死者名簿に記録がないというのは――もしかしたら生きているかもしれない、という希望でもあるから。
だからきっと、自分は明日も、時間を見つけて兵士の訓練所を覗きに行くのだろう。
男に恋愛や性的な対象として見られ得るという現在の立場は、想像以上に気持ちが悪くて、今では男に近寄られるだけで鳥肌が立つくらいだが、訓練所の見学だけはやめられないから仕方がない。
あまりに気持ち悪くなったら、傍に控えるアルヴィラの胸に偶然を装って飛び込むことで精神の安定を測ればいいだろう。
あの、ふわふわで弾力があって一度でいいから生乳を拝んで揉みしだいてみたくなる素晴らしい爆乳に顔を――
「っ、ぁあああああ~~~~~!!なんで俺っ……なんで俺、男に生まれなかった~~~~~~!!」
奇しくも、誰かの胸中と全く同じ叫びを枕の中に叫んで。
神のみぞ知るすれ違いは、明日もきっと続いて行く――
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◆後書き◆
勢いだけで書いた短編です。
彼女(彼)らが、この後どうなるのか――
続きが読みたいという奇特な方がいらっしゃったら、感想などで教えてください。気が向いたら執筆するかもしれません。
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真実も未来も神のみぞ知る物語 ~底辺童貞が女兵士に転生したら~ 神崎右京 @Ukyo_Kanzaki
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