第23話
どこまでも青い空は、白い雲を所々に携えて、相変わらず太陽に、大きな顔をさせている。海は波もなく、砂浜を僅かに浸食しては、煮え切らない様子で引き返す。
奇跡的に、人が少ない日だった。毎シーズンとも、今日のような日を正確に割り出せたら良いのに、と思う。そうすれば、何の苦労もなく、毎年海をのびのびと堪能できる。
もっとも、今の僕にはそんなにのんびり堪能している暇はない。
気を抜けば、すぐにでも顔面にビーチボールが直撃する。理不尽なことに、あちらは二人で、こちらはは一人。なんでも、僕は真帆の愛で守られている分があるので、丁度なのだそうだ。一理あるが、よく考えると、それとこれとは別問題である。
僕が町田光一郎のアタックをなんとかレシーブで返すと、空かさずタイミングを合わせて榊明のアタックが決まる。
スコアは九―二。僕たちのルール的には十点先取らしい。
「これ、やっぱり無理だろう」
僕が不服そうに呟くと、町田は、
「そんなことじゃ、春の選抜高校バレーのレギュラーにはなれないぞ!」
アホ、僕は大学生だ。そして、いつから僕はバレー部員になったのだろうか。それでも僕は、町田の冗談に乗る。
「うすっ、コーチ!」
僕がそう言うと、レジャーシートの上でこちらを見ている二人の女性から、声が掛かる。
「特訓中に悪いんだけどさぁ、喉渇いちゃった」
高く通る声でそう言ったのは、ミディアムストレートの髪に、トロピカルイエローのシンプルな水着の伊瀬薫だ。そして、
「巧ちゃん、私も。カキ氷が食べたい」
真帆だ。
二人とも、しっかりとビーチパラソルの下で、悠々と過ごしている。
僕たちは仕方なくそこに近付いていく。
「ほいほい。何味がいい?」
僕は自分の荷物から財布をとり出して、真帆に聞く。
「伊瀬は何がいいんだって?」
隣では、町田がそう聞く。何日か前に明らかになったことだが、町田は伊瀬に気があるらしい。例の半年の間にも、何度か連絡を取ろうとしていたそうだ。ま、あの状況では実らないのが当然だろうけど。
僕らはそれぞれに注文を聞いて、買いに行く。行き際に、時計を見ていた明に一言掛ける。
「お前の分も買ってくるから、見張りを頼む」
真帆たちをナンパから守るための監視を頼み、今度こそ買いに行く。
いくら人が少ないとは言え、それらしいやつも何人か目に付く。真帆も伊瀬も標準より遥かに可愛いし、スタイルもよいので危険であることこの上ない。
「でも安心したよ。色々あったみたいだが、お前が変わってないことにホッとした」
歩きながら町田は言った。
あれからすぐに、僕はずっと音信不通にしておいた町田たちに連絡を取った。真実(真帆の知っている真実だが)を話すと、彼らは「どうして一言わなかったんだ」とだけ怒ったが、無事で何よりだと、高校の頃と変わらない様子で答えてくれた。どうせ夏なんだし、久々にみんなで合おうと明が言い出し、今日は海に来ているというわけだった。
合ってみると、本当にあの頃のままだった。もちろん、髪型や外見は多少変化していたが、町田は町田で、明は明だった。それが、僕には嬉しい。
「すまないな。心配掛けて」
「いいさ。何年悪友やってると思ってるんだよ。慣れてるっての」
町田の言葉に僕は笑って返した。
「それよかさ、明に恋人ができたらしい。驚きだろ?」
ニシシと聞こえてきそうな表情で町田が話す。
「いや、俺としてはお前の伊瀬狙いもかなり驚いているんだがな」
久々の僕らの日常会話だ。
人が少ないので、飲食物店も混雑していない。早々と商品を受け取って、足早に帰ることにする。姫様方をあまり待たせてはよくない。
「アリガト」
「ありがとう、巧ちゃん」
真帆と伊瀬。
続いて、明の分を渡す。
「ありがとう、聡ちゃ……」
満面の気持ち悪い笑みで言いかけた明を、僕は反射的に殴る。
「気色悪いワ!」
「ぐうで殴るな、ぐうで」
前言撤回、明はキャラクターが少し変わったようだ。
僕たちはパラソルの下で水分補給をすると、皆で海に入ることにした。何をするでもなくぷかぷかと浮いたり、波にさらわれたり、水の掛け合いや、短い距離を競泳した。
僕は遊んでいる合間にも、真帆の姿をずっと見ていた。去年は背中の大きく開いた白のワンピースだったが、今年はシックなオレンジにひもやふちに黒をあしらったビキニだ。
彼女が今までビキニを着なかった理由は、胸の下のほうに移植手術の痕があるからだ。実際に見たことはないが、僕は知っていた。しかし、それも今は消えている。現在目にしている綺麗な素肌を見る限り、今の真帆の体には移植手術の痕は残っていない。クローンの新しい体なのだから、正確には、傷はついていない、だ。真帆がそれをどう認識したかは聞いていないから分からないが、手術の痕が消えたことは、きっと嬉しいことだと思う。
それは、僕にとってもそうである。こうして元気にはしゃぐ真帆を見ていると、彼女が本当に健康体になったのだと実感できる。もうきっと、発作で苦しむ姿を見ることはないだろう。それが何より嬉しい。
バシャ!
真帆は僕の視線に気付いて、思い切り水を掛けてくる。
「ぷっ、しょっぱっ」
僕が言って真帆のほうを見ると、彼女は勝ち誇ったように笑った。
お返しに、掛け返す。
彼女は騒ぎながら逃げて、それでも反撃してくる。
一度は、失われたもの。
その全てを、取り戻すことができた。それはどれも掛け替えのないもので、僕の宝物だ。
僕は周りを見渡す。
町田がじゃれ合おうとするのを、伊瀬は笑いながら回避する。明はそれを見ながら、我関せず。
そして、真帆に目を戻す。
彼女は、僕の大好きな笑顔で笑う。
そうなのだ。この景色がこんなにも輝いて見えるのは、やはり彼女がいるからなのだ。
これから先、このメンバーが増えることがあるかもしれない。もしかすると、減ることも。しかし、何があっても彼女のいる風景だけは、譲ることはできない。
今僕の目の前に広がっているのは、大好きな真帆のいる風景だった。
END
『Ferris wheel』 灰汁須玉響 健午 @venevene
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