Part5-3
◇
銀色の装甲車両ガルガリンはオメガフロートの主要道路をひた走る。
時々行く手を阻むように結晶兵が生えてきたが、特効武装である
「俺たちの勝利条件は
「シニスターグラスの氷を操る能力と戦うなら──拓けた場所に移動すべき。この
そちらへ向かってハンドルを切り、当然動いていない料金ゲートを潜り抜けて突入する。
「
昔からそうなんだよな。煽られた場合は圧勝を見せつけるまで加速する。とにかく勝ち逃げを許さない」
なので向こうが追いついてくる前に、都合のいいバトルステージへ誘い込む。それが彼らの作戦だった。
その点で高速道路は適している。視界は開けていて障害物が無く、歩けなくとも車で移動するから関係がない。環状線なので行き止まりもないから追い詰められる心配も低い。
一面凍結された光景がぎゅいんぎゅいんと流れていくのは、まるで氷河期のタイムマシンに乗ってるかのような錯覚がする。
けれどもこの戦いは時間旅行で過去に行くためのそれではなく、未来へ進むための通過儀礼。
「……追いついて来るかな」
呟く。
再戦が始まるとするなら追いついて来たところからだろう。
作戦のようなものは準備している。作戦と呼ぶには気合と根性任せのものだがある。
なので必要なのは度胸とタイミング。緊張で心臓の音がやかましい。
流れていく光景の中、道路の遥か遠くの方に黒い点が見えた。
それはどんどん大きくなっていく。近づいてくる。
乾いた路上をがりがりと氷で侵食しながら軽快に滑ってやってくる。
「……来たな」
爆速で接近してくる氷塊蜘蛛。
その上に座る少女が叫ぶ。
「さあ、兎狩りの時間よ
シニスターグラスの触腕の一つがぴきぴきぱきぱきと凍結音を鳴らして変形する。
氷上走行用のスラッシュブレードからこちらを捕らえるためのペンチにも似た形状のロングアームに換装される。
「それじゃあ、予定通りに行くとするか」
幼馴染の方へ向き直る。
手にしたギターを構え直す。
覚悟だけはとっくに決まっていたからそこの準備は必要ない。
「──任せたよ」
「来いよ
シニスターグラスの腕が動く。
こっちへ来いと招く腕に、思い切りノーを告げるかのように──
ギターを全力でフルスイング。
◇
砕けていくシニスターグラスの腕を見つめながら、
こちらにあるのはこの世界全てに張り巡らされた氷と
向こうにあるのはそもそも武器ではないギターがただ一本。
当たり前に考えるなら戦力差なんて言葉じゃ足りない。
けれど向こうのギターは最強兵器だ。全てをぶっ飛ばしてやるという心意気の塊。
だから
「だったら、」
そう、だったら私も全力だ。
折れてた時間が長すぎたから勝負の感覚なんて忘れてて、勝ちたいと胸が焼けるのは久々だ。
昨日出会ったばかりの
高揚する心の不快感が高くて心地よい。
「
吹きすさぶ風は我が吐息、都市の動きは我が鼓動、ビルの谷間は我が掌中!!
いくわ。いくわよ。いくわよいくわよいくわよいくわよいくわよ………! これが私の世界の全身全霊──【
なりふり構わず遮二無二に、全力全開フルブーストで。
必殺技を打ち込んだ。
◇
都市一つ分の世界全てが敵になるとはどういうことか。
立ち並ぶビルの窓は全てが氷弾を放つ銃口と化す。
樹氷と化した街路樹は鋭く尖ってこちらを狙う槍となる。
ブリザードと呼ばれる天候が車一つ分を集中して狙い撃つ。
驚くべきことは、それら全ての制御を
大中小とバリエーション溢れる氷の弾が文字通りに雨に霰と降り注ぐ悪夢のようなヘイルストーム。
ほんの少しの視界すらも確保できない漂白された世界の中を、装甲車両ガルガリンが突き進む。
ギコンギコンバキンバキンビビビガシガシと鳴り響く衝突音は滑稽に恐怖を煽る不協和音。
吹き荒れる破壊力の音の中、違う音色が混ざっていた。
アップテンポでかき鳴らす、やかましくも楽しげなミュージック。
ロジックブレイクを音色に乗せて、飛んでくる氷を消しとばしている。
「……行ってくる」
開いた通信用の
これからやるのは乾坤一擲、冗談のような大博打。
心臓の鼓動がやかましく、高ぶる理由も恐怖か緊張か解らない。
『きみがそれを正解と思うなら──頑張って』
そうやって背中を押してもらうことこそが、ああ俺が欲しかったものだったんだなと自覚して。
俺が今からやることは何かを成せるものだろうと、そんな自信を握りしめる。
先程よりも力を込めて、強く、強く、ひたすら強く、ギターの弦をかき鳴らす。
この響きが街の果てまで世界の果てまであいつの心にまで響けと、そう願い。
音の力が吹雪をかき消して生まれた一瞬の空白領域の中、
「………、」
凍結された世界の中で、
ロジックブレイクを伴わないその行為は、瞬間的に世界によって否定される。
少年が有していた全ての運動ベクトルがゼロになるようキャンセルされる。
「………!?」
当然だ。ここは車が走る高速道路で互いにスピードの中でチェイス中。
そこで速度を喪失したならば自分は車から振り落とされ、後ろから追う方が突っ込んでくる。
だからこそ、不意をつくように
作戦と呼ぶにも無謀すぎるスーサイドアタック。
だけれども、そのぐらいしなきゃ意味がない。幼馴染のハートの奥まで響かない。
何故ならこの戦いは互いの意地の張り合いだから。
相手を力でねじ伏せるより、こんなバカには勝てないと思わせた方が最終勝者だ。
けれど。
(後少し、角度が、足りない……!)
狙っていたのはシニスターグラスの背中部分への着地。
けれど閉ざされた視界で見誤っていたのか、このままだと着地する前にその上を通り過ぎて転落する。
地面に落ちれば立て直すような時間を得られず氷晶蜘蛛に捕まり負ける。
そもそも落下の衝撃で下手をしなくとも死が見える。
《【遠隔発動】攻性コード:アクセラレイト065【
《・──対象に運動ベクトルを付与します──・》
突如視界の片隅で
作戦を話していた時に
すれ違いルートに入っていた
外部から強引に角度が調整され、なんとか着地ルートへと修正される。
(…………!?)
が、加速の勢いはそれだけでは収まらなかった。
足をつけるだけでは止まらずに、
そのまま計算された角度で二人の体と体が重ね合わさる。
具体的な部位名を言えば、唇と、唇。
けどロマンスなんてものはどこにもなかった。
困惑と衝撃と勢いのままに二人は
路上に落下した車椅子ががしゃんと大きな音を立てる。
時間が止まったかのようなショックの中、唇に感じる柔らかさだけが生々しかった。
そこを割り開くようにして口の中に侵入してきた舌は更にもっと。
求めるように貪られ、呼吸が苦しくなってきたところで、やっとそこから解放される。
「……ぷは、何しやがるこのバカ!」
「バカは
「さっきまでめちゃくちゃガンガン体とか命とか自由尊厳とか奪おうとしてきた奴のセリフかそれ? お前が盛大なバカしようとしてこなければ俺だってこんな無茶したりしねーよ!!」
「私はいいのよ、
「あーあーご親切にお礼をありがとうございますって言うか想定が怖ぇーんだよそんなことは積極的に捥ぎにくる側の言うことじゃねえよ!」
お互いに文句を言い合いはしゃぎ合う。
その光景はとてもじゃないが戦い合ってる真っ最中のものとは思えなくて。
思わず軽く笑みが出る。
清々しいまでのそれに乗せて、
「あーもうでも本当にバカだよお前。みんな歩けない世界を作ってしまえば自分が最強になれるとか、何言ってるんだっての。
他人を引き摺り下ろして勝つだなんて、そんなことで、勝った気になれるお前じゃないだろう。そんなことしなくたって、強いんだから」
◇
それを聞いて、
憐れまれたかったわけでもなく、助けられたかったわけでもなく。
「お前はまだ出来るんだ」と、そう背中を押して欲しかった。
「ねえ、
「……ああ」
「ねえ、
「…………ああ」
「ねえ、
「………………どさくさに紛れて何聞いてんだよ!?」
冗談交じりの問いかけは、きちんと否定してくれた。
それが適当な相槌を言っている訳ではないと信じられて。
「……よしっ」
なんだか凄くすっきりした。胸の中にわだかまっていた氷が溶けた。
顔を上げる。前を見る。
見つめる先、
自分の写し身である氷の蜘蛛は、無言のままに問いかけてきた。
──この世界から逃げるのかと。
──希望を得たようなつもりになっただけで、世界を飲み込むのをやめるのかと。
「……逃げるんじゃ無いわ。帰るのよ。
希望を得たようなつもりじゃないわ。手にしたのよ」
だからシニスターグラスはもういらない。
あんなものに頼らなくたって私は世界と戦える。
そしてこちらに手を伸ばしてくる。お前も一緒に立ってくれと無言のままに視線で示す。
「……エスコートをありがとう、ナイト様」
手を掴む。引き上げてくれるその手は力強くて嬉しくて。
向き直った先、
自分を捨てることなんて許さないとばかりに、肢を振り上げてそこについた刃を振りかざして、外に出ようとする思いを刈り取ろうと脅している。
「あいつをぶっ倒すため、俺の背中を押して欲しい」
「ええ」
どんな覚悟を持とうとも、どんな英雄であろうとも、一人で先へは進めない。
けれど。
背中を押してくれる誰かがいれば、進むことは出来るのだ。
「壊しちゃって、
勝利の叫びが世界の果てまで届くほど、盛大に盛大に響くように!」
停滞を続けようとする
どちらが強いかは言うまでもなく。
ダイヤモンドダストが散るように、呪いの塊が砕けていく。
きらきらと光る残骸は
街を覆っていた氷たちが剥がれ落ちて、日光を受けて落ちていく。
氷河期の世界が夏の日差しに溶けていく。
これで夢の時間はもうおしまい。
「このまま
完全に忘れていたことを指摘されて、頬がかぁっと赤くなる。
その状態の
「(キス──よかったね)」
その一言で
(ひょっとして……この子別に
つまりは完全勘違い。感じていた羞恥心に更にデカいのが上乗せされて。
先程まで凍結世界を作っていたとは思えないぐらいに顔が熱い。恥ずかしい。
(……いいえ、落ち着きなさい
だとすればやれることはまだまだ沢山ある。急がず焦らず一個一個やっていけば勝利がその先にあるのなら、努力と積み重ねは私にとっても得意技だ。
呪いを広める形ではなく、願いを積み重ねる形を持って、現実を夢にしていこう。
「
「なんだよ」
「帰ったら、あなたの手料理が食べたいわ。あなたの好きなもの、自信を持って見せて欲しい」
「はいはい我儘なお姫さま、了解しましたよ」
ほら、たったこれだけで、明日のことが楽しみだ。
【NeXT】
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