Part5-2
◇
そして彼らは終点へと辿り着いた。
凍りついた世界に君臨する、絢爛豪華なクリスタル・パレス。
その中枢、たった一人の女王を戴く玉座の間。
がらんとした場所だった。
ダンスパーティでも行えそうな広さの空間は何もなく、氷という材質も合わせて寂寞感を喚起させる。
一歩踏み入れただけで寂しさと寒さに身が冷える空洞の部屋。
そんな世界の最果てに、
「ようこそ
戻って来てくれるなんて嬉しいわ。やっぱりあなたのいるべき場所は私の横しかないのだって、ちゃんと解ってるようじゃない」
氷の女王は満面の笑みを浮かべてこちらのことを出迎える。
けれどその目は表情と裏腹の昏いもの。視線を合わせたそれだけで、背筋が更に冷え込んだ。
「率直にいうよ。──
「それの何が問題なのかしら」
「ここと現実が逆転する? それこそ望むところで正しさだわ。
そもそも、世界の全ては最初から私のものだったはずじゃない。何でも出来る万能の才能。それを支持してくれるファンや家族。隣にいてくれる幼馴染。足跡は全て積み重ねられていくトロフィーで、自然体で一歩一歩踏みしめていくだけでいつか月まで踏破する。そんな存在につける名前は世界の主役以外あり得ない」
少女の言葉はあいも変わらず傲岸不遜。恥ずかしげもなく堂々とワールドイズマインを歌い上げる。
「そう、だからさっきまでの今日は何かの間違い。間違っている世界は当然のように正すべきだし、それを叶えて玉座に就きなおす為の力がこの王城。あらゆる全てはこれから私の手の中に帰ってくるのだから、私のものでありえないなんてただの一時の思い違い。この世の全ての間違いは今この瞬間から私と言う正しさの前にひれ伏すの!」
そして
「だから、もう一度そして最後の問いよ
その言葉が完全に本当に本気の本気だと、
雪の女王のプロポーズ。それに応じてしまったならば、言葉通りの素敵な未来を少女は実現するだろう。
あらゆる全てを凍りつかせて、あらゆる全てを支配して、二人の為だけの理想郷がきっと世界に誕生する。
けれど。
「俺ももう一度同じことを言う。その提案には乗れない」
今の彼女の新世界は、全てを引き摺り下ろした凍獄。
輝くことが出来る彼女をそんな世界に縛りつけたいだなんて、自分は決して望めない。
共依存はもう終わりにして、二人で前に進みたい。
「……そう」
返答を聞き、少女は小さく呟いた。
その瞬間、世界を埋める圧力がぐんと強くなったのを
それこそが生まれようとする新世界の胎動。
今この時から新しい段階に進むのだと、恐怖に似た感情と共に理解する。
「あるべき世界を取り戻すため、果てなく響け、私の歌」
この領域は彼女の胎だ。新世界として花咲く種で、生まれ出でる前の世界領域。
今孵化しようとするそれのための、いわば祝いのバースティ・ソング。
「この氷原こそが我が劇場、【
今宵の演目は
此処に在るのは我が乗機、銀盤の
全てを奪われ尽くした少女が世界を膝下に引きずり落とす、その光景をごろうじろ!」
玉座の間の床が、爆ぜかえるように飛び散った。
粉砕された穴から這い出してきたのはシンプルにいえば異形の怪獣。
全体的なシルエットは蜘蛛。肉食系の攻殻動物。
その構成材料は結晶兵と同じく氷のように輝く鉱物。
八本の脚を胴から生やし、その先端は鋭く光るブレードエッジ。
世界を飲み込む呪詛結晶が、雪の女王の命に従い参上した。
「顕現状態の
しかし、これだけははっきりと解ることがある。
あの怪物が、
世界全てを引きずり下ろせば自分が最強になれるだなんて、そんなマイナスの夢を見させて偽りの希望を与える悪魔の鏡。
あれを砕き壊さない限り彼女は現実に帰ってこられないと、直感的に理解した。
「とりあえず、あいつを倒せばいいんだなッ!」
《【発動】攻性コード:ファイアブラスト006【
叫び、速攻で打倒を決めようと手持ちのコードを実行する。
推論エンジンは火炎方面で最大火力を自動選択。
「シニスターグラス」
コードが発動する前に、領域の女王が
その瞬間、発動したロジックコードの
「なっ………」
「この空間は私の領域。誰も歩みを進められない氷原世界。
凍ってしまえと願うだけで、どんなものでも凍って砕けて割れてしまうの」
それは無敵の自己紹介だ。
「だからほら、戦いなんてこれでおしまい。
ねえ、気づいているかしら。あなたの足元」
前兆なんて何もなかった。感覚だって伝えてこなかった。
言われるがままに目を落としたら、足先が完全に凍結していた。
その凍結範囲はぱりぱりと音を立てながら上に向かって侵食していて。
「しばらく凍って待っててちょうだい。あなたが眠っている間に世界の全てになってくるから。いいえ、もう目覚める必要だってない。私が与える揺籠の中でいつまでもいつまでも幸せに暮らしましたで、全ての物語を終わらせる。世界の全ては二人だけ。それでいいでしょう、ね……?」
彼女の言葉の後半は冷たい氷に阻まれて上手く聞き取れすらしなかった。
冷たい棺に閉じ込められて、視界が徐々に暗転していく。
これは一種のバッドエンド。勝ち目なんてものは最初から存在しなかったんだから、戦いにすらなりはしない。
(……ほら、やっぱり無理だったろう?)
暗転していく視界の中、沈没していく思考の中、誰かがそう囁いた。
それはおそらく自分の声だ。
(
解っていたはずだ。知っていたはずだ。だと言うのに、何かが出来たらいいなだなんて、そんな甘い希望に縋ってここまできた)
その囁きはきっと正しい。
(だからこれはその罰が下ったと言うだけだろ。当然だ。受け入れるのが正しいはずだ。
そもそも、受け入れたところで困ることじゃあないだろう。
(……けんな)
だからこそ、
「……巫山戯んな。俺自身の限界を、俺如きが決めてるんじゃねえ……ッ!!!!!」
叫びの音は声になった。
そうだ、例え自分が無力なのが現実であっても真実であっても、
何故ならそれが彼女に言われて自分が決めた絶対のオラクル。
現実だって真実だってそいつの前には打倒すべき障害物でしかありえない。
自分の弱さが邪魔になるなら、強くなってそれを乗り越えてしまえば今度はそちらこそが真実だ。一分前の劣等感は一分先の自分の弱さを証明しない。一分一秒ごとに進化覚醒してしまえば、五分前の真実だって虚偽になる。
「あいつに思いを届けるために、世界に響け俺の歌!!」
叫ぶ言葉はスタートコール。
そもそもここには戦いに来たわけではなく、求めているのは少女に言葉を届けることだ。
だから少年が望む力も、戦うだけのそれではない。
「
幻奏歌姫の少女が困惑する。
心の底から願うのであれば、理論上は誰だって手に入るはずのレボリューションシャウト。
御都合主義の覚醒に色々な理由予測はつけられる。
だけどもこの瞬間だけは、諦めたくないと叫びをあげた心一つの為だと信じたい。
「……はは。やっぱり、俺が手にしたいものってこれなのか」
握りしめた自分の心の形を前に、
手にしたそれは、武器なんかではありえない、赤色に光るエレクトリック・ギター。
しかしてそれは、間違いなどではありえない、最適解の
そもそも己が求めたものは、戦うための力ではない。
泣いてるあいつに思いよ届けと、伝えるための声をこそ、形にしたいと願ったので。
だからこそ、彼が握るのはギターだった。
輝くものになるのだと、誓った言葉が形になった。
あとはそれを本当のものにするだけだと、最上級の決意を持って、
「俺たちの前に立ちふさがるようなもの全て、真実だろうと現実だろうと知ることか。
邪魔するんならなんだって──ぶっとばしてやる、何もかも」
宣戦布告を口にした。
◇
「……ッ、シニスターグラス!」
そもそも彼女が全能を誇れていたのは、夢の世界の主だからに過ぎない。
夢の世界の主であれば、夢の中身を自由にできる。それは一種の現実改変。
存在率が高いところに位置する存在が下位の現実を操作している行為になる。
そして、
つまりは夢の世界において、夢の主と同等の位階に立った。
夢から独立した存在は、夢の主では自由にできない。
単純明確なロジックで、
「こっからだぜ
冗談のような光景で、けれどもしかし彼の目は本気の光に輝いている。
「……いいわ。それが出来ると思うのならば、相手になるわ
これから始まる戦いは、互いの持ちうるロジックとハートとソウルのぶつけ合い。
つまりは意地の張り合いだ。何故ならどちらもシンプルに、自分のわがままを通したいと願っているだけなのだから。
「シニスターグラス! 攻撃準備!」
先に動いたのは
蜘蛛に似た形をした
形成された棘状突起は発生した勢いのままにその本体から分離をして、そして
「移動はこちらが封じている状態のままだもの、アドバンテージはまだまだ私の方が上!」
言われた言葉はその通り。
移動を封じるというのは圧倒的な効果を持った行動阻害だ。与えられる攻撃を回避することも出来なければ、逆に遠く離れた相手に直接攻撃を届かせる術すらも没収が出来るワンサイドゲーム。
そして彼らが先程までの攻撃手段に使っていた攻性ロジックコードは幻奏劇場内部を弄り現象を発生させるプログラムだ。こちらに向けて攻撃するために使うものなら、領域の主としての権限を使い、発動する前に凍結させてキャンセル出来る。
つまりは負ける理由がない。一方的に軽くしばいて心をへし折ってやるだけでこちらの目的は達成される。
だが。
「【
ギターが軽く引き鳴らされた。耳に胸に心臓に、心に響く快調サウンド。
それが
氷の地面へ踏み込んで、己のギターのネックを掴み、まるで聖剣を振りかざすように。
「待って、まさか、そんなことありえるはずがというか何やる気──!?」
困惑を叫ぶ
直撃コースを取る塊に、
「そりゃあ当然、打ち返しバッティング一発勝負!!」
振り抜いた。
赤色に光るエレキギターの本体が幻想の氷弾の真芯を捉えフルスイング。
「ホームランとか打てると格好いいと思って、練習してた甲斐があったぜ!」
「えええええええええええええええ…………」
行われた行為のあまりのあまりさに
こちらの攻撃行為に対し打ち返しを選ぶ思い切りの良さに呆れるし、こんなところで格好をつける態度だってちょっと可愛すぎてなんてコメントしたらいいか解らない。
そもそもギターは楽器であって鈍器ではない。壊れたりしたらどうするんだ。
けれど、それ以前の話として。
(私の
一歩と言えど、能動的に歩いたのだ。
それは絶対の有り得なさ。人が生身で空を飛ぶぐらいの不可能現象。
奇跡が起きたというのなら、そこには理由があるはずで。
(
何故なら彼が望むのは、正真正銘ロックン&ロール。
私という絶対無敵の存在を超えてやるんだと吠えるのは並大抵の正気じゃなくて。
それは世界に叫ぶ俺はここにいてこうしたいんだというソウルシャウト。
立ちはだかる不都合な現実をギターの一本でねじ伏せてやりたいと、稚児じみた無謀を叫んでいる。
「……いいわ。一発でダメなら順当に数を増やすで行きましょう。
シニスターグラスに弾丸装填、合計数は十二本! 同時に壁の氷も形状変化、追加砲身三十二本、合計四十四の攻撃準備!」
宣言通り、先程とは比べ物にならない数の弾丸準備が実行される。
飽和攻撃相手には打ち返しなんて不可能で、だから次こそチェックメイト。
「
それを否定するように、
「
窮地を文字通り脱出するために選ばれた形は車だった。銀色の多重装甲を纏った流線型の装甲車両。
「──乗って!」
スタートダッシュ&キャッチ。
物理法則をぶっちぎって加速した装甲車両は
壁に開いた大穴に氷弾が遅れて突き刺さり、玉座の間の風通しが随分と良くなった。
捉えたい相手が逃げ出したことを認識出来るまで
「…………泥棒猫ーーーーーーーーっ!!!!」
叫び、車椅子の車輪に手をやった。
駆け出していく先、
その背中には少女の移動玉座を導くためのスロープが形成されて。
そこを一気に駆けのぼり、用意されていた窪みに着地。
がちゃんと音を立てて車椅子と
「追いかけるわよシニスターグラス!
籠の中から逃げられるなんてのは錯覚だって心のレコードに刻みつけて教えて逆らえないよう思い知らせる!」
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