【Part5:君にこの歌が/届きますように】1
◇
凍結された街。
漂白された大通り。
青く青く寂しくなるぐらいに広がった何もない空。
彼女ただ一人が玉座から統べる世界の中、空から流星のように落ちてくるものがあった。
「…………そんなまさか、
領域の主としての感覚で侵入者を理解した
そこに映った存在を確認し、信じられないようなものを見た顔をする。
一度拒絶を受けた以上、彼の心が離れていく可能性は恐れていて、だからこそ極限まで思い詰めて世界ごと飲み込んでしまおうと、まるで暴走そのものの決意を決めた訳であって。
だからこそ、彼が戻ってくることを彼女の心は信じられない。
サンタクロースの正体を暴いた翌朝にクリスマスプレゼントが置かれているようなもの。
それを受け取る資格が己にあると許せずに、どうすればいいかと混乱しだす。
ただ、それも侵入者の人数を理解するまでの間だが。
「
しかも互いに手を繋いで落下中。
見せつけるような繋ぎ方で感情は怒りと嫉妬に塗り変わる。
「まあいいわ。この世界の中では人は自力で歩けない。歩けないということは動けないということ。私が迎えに行くまで落下地点で蹲っているしか出来ないんだから、結晶兵に任せればどうとだって引き離したり捕まえたり出来るはず」
だから落ち着こうと思うけれども一度沸騰した心を鎮めるのは難しい。
こんなに早く戻ってくると解ってたなら着替えぐらいはしておくべきだった。
先ほどの変則露出バニーガールは無理をしすぎた気がするので、もう少しおしとやかで華やかな感じの格好がいい。
スケーター時代に着ていたドレスはどうだろう、改造すればウェディング的にもなりそうな気がして、ああでもそれは早すぎるわよねでもどうせ最終的にはそこに行くんだから先んじてやってしまっても構わなくない? 式場に丁度いい場所はこの通りあるのだし今から準備しちゃってもいいはずよね、白いお城と白い教会は別物かもしれないけれども私は信心深い方ではないからその程度の誤差は気にしないし──
「……、あれ?」
妄想が新婚初日の夜まで加速する直前に、
この領域のロジックであれば誰も歩くことは出来ないのだから、つまり移動も出来るはずがない。
なのに彼らは一直線に
生身で人が空を飛ぶような不可能を第六感で感じ取り、領域の女王は思わず叫ぶ。
「なんで!?」
◇
「ローラースケート! 昔やってて助かったぜ!」
シンプルな回答を叫びながら、
彼らの靴の裏側には、アタッチメント式のローラーブレードが接着されている。
領域の主である
つまりは己の足による自立歩行が禁じられているというだけ。事前に解っていれば対処法は思いつく。
《【発動】攻性コード:アクセラレイト065【
《・──対象に運動ベクトルを付与します──・》
そして
移動のために必要な初速の確保手段も十分だ。
「うまく──ロジックの抜け道を見つけたね」
「だってここが
どこまでもどこまでも、おそらくは海を越えてすら広がるだろう凍結氷原。
それはきっと、銀盤に対する未練のカタチ。
彼女が世界を飲み込むに当たって己が輝けるステージと定義したのが氷上で、君臨するならそこがいいと、まだ諦めきれずに叫んでいる。
「それだけ未練がある癖に、みんな一度に出来なくなればそれでいいだろなんて言い出すの、バカだなとしか言いようがねえよ。
……待ってろ、絶対に連れ戻してやる」
◇
その光景を王城の
「ローラースケートをフィギュアスケートと一緒にするな!!」
氷上を駆けれない自分相手に見せつけるように走ってくるのは、何かの嫌味か当てつけか。
そもそも見せつけるといえばなんだその手の繋ぎ方は!
深めた関係をアピールされているようでなんだかとってもとってもとっても腹がたつ。
第一ローラーで氷上に挑むなど無茶で無謀で危険すぎる。
路面のスリップ事故の話があるように、本来は凍結した路上を車輪で移動するのは危険行為だ。進行方向以外に力が及んで横滑りをさせないための繊細な操作を必要とする。
勿論、幻奏劇場は夢の世界だ。厳密な物理法則が働いている訳では無いぶん意識をしていない事故は発生しにくい環境だが、それでも余程体幹のバランス調整が得意でなければ出来ないような曲芸行為。
「
ただしそれは、無能無力を意味する訳では決してない。
「私のような万能天才ではないにせよ、
そもそも、天才性を振るえなくなったとは言え
「……ふう」
深呼吸。
焦るだなんて
「そもそも私の前で他人といちゃつくなんて許せないわ。お仕置きしなくちゃあの駄犬」
彼女の感情はたった一つに染まっている。
即ち、
世界を飲み込む胎動もそれを成すための手段でしかなく、故に彼女は止まらない。
「やっぱり監禁が一番よね。捕まえた暁には一番いい部屋を用意してあげようと思ってたけど、あんなのは牢屋で十分だわ。私以外が目に入らないようしっかり調教してあげなくちゃ」
彼女が望むのは停滞だ。この一年間続いた傷の舐め合いのような二人きりがいつまでもいつまでも続く時間。
誰にも邪魔されることはなく、どこにもたどり着くこともない、積極的な妥協によって形成された、どろりとした糖蜜のような永遠。
世界を凍りつかせてしまえばそれが叶う。どこにも逃げることを許さない、誰も入り込んで来られない、そんな世界が完成する。
「進行方向に結晶兵を軍勢配置! 叩いて潰して捕まえて来て!」
指示を出し、領域の女王は視線をとあるものへと向けた。
本来謁見の玉座の間であるべき空間を、巨大な結晶が埋めていた。
蒼玉の様に深い深い蒼色をしたそれは脈打っていた。
どくり、どくりと、領域の主の心臓の鼓動にシンクロするような周期をもって。
「あと少し。これさえ誕生してしまえば、私の楽園が世界に広がる。
だから待っててね、私の
◇
セントラルタワーへ続く六車線道路。
広大であるはずの主要道が、今は異常で埋め尽くされていた。
領域の女王が待ち構えている王城には辿り着かせてやるかとばかりに、無数に並ぶ結晶兵。
まるで瓶詰めの宝石砂のよう。一面白色の違和感の中に更なる違和感として浮かぶ青。
「ここから先は通さないって言いたいのかな」
「歓迎するならもうちょっと横断幕とか持ってきてくれてもいいと思うんだけどな」
軽口一つ。
眼前に広がる敵の群れは少女との謁見を阻む拒絶の具現。
幼馴染の心相手に切り込んでいかなければいけないのに、物理妨害程度に早々に負けてたまるかよと、気合を軽く入れてみて。
「攻撃──来るよ!」
当然の反射行動として、
(……いや、まて、足が、止まった!?)
強制停止。
ロジックコードで付与していたはずの速度すら一瞬で消失して足が地面に釘付けとなる。
(この世界の『歩けない』のロジックは、反射神経による無意識の移動ですら止めるのか!? 自分の意思で『歩けない』だけじゃなくて、自分の体のみを使った移動行為を強制的にキャンセルして停止させるそんなルール……!?)
回避行動を封じられ、殺到する致命の槍の到来をただ待つだけ──などと言うことを、この領域の同行者は許さない。
《【発動】攻性コード:エアスラッシュ468【
《・──圧縮大気で刃を生成し対象を切断します──・》
颶風招来。
「センキュ…」
だが。安心するのはまだ早い。
一体だけ、槍を投げずに保持していた結晶兵が、
「………!」
投擲される追加槍。
回避不能は依然としたまま同様で、動くことなく生き延びるには。
「うおおおおぉぉぉぶっつけ本番白刃取り!!!」
両手を伸ばして投げつけられた槍を挟み込む。
白刃をつかむことは出来なかったが、なんとか柄の部分を掴み取ることで速度の相殺になんとか成功。
両手が擦れて痛むものの、体に刺さるのは避けられた。
「──凄いね──きみ」
「白刃取りが出来るようになれば格好いいかなって、中学時代に剣道部に頼んで練習してたからな!」
笑ってみせるものの、これは攻撃を防いだだけにすぎない。
結晶兵たちは依然として道を塞いでおり、そして槍を再度虚無から生成して次の攻撃へ移ろうとしている。
よって必要なのは能動攻撃。こちらが敗北する前に相手を倒さなければならない。
──のだが。
「エアスラッシュでの結晶兵型
「戦闘を回避してエスケープで直接
「そう。エスケープの利用は領域について既知である必要があるけれど──この領域はユウナギが支配してるから実質未知」
つまり正面突破しかなく、だが結晶兵は頑強多数。
まともにやれば敗北必至。多勢に無勢の状況の中、
そもそも諦める必要がない。何故かといえば、勝利を掴む方法をこの瞬間に思いついたから。
「サポートするから攻撃任せた!!」
それだけで何をやろうとしているのか幻奏歌姫は悟ったようで、承諾の頷きひとつを返し。
「おー、りゃぁ!!」
《【発動】攻性コード:アクセラレイト065【
《・──対象に運動ベクトルを付与します──・》
ロジックコードによる加速を上乗せし、幻想の槍が飛翔する。
投擲先にあったのは防災用の消火栓。
速度強化された槍は金属も勢いよく貫通し、解放された圧力が周囲に噴水となって撒き散らされる。
吹き出した水は勢いよく結晶兵たちに降り注ぎ、彼らの体を濡らしていく。
濡れた地面は滑りやすい。それは低温下の世界においてにおいても同じことで、凍結するので尚その特性は強化される。
しかしてここは元々からの氷の世界。結晶兵たちの車輪は刃のように鋭くて氷上を動く機能も磨かれている。
よって移動に仔細なし。雪の女王の命令通り、衛兵たちは侵入者排除に進軍する。
だがしかし。
「広域殲滅実行準備。効果的攻撃位置予測。完了。──実行」
《【発動】攻性コード:サンダーボルト310【
《・──広範囲雷撃にて対象を殲滅します──・》
雷撃が降り注ぎ、結晶兵たちを焼いていく。
常識通りに水道水は伝導体だ。
結晶兵に降りかかり浸透した水分が彼らの体構造の内部まで致命の電流を導いて行く。
大軍の三分の一が消滅し、群勢の壁に穴が開く。
「次が出てくる前に──いくよ」
《【発動】攻性コード:アクセラレイト065【
《・──対象に運動ベクトルを付与します──・》
加速実行。
結晶兵たちが隊列を組み直す前に開いた隙間を駆け抜けていく。
「追撃対策はどうする!?」
「勿論──考慮済み!」
《【発動】攻性コード:アースクエイク437【
《・──仮想質量により対象を粉砕します──・》
生成された分銅が、背後にあった陸橋を押しつぶして崩落させる。
崩れ落ちていく瓦礫瓦礫が主要道路を封鎖する。
一直線で王城へ向けて駆け抜けてる中、
「ふと思い出したんだけど、自然界には車輪を持った生物ってほぼいないらしいんだよな。人の手が加わっていない地面はデコボコしたりぬかるんだりしていて、車輪で移動するには向かなかったから生物がそっち方向に進化は難しいんだとかで」
だが、
「この世界は氷原で、つまり凹凸がない大地が広がっている。この世界が現実を塗り替えたら、生物も車輪やブレードで動くように進化するんだろうか」
「たぶん──それより先に大量絶滅が起きる方が早いだろうね。空を飛べる鳥だけが生き残るかも」
イメージする。全てが氷漬けになった世界の中、羽のある生き物だけが動いている光景。
氷原の鳥で思わずペンギンを想像してしまい、口から少し笑いが漏れた。
「世界の終わりの危機なんだな、これ」
「──怖い?」
問われる。
「正直、実感がない。けれど不謹慎なことを言うなら、ちょっとわくわくとかしてたりする!」
異常に染まった世界の裏で、天使少女に連れられて、世界と幼馴染を救いにいく。
なんて素敵なジュブナイル。夢に見るような非日常。
現実味なんて最初からないが、だからこそ空想めいて高揚だ!
救いたいもの二つを救うことができたなら、きっと自分は自分自身を認められる。
「だから頼むよ
「解ってる。きみもお願いキジマケイガ。ユウナギハカナを相手するのに
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