Part3-4


                    ◇


 セントラルタワー内部にはゲームセンターも当然二桁単位で存在している。

 最先端の完全没入型ヴァーチャルリアリティ技術を利用した外からはカプセルホテルに見える店から、店長さんの趣味で格闘ゲーム専門店と成り果てたようなところ、大きなスペースを活かして家具サイズのものを景品にしたクレーンゲーム店のようなものまで種類系統も様々に。

 礼音レノン先輩が慧雅ケイガたちを連れてきたのは、その中でもオーソドックスなところだった。

 ゲームセンター【3WayShot】。

 若干暗めの照明の下に、クレーンゲーム、メダルゲーム、プリクラ、格ゲーや打楽器体験系の音ゲーなどの筐体が並ぶ、ゲーム全般を取り揃えているアミューズメント施設だ。

 店内から流れてくる音、音、音。電子音が洪水のように響き渡って、派手なサウンドが盛況感を伴って客のテンションを高めてくる。


「多人数で遊びにくると言ったらやっぱりゲーセンだろゲーセン!! 人間複数人いれば格付けランキングをやりたがり人生の勝者と敗者に分類されるもんではあるが、それをやるなら楽しい過程でやるべきだってな! つーわけでつけてみようぜ強弱白黒!!」

「そんな戦闘民族みたいな人ばっかじゃないですって……」


 礼音レノン先輩の言葉に慧雅ケイガは軽く呆れてみるが、一方で夕凪ユウナギは天啓を得たぞとばかりの表情で。


「……そうね。最初からそうすればよかったんだわ。

 回りくどいことをせずに直接対決で勝敗上下を決定する。ストレートこそが最強最速最高優美でそこから目を背けてた時点で私らしくないミステイク。挽回するなら速攻すべきね」

「あの、夕凪ユウナギさん? もしもし?」


 慧雅ケイガが声をかけてみるけれど、何かを決意した夕凪ユウナギの呟きは止まらない。

 キマった目つきで顔を上げ、天才少女は問いかける。


「先輩さん、何かいい対戦ゲームはないかしら。出来ればとっても難しい奴。

 初見だったら真っ当にプレイすることすら困難極まる、攻略したならそれだけで素敵な偉業になる、そんなゲームがあったら教えて?」


 無茶苦茶なご注文を耳にしても、礼音レノン先輩はひるまなかった。

 むしろその問いこそを待っていたんだと言わんばかりに、とびっきりの笑顔を見せて。


「高難易度の王道といえば、丁度いいものを知ってるからさ。

 教えてやるぜ後輩のカノジョ。このゲーセンのラストボス、限界難度の挑戦相手を」


                    ◇


「【覇王神大殺界はおうしんだいさっかい】?」

「そ。三作目な三作目。スリー」


 礼音レノン先輩が慧雅ケイガたちを連れてきたのは、店内の奥の方にあるスペースだった。

 置かれているのは今時の情報窓インフォメーション式ではなく、角度のついたモニタが設置された物理筐体。

 コントロールパネルにはジョイスティック1本と2ボタン。

 モニタには待機画面としてデモンストレーションが流れており、そこでは主人公機らしきキャラが画面の上から降り注ぐ無数の砲撃を回避し続けて飛んでいた。

 つまり一言で表せばシューティングゲーム。形式としては縦スクロール型の弾幕シュー。


「これ──知ってる──えーと──なんでも教えてくれるシスターと悪魔の生首──?」

「よく見ようなこれちゃんと胴体ついてるからそのマスコットの元ネタの方だ」


 覇王神はおうしんシリーズ。

 最終戦争で人類が衰退した後の地球で、地下深くに封じられていた悪魔たちが蘇ってきた。

 それをしばき倒すために立ち上がった魔銃使いの空飛ぶシスターと、彼女と友情を結んだお茶目な悪魔が主役のシリーズだ。

 一作目が出た当初からキャラクターデザインのシンプルさと秀逸さによってインターネットで人気を博し、キャラ利用に対する原作者の寛容性から二次創作の題材や動画コンテンツのナビゲーターマスコットとして広く人々に親しまれている。

 その作品の間接的知名度と裏腹に、ゲーム原作の難易度は異常水準なことでも有名。

 キャラに惹かれてプレイした人間がその難易度に降参モードに入るのも一種の風物詩となっている。


「懐かしいわね、これ。知らないうちに三作目出てたの」

「ん? 夕凪ユウナギちゃん覇王神のこと知ってんのかい?」

「ええ。三年前ぐらいに第二弾までプレイしたことが」


 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは思い出す。

 天才少女夕凪儚那ユウナギ・ハカナの伝説の一つには、シューティングゲーム経験も入っている。


 慧雅ケイガが中学校に上がった直後の話だ。

 進学に伴ってお小遣いが増え、親にねだらないと買えなかったゲームも自力購入可能になった。

 なのでネットで有名だった覇王神の原作初代家庭版をやってみようとしたのだが、難易度の高さに超速連敗。

 その話を当時全盛期の夕凪儚那ユウナギ・ハカナにしたところ、ちょっと私に貸して頂戴と借り上げられて。

 一週間後、彼女の家でノーミスノーボムクリアする勇姿を見せつけられたというわけだ。

 ついでに言うなら半月後に発売された二弾目相手はファーストプレイノーコンティニュークリア。

 夕凪ユウナギはなんでも出来るんだなと何度目かの思い知らされをしたエピソード。


「だったら話は早い奴だ。覇王神の第三弾からは対戦モードが搭載されてな?

 無論難易度は本編据え置きの超ハイパー!

 ご要望に適した逸品だと思うんだがこれでいいかいお嬢さん?」


「そうね。最っ高だわ。これなら私がやるにふさわしい題材。

 ──哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ。今からこれで、私とタイマン競いましょう」


 睨みつけるように宣戦布告。

 突然の挑戦を受けた雨鈴ウレイはきょとんと軽く首をひねる。


「あー、なんだ、夕凪ユウナギがお前とこれで遊びたいって」

「ん──解った」


 そういうことにしておいた。

 説明を受けた雨鈴ウレイは筐体の前に着座し、興味深そうにデモ画面を見つめている。


慧雅ケイガ、お願い」

「はいはい」


 筐体前の椅子をどかし、夕凪ユウナギの車椅子が入るスペースを空ける。

 彼女は得意げな笑みをしながら対戦席に着き、情報窓インフォメーションから物理硬貨を取り出した。


「プレイ料ぐらいは出してあげるわ。受け取りなさい」


 親指で弾き、投げ渡す。

 若干上側に逸れて飛んだ硬貨を、雨鈴ウレイは片手で器用にキャッチして。


「それじゃあ勝負……開始!!」


 二人同時に、スタートボタンを押し込んだ。


                    ◇


 覇王神シリーズは文明半壊後の地上が舞台だ。

 なのでゲームモードの背景も壊れたビルの並ぶ市街から始まる。

 瓦礫の山の上空に彼女たちが操るプレイヤーユニットが降臨し、対戦開始の文字が流れる。


「対戦モードの残機は三機、ボムは道中拾い分だけ設定だからご利用は計画的にな?」

「了解」

「──?」


 礼音レノン先輩が伝えてくれたレギュレーションに対する反応は、疑惑と納得の正反対で。

 納得した方が夕凪儚那ユウナギ・ハカナで、クェスチョンを浮かべた方が哀咲雨鈴アイザキ・ウレイだ。


「……なあ雨鈴ウレイ、シューティングゲームのルールって解るか?」

「──なんと──なく──?」


 後ろから覗き込んでるので雨鈴ウレイの表情は見えなかったが、慧雅ケイガの脳裏にはありありと浮かぶ。

 ……これ多分やり方解ってないまま触ってるわ。

 夕凪ユウナギの奴大人気ない勝負挑んでるなと心中で頭を抱えながら、慧雅ケイガはゲーム画面を見る。

 廃墟の上空を飛ぶ悪魔の少女と、それに向けて攻撃を放つ魔法コウモリたち。


(……良かった、回避はしてる)


 ざっくばらんに言ってしまえば、シューティングゲームは回避のゲームだ。

 次から次に現れる敵が撃ってくる弾丸を回避して、ステージの最後までたどり着く。

 逆に攻撃に当たれば残機が一つ減り、全てなくなってしまえばゲームオーバー。


雨鈴ウレイ、そっちのボタンを押すと自機からも攻撃できるぞ」


 教えると、その通りになった。

 相手の攻撃を躱すだけではなく、自分の方からも攻撃をして、邪魔する敵を撃ち落とす。

 雨鈴ウレイ操る悪魔の少女がそばに浮かべた箒型オプションから出る攻撃が、魔法コウモリを爆散させていく。


「爆散した敵が落としてく奴は自機のアイテムだから取ってくといいぜ。

 あっ、ただミスるとそこまでの強化リセットだけどな」


 強化アイテムを取れば取るほど攻撃火力や移動速度が上がっていく。

 つまりはノーミス状態を保ち続ければそれだけ有利になるシステムだ。


(大人気ない戦いだよなあ、これ)


 声には出さずに慧雅ケイガは思う。

 かたやシューティングゲームを触ったことすら今日が初めてらしき哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ

 かたや前作とは言えノーミスクリアを達成したことすらある夕凪儚那ユウナギ・ハカナ

 どっちが有利な戦いだなんて火を見るよりも明らかで、つまりは優位性誇示の為の行動だ。

 夕凪ユウナギがなんでそんな行為に出たのかは、慧雅ケイガにはちょっとよく解らない。

 わざわざ誇示行為などしなくとも、ただ歩いているだけで他の誰もを追い抜いていく。

 それが夕凪儚那ユウナギ・ハカナという天才少女だったはずで、誰かと何かを競おうなんて、向こうの側から挑発されでもしなければ滅多にやりはしなかったのに。


 慧雅ケイガはゲームの対戦画面を見る。

 夕凪ユウナギの操る露出度高めのシスターは、すいすいと弾幕の間を駆け抜けていく。

 迷いのないその動きはまるで未来を見ているようで。

 疾る動きはライトニングスター。

 止まることなく最適解を最高速で進んでく。


 思わず見とれそうになったところで、雨鈴ウレイの側の筐体からシステムサウンドが鳴り響く。

 耳に突き刺さるようなインパルス。撃墜時の音声だ。


「アメスズちゃんワンミス。こりゃ当たり判定を見間違えた奴だな、あるあるだ」


 画面は中ボスらしき巨大コウモリが発光弾を四方八方にばらまいているところだった。

 光っている弾はどこまでが当たるとアウトか解りづらく、初見殺しのトラップだ。

 また、自機の当たり判定も画面の見かけ通りではないことがSTGでは通例だ。

 覇王神シリーズでは自機の胴体部の白い点が被弾の判定部分であって、そこを知らずに見間違えたのだろう。


「これで夕凪ユウナギが一機優位、か」


                    ◇


 慧雅ケイガのその呟きを聞いて、夕凪ユウナギは心中だけでほくそ笑む。


(そうよこれこれ、賞賛の言葉をもっと私に寄越しなさい!)


 生まれて来てからの十五年間、自分よりも凄いと思えるような存在は夕凪儚那ユウナギ・ハカナの人生にただ一度しか現れなかった。

 なので彼女は当然のように己こそが最強最高無敵であるとそんな世界観を有していた。

 他人に出来ることは自分にも出来るし、自分に出来ないことは将来の自分が出来るようになるはずだと、一足す一を積み上げていけば百千万になるのと同じような真理であると思っていた。


 そう、それらは全部過去形だ。

 ただ悠々と歩くだけで世界を制覇出来ると思っていた天才少女。

 けれど文字通り歩むことすら出来ないのなら、それはどこにも届けない。


 だから、夕凪儚那ユウナギ・ハカナは諦めていた。

 この先の未来に得られるものなんてきっと無い。

 何者にもなれず、どこにも行けず、変わらない閉塞感が続き続けるだけだろうと。

 けど、それでもいいと思うようになってきた。

 この先に手に入るものが無かったとしても、自分の隣には幼馴染がいる。

 価値を失ったジャンクドールに寄り添ってくれる少年がいる。

 素晴らしかった昔の私はそいつの思い出の中だけにあればいい。

 優しい彼をつなぎとめることが出来るのならば、失ったものの価値としては十分だ。

 だったらそれでいいじゃないかと、そう思い始めた矢先だった。


 けれど彼女は見てしまった。無限に一足す一を積み上げたところで辿り着けないかもしれない、幻奏世界の人外少女を。

 飛んで、跳ねて、剣を振って、怪物を打ち倒す幻奏歌姫エレクトリックエンジェル

 かつての怪物少女夕凪儚那ユウナギ・ハカナより、明確に凄いアニマ・ヒロイン。


 戦えることが凄いのではない。

 人間でない出自が凄いのではない。

 幻奏劇場に迷い込んだ直後のこと。騒狗ギニョルにやられて死にかけていた慧雅ケイガを助けたその姿。

 何の迷いもなく心臓を抉り与えた自己犠牲を、真似できないと感じさせられてしまったから。


 だからこそ、夕凪儚那ユウナギ・ハカナは勝たねばならない。

 どんな形でも構わない。幻奏歌姫に勝利して自分が上だと証明する。

 大丈夫、彼女の強さは異能バトルの世界の話。日常の中では私が勝つ。


 そう考えている時点で焦りで不安で心配なのだと、夕凪儚那ユウナギ・ハカナは気づいていない。

 何故そんな証明をしなければいけないのか、その動機すら心の奥に押し込めて。


(対戦モードってことはそろそろアレが出てくるわよね、と、来た来た!)


 画面内では攻撃を受けてヒットポイントを失った巨大コウモリが爆散する。

 中ボスを撃破しただけあって、大量のアイテムがばらまかれる。

 速度上昇効果を持った赤チップ。火力上昇用の青チップ。ポイントの紫チップ。

 そのどれでも無い黒のチップが混ざっているのを確認し、迷うことなく取得した。


「対戦相手を攻撃するためのアタックアイテム!

 私から送る追加弾幕を食らってもう一機リードを献上しなさい!」


                    ◇


 雨鈴ウレイ側の筐体画面。

 最終攻撃を放つ巨大コウモリと激戦を繰り広げている最中に、新キャラクターが乱入した。

 夕凪ユウナギ側がプレイヤーキャラに選んでいる露出の高いシスター。それが雨鈴ウレイ側の画面に現れて、十字架を体現するように両腕を広げた。

 そして追加の弾幕が放たれる。

 プレイヤー側を追尾する直線弾の乱射に加え、四方八方に散らばっていく拡散弾。

 中ボスのコウモリが雨のように降り注がせてくる攻撃もそこに加えて、画面の殆どが色とりどりの弾幕で席巻される。


「攻撃アイテムで送り込まれる弾幕は元々終盤ステージ並みの複雑さだが、いいタイミングで撃って来たな夕凪ユウナギちゃん。複数のパターンが合体したら当然読むのは難しくなる。容赦ってモンがねえな全く!」


 花火大会の空中に投げ込まれたかのような致死の弾幕の殺戮空間。

 周囲全てを埋め尽くされ、しかし雨鈴ウレイ操る悪魔の少女は動きに怯みを見せなかった。

 彼女は最小限動くだけ。迷わない回らないほんの少しの直線移動。

 まるでそこに攻撃が来ないことを最初から知っていたかのよう。

 降り注ぐ弾幕の方から全てがキャラを避けていく。


「攻撃の軌道を読むのは──天使わたし──得意だから──」

「マジかよヒュウ。あの合成弾幕で安全ラインを瞬時に把握しきったってのか!」


 何故なら彼女は異能バトルの住人。

 現実ならざる領域で騒狗ギニョルを狩り続けた経験値がある。

 それによって得たのは高い動体視力と戦闘のセンス。

 非常識の住人として持つ技能が、経験値の差を十二分以上に埋めていた。


 躱し続けること十数秒。

 露出シスターは画面の上から去っていき、中ボスのコウモリが爆散する。

 雨鈴ウレイの方も少し遅れてステージの後半に突入だ。

 行く手を阻むように現れる雑魚の数も種類も速度も増え、攻撃殺意が激化する。

 追加されたガーゴイル型の敵は直線レーザーを降り注がせて、行動範囲を狭めてくる。

 徐々に画面端に追い詰めて逃げ場をなくそうとするように設計された誘導構造。

 どんどん逃げ場を失ってあと一撃で圧殺される。生き延びようとするためには、


「──次のレーザーが撃たれるまでの間に──反対側に出ればいい」


 勇気を持って有言実行。

 弾幕回避は気合と度胸と繊細な注意。

 試練を乗り越えた彼女の前に、次なるボスが現れる。

 デフォルメされた人魂を周囲に浮かばせた荒野のガンマンみたいな女。


「初代の隠しボスじゃないですかアレ!」

「そうそう二と三の間で出たファンブックで再登場が仄めかされてたんだけどな? ストーリーモードでもまさかの一面からの登場で体験版をやった人らが驚いていて……」


 背後で設定の話をする観客の声を聞き流しながら、雨鈴ウレイは画面に集中する。

 ボスが画面に現れてから、攻撃の手は止まっている。

 それはおそらく大攻撃の準備の予兆。

 ゆらゆらと飛ぶ人魂が分裂を始めていく。

 一つが二つ。二つが四つ。八つ、十六、三十二。

 それらがふらふらと画面のあちこちに散らばって。


「────」


 そして攻撃が始まった。

 画面各所に設置された人魂が脈打って、それに合わせたリズムで同心円状に弾丸が飛ぶ。

 一定範囲まで開いた円は砕け、重力に引かれるかのように降り注ぐ。

 それに合わせて左右下から弾丸が自機狙いの一直線に放たれる。

 騒がしく美しい画面の中、雨鈴ウレイが操る悪魔の少女はある一点を目指し飛んでいく。


(──ガンマンの頭の五ミリ上──あそこは弾丸が飛んでこない!)


 発見した安全地帯へ向けて、悪魔の少女を飛翔させる。

 円形が砕けたその一瞬、横方向からの弾丸を受けないタイミングで高速上昇。

 自機狙いの弾丸を背後に置いてけぼりに加速して、上がり、上がり、滑り込み、


「──!?」


 そこへ画面上部から極太レーザーが降り注いだ。

 回避できない。

 被弾する。


                    ◇


「伝統と実績の安置詐欺、引っかかっちゃったかー!」


 雨鈴ウレイの二ミス目を見届けて、礼音レノン先輩はあちゃーと軽くリアクション。


「初代の裏ボスやってた時からある引っ掛けだから既プレイヤーは感づくんだがな。

 反射的にボム撃てれば助かったかもしれないから惜しいなーッ!」

「ボム──?」


 目を画面に釘付けたまま、知らない言葉だと雨鈴ウレイが問う。

 大抵のシューティングゲームには通常攻撃の他に、ボムという攻撃手段がある。

 初期に何個か保有していたり、道中でアイテムを拾ったりで回数が増えるが、撃てる回数が決まっている強力な一撃だ。

 そのメリットは一撃で広範囲に高威力攻撃が出来るだけではなく、攻撃が届いた範囲内の敵弾丸までもを消滅させる。

 つまり当たりそうな弾幕をキャンセルした上で、擬似的な無敵時間を発生させる。

 被弾しそうになったときに回数の限られたボムを惜しまず撃つ判断が出来るかどうかが生存性の鍵と言えるのだ。


「要するに、ピンチになった時の緊急回避アイテムだってことな。

 しっかしこれでアメスズちゃんは後がないが、相手はノーミスでここまで来てる。なかなか厳しい戦いじゃねーの」


 見守られている画面の中、夕凪ユウナギが操る露出度高めのシスターは偽の安全地帯に囚われず降り注ぐ攻撃を正攻法で回避して。

 それは優雅な自由飛翔。設置されてる弾幕全て、障害になんてなってはいないと、誇示するように魅せている。


「んで、喜嶋少年はどっちが勝つと思ってるよ?」

「え!? ……いや、そんなのわざわざ言う必要ありますか?」


 突然の問いかけに慧雅ケイガは狼狽える。

 別にどちらの応援をしていたわけでもなくぼけっと見ていただけだったので、自分の口から出てきたそれにもどこか他人事めいた驚きがあって。


「喜嶋少年もなんでこの戦いが起きてるかは予想ついてるんだろ?

 つまりはそれを応援するのかしないのかって話で、要するに下世話なゴシップハートだ。

 先輩サマの気になる心にちょっとばかし配慮してくれたっていいんじゃねえか?」


「そんな聞き方されたら尚更答える訳には行きませんって。

 第一どっちの側に立っても俺の立場って無いじゃないですか。

 片方は付き合い長い幼馴染で、もう片方は今日の外出で歓待される予定の相手。

 肩入れする姿を見せたら不義理不実もいいとこなので、質問の回答は沈黙です。

 どっちが勝ったか見届けてから、その時に応じた対応をするだけですよ。

 起きた結果に対してから行動する、万事はそう言うものでしょう」


「へーぇ」


 礼音レノン先輩は目を細め、睨みつけるような視線で笑う。

 それはまるで、嘘吐きを糾弾する時のような表情で。

 もしくはきっと、愚か者で遊んでやろうとするような劣情で。


「ってことは、今の喜嶋少年には、欲しい未来ってもんがない訳だ」

「はい?」


 突然の大げさな言葉に困惑する。

 今言うようなことではない以前に、そんなことは確かに考えても無かったので。


「だってそうだろ。その時に応じた対応をする気だって言うなら、つまりはどうなったっていいと思ってるんだ。

 そのどうなったっていいと言うのを万事に当てはめようとするって言うのなら、欲しい未来がないってことにしかならねえよ」


 そんなつまらない回答はここで沈めておかねばならんだろうと、独路城礼音ドクロジョウ・レノンの目は告げて。


「生きるってのは未来に希望を期待を持つってことだ。

 こういう未来が来てくれたらいいなと思って祈ってそれで止めずにそいつが現実になるように変えてやろうと動くことだ。

 起きた結果に応じて動くって悟ったようで格好いいとでも思ってんのかよ少年。

 そんなのは街を歩く塵の欠片の生き方だ。

 何かになろうとする意思を諦めた人間の処世術だ。

 そんな奴が誰かに歌を伝えようだなんて片腹痛い。

 ……どうやら本当に、ギターを握るのをやめちまったようだな、喜嶋少年」


 独路城礼音ドクロジョウ・レノンの強い言葉に晒されて、喜嶋慧雅キジマ・ケイガは黙り込む。

 望む未来。誰かに伝えたいような強い思い。

 そう言った輝く光る素敵なものが自分の中から消えているのは自覚がある。

 自分自身が綺麗事を信じられない状態にある。

 何故なら喜嶋慧雅キジマ・ケイガは知っているから。

 どんなに強く輝く星だって、どんなに運命に選ばれているような少女だって、理不尽に転落することがあるのだから。


 転落を見届けた者にとって、目に映るのは夢希望よりも現実だ。

 現実はうまくいかないのだから高望みなんてものはせず生きましょう。

 失敗した時に備えて堅実な備えをしておく以上に賢いことはありません。

 誰かに伝えたい言葉すらそんなつまらない大人のようなお説教しか浮かばない。

 ありふれた退屈さが、世界に敵うわけがない。

 むしろ敗北の象徴だ。

 現実に負けて砕けてそのことを正当化するために他人をこちらに引きずり込もうとする亡霊。

 そんな言葉を聞きたいと思うような奴は、きっと同様の敗北主義者しかいないだろう。


 だから喜嶋慧雅キジマ・ケイガはギターを取れない。

 誰かの背中を押せないし、自分自身の軸さえ信じられない。

 何が大切かも忘れてしまったままでは、灰色の世界を色付けられない。


 しかし、それはそれとして。


「……その話、二人の戦いと何か関係あります?」

「いや、ただ悟ったような言い方がムカついたので思っただけだけど?」


 疑問の答えはあまりにしょうもない感情で。

 そんな理由でシリアスな罵倒を受けることになったのかと肩を落とす。


「人間生きてりゃ興味ないことだってある訳だから全てにおいてなんか思えとは言えないけどさ。

 この戦いがなんで起きてるかから目を背けてるのはよくねえと思うんだよなオレ。

 どっちが勝った場合にせよ、贈る言葉は用意しといておいた方がいいと思うぜ?」


 意識を筐体の方に戻す。

 ガンマン少女の操る人魂が回り出し、最大攻撃に移ろうとしていた。


                    ◇


 ガンマン少女は覇王神シリーズ一作目の裏ボス……つまりは作中事件の根幹に関わっていたキャラクターだ。

 旧文明の時代に強大な異能に目覚めてしまった彼女は、それを危険視した軍人たちの手によってコールドスリープに追い込まれた。

 それが終末を超えた時代で目覚めさせられ、能力の余波で野生生物の凶暴化や悪霊の具現化が引き起こされたのだ……というのが覇王神一作目の本編シナリオなのだが閑話休題。

 彼女が有している能力は、死霊を操る程の力という。

 死んだ者の魂を取り込んだり吐き出したり強めたり弱めたりのなんでもござれな万能能力。

 それを全力で発揮してかき集めた死霊の怨念を一滴残らず吐き出し尽くす、そんなフレーバーがついた最終攻撃が解放された。


 直径が自機のサイズの五倍はある超巨大な光弾をゆっくりと全方位に放ちながら、同時に小粒弾が渦巻きを描いてばら撒かれる。

 画面下部で超大型弾の隙間を縫いながら、同時に小型弾にも当たらないように気をつけないと行けない難易度。


(初代の時と同じパターン。……行けるわ!)


 けれどそれを前にして、夕凪儚那ユウナギ・ハカナは勝気に笑う。

 何故なら彼女は完璧少女。一度攻略したもの相手に蹴躓いたりしない無敵の天才。

 困難であっても既知である限り到底彼女の敵では無い。

 攻略済みの困難なんてそれは轍と同じこと。何回だって同じようにこなして見せると完全無欠を自負している。


 この攻撃の攻略パターンは知っている。

 早々に画面下部に陣取って、そこで自機狙い弾を左右に動いて回避すればいい。

 そして準備は整った。彼女が操る露出度高めのシスターは画面最下段まで到達済み。

 あとは約一分を耐え凌ぐだけで残機数差によりポイント勝利が確定する。


 そう、既知であるなら夕凪儚那ユウナギ・ハカナに敗北はない。

 けれどもそれは未知相手には多大な隙で。


「……待って!?」


 突如鳴り響いた撃墜音に、無敵のはずの少女が驚愕する。

 回避可能だったはずのパターンを前に、ワンミスアウトを起こしている。

 その理由は誰の目にも明白で、


「画面下端からの反射弾!?」


 まさかまさかのパターン変化。

 通常であれば画面端にたどり着いた弾幕はそのまま消えていくはずなのに、それが残存して反転。

 自機を上下から挟み撃ちする攻撃が起きていた。


「三からはこれが追加されてるんだよなあ。初代知識で油断した奴を混乱させる初見殺し!」


 後ろで慧雅ケイガの忌々しい先輩が何か言っているようだが聞こえない。

 考えなければならないのは崩れたペースの修正だ。

 まだ、まだ一機分の差が残っている。それさえ保ち続けていれば、自分の敗北はあり得ない。

 だから早くこの弾幕の軌道を読んで移動しないと、被弾後の無敵時間が終了し、


「………!!!」


 焦りが脳裏を支配しているうちに猶予が終わりを告げており、二度めの撃墜音が鳴り響く。

 移動自体はしていたはずだが、被弾で強化がリセットされたせいで速度感覚が狂っていた。

 あっという間のツーアウト。瞬間的にもはや一切の後がない。

 そして夕凪ユウナギの焦り困惑と関係なしに、弾幕は更に密度を上げて降り注いで、


「舐、め、る、なァァァァァァァ!!!!!」


 怒気一括。

 全て吹き飛んでしまえとばかり、ボムのボタンを押し込んだ。

 大爆発が画面の下半分を飲み込んで、弾幕を消しとばしていく。


                    ◇


 夕凪ユウナギが叫びあげたのを前にして、喜嶋慧雅キジマ・ケイガは衝撃を受けた。

 最強無敵の夕凪儚那ユウナギ・ハカナが勝負で感情を露わにする。それは彼にとっては驚天動地。

 そしてそれ以上に彼女が追い詰められていることが困惑だ。

 何故なら彼女は最強無敵。

 勝負という土台に他人を上げることすら滅多にないトップスタァ。

 それがミステイクを繰り返すだなんて、常識的にありえない。


 ……そう思っている自分に呆れ果てる。

 幼馴染の少女は最早あの頃のような完全ではないと、それを諦めの理由に使っておきながら、いざ彼女の苦戦を見せつけられると信じられないと思う顔をしている。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは一年経った今でもまだ、夕凪儚那ユウナギ・ハカナに最強であって欲しいと願うのか。


 そしてもう一人の少女の方に目を向ける。

 幻想の中から出て来た少女のスティック捌きは淀みなく。

 知識の差さえ埋めてしまえばこの通り、空想の天使は求められたままに完璧挙動をこなしている。


 綺麗だなと慧雅ケイガは思う。

 美しいものは美しいままでいてほしい。この世のどこかに完全なものがあるのだと信じたい。

 おそらくは、彼女を作った研究所の面々もそう思っていたのだろう。

 人間の正解。それは希望の別名だ。出来る誰かが世界にあるなら、自分にだってその可能性はあるのだと信じることができるから。


 完全から失落した現実の少女と、偶像を体現する空想の少女。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは果たしてどちらを信じたいのか。


 答えが出ないままに、決戦はラストカウントダウンに入った。

 ボスキャラの弾幕放出は加速を続け、最早慧雅ケイガの目には避けられる余地を視認できない。


 残り五秒。

 画面中央にいるボスキャラクターが攻撃の前兆光で輝きだした。


 残り四秒。

 それが自機狙いの攻撃であると慧雅ケイガは察した。


 残り三秒。

 この攻撃は避けられず当たる奴だと確信した。


 残り二秒。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは少女の名前を叫ぼうとした。

 けれど、


「………………、!!」


 それを言葉にする前に、独路城礼音ドクロジョウ・レノンが口を塞いだ。

 行き場のなくなったそれは、誰にも聞こえず言葉の形にならなくて。


 残り一秒。

 カウントダウンが終わるその直前に、勝敗を示すメッセージが表示された。


《1st player is Winner!!》


 夕凪儚那ユウナギ・ハカナの勝利だった。


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