Part3-3


                    ◇


 すったもんだがあった結果、結局、最初のブラウスを買うことになった。

 服飾店を出た三人は、ぶらぶらとショッピングモールの中を散歩する。


「あの──車椅子押すの──代わろう──か?」

「いや、いい。これは俺のやることだから」


 断る。

 昨日今日とのやりとりで、だんだんと哀咲雨鈴アイザキ・ウレイという少女の行動方針は解って来た。

 要するに、利他だ。

 彼女は「誰かのため」になる行動を取ろうとする。それもかなり積極的に。

 前提常識の偏りのせいで何か変なものが出力されているが、それでも根底は善意だろう。


(人間の正解を出せる人工心理か……)


 躊躇なく積極的に善行を為そうとする知性体。それも温和で美少女然とした外見造形。

 確かにそれは理想的だ。人類皆がそうであれば争いなど起こらないだろうと信じられる女神性。

 偶像計画という名前にふさわしい空想上のアニマ・ヒロイン。


(……まあ、「正解」を名乗るには、まだまだ人間を知らなそうだけど)


 幻奏歌姫の少女は全てを引き受けようとするけれど、人間には自分自身でやりたいことがあったりするのだ。

 例えばそう、全てを失った幼馴染の少女が座る車椅子を押してやることだとか。


「んで、次はどこ行ってみる?」


 クエスチョン。

 今日のホストは夕凪ユウナギなので、そちらに意見を仰いでみる。


「そうね、そろそろお昼回りそうだし、ご飯にでも行こうかしら」


                    ◇


 超巨大ショッピングモールも兼ねているセントラルタワー内部には、飲食店も当然数多く存在している。

 大小合わせてその数なんと三百以上。喫茶店から一見さんお断りの最高級レストランまでよりどりみどり。

 原材料も輸入に頼らずタワー内部一般立ち入り禁止区画にある食料プラントから直輸送が基本指定だ。

 更には最先端の異想領域いそうりょういき技術を使用してた保存がなされている為調理直前まで新鮮さが保持されている。

 要するに、セントラルタワーのレストランはレベルが高い。

 今回三人が選んだ特に際立った部分のないファミレスでも、十分以上に舌を唸らせること請け合いな程。


 レストランの席について、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは一人気合いを入れていた。

 脳内に情報窓インフォメーションを無数に開いてプランニング。今から自分がすることを心の中で反芻して。


《【計画】恋愛コード:らぶらぶぱわーサポーティング【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ→二人】》

《・──コイビトドーシ二人がイチャイチャするのを後押ししよう──・》


 雨鈴ウレイの持つ知識によれば、コイビトドーシというのはいつでもどこでもイチャつきたくてたまらないが、世間体とか周囲の目とかそういうものを気にしてなかなかやれない存在だという。

 彼女の記憶によれば、今日の外出の趣旨はデートであると夕凪儚那ユウナギ・ハカナは宣言した。

 デートの意味は雨鈴ウレイにもわかる。イチャイチャを家の外でやりましょうというお誘いだ。

 つまり彼らは今すぐにでもイチャイチャをしたくてたまらなく、その協力を依頼するため幻奏歌姫を連れてきたのに違いない。

 服屋では自分の服を見繕ってもらうという優先課題を与えられたので待っていたが、今こそ使命を果たす時。

 そしてその為の準備は既に整っているのである。


「お待たせしましたー☆ ご注文の超級ギガントオメガ盛りパフェでーす!!」


 ウェイトレスさんが開いた情報窓インフォメーションから、ずどんと音を立てて注文品が机に落ちた。

 ずどん。

 擬音の選定はこれで正しく表現だ。他の何かの間違いではなく、質量を表す重低音。

 そいつはまさに巨体だった。

 本来パフェとは下側を鋭角とした逆三角の形で提供されるスイーツだが、そいつは丸いガラスボウルに入っていた。

 最下層のコーンフレークは上層の重みに耐えかねジャムの層と一体化しており、化石の生成過程を思わせる。

 上に盛られた果物類はこの一品だけで世界地図でも作ろうと言わんばかりのバラエティ豊か。

 かけられているソースがチョコかベリーかキャラメルかで三つのゾーンに分けられており、明らかに混ぜることなく複数人で食べることを想定しているメイキング。

 食べきることが出来たら無料どころか賞金を渡されるべきボリューム感。

 巨大さを示す言葉が三つも重ねて接頭されていることに恥じることなきビッグサイズ。


 若干顔に汗を垂らして慧雅ケイガが問う。


「いやさ、値段は親父のツケになるから気にしなくていいんだが……それ、食いきれるの……?」

「ん──頑張る──」


 無論、言葉の綾である。

 雨鈴ウレイが思い描いた計画はこうだ。

 超級ギガントオメガ盛りパフェを頼み、それを程々のところまで食べ進む。

 慧雅ケイガ夕凪ユウナギが自前の注文を食べ終わった辺りを見計らい、残りは二人で食べてと宣言する。

 超巨大パフェを二人で分けるという格好の言い訳を手に入れた二人は、カップルスプーンを注文するとか、食べさせあいをしちゃうとか、色んな形で堂々とイチャつくことが可能になる。

 まさに完璧な計略だ。


「そ、それならいいけれどさ……んじゃまあ、いただきます」

「そうね。いただきます」

「──いただきます」


 慧雅ケイガの注文はナポリタンスパゲティで、夕凪ユウナギの分はパンケーキとアイスティー。

 幻奏歌姫エレクトリックエンジェルの性能をもってすれば、何分ほどで完食するかは容易に予想が立てられる。

 あとはそれに合わせて食事ペースを決めればいい。

 雨鈴ウレイはそう計算していたのだが。


(────味覚に想定以上の刺激を感知。感覚象限は快──恐らく適切な言語表現は──)


 前提条件を再確認しよう。

 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ幻奏歌姫エレクトリックエンジェルという人工生命体である。

 そしてその活動領域は現実ならざる異想領域いそうりょういきである。

 その中では肉体的な疲労や栄養失調などの現象は発生せず、常に万全の活動を行えていた。

 故に栄養補給行為を取る必要は一切なくて。

 要するに、


(──美味しい──?)


 初めての飲食実感に、最高級パフェの直撃を受けた訳で。

 動作させたことが無かった快楽回路が稼働する。

 味蕾からの刺激充足を本能部分が欲求する。

 あっこのソースの酸味がクリームの甘みといいハーモニーを奏でていて柔らかすぎるのに口が飽きて来たところでコーンフレークを噛んでみたら固さがリズムを変えてくれてもっと食べる気になってきてアイスクリームとチョコレートの組み合わせってこんなに素晴らしいものだったんだもっともっと次の感覚を知りたくてスプーンを動かしてはぱくぱくむしゃむしゃむはむもきゅもきゅ──


「………、食べきっちゃってるよ、この子」

「す、すごいわね……体内に圧縮空間格納とかしてない?」


 雨鈴ウレイが我にかえった時には、ガラスボウルは空っぽで。

 それを見つめる二人の皿にはまだ注文した品が残っている。

 つまりは作戦失敗で、やってしまったという思いが雨鈴ウレイの思考を染めていく。


「あーもう、口元汚してるじゃねえか。ホラちょっと顔出せ。拭くから」


 雨鈴ウレイがリアクションをする前に、慧雅ケイガの差し出したナプキンが顔に届いた。

 そのままごしごしきゅっきゅと為すがまま。


「うーん、よし、綺麗になった」

「………」


 ぽかんとしている雨鈴ウレイと対照的に、夕凪ユウナギは頬をむくれさせていて。


「………えいっ」

「うぉぁぁぁ俺のナポリタンが食われた!?」

慧雅ケイガが余所見してるから悪いのよ」

「そもそもなんでわざわざ俺のフォーク奪ってくんだよ? 夕凪ユウナギは自分の奴あるじゃん!」

「うるさいそのぐらい自分で考えなさいなバカ!」


 一見喧嘩しているように見えるが、雨鈴ウレイは二人がコイビトドーシだと知っている。

 よって眼前のこれはイチャつきなのだと正しく現状を理解した。


(間接キス──!)


 コイビトドーシをイチャつかせる計画の達成に、雨鈴ウレイは内心でガッツポーズ。

 予定とは違う形になったけど、二人がイチャついているのなら成功だ。

 言い合う二人を見つめながら、雨鈴ウレイは満足げな顔で微笑んでいた。


                    ◇


 食事を終わらせてもデートタイムは続いていく。

 正午を回った時間なせいか、客足も増えて来て心なしか騒がしさも強まりだす。

 人の波があちらこちらに動いてくのを見て、喜嶋慧雅キジマ・ケイガは問いかけた。


「次どこいく? 服買ったしメシ食ったし、他になんか買いに行くにしてもいざ考えると何が出来るかぱっと思いつかねえけど」


 本屋とかになってくると自分の買いたいもので完結してしまうし、玩具屋に行って買うものがあるような趣味でもあまり無い。日用品の買い出しとか言い出したならそれこそ実用性の話になって来て遊びにきたという建前が台無しだ。

 こういう時こそ自分の「やりたい」を言うべき機会なのだろうが、生憎にもそんなものが思いつかない。

 一年前まではとにかく目についたものに節操なしに手を出していたから常に何かにハマってたのだが、一回火が途絶えてしまうと再燃着火が困難だ。自分が詳しく知らないものでは冷えた心を動かすだけの熱量が足りず、詳しく知ってるものでもそれ以上の興味が湧いて来ず、何かを始めてみるだけのテンションゲージが満たされることが全くなくて、結果何にも手をつけないまま青春時間を浪費している。


「……そうだ、雨鈴ウレイはなんかあるか? やりたいこと」


 この外出がそもそも彼女の歓待を含んでいたことを思い出し、話をそっちに振ってみた。


雨鈴ウレイの好きなこと言って良いんだぜ。何が見たいとか欲しいとか自由に思うの言ってくれ」

「────」


 だが、俯いたその表情が何を言えばいいか解らない沈黙だと気づき、慧雅ケイガは自分の軽率な言葉を反省する。

 ずっと一人きりで灰色の街の中にいた少女。

 それに「何をしたい」だなんて問うたところで、選択肢自体を持っていないに違いない。


「親父の奴……」


 呟く。この少女をこんなままにしていたことに憤りがある。


「ケイガは──お父さんのこと──嫌いなの?」

「それは……嫌いというか……」


 無垢に問われて答えに詰まる。

 今朝までは距離感をどう取ればいいか解らなかっただけだったのだが、聞いてしまった雨鈴ウレイ周りの情報が明らかに悪の組織か何かであって。

 法律をぶっちぎってイリーガルに生み出した女の子を監禁育成してましたとか言われて、それにどう感想を抱けばいいのかは保留にするしか無かった訳で。


「小学生の頃、ちょっと色々あったのよね」

「ちょ、おま」


 だからどうしたらいいか困っていたら、先に夕凪ユウナギが答えてしまった。


「色々?」


 こちらを見つめて来る雨鈴ウレイの目は、全力でその話を聞きたいなと訴えて来るそれ。

 話を逸らすのも気が引けたので、仕方ねーなと頭を掻いた。


「学校でさ、ご家族のやってる仕事について調べて来ましょうって課題が出たんだよ。

 だけど、うちの親父のやってることってあれだろ? 人工心理がどうのとか小学生にとってはさっぱりでさ。

 当時の親父はザ・仕事人間って感じで家に帰って来ることも少なかったし、緊急でもない電話に応えるような奴でも無かったから直接聞いてみようってのも思いつかなくってさ、だから」

「だから──?」

「忍び込んだのよ。慧雅ケイガと私の二人で兆治おじさまの後つけて研究所に直接」


 若気の至りだった、としか言いようがない。

 そもそも人工心理研究所がやってたことの一端を知った今となっては、間違いなく存在していたはずのセキュリティをくぐり抜けて潜入してしまえたこと自体がなんらかの奇跡だったとすら思う。


「ただ、上手く行ったのは潜入するとこまででさ。

 研究所の中で早々に迷子になっちまったんだよ。それで適当にうろちょろしてたら、明らかに重要そうな機械のある部屋に出ちゃってさ」


 迷子の子供に重要そうな機械。

 これら二つを合わせたら、何が起きたかは最早誰でも思い浮かぶ。


「壊しちまったんだよな。その何に使うか解らない高そうな機械。

 子供の体重が寄りかかっただけでバランスを崩してずたずたずたどーん!ってドミノ倒し。

 その音で大人たちが気づいて集まって来るしこっちは小学生だしでめちゃくちゃ怒られて大変なことになるだろうって身構えたんだけどな」

「けど──?」

「なーんにも。集まって来た人たちからは色々言われたけど、親父個人からはお叱りも心配もなんのコメントも来なくてさ。

 だからああ、この人、俺に興味とかないんだな。適当にぬいぐるみでも持って帰ってくれば十分だと考えてるんだな。って思っちゃってな」

「──」

「だから長い間距離がある関係だったわけでさ。突然それを詰めてこようと動き出したんだからただでさえどう相手すればいいか解らなかったのに、今朝は唐突に雨鈴ウレイを連れて来るわ衝撃の秘密を知らされるわで、どうすればいいんだろうなあって」


 身近な人が相手なのに、どう接すればいいのか全く何も解らないことばっかりで。

 確かにこれは、何かの答えがあってほしい。


天使わたし──邪魔──?」

「いやいやいやいやそういうことじゃねえって!!」


 ほら、そんなこと考えてる間にも速攻で間違いが発生した!

 ここからどう話を収集つければいいか悩み出したところで、見知った姿がこちらに歩いてくるのが見えた。


「おーっす、喜嶋少年! 奇遇じゃんね!」


 半裸にオーバーオールを羽織った姿。人混みの中でもひときわ目立つ長身痩躯。

 独路城礼音ドクロジョウ・レノン先輩だった。


「一日会わない間に両手に花を成し遂げてるとはいっひっひ男の子じゃねえか。オレも加えてカルテットとか目論んじゃう?」

「何の隠喩かは考えないことにしてあげますね先輩」


 相手の芸風は解っているので軽くあしらう。

 これで目論まれてたらどうしたんだと思うけれど、多分物理的制圧で終わるだろう。


「それで新しい子増やしてるけどどうしたんだい喜嶋少年、ヒロインが空から降って来た系のイベントにでも遭遇した?」

「親父の仕事の関係ですよ。込み入ってるのでこの説明で納得してください」


 当たらずといえども遠からず。

 流石に先輩の言葉は冗談だと解っているので、変に慌ては発生させない。


哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ──です。よろ──しく──?」

「ハイハイ、アメスズちゃんね。オレは独路城礼音ドクロジョウ・レノン。将来の予定はミュージシャン。そこの喜嶋少年との関係はロックスターの師匠と弟子。いつか街頭で顔を見ることもあるだろうから、今のうちにサインとか欲しくねえ?」

「先輩、この子は真に受けるタイプなのであんまり余計なこと言わないでください」


 雨鈴ウレイがきょろきょろしているのはサインを貰うための落書きスペースが手持ちにないか探しているからなのだろう。うっかり私服を差し出したりとかする前に、冗談ということにして止めておく。


「ところで先輩、丁度いいので聞きたいんですが、なんかこの子連れてくのに面白そうな店とかないですか?」

「ああ、それなら絶好の場所があるから教えてやっよ。二人以上でショッピングモールってことになりゃ、もうあそこに行くっきゃ無くねと重々納得感謝感激行けちゃうベストスポットを、この礼音レノン先輩が紹介してやろうじゃん」


 右手を振って手品のようにメンバーカードを見せびらかしながら、礼音レノン先輩は目的地の名前を笑って告げる。


「ゲーセンだよ」


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