Part3-2
◇
よくわからないがそういうことになった。
集合住宅の外へ出て、丁度よく通りすがったタクシーを呼び止める。
AI制御の無人車は音も立てずにスムーズに止まり、自動制御で扉を開いた。
「どこへ──向かうの?」
「オメガフロートで買い物食事アミューズメント、全部試してみようとするなら行くべきところはあそこだわ」
「
オメガフロートの中央に位置する、この都市のシンボルよ」
話の続きは中でしましょ、と即座の乗車を促され。
「
「────ん」
車椅子少女の乗り降りは大変だし
トーガみたいな簡単ドレスの少女がタクシーの後部席に着座したのを確認し、
「お、うわっ!?」
突如食らったボディアタック。
華奢な少女の質量が
「もっと優しく受け止めて頂戴。40点」
「お、お前なあ……」
だからやろうとすればこうやってジャンピング突撃だって出来るわけだが、される理由がわからない。
「………」
ところで。
ジャンピングボディアタックを受けたということは、位置関係は接触状態である。
(うおお、重み、重みを感じる! 柔らかさ! 顔近っ!)
昨日も背負って家まで歩くみたいなことしたが、背面に感じるものと前面に感じるものはやっぱり違うのだ。
具体的に言うと視覚と嗅覚。
ここで再確認しておこう。
その天才性が剥奪されても、美少女の部分は据え置きだ。
普段身長差で意識しない整った顔が、呼気が届くぐらいの距離でこちらのことを見つめている。
「と、とりあえず早く退こうな、な。こんな姿勢のままだとタクシーも出発出来ないだろうし」
軽い圧迫から優しく抜け出そうとして、頭の後ろに手を伸ばす。
そして座席に触れる感触とは別の柔らかさをその指先に感じ取った。
「…………」
振り返る。
伸ばした指先が
(え、ええと……? 俺は今何をやってしまったんですか?)
答えは明白に眼前にあるが、それを認識出来るかと言うとやっぱり自覚困難だ。
具体的に言うと現実逃避。
(うわ、やべえ、こっちもめっちゃ柔らかい……)
ここで再確認しておこう。
現実世界に顕現しても、そのミステリアスは据え置きだ。
昨日や今朝では意識できなかった整った人形のような顔が、こちらのことを見つめている。
「────────」
こちらを見下ろす
反対側にある
混乱した脳は開くべき五指を逆に収縮させ、結果として暖かくて気持ちが良かった。
「へー。ふーん。
私の前で見せつけるように脂肪の塊を揉みしだくのね。そう。へー」
ところでここまでで描写してなかったかもしれないが、
小学生時代の申し訳程度の膨らみから1ミリたりとも成長してないバストサイズ。
見事なまでのフラットライン。
完全無欠にノームネー。
普段の本人に言わせればこれこそ完全に均整のとれた黄金比だと豪語するが、此度は何故だか嫉妬が出ていて。
「いやどう見ても事故だろ誤解だろ!? と急に判断力なくすの良くないって!」
「何を言っているのかしら
「滅多に見た記憶がない青筋が走ってます姫! 客観的に見て怒ってる!!」
「あの──あんまり怒ってあげないで──」
「あなたもあなたよ! 失礼を受けたならもうちょっと反射的に怒りなさい!」
「────?」
しっちゃかめっちゃかが収拾されるまで、だいたいここから十分かかった。
◇
オメガフロートは時計回りの十二区画と中心区画の、合計十三の区画に区分されている。
そんな面白味のない光景を、
「……建物とか好きだったりする?」
尋ねてみる。
「ん──どちらかと言えば建物よりも──人がいる光景が新しい──かな──」
「そっか」
灰色の街に佇んでいた有彩色の少女。
人間の都合で勝手に生み出されて利用されている、都市伝説のローレライ。
そう、
財産も家族も過去の思い出も何もかも、人間であれば当たり前に与えられるべきものを彼女は何一つ持っていない。
そんな状態でもなお、持ちうる善性に従って、
やっぱりふざけやがって、と、
そんな何も持ってない奴に施されてありがとうございますと言える程、厚顔無恥になれはしない。
彼女は報われるべきだと思った。少なくとも、昨日親切に少年少女を助けたその分ぐらいは。
「今日はいっぱい甘やかしてやろうな……!」
「えっ……あっうん、そうね? 昨日のお礼ぐらいはしなきゃいけないものね?」
親父が何を目論んでいるかとか関係なく、俺は彼女に構いたいのだと。
それを心に決めた
◇
実験特区
高く、高く、見上げるのに苦労するほどに天を衝く白亜の塔。
内部には遊園地・ショッピングモール・レストラン・映画館・水族館・劇場・スケート場・発電所に食糧生産プラント、人工心理研究所や
その名を
物理的にも経済的にもオメガフロートの中枢と呼べる場所だ。
「あいっ変わらずデカいよな、ここ……」
入り口前で
夏休みが始まったばかりというのもあってか、塔の周りには普段に増して人が多い。
それだけ多くても出入りが混み合っているという印象を得ない程度には、出入り口の部分も非常に大きい。
とにかく壮大、巨大、やって来るだけで元気百倍、そんな感じのランドマーク。
「最上階までは777メートル。階層数は公表されてるだけで120階。隠しフロアがあるなんて都市伝説も。
ここに来ればとにかくなんでもあるのだもの、目一杯遊んじゃいましょう?」
タクシーから降りた(厳密にいうと
彼女は既に
ここ一年の
それが突然こうやって外出しようだなんて自ら言い出すものだから、どういう風の吹き回しかは解らなくとも風が吹いたのはありがたい。
「
精算用の
タクシー代は高校生の財布にはあまり安いと言い難いが、とりあえず後で親父に詰め寄れば返してもらえるだろうという算段で我慢我慢。
とりあえず昼飯食べたり何か買ったりする程度のお金は残るし問題はないだろうと精算ボタンをタッチする。
おずおずと出てきた非日常世界の有彩色の少女は、
「お礼をする──
世界が凍結した。
ずざざざざぁーーーと音を立てて遠巻きになる群衆。
目の前の少女の服装を見る。幾ら日差しの強い夏とはいえ布を一枚纏った程度の非常な軽装。
言われてみればその格好はファンタジー漫画で見る概念奴隷がしてそうなそれで。
人間として有する最低限の共感機能が作動する。
この状況が周囲から果たしてどう見られているのかを想像力が教えてくれる。
「……まずは服屋に行くぞ
「…………………………そ、そうね! わかったわ!!」
右手で
中学時代に体を鍛えておいてよかったと昨日のバトル以上に思う
◇
セントラルタワーは非常に巨大な建物だが、規模に反して迷子になるような客はほぼ出ない。
屋内各所に設置された
今までの来館では特に考えずに享受してきたこの機能だが、この便利さを支えているのも【劇場】経由の集合的無意識へのアクセスなんだなと知ってしまった裏に複雑さを覚えながら、
「おいおい、
店内に入った途端、ツインテールの店員さんがぴこーんと擬音付きで高速襲来。
車椅子の
「なあ、
「常連だったからそれなりにかしら。選定審美眼は信頼出来る相手よ」
天才少女だった頃の
そんな彼女が高く評価しているということは、その筋における実力は確かな店員さんなんだろう。
「車椅子ってことは足の骨でも折ったのカナー、骨折や脱臼はクセになるって言うしお大事になお大事にな」
「…………」
久しぶり、ということは店員さんはここ一年の
二度と歩けない可能性が高いだなんて深刻な話だと知らずに気軽に気を使ったのだろうが、実情を知っている
先ほど聞いた
『人間は間違える生き物だから正解が必要だ』。
正解を出せる知性体は、こういうすれ違いもしない存在なのだろうか。
「んで後ろのカレシが
「ぐ、グッドちぃーっす?」
店員さんが突き出して来るサムズアップに
「そう。ボーイフレンド。ボーイフレンドよ。
それで店長、今日の相談なのだけど後ろにもう一人いるでしょう? あの子の服を見繕ってあげて欲しいのよ」
「へいへいへーい。
「ええ。私の分は自分で選ぶから、あの子に子供らしいものを着せてあげてちょうだい」
「イエッサーハイサイ! 任しとけーっ!」
敬礼ポーズを取って売り場の方へ駆けていく店員さんもとい店長さん。
「あの──本当にしなくていいの──お礼とかお金とか奴隷奉仕とか──」
「いらないいらないって。どうせこの辺の費用は親父の財布にツケるんだから。
そして
一体親父はこの子に何を吹き込んだんだと思いつつ、少女の顔を覗き込んで言う。
「むしろ、何かを返さなきゃいけないのは俺の方だから。昨日は本当ありがとうな、
「ん──」
儚げな少女は不思議そうに首をかしげる。
灰色の街の中ではあれだけ色づいて見えた
これからの一日で少女をどれだけ染められるかは解らないが、色がついたらいいなと思った。
「ヘーイ! とりあえずこんな感じでイッチョいいかな!!」
シャボン玉を作る輪っかを上から被せるかのように、店長さんが振り回した大型
半実体の画面が通り抜けた後の
清楚な白のブラウスに膝丈までのコルセットスカート。
足先を覆うロングブーツはスタイルと歩きやすさを両立していて、どこかのお嬢様の私服と言った趣だ。
「……似合ってるな」
「はっはっは、ドヤッ! これが店長さんのハイパー審美眼!
馬子にも衣装と申すなら美少女に着せればこれ必勝というチョイスでドン!
ところで今更だけどこの子は
「面白くない冗談はやめてほしいわね店長。ひとまず従姉妹ってことにしといて頂戴」
「複雑な背景があるねアイアイサー! お客のプライバシーには踏み込まないぜクワバラクワバラッ!」
しゅばばばびん!と再び敬礼ポーズを取る店長さん。
「あの──これ──着せてもらった服だけど──いいの?」
「あーあーコレね。コレもちょっと一時的に物体化させただけの情報だから、この店の外に出たり時間経ったりしたら元に戻るから気にしなくたってへーきへーき。買ってく場合はその都度私に言ってくれいっ」
なので
「さっきも言ったろ。昨日のお礼だし親父に後で返してもらう気なんだし、欲しいと思った奴を欲しいと言っていいんだぜ」
「ん──」
「まだまだ店長さんチョイスはあるからねッ! 色々試してから決めるといいぜチェキラナウ!」
そういうことなので、店長さんプレゼンツのファッションショーが始まった。
◇
「ぜいぜいぜいぜい……久々の逸材だからめちゃくちゃ疲れてしまったぜい。
気に入った服はあったかいそこのキミ!」
そして大体30分後。
着替えそのものは
七着替えに七を掛けた分量のバラエティを体感して、
「
「おんどりゃちくしょー!!」
噛まれている
「ま、まあウチん店にはもっと色々な服がある訳だし?
店長チャンのお勧めで満足できないなら自分で探してみればいいと思うし?」
「この店長を拗ねさせるとは相当ね……私も自分の服を選びたいし、ちょっと行ってくるわね」
「ん──
「おうっし行ってらそしてこの店長さんに売り上げをプリーズ!」
女子二人が店の奥へと消えて行って、その場には
店長さんは口元に手を添えて、内緒話の様相で、
「(あの
「ぶっ……!?」
何やら物凄い勘違いをされていることを理解してむせ返る。
どこから誤解を解けばいいか咳き込みながら考えて、最初に言おうと思ったことはこれだった。
「あの、そもそも俺、
「いやいやいや、そんなベッタベタな恥ずかしがり謙遜とかしなくていいんだぜー? そんな感じのこと言ってる奴は十年後ぐらいにおしどり夫婦になってるってのが定番なんだって店長チャンは知ってるんだ……ゼ!」
「随分と気が長い数値ですね、それ」
「いやーホント店長チャン学生時代は苦労したからね、同級生のポンコツカップルをキューピッドくっつけるのに実際にかかった年数がそのぐらいだと思いねェ」
このツインテール女性は一体何歳なんだろうと
「それでも相手はあの
「知ってるぜぃ。少女フィギュア界の超新星、私生活でも万能少女、控えめに言っても天才と呼ぶに相応しい……うちの常連さんだったからね多少はそういう話も覚えてるさ。なんでもできる最強無敵のスーパースター、天上天下に一輪の花」
ぱちぱちと開いていく
多少は覚えているどころかがっつりしっかりとチェックしていたのを窺わせる。
「そんな彼女が隣に置くような少年とか、彼氏以外にはないと思ってたんだけどネー! いやぁ少年少女の関係性は難しい奴ですな!」
んで、
「恋人同士でもないのに隣にいるってことは、何か才能見込まれてるとかそういう話あるんでショ? ちょいと店長チャンに自慢とかして頂戴よ」
「いや……そういうことこそ特に全くないんですけど」
「マジかよリアリィ。いやいやナイってナイって絶対ナーイ、能あるタカがツメ隠してるー!」
「いや、そんなに期待されても困るんですが……。
中学時代はあいつの隣に並べるなにかを見つけられないかと色々やってみたんですけどね。
スポーツやったり、料理やったり、科学工作やったり心理分析とかオカルト知識とか、幅広く触ってみたけど結果が出たと言えるのはなかったんですよね」
いや、でも一つだけ期待されたことはあったなあと
魅せる存在である彼女に並ぶため、最初に手にとってみて、結果は出なくても一年前まで触り続けてはいたギター。
少女の失墜と同時になんだか触るのが怖くなって、今は埃を被っているけど。
「はーあ。店長チャンとしては天才を見てなんかやってみようと思えるだけで凄いと思うンだけどネー。
『天才』って言葉を他人に使うとき、そこにあるのは大抵は断絶だから」
「断絶……?」
「ソ。断絶。天才。天に与えられた才能。何やら知らない大いなるものに贔屓されたからあいつと俺は違うんだ。そうやって自分を納得させるためのマジックワード。あいつは特別だから出来るという言葉で、逆説的に凡庸な自分にはそれは出来ないしそれが当たり前だと受け入れるための自己暗示。光り輝くトップスタァとしょーもない自分を見比べて鬱になったりしない為、最初から別だと線を引いておく切断処理」
「そんなつもりであいつを天才と呼んだことは、」
「無いってことが凄いのさ。それはまだキミがキミを見限ってないって証拠だから。
いいよネー若さ。店長チャンはもういい大人なので、出来ることとやらなきゃいけないことしか基本的にやんないけど。
やりたいってことをやろうとする気持ちは大事に使い倒しておきなよ、出来るうちにサ」
「………」
そう言われても、今の
一年前までなら、諦めるなんて言葉は嫌いリストの頂点にあった。
天才が示してくれるのは可能性だと思っていた。
あいつにそれが出来るんだから、自分にだって何かができるんだとそう無邪気に信じていた、
けれど今、
それを解ってしまった上で自分は何をすればいいのか、結局今でも見出せない。
「あ、俺もなんか買ってみていいですか? これとか気に入ったんですけど」
話を切り替えるつもりで、近くにあったアクセサリを手に取った。
炎のマークがついた黒眼帯。
「いーけどそれ、視界塞ぐタイプだからファッションとして使うには向いてないよ?」
むしろそれだから丁度いい。
買った眼帯を身につけて、宙空に浮かぶ鏡に映る自分の姿を確認する。
なかなか似合っているような気がしたので、ポーズを決めてみたりして。
そんなことをしていると、鏡の中で
適当に手を振ると、車椅子はきゅるきゅると音を立てて近寄ってきて、
「はぁ……また実用性度外視のアクセサリ買ってるのねあなた。
「隙間スペースの活用は得意だから問題ない。空間パズルの経験を活かす自信が俺にはある」
「はいはい。……ところで
ごくり、と唾を飲み込んだ。
流石にそれが解らない程の鈍感ではないと
両腕両足を根元までタイツスーツで覆っていて、一方胴体部分は剥き出しの生肌を晒す衣装。
流石に胸元と股間部は隠されてはいるが、面積限界を狙うチャレンジ精神が発揮されていて。
そして頭にはよく繁殖することで有名な哺乳動物の耳を模したアクセサリがつけられている。
要するに改造バニースーツでつまりはウルトラセクシースタイル。
似合ってるよと言われたいのは察するけれど、その為に選んだファッションが超過激。
なんでそうしたかの理由が解らないので、素直な返事がやりづらい。
(だって半裸相手の評価ワードってアレだ、言葉チョイスを間違えたら逆効果の奴じゃねーか!!
エロいとかナイスバディとかのそんな男語彙で評したらオトメゴコロを理由に即死!
かと言ってそれ以外の表現があるかという問いは専用辞書が必要なので回答困難!
なんで突然こんな超難問を投げかけてくるんですか
内心の混乱を表情に出さないように自制する。
けれどそれで取れる行動は沈黙で、見えない制限時間のカウントが刻一刻と進んでいく。
「ねえ
氷上を舞う私には無数の賞賛が投げかけられてきたけれど、あれらは面白くなかったのよね。
どいつもこいつも在り来たりな表現を貧相な語彙の中から選んで出してた案山子の鳴き声。
けれどそんなのじゃない、心からの言葉を、あなただったら言えるでしょう……?」
(どうしてハードルの引き上げまで追加してくるんですか
俺何かしたか!? さっきのタクシーでの事故がそんなに気に障ったのか!?)
多分上がったハードルは似合ってるよの一言では超えられない。
前代未聞で唯一無二でその上で乙女心を傷つけないように感動を言語で以って表現しろと、この女王サマは告げている。
(うおおおおお覚醒しろ俺のボキャブラリー!! ここでなんかいい感じの褒め言葉を見つけ出して場を凌ぐんだ!!)
祈る。だが祈ったところで無から有は生まれない。
どうしようもなく困ったところで、棚の端から
(ヘルプ! 俺の代わりに同性的無難返答で
多大な期待を寄せられている
少女もまた新しい服に着替えていた。
いや、彼女が纏っているものを服と呼んでいいならばの表現だが。
文字数を尽くさず表現しよう。
「なっ……!?」
露出度の面では
隠す布が無い胸元はその大きさを憚らず堂々と主張していて。
「どう──かな──。人は肌を見せると喜ぶって──
「その知識は今すぐアンインストールしなさい
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