Part2-5
◇
(この強さ──始めてだね──)
彼女が
集合的無意識の中から生まれた澱み程度の存在では、具体的な人格から形成された武器の強度には遥かに遠く及ばない。
けれど。
眼前の
擬似生物である
そんな現象、一年間の戦いの中では一度も無かったことだった。
今までと今回、一体何が違うのか。
自問の答えは明白で、何故というなら今日の
乱入してきた
ならば彼らを恨むべきか?
(そんな答えは───勿論無い)
それが彼女の
二人は守り抜くべき現実の住人。
彼らを外へ送り帰せないなら、
ただし戦っている相手が倒れるそぶりを見せないのであれば、対応できる以上になれない。
(打開策は解らないけど──
与えるならば自分の側で、己は他者に奉仕する身だと、生まれながらにして思っている。
それが彼女のアイデンティティ。誰かのためにみんなのために回り続けるコッペリア。
だから今度の戦いも全て一人でどうにかしようと無理をする。
孤軍奮闘は当たり前で報酬協力考えたことだってありはしない。
けれど。
彼女がそう思っていても、助けたいと思う誰かが他にいる。
「…………た!!」
声がした。
無理やり余力をひねり出しそちらの方へ視線を向ける。
モノレールの駅舎、そこから伸びている線路の上。
「ゴルゴンの本体、見つけたぞ!!」
◇
何故ならゴルゴンたちがここに来たのがその証拠。
こちらは空間転移で移動した。ならば居場所がわかるわけもなくて。
なのに速攻で向かってこれるとするならば、きっと肉眼で見えているからが最有力だ。
広範囲視界を確保するなら効率がいいのは俯瞰視点、ならばあるべき場所は高所のどこか。
セントラルタワーは遠すぎる。周辺のビルの上は案外真下が死角になる。
どうせ陣取るのであれば、オメガフロート全域をカバー出来る場所であれば完璧で。
だとすればここしかないと駆け出した。
駅舎に飛び込み、階段を登り、無人の改札を乗り越えて、立ち入り禁止の線路に降り立つ。
危険と緊張と興奮で引き起こされる背筋と足元の震えを必死の二文字で抑えながら、
「……いた!!」
無人で動くモノレール、その中に。
三体目のゴルゴンが、同化する形でそこにいた。
◇
よって、ゴルゴンも人間たちがこちらの所在に気づいたことは当然理解が出来ている。
「………」
その上で、ゴルゴン本体は微動だにしない。
頭部から生えている触手はモノレールの内部構造に侵食同化しておりレール沿いであれば任意で移動が可能である。
けれど怪物はその上で動かないことを選択した。
ロジックで不死身を保証されている分身程でこそないが、ゴルゴン本体も高い耐久力を持つ。
通常の攻性コード程度のダメージでは仮想肉体の破壊は不可能で、突破するなら
しかしその担い手である有彩色の少女はゴルゴンの分身二体が封殺中だ。
有効手段をとるのは出来ず、つまり彼らは詰んでいる。
このままの状態を維持し続けていれば、最後に勝つのはこちら側。
人間であれば笑んでいるような答えだが、自意識を持たないゴルゴンに表情を浮かべる機能はなかった。
神話の怪物を模した
◇
その視線が向かう先、
「つまりあそこにいるアレを、あの子に倒させればいいわけね。
……なぁんだ。答えがわかれば簡単じゃない。ここからの指揮は私がもらうわ」
指を振り、
並べられた攻性ロジックコードの中から、備えられた推論システムが適切なものを選定する。
「槍を頂戴。神話の魔物も打ち倒す英雄譚の聖槍を!」
《【発動】攻性コード:トリプルスピア015【
《・──オーダー検知:斜め上方からの刺突攻撃を実行します──・》
地面に縫いとめられたゴルゴンはそのまま昆虫採集の標本と化して。
「復元再生するのならそれを阻害する形で攻撃してやればいいのよね。
これで一体潰したわ。私の知性を褒めてよね」
◇
そして戦い続けるのであれば、不死身であるゴルゴン側が有利といえた。
幾ら
ゴルゴンが二体いる限り、
逆説。
相手をするゴルゴンが一体だけなら、どうとでも対処はできるのだ。
《【発動】攻性コード:バインドハグ108【
《・──対象を仮想ワイヤにて拘束します──・》
実行されたロジックコードが残されたゴルゴンをぐるぐる巻きに締め上げる。
速攻で無力化を成功させて、
ゴルゴン本体が鎮座する、スカイラインのモノレールを。
◇
少女の視線に射抜かれて、ゴルゴン本体は擬似思考を回転させる。
擬似知性が奉仕するのは捕食本能と自己保存本能の二つだけ。
捕食用の端末を両方とも封殺されてしまった今、起動させるのは後者の方だ。
「………」
自己保存のための最適行動、それはすなわち逃走で。
ゴルゴンの神経信号が一体化したモノレールへと指令を送る。
攻性コードによって具現化された物体の存続時間は有限だ。
オメガフロートの反対側まで逃げてしまえば時間稼ぎは成功で再び分身を起動させられる。
賢明であるはずの選択肢はしかし、
《【発動】防性コード:プロテクション122【
《・──指定位置に仮想防壁を発生させます──・》
光の壁に阻まれた。
発生させた運動エネルギーが反動となってモノレールの車体を軋ませる。
「今だ、
有彩色の少女がこちらを見上げ、戦闘準備を行っている。
「…………」
ゴルゴンに残された手はもう少ない。
分身も、同化しているモノレールも動かせなくなった以上、残る手札はこの本体だけだ。
そして当然本体にも、分身以上の戦闘能力が宿っている。
ゴルゴン本体の目が怪しく光った。
それは充填された仮想エネルギーが漏れて放つ前兆光。
発生させた光熱はゴルゴンの眼球内で往復反射を繰り返し増幅増幅増幅増幅!
臨界点に到達し、レーザーとなって眼孔の外へと放出される。
つまりは目から破壊光線。
最終最後の一撃が地上に向けて降り注ぎ、
◇
《【発動】攻性コード:フレイムホロウ609【
◇
デコイとして用意された熱源に、計画通りに命中した。
それを生み出した
《【発動】補助コード:エスケープ063【
転移を使ってオメガフロートの上空へ。
モノレールの線路よりも高い場所から、身を翻し落ちていく。
「
そして
「
これが彼女の真骨頂。用途に応じて形を変える万能型の
手にする武器の新たなカタチは、身の丈を超えるサイズの巨大弓。
「標的視認──」
視線の先にはモノレールの姿を既にしっかり捉えている。
内部にゴルゴンの本体が融合していることを肉眼にて確認している。
「弾頭準備──」
その手にはいつの間にか極彩色に輝く光の矢が握られている。
大弓にその矢をつがえ、引き絞る。
「照準設定──」
落下しながらの遠距離射撃。
無謀極まる神業を
彼女の有する性能であればこの程度のことは他愛ない。
何故なら彼女はスーパースター。現実と非現実の狭間の天使。
決めるべき時は最高最良を実行してくれと願われて作られた
弓のしなりが頂点に達する。
ゴルゴンの視線と彼女の射線が交差する。
「発射────!」
解き放たれる流星一射。
きらめく軌跡はシューティングスター。
一直線に駆け抜けて標的の潜むモノレールへと直撃。着弾。衝突する。
ガラスを撃ち抜き突き破り、ゴルゴンの胸に突き刺さり──
爆発。
プリズムを散らしたような極光が、灰色の世界を七色に照らす。
◇
戦いが終結し、
こちらを褒めてとばかりに頭を突き出してくる
異界に囚われた自分たちを親切にも助けてくれた幻想少女。
そもそもこの
それをこの時点でようやく思い出すことが出来て、その礼を言い忘れてたことに気がついた。
「えと……あの、さ、ありがとう」
「ん──大丈夫。
応じる少女はなんてこともないかのように笑顔を返す。
幻のような印象を受ける、儚く綺麗なその輪郭が、一瞬揺らいだように見えた。
「……!?」
まばたきをする。その間に、少女の姿はよりはっきりと薄れていた。
錯覚かと思った輪郭の揺らぎは、気のせいではなく現実で。
幻想に消えそうな少女を目の前にして、
「
「平気。
ゆらゆらと輪郭を失っていく
彼女はそう言うけれど、
だって彼女に救われたのに、その彼女が救われないなら、それはとても不公平だ。
「やっぱり、俺が原因なのか……? 俺を助けるために力を使ってしまったから……?」
「気にしなくて──いいよ──
幻奏歌姫は無垢に笑う。
その消えそうな姿を前に、
「さて──
これを潜ればお別れだ。非日常の戦いは終わり、少年少女は現実に帰る。
そして有彩色の少女とは、おそらく二度と出会わない。
感謝の言葉だとか再会の希望だとかここで口にしたほうがいいと思うものは沢山あって。
けれどどれを言葉にすればいいのかは、頭がぐるぐるして解らない。
「あのさ、」
無理に何かを言おうとして、それだけがなんとか口に出た。
「──また──会えたらいいね」
そこに続けようとした言葉は相手に先に言われてしまい、今度こそ言えるものが無くなった。
そして、
◇
青空が見えた。
二十五度の快適な気温が肌を焼き、太陽の光に目が眩み、環境音を喧しいと思う。
そんな当たり前の感覚を受け止めると同時、帰ってきたと実感した。
「ねえ
隣で呟く
人波の行き交う駅前は見慣れたいつもの光景で、非現実は影も形も見えない。
看板の文字はしっかりと読める十分なディテールで、駅の近くの喫茶店には勉強中のお客さんにコーヒーを運ぶ店員がいた。
目に見える光景は現実で、そして自分たちは生きていた。
「とりあえず、俺たちの家に帰ろうか」
無難な言葉を口にして、
それについてくるはずの
「だ、大丈夫か!?」
慌てて振り返る。
「……立てない」
ぺたりと座り込んだ
それが正しい現実で、さっきまでのが夢の中。
「誰か人呼んでくるか?」
「いやよ。零点」
だったらどうすればいいのかと困る
「だっこして」
「……はい?」
「聞こえてなかったのかしら。それとも意味を理解できなかったのかしら。だとしたらもう一回だけ言ってあげる。……だっこよ、だっこ! 掴んでぎゅっとして抱きしめて、私を家まで連れて帰りなさいって言ってるの!」
「待てよ何言ってるんですか
「なによ、私が要求してるのだからそれに応じて無から無限にエネルギーを湧き出させるべきでしょうオトコノコなんだから!?」
「人間のリビドーパワーをどれだけ高く見積もってんだよそれで体力回復するなら発電所は即刻ストリップバーに改築だわ!」
「何よ脱げっていうの!? この私の美脚ナマアシを堪能したいなら正直に言いなさいムッツリエッチ!」
「ちげーよそうじゃなくってだなあ……ああもう、いい、ホラ」
「……?」
「抱いて帰るのは出来ないけど、背負うぐらいならやってやるから」
背中にのしかかってくる重みと人の温度を感じながら、
さっきまでの世界が現実か夢か最早判断できないけれど、今ここで感じるものは紛れもない現実だった。
夢か現実か解らない領域で格好良くやれたという記憶があるのなら、次は現実でそいつを実行出来るようになればいい。
そんな教訓話にしておけば、きっと幻想も無意味なんかじゃなくなるだろう。
だから、
「足やわらけ……」
「………(無言で肘鉄)」
「あ痛テッ」
少なくとも、この光景よりは格好良いことを出来るように。
【NeXT】
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