Part2-5


                    ◇


(この強さ──始めてだね──)


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは剣戟の中で思案する。

 彼女が騒狗ギニョル狩りを初めてからの約一年、戦ってきた相手は全て一撃あれば仕留められた。

 心象兵器インストゥルメント騒狗ギニョルに対する特効武装。

 集合的無意識の中から生まれた澱み程度の存在では、具体的な人格から形成された武器の強度には遥かに遠く及ばない。

 けれど。

 眼前の騒狗ギニョル二体の再生速度は時間を経るたびに徐々に増幅を続けている。

 擬似生物である騒狗ギニョルが成長を果たすなど、雨鈴ウレイの常識に反している。

 そんな現象、一年間の戦いの中では一度も無かったことだった。

 今までと今回、一体何が違うのか。

 自問の答えは明白で、何故というなら今日の雨鈴ウレイは本調子とは程遠い。

 乱入してきた喜嶋慧雅キジマ・ケイガに心臓を与えた影響で、存在濃度が薄れているのだ。

 ならば彼らを恨むべきか?


(そんな答えは───勿論無い)


 騒狗ギニョルと戦い続けているのは、それが現実世界へと流出するのを防ぐため。

 それが彼女の存在意義たたかうりゆう

 二人は守り抜くべき現実の住人。

 彼らを外へ送り帰せないなら、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイのレゾンデートルは果たせない。


 幻奏歌姫エレクトリックエンジェルの戦闘能力は十分だ。一対二でも的確に相手の動きに対応している。

 ただし戦っている相手が倒れるそぶりを見せないのであれば、対応できる以上になれない。


(打開策は解らないけど──天使わたしが──なんとかしなくちゃ──)


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは他人に助けを求めない。

 与えるならば自分の側で、己は他者に奉仕する身だと、生まれながらにして思っている。

 それが彼女のアイデンティティ。誰かのためにみんなのために回り続けるコッペリア。

 だから今度の戦いも全て一人でどうにかしようと無理をする。

 孤軍奮闘は当たり前で報酬協力考えたことだってありはしない。


 けれど。

 彼女がそう思っていても、助けたいと思う誰かが他にいる。


「…………た!!」


 声がした。

 無理やり余力をひねり出しそちらの方へ視線を向ける。

 モノレールの駅舎、そこから伸びている線路の上。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガがそこに立って、こちらへ向けて叫んでいる。


「ゴルゴンの本体、見つけたぞ!!」


                    ◇


 喜嶋慧雅キジマ・ケイガがまず考えたのは、ゴルゴンからもこちらが見えているはずということだった。

 何故ならゴルゴンたちがここに来たのがその証拠。

 こちらは空間転移で移動した。ならば居場所がわかるわけもなくて。

 なのに速攻で向かってこれるとするならば、きっと肉眼で見えているからが最有力だ。


 広範囲視界を確保するなら効率がいいのは俯瞰視点、ならばあるべき場所は高所のどこか。

 セントラルタワーは遠すぎる。周辺のビルの上は案外真下が死角になる。

 どうせ陣取るのであれば、オメガフロート全域をカバー出来る場所であれば完璧で。


 だとすればここしかないと駆け出した。

 駅舎に飛び込み、階段を登り、無人の改札を乗り越えて、立ち入り禁止の線路に降り立つ。

 危険と緊張と興奮で引き起こされる背筋と足元の震えを必死の二文字で抑えながら、慧雅ケイガはそれを視認した。


「……いた!!」


 無人で動くモノレール、その中に。

 三体目のゴルゴンが、同化する形でそこにいた。


                    ◇


 騒狗ギニョルは自由意志こそ持たないが、それでも状況を把握するだけの疑似知性は保有している。

 よって、ゴルゴンも人間たちがこちらの所在に気づいたことは当然理解が出来ている。


「………」


 その上で、ゴルゴン本体は微動だにしない。

 頭部から生えている触手はモノレールの内部構造に侵食同化しておりレール沿いであれば任意で移動が可能である。

 けれど怪物はその上で動かないことを選択した。

 ロジックで不死身を保証されている分身程でこそないが、ゴルゴン本体も高い耐久力を持つ。

 通常の攻性コード程度のダメージでは仮想肉体の破壊は不可能で、突破するなら心象兵器インストゥルメントの一撃以外ありえない。

 しかしその担い手である有彩色の少女はゴルゴンの分身二体が封殺中だ。

 有効手段をとるのは出来ず、つまり彼らは詰んでいる。

 このままの状態を維持し続けていれば、最後に勝つのはこちら側。

 人間であれば笑んでいるような答えだが、自意識を持たないゴルゴンに表情を浮かべる機能はなかった。

 神話の怪物を模した騒狗ギニョルは、ただ無表情に眼下を見下ろし続けるだけで──


                    ◇


 その視線が向かう先、夕凪儚那ユウナギ・ハカナは不敵に笑んで。


「つまりあそこにいるアレを、あの子に倒させればいいわけね。

 ……なぁんだ。答えがわかれば簡単じゃない。ここからの指揮は私がもらうわ」


 指を振り、情報窓インフォメーションを展開する。

 並べられた攻性ロジックコードの中から、備えられた推論システムが適切なものを選定する。


「槍を頂戴。神話の魔物も打ち倒す英雄譚の聖槍を!」


《【発動】攻性コード:トリプルスピア015【夕凪儚那ユウナギ・ハカナ→仮称ゴルゴン】》

《・──オーダー検知:斜め上方からの刺突攻撃を実行します──・》


 雨鈴ウレイと戦っていた騒狗ギニョルの片割れに向けて、生成された槍が飛ぶ。

 地面に縫いとめられたゴルゴンはそのまま昆虫採集の標本と化して。


「復元再生するのならそれを阻害する形で攻撃してやればいいのよね。

 これで一体潰したわ。私の知性を褒めてよね」


                    ◇


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイとゴルゴン二体は戦闘力でほぼ均衡。

 そして戦い続けるのであれば、不死身であるゴルゴン側が有利といえた。

 幾ら幻奏歌姫エレクトリックエンジェルといえどその形態は人型だ。腕は二本でそれ以上の処理力は持っていない。

 ゴルゴンが二体いる限り、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイはその対応に封殺されてその場から動くことすら叶わない。

 逆説。

 相手をするゴルゴンが一体だけなら、どうとでも対処はできるのだ。


《【発動】攻性コード:バインドハグ108【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ→仮称ゴルゴン】》

《・──対象を仮想ワイヤにて拘束します──・》


 実行されたロジックコードが残されたゴルゴンをぐるぐる巻きに締め上げる。

 速攻で無力化を成功させて、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは空を見た。

 ゴルゴン本体が鎮座する、スカイラインのモノレールを。


                    ◇


 少女の視線に射抜かれて、ゴルゴン本体は擬似思考を回転させる。

 騒狗ギニョルの思考に困惑だとか恐怖だとかそういった機能は備わっていない。

 擬似知性が奉仕するのは捕食本能と自己保存本能の二つだけ。

 捕食用の端末を両方とも封殺されてしまった今、起動させるのは後者の方だ。


「………」


 自己保存のための最適行動、それはすなわち逃走で。

 ゴルゴンの神経信号が一体化したモノレールへと指令を送る。

 攻性コードによって具現化された物体の存続時間は有限だ。

 オメガフロートの反対側まで逃げてしまえば時間稼ぎは成功で再び分身を起動させられる。

 賢明であるはずの選択肢はしかし、


《【発動】防性コード:プロテクション122【喜嶋慧雅キジマ・ケイガ→モノレール】》

《・──指定位置に仮想防壁を発生させます──・》


 光の壁に阻まれた。

 発生させた運動エネルギーが反動となってモノレールの車体を軋ませる。


「今だ、雨鈴ウレイ…………!!」


 喜嶋慧雅キジマ・ケイガが合図を叫ぶ。

 騒狗ギニョルはそれを知覚して、眼下のロータリーへ目を向けた。

 有彩色の少女がこちらを見上げ、戦闘準備を行っている。


「…………」


 ゴルゴンに残された手はもう少ない。

 分身も、同化しているモノレールも動かせなくなった以上、残る手札はこの本体だけだ。

 そして当然本体にも、分身以上の戦闘能力が宿っている。


 ゴルゴン本体の目が怪しく光った。

 それは充填された仮想エネルギーが漏れて放つ前兆光。

 発生させた光熱はゴルゴンの眼球内で往復反射を繰り返し増幅増幅増幅増幅!

 臨界点に到達し、レーザーとなって眼孔の外へと放出される。


 つまりは目から破壊光線。


 最終最後の一撃が地上に向けて降り注ぎ、


                    ◇


《【発動】攻性コード:フレイムホロウ609【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ】》


                    ◇


 デコイとして用意された熱源に、計画通りに命中した。

 それを生み出した雨鈴ウレイの姿はどこかといえば、


《【発動】補助コード:エスケープ063【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ】》


 転移を使ってオメガフロートの上空へ。

 モノレールの線路よりも高い場所から、身を翻し落ちていく。


心象兵器インストゥルメント──第二形態起動」


 そして雨鈴ウレイが握った笛剣が光の粒子となってその形を変えていく。


幻奏歌姫エレクトリックエンジェル形式変更パターンシフト────【近接用銀笛剣ファースト=エンジェル】→【遠距離用孤月弓セカンド=アーク】」


 これが彼女の真骨頂。用途に応じて形を変える万能型の心象兵器インストゥルメント

 手にする武器の新たなカタチは、身の丈を超えるサイズの巨大弓。


「標的視認──」


 視線の先にはモノレールの姿を既にしっかり捉えている。

 内部にゴルゴンの本体が融合していることを肉眼にて確認している。


「弾頭準備──」


 その手にはいつの間にか極彩色に輝く光の矢が握られている。

 大弓にその矢をつがえ、引き絞る。


「照準設定──」


 落下しながらの遠距離射撃。

 無謀極まる神業を哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは躊躇わない。

 彼女の有する性能であればこの程度のことは他愛ない。

 何故なら彼女はスーパースター。現実と非現実の狭間の天使。

 決めるべき時は最高最良を実行してくれと願われて作られた幻奏歌姫げんそううたひめ


 弓のしなりが頂点に達する。

 ゴルゴンの視線と彼女の射線が交差する。


「発射────!」


 解き放たれる流星一射。

 きらめく軌跡はシューティングスター。

 一直線に駆け抜けて標的の潜むモノレールへと直撃。着弾。衝突する。

 ガラスを撃ち抜き突き破り、ゴルゴンの胸に突き刺さり──


 爆発。


 プリズムを散らしたような極光が、灰色の世界を七色に照らす。


                    ◇


 戦いが終結し、慧雅ケイガは駅前広場に降りて行った。

 こちらを褒めてとばかりに頭を突き出してくる夕凪ユウナギを撫でながら、彼は有彩色の少女を見る。

 異界に囚われた自分たちを親切にも助けてくれた幻想少女。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガが今この瞬間生存しているのは、彼女のおかげという他ない。

 そもそもこの異想領域いそうりょういきに入ってきた直後に騒狗ギニョルに殺された彼を蘇生したのが哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ当人だから、今の慧雅ケイガの命は彼女のものとすら言えてしまう。

 それをこの時点でようやく思い出すことが出来て、その礼を言い忘れてたことに気がついた。


「えと……あの、さ、ありがとう」

「ん──大丈夫。天使わたし天使わたしの役目をこなしただけだから」


 応じる少女はなんてこともないかのように笑顔を返す。

 幻のような印象を受ける、儚く綺麗なその輪郭が、一瞬揺らいだように見えた。


「……!?」


 まばたきをする。その間に、少女の姿はよりはっきりと薄れていた。

 錯覚かと思った輪郭の揺らぎは、気のせいではなく現実で。

 幻想に消えそうな少女を目の前にして、慧雅ケイガは狼狽して言葉をかけた。


雨鈴ウレイ、お前体が──」


「平気。天使わたしはきみたちと違って──この街に近い存在だから──

 騒狗ギニョルに取り込まれる以外で死んだりしないよ──少しの間非在化するだけ──」


 ゆらゆらと輪郭を失っていく雨鈴ウレイは儚い笑みを浮かべていて。

 彼女はそう言うけれど、慧雅ケイガとしては気が気でない。

 だって彼女に救われたのに、その彼女が救われないなら、それはとても不公平だ。


「やっぱり、俺が原因なのか……? 俺を助けるために力を使ってしまったから……?」

「気にしなくて──いいよ──天使わたし天使わたしのやりたいことをしただけだから──」


 幻奏歌姫は無垢に笑う。

 その消えそうな姿を前に、慧雅ケイガは何も言えなくなってしまう。


「さて──天使わたしが消えちゃう前に──きみたちを外に返さないと──」


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイはそう言って、情報窓インフォメーションで門を作った。

 これを潜ればお別れだ。非日常の戦いは終わり、少年少女は現実に帰る。

 そして有彩色の少女とは、おそらく二度と出会わない。

 感謝の言葉だとか再会の希望だとかここで口にしたほうがいいと思うものは沢山あって。

 けれどどれを言葉にすればいいのかは、頭がぐるぐるして解らない。


「あのさ、」


 無理に何かを言おうとして、それだけがなんとか口に出た。


「──また──会えたらいいね」


 そこに続けようとした言葉は相手に先に言われてしまい、今度こそ言えるものが無くなった。

 

 そして、情報窓インフォメーションが、二人の体を飲み込んで──


                    ◇


 青空が見えた。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは夢から覚めた時の開放感と共に息を吸った。

 二十五度の快適な気温が肌を焼き、太陽の光に目が眩み、環境音を喧しいと思う。

 そんな当たり前の感覚を受け止めると同時、帰ってきたと実感した。


「ねえ慧雅ケイガ、さっきまでのこと、果たして現実だったのかしら」


 隣で呟く夕凪ユウナギの言葉に、すぐには答えが出せなかった。

 人波の行き交う駅前は見慣れたいつもの光景で、非現実は影も形も見えない。

 看板の文字はしっかりと読める十分なディテールで、駅の近くの喫茶店には勉強中のお客さんにコーヒーを運ぶ店員がいた。

 目に見える光景は現実で、そして自分たちは生きていた。


「とりあえず、俺たちの家に帰ろうか」


 無難な言葉を口にして、慧雅ケイガは軽く一歩を踏み出した。

 それについてくるはずの夕凪ユウナギが、どしゃりと派手な音を立てて転倒する。


「だ、大丈夫か!?」


 慌てて振り返る。

 夕凪ユウナギは涙を堪えるような上目遣いでこちらの方を見上げながら、なにやら地面と格闘するような動きをして、そして程なく諦めた。


「……立てない」


 ぺたりと座り込んだ夕凪ユウナギが、凍りついたような表情で呟いた。

 夕凪儚那ユウナギ・ハカナは歩けない。

 それが正しい現実で、さっきまでのが夢の中。


「誰か人呼んでくるか?」

「いやよ。零点」


 だったらどうすればいいのかと困る慧雅ケイガに、夕凪ユウナギは頬を膨らませて、


「だっこして」

「……はい?」

「聞こえてなかったのかしら。それとも意味を理解できなかったのかしら。だとしたらもう一回だけ言ってあげる。……だっこよ、だっこ! 掴んでぎゅっとして抱きしめて、私を家まで連れて帰りなさいって言ってるの!」

「待てよ何言ってるんですか夕凪ユウナギサン? 俺の体力は無尽蔵にあると思ってる!?」

「なによ、私が要求してるのだからそれに応じて無から無限にエネルギーを湧き出させるべきでしょうオトコノコなんだから!?」

「人間のリビドーパワーをどれだけ高く見積もってんだよそれで体力回復するなら発電所は即刻ストリップバーに改築だわ!」

「何よ脱げっていうの!? この私の美脚ナマアシを堪能したいなら正直に言いなさいムッツリエッチ!」

「ちげーよそうじゃなくってだなあ……ああもう、いい、ホラ」

「……?」

「抱いて帰るのは出来ないけど、背負うぐらいならやってやるから」


 背中にのしかかってくる重みと人の温度を感じながら、喜嶋慧雅キジマ・ケイガは息を吐く。

 さっきまでの世界が現実か夢か最早判断できないけれど、今ここで感じるものは紛れもない現実だった。

 夢か現実か解らない領域で格好良くやれたという記憶があるのなら、次は現実でそいつを実行出来るようになればいい。

 そんな教訓話にしておけば、きっと幻想も無意味なんかじゃなくなるだろう。

 だから、喜嶋慧雅キジマ・ケイガはほんの少しだけ前を向けた。何かを出来るようになりたいと思った。


「足やわらけ……」

「………(無言で肘鉄)」

「あ痛テッ」


 少なくとも、この光景よりは格好良いことを出来るように。


【NeXT】

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