Part2-4
◇
そこで俯瞰して探し求めるのは、先ほど別れた二人の闖入者たちだ。
生身では初めて見る表のオメガフロートの人間。
彼らがこの幻奏劇場に迷い込んでから合流するまでの一挙一動を見ていたが、お互いに思い合う姿は好ましく見えた。
多分、あれが知識にある『コイビトドーシ』という奴なのだろう。
コイビトドーシは仲良しの最上級だと聞く。そういう関係はいいものなので、尊ばなくちゃと
「他人にとって善きことをする」をレゾンデートルにした存在だ。
この非現実の劇場に迷い込んだコイビトドーシを助け、二人が結ばれる手助けをする。
それはきっと善いことだ。
彼ら二人と笑って別れる。そんな結末を思い浮かべながら、
「────見つけた」
ロータリーからおよそ三百メートル。
主要道に併設された歩道を走る二人と、それを追いかける
視覚映像を
常識的に考えるのであれば、同型個体の再出現。
非常識的に考えるのであれば、空間転移による脱走復帰。
この幻奏世界ではどちらもありうる可能性。
そしてどちらにしたところで、行動は一択。倒すのみ。
「この無意識の劇場から、世界に響け
そのまま地面へステップジャンプ飛び降りようとしたところで、
「──ッ!」
視界の端に、異常事態を発見した。
◇
この抽象的な世界ではモノレールの車体の動きも不規則的だ。
ずっと止まっていたかと思えば突然爆速で動き出したり、急に反転再加速したりする。
まるで巨大な子供の手が気まぐれで動かしているかのような不可解挙動。
それを遠目から眺めていて、
「
「うぉぉ!?」
《【発動】防性コード:プロテクション122【
《・──防護シールドエフェクトを展開します──・》
逃走中であることを思い出し、我に返って防御行動。
生成された光の壁がメデューサの触手をはじき返す。
「本体を直接見れないってのは厄介だな……! 中学時代に目隠し音ゲーの特訓してなきゃ厳しいぞコレ……!」
一つ。槍のように伸ばしてくる触手の攻撃。
これは防御用のコードでこうやって防ぎ続けることができる。
二つ。復元型の再生不死。損傷しても即座に元どおりになる反則能力。
攻撃用のコードで応戦することが出来ても、このせいで決定打が与えられない。
三つ。視線を合わせた相手を麻痺させる魔眼。
これは精神防壁プログラムで一瞬の硬直にまで減衰出来るが、その一瞬が命取り。
なので、
「メデューサだって言うなら攻略方法も神話にあるわ。
鏡越しでの視認なら怪物の魔眼は意味がない」
神話に曰く、英雄ペルセウスは鏡のように磨き抜かれた盾を使ってメデューサの視線から逃れたという。
それを再現するかのように、
「悪い、あんなん見続ける役任せて」
「攻性コードが他のと同時起動出来ないから仕方ないわよ役割分担。
それよりちゃんと対処してよね次来るわ!!」
合図に合わせてプロテクションをもう一度。
やれている。遭遇した時は神か何かのように思えていた相手でも攻撃を防ぐだけなら出来ている。
あとはこのまま
ハッピーエンドはすぐそこだ。
──そんな甘すぎる未来予想図を、全力で粉砕するかのように。
「うぉぉぉぉぉおおああああ!?」
すぐ横のビルが爆発を起こした。
降り注ぐガラスの雨に対し、とっさに
「え? えっ?」
じゃらじゃらと落ちてくるガラス片によるダメージは回避した。
押し倒されている形になっている
しかしそれは勿論逃走劇の強制中断を意味していて。
「GuoaaAaaaaaaaaaAAhaAAaaAa──!!」
メデューサの吠え声が聞こえる。
それも正面と背後からの二重音声。
(やっぱり、二体、居た──!)
思う。
しかし一体目はさっき
ならばこいつは三体目? 無限ポップの雑魚キャラなのか?
思考を回すにもヒントはなくて、解ることはただ一つ。
均衡はここに崩壊し、こちらは現在命の危機。
バッドエンドを眼前にして、
《【発動】補助コード:エスケープ063【
《・──対象を指定座標へ追放します──・》
上から降ってきた
◇
「間に合った──ようだね」
場所は待ち合わせの予定だった駅前ロータリーの一角。
先ほどまでいた通りからはビルの陰になって見えない場所だ。
普段は人で賑わうこの場所も、今は自分たちと
有彩色の少女の顔には心なしか焦りの色が浮かんでいて。
「一体目は──立体駐車場を爆破圧殺して倒したはずだったんだけど。
瓦礫の中から這い出してきたから慌てて助けに行ったのだけど──間に合ってよかった」
「てことは最初から二体いた、か……」
瞬間移動の能力までは考慮しなくていいらしい。
そうだとしても不死身が二体。
一体だけでも
絶望的な状況に想いを馳せて、背筋を震わせたところで、
「……なによ」
地面に横たわる彼女の顔は紅潮していて、久しぶりに走ったことが血液循環に影響を与えているであろうことが如実に表情から見て取れた。
この空間内では疲れを感じることはないはずなのだが、それは体感上だけの話で肉体にはしっかり疲労が蓄積しているのかもしれない。
何かしたほうがいいのかと
彼女が返す反応は会釈で、つまり抱いた心配をそれでいいのだと肯定していた。
「…………………はぁ。ああもう、どいて
なぜか残念そうな声色で、
促されるままに彼女の上からどいて立ち上がる。
屋外の地面に四肢をつけたはずだが、砂がまとわりつくこともなく、細かいところでもこの世界のディテールの薄さを感じ取る。
「とりあえず状況を整理しましょう。
私たちの目的はあの
そしてあれはなんらかの理由で不死身だから、そのロジックを見抜かないといけない」
それで、
「あれは神話のメデューサを模していると考えられるので、不死身のギミックもそこから来てると思われる。
それは本当に正しいのかしら?」
メデューサの神話に不死身の話はついていない。
英雄ペルセウスが特殊な戦い方を強いられたという伝承も、あくまで魔眼の対処であって。
メデューサ本体は首を落とせば死ぬタイプのクリーチャーとして語られていたはず。
「首を落として死なない蛇は確かヒュドラの方だっけ?」
「そのタイプは昔倒したことあるね──火炎で再生阻止出来たから今回とは多分違う奴」
しゅばしゅばしゅば、と笛剣を振り回しながら
そういえば夢の中で九頭竜を倒してたところをみた記憶があるような、と思い出し、何かが頭に引っかかった。
九頭竜。頭がたくさんある竜。たくさんいる。
「……そもそもさ、メデューサって神話じゃ一体しかいないだろ? じゃあなんで今回は二体も存在してるんだ?」
問いかける。これがクリティカルなポイントだと、直感が自身に告げていた。
「ゲームだと種族名として使われてることもあるけれど、メデューサって本来は個体名なのよね。
女神アテナの怒りをかって怪物へ変化させられた麗しき女性。
だから複数個体がいるわけはないのよね。神話だと姉がいたらしい、けれ、ど………」
神話の中身を口にしながら、何かに気づいたかのように
果たして何に気づいたのかは
「……それだ!!」
記載されている内容は百科事典の一頁で、それが答えそのものだった。
《【検索結果】ゴルゴーン》
《ギリシア神話に出てくる怪物。その名は「恐ろしいもの」を意味する。》
《ステンノー、エウリュアレー、メデューサの三人からなる姉妹であり、
上の二人は不死であるが、末妹のメデューサだけは不死ではなく、ペルセウスによって退治されたという。》
「俺たちが戦っていたあいつらはメデューサではなく三体セットのゴルゴーンで、」
「何故か不死身だった理由は──あれらがステンノーとエウリュアレーを模していたから」
「そして不死身でない奴……本体であるメデューサが、この劇場の何処かにいる!」
方針確定。
だとすれば次に考えるべきことは、その本体の居場所のヒント。
何か手がかりになるようなものはないかと、
無人の駅前ロータリーには違和感を覚えるようなものなど特には無い。
メデューサといえば石だから石像が一体増えてたりとかしないかなと冗談みたく考えたが、そもそもこの駅にはそんなランドマーク自体が無かった。バス停と花壇ぐらいのシンプルイズベスト。何かを探せと言われても、変なものなど見つからない。
結局振り出しに戻ったのかとガックリと肩を落としたところで、
「──伏せて!」
直後、頭上を瓦礫が飛んだ。
その発生源は近くのビル。巨大な風穴が空いていて、その中心に二体の
「待っ……追いついてくるのが早すぎないか!?」
「おかしい──熱源視野を使うにしてもビル貫通は流石に異常。なんでここをピンポイントで──」
地面を蹴りとばし高速突撃、わずか三歩で距離を詰めてゴルゴンの片方を横薙ぎに一閃分割。
復元する前に上半身を蹴り飛ばして時間を稼ぎつつ、その反動でもう一体に向き直る。
一連の動きは戦闘慣れした人外めいたダンスマカブル。
戦う相手が二体になっても防戦だけなら余裕でこなすグレイトエンジェル。
「……やっぱ、凄えな」
賞賛の言葉が
夢の中から出てきた少女は直接見ても幻想的で、この世のものとは思えない程に優雅に華麗に飛び回る。
彼女がきっと
何もかにもに挑みかかれる、そんな力を有している、憧れるべき対象で──
「……ふんっ!」
「ぐぎゃっ!?」
腰に突如入れられた一撃で、
その一撃をしたのは当然隣にいた
「きみたちは──今の内に遠くへ逃げて」
常識的に考えたなら、言葉に従うのが正解だ。
踵を返して背中を向けて、少女と怪物の戦いから出来る限り離れるのが生存ルートだ。
けれど少年にもプライドがある。何かをしたいという気持ちがある。
何かができない自分では、格好悪さに耐えられない。
「なんか……、なんか俺に出来ることはないのか!?」
「ダメ──話しかけないで──この相手は集中しないと──」
黒の雨霰に対抗するように走る銀閃。
激突音がまるで音楽のように連鎖する。
「……そうだ!」
「っ、一体どうしたのよ
走り出す。
自分に出来ることがあるのだと、それを思いつき気づいたから。
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