【Part2:世界の果ての幻奏劇場/それと異能世界のバトルヒロイン】1
◇
灰色の街。
無彩色の大通り。
曇天のように閉ざされた空。
「ねえ、なによこれ……」
灰色の街の中、彼女の浅葱色の髪だけが現実の色彩を残していて、これがリアルの続きだと言葉も無しに告げていた。
「さっきまでいた人たちとか車とか色とか、一体どこに消えたのよ?」
幼馴染の問いに、しかし
何故なら自分も知らないことだ。答えが欲しいと思っていたものだ。
「夢か、これ……?」
呟く。けれどそれは違うと心のどこかが確信していた。
「確かに。夢を見ている、という可能性はあるわね。ちょっと
「……?」
求められるがままに近づけると、突然頬を捻りあげられた。
「いきなり何するんだバカ
「夢かどうかを確かめるにはこれが伝統の行動でしょう? リアクションがコレということは現実ね……」
「俺が痛くてもそれはお前の判断材料にはならないだろ!?」
「いいえ。これが私の夢だっていうなら
「姫様は夢の中の俺をなんだと思ってるんですか!?」
「執事兼運転手兼雑用係兼理解のある彼くん兼私が望むこと全てをやってくれるご奉仕奴隷」
「突然の暴力を受け止める職務はその中には入ってないと思うんだが!?」
とにかく、どうも夢ではなさそうだ。
先ほど聞いた仰木医師の見解を思い出す。
──あの夢は、どこかに実在する異界。
ならばこの今も現実だ。
夏の真昼の延長線上、知っている都市の裏側に迷い込んだに違いない。
それで?
夢であるなら目覚めるのを待つだけだが、現実であれば自動で醒めないだけ最悪だ。
出口の見えない都市迷宮。何を求めて迷えばいいか。
「夢ではないのだとしたら、この状況……神隠し? いいえ、そんなバカな。ここは都市よ? オメガフロートよ? 祟るような神様なんて歴史自体が存在してない信仰あらざる新興都市、そんな街中でこんなオカルトがある訳ない」
ぶつぶつと呟く
けれどもそれも当然だ。異常な現実状態を前に、正しい答えなど見出せまい。
「……都市管理部に通信してみるか?」
ダメ元で言ってみる。
助けを求めると言う当たり前の選択肢を提示され、
「そうね。これが現実というのならインフラも多分動いてるはず」
早速、
デフォルト搭載の都市管理部への連絡先をタッチして、呼び出しコールの音が三回。
反応は、無し。
「出ないってどういうことなのよ!? 私が命じてるのだから音より早く反応して最上級の執事のように傅き応じてランプの魔神の魔法が如く即座に願いを叶えることがあるべき世界の形でなくて!?」
いつの間にか
書かれているテキストは『通信途絶状態』表記。
単純明快な文面で、現状の問題を告げていた。
夢で知っている殺風景。現実にある孤立の通知。
未知だが既知のこの状況で、一つ恐れるものがあった。
これが
ごぷり、と、背後から粘液が蠢くような音がした。
「………?」
それに気づき、二人はそちらへ振り返る。
彼らが向いた視界の先に、そいつは果たしてそこにいた。
汚濁が膨れて立ち上がったような黒の人型。
にょろりぬるりとその触腕を大きく広げ。
存在しない視線が告げる。これからキミたち襲いますと。
垂れる冷や汗。感じる悪寒。
そしてそれらが爆発し。
「うわああああああああ!!?」
一歩目からの全力ダッシュ。
車椅子が無人の路上をゴーカートのように爆走していく。
流れて行く光景のそこかしこから湧き上がってくる影、影、影、影!
雪崩のようにつきまとうそれらに追いすがられないように、足は必死で地面を蹴る。
「ごめ、
「口を開くな舌を噛むぞッ!」
車輪の速度は徒歩より早く、舗装された路上に感謝する。
しかしてそれも一瞬だ。
侵攻方向の最前線にごぽごぽと湧き上がる黒の汚泥。
加速の勢いに任せていたら、立ち上がるそれを回避はできず、
「う、おおおおおおおおおおおおおおおお!?」
突っ込んだ。正面衝突ミサイルダイブ。
滑りや湿気やベタつきはなく、むしろ乾いた冷たさの不快感。
それを一瞬でぶちぬいて、二人は影の巨体を貫通。
瞬間越しに吸い込んだ吐息の気持ち良さを感じるも、そのまま盛大に転倒した。
「がっ……」
打撲の痛み、擦過の痛み、それらを不快に思いながら、反射的に閉じた目を開ける。
視界に最初に映ったのは、跳ねてひしゃげた車椅子。走行はもはや不可能で。
絶望しかけた気持ちの中、二手目に見えたのは差し伸べられた腕だった。
「
けれど状況は最悪だ。
影の怪物たちがわらわらと、二人を取り囲むように湧き上がっている。
包囲網には隙がなく、逃げ出せる見込みもわからない。
わからない。わからないとは出来ないと言うことだ。
出来ない。出来ないとは諦めろと言うことだ。
誰かがそうだと命じた訳でもなく、ただ目の前の現実がそうしろと無言で押し付けている。
気にくわない、と
諦めたくないと、その感情が衝動として動いていた。
一年前までは諦める必要があることがこの世にあるとは思っていなかった。
一年前からは諦めずにいられることがこの世にあるとも思っていなかった。
だからこの気持ちは初めてだ。
諦めたくなんてないのだと、心の底から突き動かされるようなことは。
クリーチャーの一体が触手を振るった。
鋭く、硬く、刺突するための殺意形状。
その向かう先は隣の少女で、思わず体が動いていた。
「……
叫び声が耳に届いたのは後だった。
心臓を貫かれたのだと理解したのは更にその後。
地面にぶつかった痛みを認識したのは最後だった。
身を呈して少女のことを守るとか、過ぎたぐらいのヒロイックムーブ。
けれどその行動に意味はないと、冷めた心が解っていた。
一瞬命を救ったところで周囲に敵は山ほどいる。打開の手段は足りてない。
意味が生えるとするならば、それは奇跡の降臨しかなくて。
そんなものはあり得ないのだと、そう諦めていた
そう、思っていたはずなのに。
運命がそこに舞い降りた。
それは一瞬のきらめきだった。
何かの光が影の群れたちの間を奔り、そして次の瞬間にはばらばらに。
切り刻まれた影の欠片が光になってきらきら輝き散っていく。
光の中に立ちつくす、そのシルエットは少女だった。
虹色のようなグラデーションの髪を無風の中に靡かせて。
瑪瑙のようなマーブル模様に煌めく瞳を灰色の中で輝かせて。
影の群れたちを一閃した、細身の剣を右手に握って。
モノクロームの世界の中に、芸術のように佇んでいた。
斬撃を逃れた残り少ない怪物たちは一瞬だけたじろいで、すぐさま次の行動へ。
標的を
一斉に襲いかかる影の群れを相手に、少女は表情を変えすらせずに、
《【発動】攻性コード:サンダーボルト310【
《・──広範囲雷撃にて対象を殲滅します──・》
雷霆降臨。
上空に新しく展開された表示窓から文字通り降り注ぐ雷の雨。
それらが精密制御されたかのように影の怪物を的確に撃ち抜いて焼き滅ぼして。
そして今度こそ全滅した。
再び静まり返った灰色の世界の中で、有彩色の少女が口を開いた。
「対象の存在継続中。忘我状態にあると判断する。現実認知が損傷に追いついていない。良し」
「何!? なんなの貴方………!?」
そしてぐいっと少女自身の纏う服というか布の胸元を引っ張って、自分の胸を露出する。
「ま、待ちなさい何をする気!? こんな野外で!?」
混乱する
「──んっ」
自らの心臓を抉りとった。
「………っ!」
絶句する
どこにも繋がっていない心臓は、彼女の右手の上でどくどくと鼓動を響かせている。
少女は死にかけている
「………げふぉ、がフッ、ごふ」
全身に血液が行き渡り、止まっていた呼吸が再開し、復活した生命活動に咽込んだ。
回復した意識を使って、
とても見覚えがある顔だった。見覚えがない顔でもあった。
夢の中で何度も目にしていた顔が、自分の目の前に存在していた。
綺麗だな、と正直に思った。
夢の中では正面から見ることはなかったので、はっきりと認識するのは初めてだ。
無垢を形にしたらこうなるだろうと思わせる、現実味の薄いアルカイック・スマイル。
「ん──回復確認。よっし」
非日常的な雰囲気と裏腹な、親しみやすいキュートポーズ。
その胸元の傷口はいつの間にか塞がっていて、白磁の肌が晒されていた。
「……
「お、うぉ、わっ!?」
体に感じる重みと暖かさはリアリティがあって、自分が覚醒していることを意識する。
その一方で、謎の少女は如何にも幻想的だった。
少しでも目を離してしまえばそこからすぐに消えそうな、儚く薄いファタモルガーナ。
「えと……君は……?」
立ち上がりながら尋ねてみた。けれど少女は首を振って。
「──こっち」
代わりに返ってきたそれがついて来いを意味することに気づくまでワンテンポ。
走り出した彼女を見失わないように、二人は自分の足で駆け出した。
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