第五章 エネルゲイア (完)
雨の降るコンクリートの並木。
肌寒い。
人はいないのか。
いた。
近づいてみる。
暗中の濡れ影であった。
やっぱり人なんていないじゃないか。
とすると、私を裏切る人もいない、
私の信じるものはただ鈍色の空だけ。
鉄骨を溶かすことさえなく死んでいくのか。
外は暗く、中は嫌気がさす明るさの、しかしやっぱり私の内なる暗黒は変わらない中にいて、僕はこんな詩を書いた。自分でもただ良いものを作ろうとして書くのだが、実際に自分では何を書いているのかわからずに書いている。それは喩えるならば確実に移ろう季節のさなかにありながら生ける、天の気分である。最近思うことがある。苦しみは悲しみを抹消できるのか。痛みは別れの離縁状であるのか。有為転変の世の中ならば憂い川を流れる私はせめて淡い唄い手でありたい。欲が已む無いのならば闇雲の内側で
「お疲れ様ですー…」
私が上記のような詩のような何かを書いていると、後輩の女子がサークルの部室に入ってきた。そういえば先生が講義で言ってたな。「人間関係なんてこっちと向こうの電車でワーと手を振ってるようなものだよ」。素敵すぎるが、何度も先生と接していくうちに先生の経験が見えてきた。あの元気で反省しないようにみえる先生の背後になにかそこはかとない憂いが見える。
私はやむを得ず、その場を後にすることにした。人間から逃げたかったのだ。
後半の講義でエントロピーなるものが登場した。エントロピーに関して小論文を書いた奴は、「無条件でS」とのことだったので、私は、
「では小説書いていいですか?」と言った。
「なんっでもいい、出せばS」とのことだった。既に書いていたエントロピーというワードが出てくる小説を起爆剤にして、書いてみることにした。振り返るとここで何かが始まってしまった感じもする。
大学から徒歩2分のビルの一室(寝床)に帰って、早速書き始めてみた。
エントロピーが縮小するのは、ただ生命の誕生時か太陽における核融合に限られる…。太陽、そうだ!太陽を模範にするのだ!太陽の塔の内部には生命の樹があったという。これはなにか決定的に重要な意味を持っていそうだ。或いは、太陽神アポロンはアポロの名で月へ行った。月へ行って、大阪万博へと月の石を持ち帰った。万博、竹林の伐採はなんたることか!清談の場を強盗の巣にしやがって、宇宙まで行って泥棒してきやがる。憎き万能主義!おお、男もアイディアを出せば脳内のエントロピーがストンと下がるそうではないか。私は今こうして詩作している、ということは、エントロピーがストンしている!
あーたーらしーいーオールガノン。
神などいたためしがあるか?紙に熱情を投影しているだけなのだ。しかし人類はそのことだけのために何千年を要したか?そう考えると、古代人の誇大妄想も馬鹿にはできない。
唐津くんち、ディオニュソスのような五穀豊穣と酒の祭り!、第三の道としてのペイシストラトス=東田代、ルリラルリララルリルレララ♪
さて、私はこんな駄文を先生に送り付けて、翌朝先生の研究室へ行った。先生の目はどこまでも優しく私を包み込んでいた。
夕刻、先生と一緒に駅まで歩く。先生を駅まで送っていくのだ。先生はいつも「まただ」と言い改札に吸い込まれていく。いつかその「まただ」は、永遠の言葉になる。永遠など一瞬である、しかしそれはもう戻らない一瞬である。見よ、それは極めて良かった。
茫漠渡海 てると @aichi_the_east
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