風待ちの僕ら(仮題)

吟幽

エピローグ

 キンッと甲高い音を響かせて、ボールは放物線を描いて右中間に飛んで行く。僕はバットを投げ捨て、白線の上を思いっきり走りだす。ファーストベースを蹴ったとき、夢中と必死の中で、何となく、このまま真っ直ぐに白線の果てを走り抜けたい衝動に駆られていた。


 服も、靴も、おもちゃも全部おさがりだった。僕はそれを嫌がらなかった。むしろ、兄の持っているものを欲しがった。兄は左利きだったから左手でへたくそな文字を書いてみたり、集中している時に下唇を噛む癖を真似てみたり、くだらないことをよくした。

小学生に上がった年の誕生日。兄と同じクラブチームに入りたいと言った僕に、両親は新品の右利き用のグローブを買ってくれた。

野球は好きでも嫌いでもなかった。

足は僕の方が早いのに、少し走ると喘息で息が切れる僕より、兄はずっと遠くまで走れた。勉強も僕の方ができたし、先生から褒められることも多かったけれど、学校でもクラブでも友達が多いのは兄の方だった。



 僕は船の端に腰を掛けて、遠くの海を揺蕩っている海鵜を眺めていた。

「おめぇは少しだけ、目がええからなぁ。」

釣り糸を慣れた手つきで針にくくりながら、じいちゃんはポツリとそう言った。

じいちゃんは、たまに難しいことを言う。

太もものかすり傷が潮風に撫でられてひりひりと痛む。

「ほら、できたぞ。」

しわくちゃの手から釣り竿を受け取り、船の先へと向かう。

さっきまで揺蕩っていた海鵜がどこか遠くへと飛び去って行く。


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風待ちの僕ら(仮題) 吟幽 @konpei10man10

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