大文字伝子の休日24

クライングフリーマン

大文字伝子の休日24

 午前9時。伝子のマンション。

 「あなたー。洗濯鋏、足りないわー。」伝子の声に「はいはい、これね。」と、高遠は洗濯鋏を持って来て、伝子に渡した。

このバルコニーは狭いが、洗濯物の天日干しは出来る。EITOによって、幅を延長してされていて、出撃の時は、その隣の空間から脱出する。だが、ここ一週間、敵の動きがないから、一時的に物干しスペースを延長していた。

 決戦の前の夜以来、伝子は、高遠に対してだけは「おんな言葉」で接していた。

 「あなたー、だって。初めて聞いたわ、黄色い声。」綾子が入って来た。

 「なんだとー。声に色がついているのか、くそババア。」と伝子が返すと、「伝子。止めなさい。はしたないでしょ。」と高遠が窘めた。

 「はああい。ごめんなさい、あなた。」と伝子が言うので、「にわか雨、大丈夫かしら?」と綾子は戯けた。

 「お義母さんも、挑発は大概にして下さいね。」と、高遠は言った。

 チャイムが鳴った。なぎさが、舅姑とやって来た。

 午前10時。喫茶店アテロゴ。

 「パンティ?」と物部が言った。「声が大きいわよ、一朗太。他にお客がいるでしょ。」と、栞が物部を窘めた。

 カウンター越しに、なぎさがいた。

 「ちょくちょく、おねえさまの所に行ってたでしょ。お泊まりセット持ち歩いていなかったから、おねえさまのパンティや下着、お借りして着替えてたの。で、おにいさまが洗濯していたの。で、アパートに帰ると面倒くさくて洗濯しないままだったの。アパート引き払う時、持って来た荷物をお義母さまに見つかったの。」

 「叱られた?」栞が尋ねると。「そりゃあもうカンカン。廊下に裸足で正座1時間。」と応えた。

 「ここに寄ること、よく許してくれたわね。」と、そりが言うと、「あ、EITOからの指示があったから、って。」栞と物部に、なぎさは荷物を見せた。

「これ、緊急追跡装置が組み込まれた、ガラケーです。激しい振動があると、オンになります。」なぎさは、物部と栞と辰巳にガラケーを渡した。

 「午後から会議なので、もうすぐしたら、EITOに出勤します。」

 15分後。なぎさは、店を後にした。

 「どう思う?」と、物部は栞と辰巳に言った。

 「やっぱり。嫁入り先は窮屈みたいですね。」と、辰巳は言った。

 「まあ、仕方ないかな。一佐は実家がもうないし。」と、物部が訳知り顔で言った。

 「そうか。伝子の所が実家なのよ。」と、栞は感心した。

 「高遠さん、一佐のパンティを洗っているんだ。」辰巳は、違うことで感心した。

 「何を感心しているんだよ。」と、物部が辰巳に突っ込んだ時、声がかかった。

 「あのう。お勘定を・・・。」客だった。「あ、失礼。」物部は速やかに客の支払いを受け取った。物部達は客そっちのけで話し込んでいたのである。

 午前11時。伝子のマンション。

 「やっぱり、違うわねえ。お金持ちで、自衛隊の偉いさんの家は。」と、綾子が感心していた。「婿殿。一佐のパンティ洗ってたの?」

「はい。ちゃんと洗う前に名前書いて。『でんこ』『なぎさ』って。」「におい嗅いでたりしたの?」

 伝子は割り込んで言った。「いい加減にしろよ、ババア。学は変態じゃない!」

 「私には、上品に言わないのね。」「学は、愛するダーリンなんだよ!もう!」

 伝子の剣幕に綾子は膨れた。

 正午。綾子がテレビを点けた。

 伝子が高遠に教えて貰いながら、カレーを作っている。

 「臨時ニュースを申し上げます。今朝、総理官邸に1通の手紙が届きました。文面にはこう書いてありました。《やっと出番が来た。テラーサンタ。》以上です。」

綾子は、黙って、2人にテレビを指した。

 EITO用のPCが起動した。

 「ニュースで観たと思うが、敵は名乗りを上げて来ただけだが、会議するかね?」

 「するかね?するから来い、じゃないんですか?」想像だけ集めても議論にはならんだろう。」「では、1日様子を見るのはどうでしょう?今度の幹は、伝え忘れたメッセージがあるかも。」

 「では、そうしよう。昼食時に悪かった。」画面は消えた。

 「悪かった・・・謝ってたわよ。」と、綾子が騒いだ。

 「疲れているんですよ、みんなだけど。心身共にね。」と、高遠フォローした。

 「私、お邪魔かしら?」

 綾子の問いに、2人揃って、「はい。」と応えた。

 「嫌な夫婦ねえ。あ。あ。子作りの時間?昼間っから。嫌らしい。帰ります。」

 綾子が帰ると、入れ替わりに藤井が、おにぎりを持って来た。

 「あら?出撃しないの?」「検討する材料が少ないんですよ。あ。おにぎりは夕飯に頂きますね。」

 「テラーサンタねえ。サンタって、サンタクロース?テラーって何?」

「綴りが違うけど、テラーの英語は、1.強烈な恐怖、2.語り手、3.金銭の受け渡しする人、詰まり、出納係ですね。この3種類の日本語に相当しますね。多分、1番でしょう。」

 「じゃあ、怖いサンタクロース?」と問う藤井に、「恐怖を配るサンタクロースかな?」と、高遠は応えた。

 「恐怖はもう充分配っているけどね、ダーリン。得体が知れないから。流石に、今度の幹はノーヒントかも知れないわ。」

 「知れないわ?随分、女っぽくなったわね、大文字さん。あ。もう伝子さんでいいかしら?」「いいわよ。私、相手にもよるけど、ナチュラルな言葉を使うように心がけているの。学さんにしつけをして貰っているの。マゾじゃないわよ。」

藤井は、伝子の変貌に、かなり驚いていた。決戦以来、顔を合わせていなかったからだ。だが、悪いことではない、と思っていた。

 午後3時。池上病院。精神科風間えみの診察室。

 「どう?反響は?」「上々です。演技だと割り切ってみれば、すらすら言葉が出てくるんです。」「良かったわ。血液検査をしたら、今日はもう帰っていいわよ。お薬は無しね。」

 廊下に出ると、池上院長が立っていた。「よく見ると、モデル並みの美貌ね。あ、ケンは今朝手紙が来たわ。感謝していますって。」「樗沢は?」「やはり、ガン患者には無理だったみたいね。副作用ね。まだ『眠り姫』ね。」

 「よろしくお願いします。」そう言って、伝子は血液検査の為、処置室に向かった。

 「おねえさま。」と、あつこと、久保田警部補が寄って来た。

 「まだ、意識が戻らないみたい。尋問は無理ね。」「送って行くわ。」「ありがとう。でも、まだ血液検査があるから。いいわ。自分で帰れるから。」

伝子が去って行った後、「別人だね、あっっちゃん。」「でしょ。」と夫婦二人で笑った。

 午後3時半。

 伝子はバイクで帰宅途中だった。

 後続の自動車が追尾しているような気がした。伝子はDDバッジを押した上で、加速し、Uターンした。DDバッジとは、EITOが開発した、緊急連絡通信用バッジのことであり、身体に危機があった時、EITOのオスプレイが飛来し、何らかの救援措置を行う。

 伝子は、追尾してきたクルマに正面から突っ込んで行った。

 伝子はクルマの3メートル手前でバイクを『ウイリー』させ、宙を切って、クルマのフロントガラスを蹴り、屋根を蹴り、着地した。

 伝子はバイクを降り、バイクに設置した、バトルロッドを取り出し、身構えた。バトルロッドとは、チタン製の棒で、軽量で頑丈な棒だ。

 男達がクルマを降り、伝子に向かって来た。一瞬のうちに、伝子は4人を倒した。

 その時、白バイ隊がやって来た。伝子は素早く、バイクにバトルロッドを収納した。隊長の工藤が尋ねた。「この人達は?」「あおり運転なんです、お巡りさん。危うく殺されるところでしたわ。」伝子は工藤にウインクをした。

 午後5時。伝子のマンション。

 「災難だったね、伝子さんを襲った奴らは。」「学さん、あおり運転じゃないわ。新しい『幹』の『葉っぱ』だったかも知れないの。どこかから監視されていたかも知れないわ。」

 「知れないの。知れないわ。何食ったら、こんなにお上品になるの?」綾子が二人の後ろから言った。

 「また来ていたのかよ、くそババア。」と、伝子が言うと、「落差が大きいわ。」と綾子が返した。

 伝子は、台所に行き、塩を掴んだ。「伝子。塩を掴むんじゃなくて、しおらしく!」

 伝子は高遠の言葉に、「はああい。」と言って、塩を元に戻し、洗濯物を取り入れ、畳み始めた。

 「何か調子狂うわ。帰る。」そう言って、綾子は出ていった。

 入れ替わりに入って来た藤井が尋ねた。「どうしたの?綾子さん。」

 「以前と変わった伝子についていけないんですよ。藤井さん、当面内緒にして下さいね。」

 「ああ。あのこと。了解。で、順調なの?」「病院行ったついでに、風間先生にも池上先生にも診て貰いました。」と言って、伝子は指で丸を作った。

 「ああ。そう言えば、樗沢は意識不明のままだったわ。」「樗沢って、です・パイロット?」「ええ。まあ、意識を取り戻しても、3番目の『幹』のヒントや作戦のヒントを貰えるかどうかは分からないけど。」

その時、EITO用のPCが起動した。

 「大文字君。君を襲った連中だが、どうやら、ただの煽り運転ではなさそうだ。簡単には口を割らないだろうが。それと、総子君の大阪支部だが、一応明日、正式に発足することになった。早速、祝いに駆けつけたいだろうが、今は我慢してくれ。君を襲った案件は、前兆のような気がするんだ。」

 「了解しました。」画面が消えると、「明日の料理教室、キャンセルする?」と藤井が言った。

 「いいのよ、藤井さん。でも、緊急出動したら、早退するわ。」と、伝子はにっこり笑った。「そうだ、来たついでに、おにぎりの作り方、指導して下さい。」

 「了解。キャンセルしないわ。」藤井が言った時、電源が落ちた。

「計画停電ね。時間ぴったりだわ。でも、不安よねー。」藤井が言った言葉に「犯罪が起きるチャンス作っているようなものですからね。」と、高遠が唸った。

 3人が話した、たわいない会話は、実は事件の予兆だった。

―完―


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大文字伝子の休日24 クライングフリーマン @dansan01

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