(二)


「あ、北條ほうじょうさん!遅くまでお疲れ様です!」

 

 北條と呼ばれた男は、自宅前の路上であきれたように肩をすくめてみせた。

 四十台半ばほどだが、後頭部がすっかり禿げ上がっているので実際の年齢よりも上に見える。

 中肉中背だが、その体はずんぐりとした筋肉を感じさせた。

 

 「玉山たまやま……おまえまた来てたのか」

「毎朝新聞の記者は寝ませんから」

 

 玉山はそう言って胸を張る。

 今は夜の二十三時。玉山は、警視庁捜査四課長である北條の帰りを、世田谷区にある彼の自宅前で待っていたのだ。

 新聞記者にとって、これは『回り』といって、捜査情報を聞き出すための、極めて一般的な取材手法である。

 北條が身にまとっているくたびれたスーツはここ最近の彼の激務を物語っているが、新聞記者もまたそのライフスタイルに合わせて仕事しなければならないのだった。



 「最近、他紙ではおまえみたいな熱心な若者いないよ」

 

 北條は思わず笑みをこぼすが、その顔には疲れが滲んでいる。


 「お疲れですね。今日はなにかありましたか?」

「いやいや、飲んできただけだよ」

「嘘ですね」


 玉山はすかさず切り返す。


「北條さんは飲むと頬の上が赤くなりますからね」

「おまえにはかなわないな」


 北條は苦笑して言った。

 玉山の顔が輝く。長い時間、いつ帰るかもわからない北條の帰りを待ったかいがあるというものだ。

 

「で、なんですか?歌舞伎町で最近話題の半グレ集団がなにか起こしましたか?」

「いや、違うが。確かにあそこは下手な暴力団より力をつけてるからな、ギフテッドが

 関与していてもおかしくないな……」

「じゃあ、研究所でなにかありました?」

 

 つい考え込んだ北條の様子を見て、玉山はすぐに話を切り替えた。

 

「そうだ」


 北條は、特にもったいつけずにぼそぼそと喋り始めた。

 「先日、国立研究所で研究の機密データが流出していることがわかって、そこで働いてる一人の研究員が公安の極秘捜査を受けていたんだ」

 北條は声を潜めた。


 「その研究員の取り調べが難航したのか、別の捜査員のいるところに移動しての取り調べとなる予定だったんだが」

「ああ、もしかして加納かのうさん?」


 ぴんときた玉山が口を挟んだ。


 「そうだ、よく覚えてたな。お前も気をつけろよ。あいつは本当に何をやらかすかわからない……。だががあるから誰も何も言えない、好き放題だ」

 

 この特別なギフトの内容については玉山には知らされていない。いかに信頼を得始めているといっても、ギフテッドの能力内容はいわゆるタブーであり、それが警察官ならなおさらだと理解わかっているので、玉山はそれには触れないように意識した。

 

「前に北條さんとペアだったときの話、覚えてますよ。やりすぎて、何度も尻拭いしたって」

 

 玉山が自分の些細な話も覚えていたことに機嫌を良くして、北条は少し口角を上げた。

 

 「すみません遮っちゃいました。それで、加納さんの取り調べ予定はどうなったんですか?」

 

 「ああ。それなんだがな。結論から言うと、移送中に何者かに襲撃されて、連れ去られた。だから加納はまだ会えていないんだ」

「えっ?」


 玉山は思わず訊き返した。


 「車には、公安の捜査員が三人乗ってた。だが全員死んだ。全員頭ぶち抜かれて、即死だったよ」


 北條は眉をひそめて言葉を続けた。


 「目撃者はいないが、ドラレコに残った映像では、下手人は」 

 

 玉山は戦慄した。


 「わかるか?若手ではあったみたいだが、第一線の公安捜査員三人が、ひとりにあっさりとやられてんだ。しかも警視庁のお膝元でな」


 最後の一言は、恨み節だった。


 「玄人の殺し屋……あるいは"ギフテッド''のしわざでしょうか?」


 玉山はおそるおそる訊いた。


 「研究所絡みだからその可能性は高いな。知っての通り、公安外事五課はもともとギフテッド絡みの犯罪を扱う捜査四課から派生して、ギフテッド研究の管理や、四課と連携したギフテッドの人材監視がメインだからな」

 

 玉山はうんうんと頷いた。警察取材をする記者には周知の事実だ。


 「ただでさえ扱いづらいのに、こんな失態の尻拭いまでさせやがって」

 

 最後は吐き捨てるように言って、じゃ、と北條は玄関に向かう。


 「明日も朝早いから今日はこのくらいで」

 

 本当に疲れきった足取りでぱたりと玄関は閉じられた。

 その音が余韻を持って玉山の耳に響いていた。



 

玉山は、北條の自宅のある世田谷の住宅街を離れ、一度竹橋の本社に戻っていた。

 自席で今しがた聞いた北條の話をどうするか、と考えあぐねていた。


 世界を混乱と八年前の九月、突如地球に隕石が降り注ぎ世界は大混乱に陥った。

 特に、陸地に落ちたものの中でもっとも規模の大きい隕石が落ちたのが日本で、その中心部となったのが東京は渋谷区だった。

 隕石墜落による直接的な死者は二十万人といわれているが、隕石の発する放射能にはもうひとつもたらしたものがあった。

 時を同じくして「ギフテッド」と呼ばれる、いわゆる超能力といわれる特別な能力を身につけた者達が現れはじめたのだ。

 人外の能力を得た存在であるギフテッドはこぞって狙われ、あらゆる目的で利用された。

 軍事的にも影響が大きいため、先程の北條の話にもあった通り外事課で存在の調査が進められ、管理されているのだ。


 そういう経緯で八年を辿った東京という街は、復興の道を歩んではいるが、決してもう元通りにはならないということを国民は気づき始めていた。

 破壊され、放射能の影響が強く立ち入り禁止になったエリアはぽっかりと東京の地図に穴を作り、山手線の形は変わってしまった。旧代々木駅付近には隕石の成分とギフテッドを研究する国立研究所が設立され、今や大きな権威になった。


 ふと考え事から現実に戻った玉山が時計を見ると、深夜二時をまわっていた。 

 毎朝新聞の記者は寝ない。これはあながち嘘でもないと彼は思っている。

 通常時でさえ、なにか事件が起これば早朝深夜かまわず呼び出される職種だが、特に今は東京都知事選挙が近づいた時期であり、玉山の班の同僚はその取材準備に追われている。

 公示が始まると、今のチームのほぼ全員が各候補者に付きっきりで取材をすることになる。

 そんな忙しさをわかっているからこそ、あるかどうかもわからない事件を誰よりも早くキャッチするために深夜まで四課長の家に張っていた玉山のことを北條は熱心だと言ったのだろう。

 むろん、だからこそ北條の信頼を獲得できていると玉山は自負している。


 何とはなしにツイッターで流れてくるネットニュースを見ていると、今回の都知事選挙に関して好き勝手なことを書き連ねた記事がいくらでも出てくる。新聞ではできないことだ。


 今回の都知事選挙の有力候補は二人だと世間では認識されている。

 前副総理大臣・柳井やない貴臣たかおみ氏の次男である二世政治家・柳井やない進次郎しんじろう氏は、ギフテッド保護をとなえる有力候補のうちのひとりだ。

 貴臣氏の病状がかんばしくないようで、もし亡くなりでもしたら、地盤を引き継いでいる息子の彼には同情票が集まるのではとも言われている。

 しかし資産家でもある柳井一家には隠れた非嫡出子もいると噂されており、相続問題という火種を抱えているのがどう出るかといったところか。


 そして対立候補の小平こだいら秀俊ひでとし氏。

 氏は、ギフテッドを生かし強い日本を作るという理想を提示しており、復興ムードを盛り立てる政治家として、右派をはじめ一定数の支持を得られることが期待されている。

 

 厄災から八年を経てギフテッドは随分とその存在を世の中に知られるようになり、注目度は極めて大きい。

 こうして選挙の候補者がこぞってギフテッドに対する姿勢を表明するのはそのあらわれだ。

 しかし、未知の存在に対して人々の向ける目は厳しい。

 畏怖、恐れ、妬み……。ギフテッドを取り巻く犯罪は増える一方だった。

 玉山は、誰もいないオフィスでひとり、まんじりともせずデスクに向き合い続けていた。

 

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