第10話

「今現在幸せなのか、それとも過去一度として幸せだったことがあるのか…いずれの意味にせよ、答えはNoよ」

「え?」

「聞こえた通りよ。私は幸せを感じたことなんて一度もない」

予想通りすぎて予想外の答えだったので、開いた口が塞がらなかった。そしてすごく落ち込んだ。

そりゃそうだろうとは正直感づいてはいたが、こうも包み隠さず真正面から言われると流石にこたえるものがある。

「…そっか。そうだよな。僕と一緒にいたって得るものなんか何もないもんな。やっぱり僕たちは別れるべきなのかもしれないな…」

項垂れながらそう呟いていると、怪訝な顔をしたマリーが僕の顔をしゃがんで下から覗き込んできた。

そして何をするでもなくそのまま黙ってジッと僕から目を離さないでいる。

あの例の美しき魔性の瞳が瞬きもせずにまるで僕の心の内の全てを見透かすかのように薄暗闇の中で光輝いている。

「…なんだよ」

気恥ずかしさとやるせなさに耐えかねて少々ぶっきらぼうに言ってしまったが後悔はない。

どうせもうすぐ破局する運命にある二人なのだから。

「…いえ、おそらくだけど、リンと私の見解というか解釈というか…に相違があると思うの」

「どんな?」

「私は別にリンのせいで不幸になったとか、リンと過ごしたこの何ヶ月かだけが特別つまらなかったとか言ったつもりじゃないの」

「じゃあどういう意味で言ったんだ」

「生まれてから今まで」

「え?」

「海底王国ラプチャーで生まれてから今まで私は『幸福』というものがどんなものなのか分かった試しがないの。人間世界由来の食べ物、娯楽、芸術…色々に手を出してもみたし、人魚としての職務を全うしてみようとワーカホリックになったこともあったわ。でも駄目だった。何をどうやっても私の人生には退屈が付きまとってくるの」

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セイレンズワールド @Kryosuke

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