燃えない
きと
燃えない
私は、会社を早退して家まで急いでいた。
理由は、普通の生活ではなかなかない理由だ。
結論を言えば、住んでいるアパートが燃えたとの連絡があったからだ。
旦那と結婚して、「息子も大きくなってきたからそろそろ引っ越すかー」なんて言っていたが、こんな形で
いや、まだ失ったとは確定してない。もしかしたら、そんなに大きな火災じゃない可能性もあるし。
そうこうしているうちに、家に着く。
……めっちゃ燃えてるじゃん。アパート全体、火に包まれてるやん。この分だと、家具も家電も全滅だ。
呆然としている私に、大家さんが近づいてきて、事情を説明してくれた。
なんでも放火事件らしい。若い男が、灯油をまいて火をつけたとか。もう犯人も逮捕されており、アパートの住人も全員無事だと言う。
人が亡くなった、とかじゃなくてホッとする。でも、燃えたことには変わらない。
しばらく消防の方々の賢明な消火活動を
私が大家さんに説明されたことを旦那にも伝える。息子は、燃え盛るアパートを見上げていた。
それから、1時間後。火は、完全に消えた。
「……見事に燃えたな」
旦那がため息交じりに呟く。
アパートは、完全に崩れて
警察がいろいろと現場検証をしている中、私は住んでいた105号室があった場所を見る。犯人の供述によると、灯油をまいたのはちょうど私たちの部屋の横らしい。こんな形で角部屋を選んだデメリットが出るとは……。この分だと、本当に私たちの家具とかは完全に燃えちゃったんだろうな。
「すいませーん。
物思いにふけっていると、警察に呼ばれる。
私は、息子を抱きかかえて旦那とともに、警察の元へと向かう。
私は、警察に尋ねる。
「えっと、何か?」
「いやね? この辺りに人形が落ちてまして。もしかして、樋口さんの持ち物かと思ったんですが、違いました?」
そう言って、警察官は人形を見せてくる。
その人形は、奇跡的に
そして、覚えている。
この人形は、私が幼いころに近所の友達からもらった物だ。
いろいろな思い出が燃えてしまったが、これだけは残ってくれていた。そのことが、とても嬉しかった。
「懐かしいなぁ……」
ポツリとこぼすと、旦那が笑う。
「何言ってんだよ。それは、俺が子供のころに幼馴染からもらったやつだろ? 懐かしむとしたら、俺だよ」
……旦那が思いっきり勘違いしている。やんわりと否定しようとすると、今度は息子が言った。
「お父さんもお母さんも違うよー。これは、僕が友達にもらったやつだよ!」
思わず、私と旦那が顔を見合わせる。
これは、私が子供のころにもらったものだ。しっかりとした記憶もある。ただ、人形をくれたはずの友達の顔と名前がもやがかかったように思い出せない。
聞いてみると、旦那も幼馴染の顔も名前も思い出せないという。
そして、息子に聞いてみると人形をくれた友達が誰なのか、覚えてないという。
家族三人が、別々にもらった記憶がある。でも、贈ってくれた人間の顔を誰も思い出せない。
他の家具や家電は全滅の中、煤すらついていない人形。
これは、どこからきたんだ?
これは、いつから家にあったんだ?
実家に帰れば、手がかりを見つけることができるかもしれないが、知ってしまっていいのか?
そして。
これは、本当に奇跡的に燃えなかっただけなのか?
燃えない きと @kito72
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