衛兵
(さて、これからどうするか)
エリーシャは娘を抱きしめながら考える。
というのもこの騒ぎを聞きつけて人が集まり始めているからだ。直に衛兵も駆けつけるであろう状況。
いくら向こうから仕掛けてきたとはいえ、こちらの意見をちゃんと聞き入れてくれるかどうかは怪しいところだ。
「――あっ、フィテロおねぇちゃんだ」
「ああそうだな、あいつがいれば話は早いんだが……んっ!?? フィテロ?」
ウルティナの言葉に咄嗟に振り返ると、ちょうどフィテロがこちらに向かって歩いてくる途中であった。
「散歩がてら迎えに来たんだけど、何があったの?」
「そうだな、簡単に説明すると売られた喧嘩を買っただけだ」
「……ああ、そういうことね」
蹲る冒険者を見て、フィテロはすぐに納得したようで集まってきた人々に向けて語りかけた。
「はいはい、騒がないでちょうだい。この件は私、鬼神族のフィテロが預かるわ。さぁ早く散った散った」
フィテロは慣れた様子で言い終えると、手をぱんぱんと叩き解散を促した。
不満をこぼす者も多くいたが、フィテロの呼びかけでほとんどの人々は去っていく。
「ふ、慣れたものだな」
「まぁね。さ、屋敷に行きましょうか。キィラも待ってるわ」
「そうだな、だがあいつはどうする」
エリーシャは何とか立ち上がろうとしている冒険者を見やる。
「もうボロボロだし、放っておきましょう。ていうより喧嘩を売られたって、いったい何をされたのよ?」
一目見た感じ、冒険者は中々のダメージを負っている様子。
「あいつがウルちゃんに舐めた口を利いたんだ。だからわからせてやろうとしたんだが、その前にウルちゃんの魔法をくらってあのざまだ」
「嘘、あれウルがやったの? やるわね〜ウル!」
「えへへ、ママをまもったの!」
若干驚きつつも、仲よさげにウルティナと「いぇ~い」とハイタッチするフィテロ。
てっきりエリーシャがやったかと思っていたのに、まさかのウルティナとは。
こんな形とはいえ、教え子の成長とは嬉しいものだ。
「――――そこを動くな! 誰一人だ」
フィテロが来たことによって空気が柔らかくなり始めていたところだったが、そこに強めの荒々しい口調で制止の声が響いた。
「はぁ、やっぱり来たわね」
フィテロは面倒臭そうに、短く息を吐いた。
「なんだあいつらは?」
エリーシャはウルティナを背中の後ろに隠すようにしてから、フィテロに尋ねた。
「あれはここの衛兵よ。騒ぎを聞きつけて来たのね」
衛兵の数は五人。
皆胸にエルゾラスの国章が縫い付けられた服をまとっている。
声を発した者は先頭にいて、残りの四人は後ろに付き従うように控えているのを見るに、先頭の者がまとめ役のようだ。
「衛兵か。で、どうする? 黙らせるか?」
「これ以上大ごとにしたくないし、私が話すから待ってて」
「――おい、動くなと言っただろう」
話をするべく、衛兵のもとへ歩き始めたフィテロに怒号が浴びせられた。
しかしフィテロは動じずに衛兵の前まで普通に進んでいく。
「ちょっとちょっと、事情も聞いてないっていうのにそんな頭ごなしに怒鳴らないでちょうだい」
「貴様っ! 動くなといっ――――」
ここで衛兵の声がぴたりと止まった。
それは、歩いてくるその人物が鬼神族のフィテロであると気づいたからに他ならない。
ここでは人間族のような弱小種族は酷い扱いを受け、話すらまともに聞いてもらえない。だが、その逆もまた然りだ。
鬼神族というだけで大抵の者は引き下がる。
「事情を説明するけどいいかしら?」
「は、はい。失礼しました」
怒声を上げた衛兵は獅子族の女だった。
自分の顔を見て引きつった表情をする衛兵にフィテロは今起こったことを説明していく。
といっても、フィテロも実際に見たわけではなくたった今エリーシャから聞いたばかりの話だ。
だが二人が嘘をついていないと断言できるくらいにはフィテロは二人を信用している。
この国のやり方に則るのならば、鬼神族という種族を利用して黙らせればいいだけの話ではあるが、フィテロはそんな国の在り方を変えようとしている最中。
だからこそフィテロはこういった場合、自分が鬼神族だからといって力だけでどうこうしようとはしない。
まずは話し合いだ。
その結果争いになるのなら仕方ないが、なるべく最初はどんな種族だろうと関係なしに対話を試みるのが彼女のなかのルールだった。
「――――なるほど。話はわかりました」
「そう、ならよかったわ。じゃあもう行っていいかしら?」
「ではエルフと人間族、犬人族の三人を連行します」
「はぁ? あなた話聞いてたかしら?」
状況を説明し終えたフィテロだったが、衛兵から返ってきたのは、自分の想像していた答えとはまったく異なる内容のものだった。
「はい。話を聞いて、フィテロ様が関与していないということはわかりました。故に騒ぎを起こした者達を連れていきます」
「だから仕掛けてきたのはあの冒険者だって言ったでしょう? 」
「しかし、こちらも仕事ですので」
「だからっ、連れていくなら冒険者だけにしなさいって言ってんの。あの二人は身を守る為にやむを得ず魔法を使ったのよ!」
「それならば連行したのち、詰所で話を聞きます」
衛兵は引き下がる気はなく、問答無用でフィテロ以外を連れて行こうとする。
しかし、詰所に連行されたところで、人間族を連れたエルフの話など衛兵がまともに聞くはずもないことをフィテロは知っている。
だからここで引き下がって二人を連れていかれるわけにはいかない。
「はぁ……やっぱりまともに話してもどうしようもないこともあるわね」
首を左右に振り、深いため息をひとつ。
衛兵の頭の固さにあきれたフィテロは、正攻法で問題を解決するのを諦めた。
「どうかしましか、フィテロ様?」
「あ〜、実はねさっきまでの話は全部嘘なのよ」
「……といいますと?」
急に今までの状況説明をなかったことにしたフィテロに、衛兵は怪訝な顔をする。
「あの冒険者は私が吹っ飛ばしたのよ。喧嘩売られたから。命知らずよね、本当」
「いえ、しかし、我々は犬人族と人間族を連れたエルフが揉めてると聞いて来たのですが」
「へぇ〜そうなの。じゃあなに? あなたは私が嘘をついてるって、そういうのね? 私よりどこの誰かもわからない者の言葉を信じると?」
「い、いえ、決してそういうわけでは」
「そう、じゃあ早く私を詰所にでも牢屋にでも連れていきなさい。これで問題解決ね」
「そ、そんな。我々が鬼神族であるフィテロ様を連行など、とんでもないです」
「あっそ、じゃあこの件はこれで終わりでいいわね?」
「……わかりました。ではあの冒険者だけを連れて行きます」
「お好きにどうぞ」
引き下がる衛兵。フィテロが嘘を吐いていることはわかるが、本人が自分がやったと言い張ってしまったらもうどうしようもない。
せめて問題を起こした原因である冒険者だけでもと、フィテロと共に倒れている冒険者のもとへ。
「おい、さっきまでここに倒れていた冒険者はどこにいった?」
衛兵が近づくと、いつの間にか犬人族の冒険者ドリオは姿を消していた。
衛兵はエリーシャに向かって苛立たしげに問う。
「妾は何も知らん」
「なんだとっ!? 貴様はずっとここにいただろうが」
「知らないと言ってるだろう。お前こそゾロゾロと人数を引き連れて来ておいて、誰も気づかなかったのか? 妾に当たる前に、自分達の無能さを反省したほうがいいのではないか?」
「貴様っ、なんだその態度はっ!??」
揉める前なら衛兵に対してこんな態度はとらなかったかもしれない。だがこうなってしまってはもう関係ない。
何より、衛兵達がウルティナを見る蔑んだ目が気に入らなかった。
「はいはい、もういいでしょ。ていうより別に周囲で無関係の人が怪我したわけでも、物を壊したわけでもないんだから、そんな騒ぎ立てることでもないでしょ? 私達はもう行くから、その冒険者を探すならあなた達で勝手にやってちょうだい」
「おいエルフ! 冒険者の特徴は? 名を名乗ったりしていなかったか?」
「顔は覚えていない。名前も知らん。じゃあ妾達は行くぞ」
フィテロに宥められた衛兵は、それだけ聞いて去っていった。
エリーシャの態度に納得いかなかったのか、獅子族の女はすこぶる機嫌が悪そうではあったが。
◆
「――で、なんであんな嘘を?」
揉め事からやっと解放されて、屋敷に向かう道中、フィテロが口を開く。
なぜエリーシャが騒ぎの元凶であるあの冒険者を庇うような嘘をついたのか。よくわからなかった。
「いや、庇ったつもりはないんだがな。強いて言うのなら、あいつが去り際にウルちゃんに謝ったからだ」
「へぇ~。自分でこんな騒ぎを起こしておいて、ちゃんと謝るなんて、よくわからないわね?」
「まぁな。だが大事なのはウルちゃんにちゃんと謝ったことだ。その時点でもうどうでもいい。ウルちゃんもあいつを許してやったようだしな」
「そうだよ! どりおさんとはおともだちになったの」
「いや、ウルちゃん、友達はちゃんと選んだ方が……あんな犬っころにそんな資格は」
「だいじょうぶだよ、ママ! たたかいがおわったら、ともだちになるって【シャロのぼうけんたん】にかいてあったから!」
【シャロの冒険譚】
今ウルティナが読み進めている本で、実在する高ランク冒険者が綴った、大人気の長編シリーズだ。
「え、ちょっと待って? 今ドリオって言ったかしら?」
「うん、どりおさんだよ」
「ああ、たしかにドリオと名乗ってたぞ。あとソロ冒険者だとか言ってたが。知ってるのか?」
ドリオという名前にフィテロが「んん?」と反応を示した。
「えーと、なんて言えばいいのかしら……」
言い淀むフィテロ。
「どうした?」
「知ってるというか……まぁ、そこまで悪いやつではないわよ。あいつは」
「やっぱり! ウルも、どりおさんはわるいひとじゃないとおもうんだ!」
かなりわかりやすい嫌な言葉を投げかけられたのに、ウルティナはそこまで気にしていないどころか、ドリオを庇うようなことを口にする。
「妾にはわからないが……まぁウルちゃんがそう言うならきっとそうなのかもしれないな」
表向きは娘の意思を尊重するエリーシャ。
だがエリーシャはフィテロやウルティナが言うように、ドリオを悪いやつではないとは思わない。しかし、思い返してみると確かにあの時のドリオの攻撃に殺意はなかった。
とはいえ、そこからわかるのはあの冒険者が揉めた相手をすぐ殺めるような極悪人ではない、ということくらいだ。
いい奴ではないし、まだウルティナに友達の称号を与えられるには到底値しない。
「――――さっ着いたわよ! 中でキィラも待ってるわ」
そんな会話をしつつ、ややペースを上げて歩き続けてしばらく。フィテロの屋敷に到着した。
「わぁっ! おおっきいおうちだねぇ!」
ゆっくりと開く屋敷の門を見上げて、メリィの背に乗ったウルティナはうきうきと中へ入っていく。
門の向こうでは一人の女性が立っていた。
「――――初めまして、私、フィテロ様の秘書兼お世話係をしている、ミミナといいます。フィテロ様の大事なお客様とお聞きしています。今日は精一杯おもてなしさせていただきま――――」
高身長で美人。眼鏡がとてもよく似合う、仕事できますオーラが滲み出ているミミナは、深々と頭を下げてとても丁寧に出迎えてくれたが、顔を上げてエリーシャを見た瞬間、「むむっ」と眉をひそめ、
「なっ、き、き、き、き、貴様はいつぞやの侵入者っっ!!! なぜここにいるっ!??」
わなわなと震えながら、ヒステリックな声をあげるのだった。
古の化物が跋扈する地獄を生き抜いた【終焉のエルフ】〜人間の赤子を拾い、母性に目覚める〜 あんてんしぃ @anten
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