首都ゾフィール



 エルゾラス大国の首都ゾフィール。大国の首都というだけあって、ここには最先端の物や情報が多く集まる。

 それはまだ踏破されていないダンジョン内部の情報だったり、まだあまり流通していない魔法具であったりと。とにかく何かが広まるのは首都であるゾフィールが発信源であることが非常に多い。


 そして、そういった情報等を求めて、ここにはあらゆる者達が集う。

 その中でもとりわけ多いのが冒険者だ。

 エルゾラス国内には数多くのダンジョンが存在していて、そこでの一攫千金を狙った冒険者がゾフィールを拠点として集まるという訳だ。


 しかし、エルゾラスの中でもゾフィールは種族での差別思想が強い者が多く住む。

 当然、嫌な思いをする冒険者も少なくない。

 それに宿代も他に比べると信じられないくらい高価だ。


 だがそれを差し引いてもゾフィールには冒険者に必要な防具に武具、情報、様々なものが揃っている。


 しかもそれらに加え、ここに住まう貴族達はダンジョンから持ち帰った魔法具や宝を買い取るのに金に糸目をつけない。

 命懸けではあるが、一つでも貴族のお眼鏡に叶う宝をダンジョンから持ち帰れば大金が手に入るというのだから、ゾフィール全体の賑わいが他の街の比ではないのは必然といえる。



「うわぁ~、これみんなぼうけんしゃさんなの?」



 そんな数多の人々が訪れるエルゾラス大国の首都ゾフィールの入り口前に並ぶ多くの人を見て、ウルティナが母に尋ねた。



「ほとんどそうだな。あとは商人とかだろう」


「あ、ウルしってる! ものとかをうったりかったりするひとだね?」


「ふふ、正解だ。さぁ妾たちも並ぼうか」



 本日はかねてよりの約束で、キィラとフィテロが住む屋敷に遊びに来たところだ。

 しかし、ここはエルゾラスの首都というだけあってすぐに入れるというわけではない。


 形式上の簡単なものではあるが門番によるなチェックがあり、明らかに怪しい者や、大量の物資を持ち込んだ商人等は呼び止められ、持ち物を確認される。


 とはいえ一見厳しそうに見えるが、余程のことがない限りは止められることは少ない。



「エルフと人間族の子供、それに家畜の山羊が一匹か。特に問題なさそうだな。よし入れ」



 門番が抑揚のない声で告げる。

 このようにして、エリーシャとウルティナも問題なくゾフィールに入ることができた。


 家畜と言われてメリィは少し門番を睨んでいたが、今はエリーシャが魔力を抑えているから仕方がない。

 むしろ魔物と思われていないというのは、しっかりと魔力を抑えられてる証でもあるので、悪いことではない。


 基本的にエルゾラスでは魔物を街に入れる場合、ギルドでの登録が必要になるのだが、そこら辺の事情にあまり詳しくないエリーシャにとっては、メリィがただの山羊と思われていた方が楽なのだ。



「ここがキィラちゃんとフィテロおねぇちゃんのすんでるまち……。なんかおおきいたてものがいっぱいだし、ぼうけんしゃさんもいっぱいですごいね!」


「この国の首都だからな、今までの街とは雰囲気も売ってる物も全然違うぞ。それよりも妾かメリィの側を離れては駄目だからな?」



 ここはこれまでに行った街とは、住まう者達の質が違う。

 人間族であるウルティナがどんな酷い扱いを受けるか、まだ想像もつかない。

 普段から街に行くときなどは警戒を怠らないエリーシャではあるが、今回はいつも以上に注意していた。



「うん、だいじょうぶだよママ。ちゃんとメリィのそばにいるか――――あれ? なんかちょっと、おそらがくらく――――」



 母の言いつけ通り、メリィの側を離れずに歩いていた時だった。

 地面に影が広がったことに気付いたウルティナは何事かと空を見上げた。



「――――えーっ!??? なにあれぇ!? おそらにおうちがうかんでるよっ!!?」



 ウルティナの目に映ったのは空を浮遊する巨大な城だった。否、正確には城を建てた大地をそのままくり抜いて浮かせたような、それはまるで空に浮かぶ小さな島のようにも見えた。



「あれは、龍神族の住む浮遊城だな」


「えーっ、あそこにだれかすんでるのっ!?? すっごぉいっ!」


「龍神族は基本的にゾフィールの上空を漂う浮遊城で暮らしてるんだ」


「あ、うごいた!」


「あれは常にゆっくりと移動を続けてるからな、今日タイミングよく見れたのはラッキーだったな」


「そうなんだね。――――ばいばーい!」



 雲をかき分けてゆっくりと進む浮遊城に向けて、めいいっぱいジャンプして大きく両手を振るウルティナ。


 エリーシャは喜ぶ娘を見れるのは嬉しい限りだが、あの浮遊城に住んでいるのが種族差別を良しとする龍神族というのが、なんとも複雑な気持ちだった。



「さぁウルちゃん、フィテロの屋敷までもう少しだぞ」


「うん」



 それからしばらく。珍しい街並みを見渡しながらゆっくりと歩ていく。


 ゾフィールは大まかに一番から二十番の区に分かれており、最も地位の高い者が住む一番区を中心にそこから離れるほどに区の番号が離れていく。

 その中でも特に一番区から五番区は一般人は入ることすら難しくなってくる。

 フィテロの屋敷があるのは十九番区だが、その中でも二十番区寄りなので、今日入ってきた場所からは割と近い距離にある。



『――――間もなく魔列車が通過します。軌道付近は危険なのでご注意ください。繰り返します――――』



 見慣れない街並みを見渡しながら歩を進めていたウルティナだったが、特徴的な男性の声が街中に響き渡ったことで歩みを止めた。



「え? え? ママ、このこえはどこからしゃべってるの?」



 ウルティナは声の主を探そうと周囲を見渡すも、誰が声を発してるかはまるでわからない。

 しかも声は四方八方から聞こえてくるので、それが更に混乱を招く。



「ふふ、可愛いなウルちゃんは。声の発信源はあそこだ」



 きょろきょろと混乱してるウルティナの隣にしゃがみ込んで、エリーシャは街灯柱についてる丸い水晶を指差す。



「あれは声を響かせる魔法具なんだ。ほら、よく見るとそこら中の屋敷や柱にあの水晶がついているだろう?」


「あ、ほんとうだっ! まほうぐってこんなこともできるんだね! でも、まれっしゃってなに? なんかきけんっていってるけど、だいじょうぶかな?」


「大丈夫だ、近づきすぎなければ危険ということはない。まぁ見た方が早いな。いいかウルちゃん、あそこの地面に何か見えないか?」


「じめん? ――――あっ! なんかひかってるね!??」


「あれはいわゆる、魔法で敷かれた道なんだ。――ほら来たぞ」


「え、えぇぇぇぇぇぇええっっ!???」



 ウルティナ本日二度目の驚愕。

 魔法で敷かれた、光る二本のレールの上を走る巨大かつ長い鉄の物体がかなりの速度で通過していく。


 これはここ最近開発が進んでいる魔列車という乗り物で、現在は試験的に首都ゾフィールで人や物を運ぶのに大活躍中だ。



「ふ、ふふふ」



 ただでさえ大きなまん丸の目を、更に見開きながら叫ぶウルティナに、エリーシャは堪えきれず笑い声が漏れてしまった。

 あまりに子供らしい、可愛い反応だ。



「ママ! ママ! いまのはなに!?」


「今のが魔列車だ。人や物を運ぶのに開発された乗り物だ。と言っても妾もつい最近知ったばかりだがな」


「あ、あれにひとがのってるのっ? ウルものってみたいなぁ」


「今はまだ試験段階らしいから難しいだろうが、これからもっと広まっていくだろう。そうなったら一緒に乗ろう」


「うん! ママとまれっしゃでいろんなとこいきたいっ! やくそくね!」


「ああ、約束だ!」



 瞬く間に通り過ぎていった魔列車を名残惜しそうに見つめ、母と約束をして、再び歩きだした二人だったが、



「けっ、どんなに魔列車が普及しても、お前みてぇな人間族のガキが乗れるかよ。身の程をわきまえろ」



 わかりやすいくらいの害意を含んだ雑言に、足が止まった。



「なんだ貴様は?」



 聞き捨てならないその発言に、エリーシャはすぐさまウルティナを守るように前に出る。



「俺は犬人族のソロ冒険者でドリオってもんだ。冒険者ランクは――」



 そこに居たのはやや軽装ではあるが、明らかに冒険者といった出で立ちの男だった。

 全身にもさもさの体毛を生やし、頭にはピンと尖った耳があり、尻尾もある。口元には尖った二本の八重歯。

 獣が二足歩行しているようなその姿は確かに【犬人族】と呼ばれる種族の特徴と一致していた。



「そんなことはどうでもいい」



 そう、そんなことはどうでもよかった。

 エリーシャが聞いたのはそういう事ではない。



「はっ、生意気なエルフだ。」


「いいか、貴様が何者だろうとどうでもいい。一度しか言わないからよく聞け」



 エリーシャは犬人族の男に近づき、怒りを抑えつけたような声音で告げる。



「あらん限りの笑顔で、ウルちゃんに謝れ。それが出来ないというのなら、覚悟してもらう」


「覚悟だとぉっ!? お前こそいいのかぁ? ここじゃ揉め事が起きても、人間を連れたエルフなんて誰も助けちゃくれねーんだぞ? 悪いことは言わねぇ、さっさと故郷に帰りな」



 この冒険者の言うことは概ね正しかった。

 ゾフィールで人間族と他種族が言い争っていたとして、それを街の衛兵に目撃されたのなら、人間族側に非があるなしに拘らず、問答無用で悪いのは人間族ということにされかねない。

 そんなことはゾフィールでは日常茶飯事だ。



「謝る気はないか。ならば無理やりにでも頭を下げさせてやろう。後悔するなよ」



 しかし、そんなことは我が子を貶されたエリーシャにはまったくもって関係のないことだ。

 謝罪がない時点で、エリーシャはこの冒険者をわからせることに決めた。



「へ、随分とまぁ好戦的な目つきの悪いエルフだぜ。吐いた唾飲むんじゃあねーぜ。――――オラよぉっっ」



 険悪な空気。

 戦闘が始まるのは必然だった。

 ドリオは半歩さがり距離を取ると、蹴りを繰り出した。

 冒険者というだけあって戦い慣れているのだろう。

 軽やかな身のこなしから繰り出されたその蹴りは荒々しくも洗練されていて、弧を描くようにしてエリーシャの首元へと吸い込まれるようにして向かっていく。


 だが、その攻撃がエリーシャの首を捉える間際。



「《始まりの雷らいとにんぐ》っ!!!」



 エリーシャの横をすり抜けるようにして、バチバチと荒れ狂った紫電がドリオへと直撃した。



「――がっがはぁっっ……!?」


「う、ウルちゃんっ!??」



 紫電が腹部へと直撃したドリオはその場にばたりと倒れこんだ。

 これにはエリーシャも唖然と目を丸くするしかなかった。



「い、今のはウルちゃんが?」



 放たれたのは見慣れた娘の魔法であることは明らかではあったが、思わず聞いてしまう。



「えへへ、ママがあぶないとおもって。だいじょうぶだった?」


「ああ、妾は大丈夫だ。ウルちゃんこそ大丈夫か? 怖かっただろ」



 エリーシャは目の前で蹲る冒険者に目もくれず、ウルティナを抱き寄せる。

 頭の中には獅子族の男に絡まれて大泣きしていた娘の姿が強く残っていて、また同じような思いをさせてしまったのではないかと慎重になっていた。



「ううん、こわくなかったよ。それよりもママがけられそうになってるのをみたらね、からだがかってにうごいたの!」


「そうか――――ふふ 」


「ん? どうしてわらってるの、ママ?」


「いや、ウルちゃんがママを守ってくれたことが嬉しくてな」



 それはエリーシャの本心以外の何ものでもなかった。

 抱き寄せたその体はまだこんなにも小さいというのに、自分を守る為と言って、明らかに格上の相手に魔法を放った娘の成長が、ただただひたすらに愛おしかった。


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