ボサボサ



「これが……ほんとにあのトマトなの!?」


「そうだよ~。どう? おいしいキィラちゃん?」


「ええ、しんじられないくらいおいしいわ! これならなんこでもたべれそうよ」


「えへへ、よかったぁ。まだまだいっぱいあるからね」



 ――稽古終わり。

 ウルティナは約束通りキィラに菜園の野菜を振る舞っていた。野菜嫌いと明言していたキィラではあったが、ウルティナの育てた野菜、特にトマトが口に合ったらしくひとつふたつと、どんどん食べ進めていた。



「私もこの前食べて驚いたわ。ウルの育てた野菜は魔力が豊富に詰まってるのよね。この魔力だらけの森で育ててるっていうのも影響してるんでしょうけど。あ、もちろんウルの真心込めた育て方もね。つまり何が言いたいかっていうと、私との稽古で二人とも魔力を消費してるだろうから、より一層美味しく感じるんじゃないかしらってことね」



 やけに饒舌に喋るフィテロ。



「――――ふ、そんな早口でそれっぽいことを語ってもその様じゃ格好がつかないぞ?」



 エリーシャが邪悪な笑みを浮かべ、フィテロの頭に視線を向ける。


 現在のフィテロは先ほどの稽古で、ウルティナとキィラの見事なコンビネーションによる《始まりの雷ライトニング》の直撃をくらってしまい、髪の毛がボサボサになっていた。



「ま、まぁいくら私がこの子達のレベルまで手を抜いてあげてたとはいえ、二人ともいい感じの攻撃だったわね! っていうか、それよりもキィラ……あなたいつの間に念動力をあそこまで使えるようになってたのよ?」



 これ以上イジられるのはごめんだと、フィテロは自然に話題を妹のキィラの方へと逸らす。



「はいはい! ウルもキィラちゃんのあのまほう? みたいなのきになったの! まほうをつかうときのきらきらがぜんぜんみえなかったよ?」



 運が良かったのか、キィラのことにはウルティナも興味津々といった感じで、元気いっぱいに手をあげて尋ねる。



「あれはおうちにいるとき、ねるまえとかにちょっとずつれんしゅうしてたのよ。あれならいつでもどこでもできるし。とおくにあるおかしをとるときにべんりだから」


「へぇ~、稽古嫌いだと思ってたけどちゃんとやってたのね。まぁ理由はキィラらしいけど。今日も自発的に稽古に参加してきたし。姉としては嬉しい限りだわ」



 そう言って、フィテロは満足そうにキィラの頭を撫でた。



「き、きょうはたまたまそういうきぶんだっただけよ!」



 キィラは煩わしそうにフィテロの手をどかそうとしているが、その手にはたいして力は入っていない。意外とまんざらでもなさそうに頭を撫でられている。



「ウルちゃん、あれは鬼神族だけが扱うことのできる念動力という力だ。キィラの年齢であそこまで強力なものを使えるというのは珍しいがな」



 ウルティナの疑問にはエリーシャが答えた。



「まほうとはちがうの? ウルにもつかえるかなぁ?」



 キィラの《念々鬼力おにりき》が気に入ったのか、ウルティナは自分でも出来ないかと、キィラが力を使った時と同じように指の形を真似ながらエリーシャに問いかける。



「それはちょっと難しいな。あれは鬼神族にしか扱えない魔力とは別の力だからな。だからウルちゃんの目でも魔力の動きが見えなかったんだ」


「そっかぁ、キィラちゃんはすごいんだね!」



 ウルティナは自分には使えないと聞いてもそこまで落ち込むことはなく、むしろ自分にはできないことができるキィラを凄いと、素直に感心していた。



「ああ、たいしたものだ。だがウルちゃんの今日の魔法も凄かったぞ? ほら見てみろ、フィテロのあのボサボサの髪を。ウルちゃんも日々成長してるということだ」


「あっ、えへへ、ありがとうママ!」



 フィテロのボサボサの髪を見てから、親子で仲良く顔を見合わせてクスクスと笑い合うのだった。



「っていうよりもおねぇちゃん、やくそくちゃんとおぼえてるわよね? ごほうびになんでもすきなものかってくれるんでしょ?」



 頭を撫でられていたキィラが思い出したようにフィテロの手を掴んだ。



「はいはい、ちゃんと覚えてるわよ。何が欲しいの?」


「んーと、あれもほしいし、このまえでたあれもほしいわね……あ、そういえばあれも――――」



 キィラは指折り数えながら、欲しい物を考えては幸せそうにしている。



「まったく、そんな沢山は駄目よ? で、ウルは何が欲しいの?」


「えっ? ウルもいいの!?」


「そんなの当たり前でしょ。ウルとキィラ二人で頑張ったから攻撃を当てることができたのよ? ほら何が欲しいの?」


「わーい! えーと、えーとねぇ、んーとね――――」



 ウルティナもキィラと同じく、欲しいものを考えていくが中々これといった物が思いつかない。


 そもそも様々な人や物が溢れた場所で生活しているキィラと違って、ウルティナはちょくちょくエリーシャと街にお出掛けするくらいで、基本はこの森で暮らしている。急に欲しい物と言われても、すぐには思い浮かばなかった。



「あー、じゃあこうしましょうか。今度みんなでお出掛けしましょう。そこで色々な物を見て、なにか気に入った物があったら買ってあげるわ」


「あ、それがいいわ、そうしましょう!」


「わー! みんなでおでかけっ!??」



 フィテロの提案にキィラとウルティナは大賛成といった感じに心を弾ませる。



「それじゃそのひはウルをおうちにしょうたいしてもいいかしら? きょういろいろみせてもらったから、わたしのへやもあんないしたいわ」


「そうね、いいんじゃないかしら」


「キィラちゃんのおうちたのしみにしてるね! ――――あれ、ママ……?」



 トントン拍子に話は進んでいったが、エリーシャだけはどこか浮かない顔をしていた。

 ウルティナがそんなエリーシャを心配そうに見上げる。



「……いや、なんでもない大丈夫だ」



 とは言ったものの、エリーシャは内心穏やかではなかった。


 というのもフィテロの屋敷があるのはエルゾラスの首都ゾフィールだ。この国は首都に近付くほどに種族による差別意識の強い者が多く住まう。


 そんな中心地にウルティナを連れていくのはまだ早いんじゃないか、と。


 だが、初めてできた友達とこんなにも楽しそうにしているウルティナを前にして、今さら止めるのも可哀想で悩んでいた。



(心配ではあるが……妾がいつも以上に警戒すれば大丈夫か。なにより、あの楽しそうなウルちゃんの笑顔を尊重したい)



 結局、エリーシャは娘の悲しむ顔を見たくなくて近々みんなでお出掛けすることを承諾した。


 その後は、ウルティナとキィラがなにを買って貰うかの話や、屋敷に行った時になにをするかの話で子供同士ひとしきり盛り上がっていたが、途中で久しぶりに激しく体を動かしたキィラが今にも眠ってしまいそうな状態になった為、本日はお開きとなった。


 エリーシャは予想以上に仲良くなったウルティナとキィラを見て、子供の打ち解ける早さにただただ驚くばかりだった。


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