念々鬼力



「――――なによ、あれ……」



 キィラは驚きで目を丸くしながらぼやいた。


 その視線の先にあったのは、いつも通りの稽古をするフィテロとウルティナの姿だった。


 自分と同い年の子が姉の攻撃を軽快に避けて、隙を見て魔法で反撃までしている。


 稽古なので姉が本気で攻撃してる訳ではないのはキィラの目でもわかるが、それでもあの速さの攻撃を躱すのは容易なことではない。

 その光景はまさに驚愕の一言につきる。



(ウルってにんげんぞくよね……? あんなかんたんにおねぇちゃんのこうげきをよけて、まほうまでたくさんつかって…… それに魔粘土まねんどのあつかいもじょうずだったし……ほんとうに、すごいわ!)



 キィラは屋敷にいる間はムムナから教育を受けているので、まだ小さいながらもこの世界に種族差というものが存在していて、自分がその中でも頂点に君臨する誇り高い一族であることも理解している。


 だからこそ今日会ったばかりではあるが、弱小種族と呼ばれている人間族のウルティナがあそこまで動けることに、ある種の尊敬すら覚えてしまった。なにより、友達が凄いことが自分のことのように嬉しかった。



「どうだ、ウルちゃんは凄いだろう?」


「エリーシャおばさん」


「……おばさんはやめろ」



 離れてウルティナとフィテロの稽古を見学していたキィラの横に、エリーシャが座り込んだ。

 おばさんと呼ばれて、あからさまに嫌な顔をしつつも会話を続ける。



「だっておねぇちゃんがいってたもの」


「ほぅ……なんて言ってたんだ?」


「えーと、エリーシャはみためはわかいけどじぶんよりなんねんもいきてる、おばさんだって」


「あいつとは後でちゃんと話をする必要がありそうだな…………ふふ」



 あとでどう問い詰めてやろうかと、エリーシャは不敵な笑みを浮かべた。



「エリーシャおばさん、かおがこわいわよ」


「……おばさんはやめろと言っただろう。エリーシャで構わん」



 こんな幼子に呼び捨てされるのもなんだか癪ではあるが、おばさんよりはマシだと、エリーシャは妥協することにした。というより、他にいい呼ばせ方を思いつかなかった。



「じゃあエリーシャ。なんでウルはあんなにすごいの?」


「ふ、そんなことか。答えは簡単だ。ウルちゃんが妾の娘で天才だからだ!」


「へぇ~、そうなんだ……」



 求めていたものとは違う答えに、キィラは少し適当に返事をした。


 満足げにドヤ顔で娘を誇るエリーシャを見るキィラの目は、フィテロが呆れた時に見せる目にそっくりだった。



「――――よしっ」


「む、どうしたんだ?」



 そうしてしばらく、ウルティナの稽古を見守っていた二人だったが、キィラがおもむろに立ち上がった。



「わたしもまざってこようとおもって。ウルにまけてられないわ!」



 そう言うと、キィラは二人のもとへ走って行ってしまった。


 キィラに気付いたウルティナがとても嬉そうにしているのが遠目にもわかる。



「始めはどうなることかと思ったが。なんだかんだ仲良くやってくれそうで一安心といったところか」



 キィラはまだ幼いとはいえ鬼神族なので、人間族のウルティナを見たときどんな反応をするか、エリーシャは心配していた。


 いくらフィテロの妹とはいえ、差別思想がないとも限らなかったからだ。だがふたを開けてみれば、なんてことはない。ただの年相応の子供だった。



「いや、ここはあいつの育て方に感謝か」



 きっとフィテロという存在が近くにいたからこそ、ウルティナとも仲良くなれたのだ。周りの大人がみんな、人間族などの力の弱い種族を見下すような者達だったのなら、こうは育たなかったに違いない。それだけ幼い子供にとって、大人の存在というのは大きいし、影響も受ける。


 エリーシャはキィラが参戦したことによって、やや劣勢になったフィテロを見ながら、心のなかで感謝の念を抱いた。



「――――まぁ、おばさんの件は許さないがな」



 それはそれこれはこれとして、おばさんと呼ばれたことは結構根に持っていたエリーシャだった。




 ◆


「――――おねぇちゃん! わたしもいっしょにやるわ!」


「あら、稽古嫌いのキィラが自分からやるなんて。珍しいこともあるのね」



 キィラは稽古が嫌いだ。今までの稽古といえば、フィテロに空いた時間に半ば強引に連れ出されて嫌々やっていたくらいだ。


 故にそんなに沢山経験を積んでるというわけではないのだが、やはりそこは鬼神族。キィラは僅かな稽古でもそこそこの魔法や体術を習得していた。



「ふん! たまにはからだをうごかしたくなっただけよ」


「わーい! キィラちゃんといっしょだぁ~!」



 キィラの参戦に喜ぶウルティナ。


 ウルティナはキィラと違い、稽古を楽しんでいる。もしかしたら遊びの延長とさえ思っているかもしれない。だからキィラと一緒に稽古ができるのが純粋に楽しみなのだ。



「まぁ率先してやる気になってくれたのはいいことだわね。それじゃ、二人いっぺんにかかってきなさい! 私に一撃でもまともな攻撃を当てられたら、ご褒美に何でも好きな物を買ってあげるわ」



 フィテロは余裕たっぷりの笑みを浮かべ、指をくいくいっと動かして二人を誘導した。


 珍しく自発的に稽古をやると言ってきた妹のやる気をさらに上げるため、結果次第ではと条件付きではあるが、ご褒美までつけて。




「なんでもすきなもの……。――――いくわよ、ウル!」



 フィテロの思惑通り、キィラはわかりやすくやる気を出した。



「うん、キィラちゃん!」



 二人は同時に動き出した。フィテロに向かって、拳を繰り出す。



「まったく……せっかく二人いるんだから、同じタイミングで仕掛けるんじゃなくて、少しタイミングずらすとか工夫しなさい!」



 フィテロは二人の拳を同時に受け流しながら、合間にアドバイスを口にする。


 二人はそのアドバイスを素直に聞き入れ、タイミングをずらしたり、時には魔法を使いながら、めげずに何度もフィテロへと攻撃を続けた。


 だが二対一になったことによって、フィテロはいつもよりほんの少しだけ本気を出していた。それもあって、今のところ二人の攻撃が当たる気配はない。



「う~、フィテロおねぇちゃんいつもよりなんかはやいよ~」


「ちょっとおねぇちゃん! おとなげないわ! いっかいくらいあたってくれてもいいじゃない! こんなんじゃごほうびなんてむりよ!」


「駄目に決まってるでしょ。ご褒美っていうのは、目標を達成してこそ価値があるのよ。わざと攻撃に当たって手に入れたご褒美に価値なんてないのよ」



 しばらく二人で攻撃をし続けたが、フィテロはそれら全てを受け流してきた。そしてもちろん反撃もされた。何度投げ飛ばされたか覚えていないくらいだ。二人の体はすっかり土汚れが目立つようになっていた。



「くぅ……こうなったら! ウル、ちょっとこっちにきて」


「なぁに、キィラちゃん?」



 大人げないと頬を膨らませたキィラが、ウルティナになにやらこそこそと耳打ちをする。



「あら、稽古中にお喋りかしら?」


「ちょっと、さくせんたいむよ! いいからまってて!」



 少し距離をとり、二人が始めたその作戦タイムは、僅か数十秒ほどで終了した。



「え! キィラちゃんそんなことできるの!??」



 それを聞き終えたウルティナがキィラに尊敬の眼差しを向ける。



「ええ! そのかわり、すこしのあいだあしどめたのんだわよ」


「まかせてっ!」



 その場にキィラを残し、ウルティナは再びフィテロのもとへ駆けていき、魔法を放った。



「えいっ!《始まりの大地あーす》」



 ウルティナの魔法が発動して、地面の土が四方から壁のように盛り上がり、フィテロの視界をふさいだ。




「甘いわよ、ウル!」



 だがフィテロはそれをものともせず、拳で粉砕した。



「《始まりの大地あーす》!」




 しかし、ウルティナは負けじと壊された直後にまたも同じ魔法を放つ。



「懲りないわねっ!」



 魔法を放っては壊される。そんな攻防が三、四回繰り返されたあとだった。



「――――じゅんびできたわよ、ウル!」



 キィラが声を上げた。それを聞いたウルティナは魔法を放つことを中断して、後ろへとさがる。




「まったく、その年で大した魔力量ではあるけど、そんなんじゃ私に攻撃を当てることはできな――――」


「《念々鬼力おにりき》!!!」




 視界を遮るウルティナの土魔法を破壊した直後、フィテロを不可視の力が襲った。


 まるで目に見えない巨大な手で押さえつけられてるかのように、体がピクリとも動かせない。



「なっ!?? これは……念動力?! いつの間にここまでっ!?」



 驚愕するフィテロの前には、両手の人差し指と親指で綺麗な三角形を作り、ぷるぷると震えるキィラの姿があった。



「ウ、ウル、いまよっ!!!」


「まかせてっ、キィラちゃん! 《始まりの雷らいとにんぐ》!!!」



 合図を待っていたウルティナが魔法を放った。

 指先から放たれたまばゆい紫電は、不規則な軌道を描きながら無防備な状態のフィテロに容赦なく直撃した。


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