第7話 孫の世話

 気がつくと俺は、キアーラに持ち上げられて、体を拭かれ、新しい服を着させられていた。

 

 なんていう完全介護だ。キアーラの手際の良さを考えると、この体の持ち主は、日々ここまでしてもらわなければならないほど、痴ほうが進んでいたのだろう。

 

 そして、もしかしたらその呆けた爺さんが、俺と入れ替わりに、十七歳の俺の体を動かしている。


「終わりだ……」

 

 再びキアーラの後ろについて廊下を歩いている途中、俺は呟いた。

 

 この世界にいても、おそらくセクハラだけを楽しみに、ただ死を待つだけ。

 現実世界では、既に社会的に死んでいるかもしれない。


 つまり、俺はもう死んだのだ。


「ぬし、夕食」

 

 亡霊のように歩く俺に、キアーラが話し掛けてきた。どうやら、食堂に着いたらしい。


 食堂に入ると、二十人は一度に食事をできそうな、大きなテーブルがあった。

 テーブルの中心に、いくつかの食器が並べられて、空腹を刺激する匂いを放っている。


「おお、うまそう……」

 

 すっかり絶望していた俺だったが、美味しそうな料理の匂いで、少し生気を取り戻した。

 

 おそらく、この老体に配慮してあるのだろう、リゾットなど、消化の良さそうな料理が並べられている。

 

 俺が椅子に座って、さっそく料理に手をつけようとすると、アウローラが隣の席につき、俺の手からスプーンを取り上げた。


「こぼしてしまっては大変です、いつもどおり、お口へお運びしますわ」

 そういうと、アウローラはリゾットをすくうと、俺の口へと運んだ。


「はい、あーん」

「あーん」


 俺は少し照れながら、口をひらいた。女性に食事を食べさてもらうなんて、初めての経験だ。


 うまい。見た目どおり、そして香りどおりの味に俺は感動した。

 

 そして、泣いた。


「まあ、ご主人さま、熱かったですか?申し訳ございません」

 そう言って、アウローラは俺の目を優しく拭ってくれた。


「いや、大丈夫、大丈夫です……」

 

 こんな美女にここまで尽くされることは、現実の世界では絶対になかったであろう。

 

 それなのに、これは介護なんだ。男女の営みではない。俺は悔しくて、涙が止まらなかった。

 

 それでも、口に運ばれる料理はどれも絶品で、俺は涙ながらに全てを平らげた。


「はい、今日は沢山食べられましたね」

 

 赤子の頭を撫でるように、アウローラが俺の頭を優しくなでる。すっかり頭髪の無くなっている頭を。


「サーラ、ご主人さまを寝室にお連れして。今日はお父様の葬儀もあったから、疲れてすぐに眠くなるはずよ」

「おう、任せとけ」

 

 そういうと、サーラは片手で俺を持ち上げた。


「ちょ、歩けるから、下ろしてください!」

「なんだ?いつもは喜ぶのに。いいからじたばたすんな」

 

 キアーラに入浴させてもらったときも感じたが、女性に持ち上げられるのは、正直とても恥ずかしかった。


 それにしても、この屋敷のメイドはみな、力が強過ぎではないだろうか。

 サーラは俺を担いだまま、楽々と階段を昇り、二階の一番右奥の部屋へ俺を運んだ。


 俺の寝室らしい部屋は、やはりとても広く、現実世界の実家の敷地以上の広さであった。

 部屋の真ん中に置かれた、天蓋つきのベットの中心に、サーラは俺を放り投げる。

 

 乱暴な行動であったが、おれの体にはまったく衝撃はなく、ベットに着地した。

 見た目以上に、高級なベットなのであろう。


「さ、おねんねしましょうね」

 そう言って、サーラはベットの上に上がってきた。


(まさか!?添い寝!?)


 突然の展開に、俺の鼓動は一気に加速した。


 四つん這いになって近づいてくるサーラ、ひらいたメイド服の胸元から、肌色の谷間がはっきりと見える。


(あの谷間に挟まれて眠るのか、いや、もしかしたら、それ以上のことも。この老体でも、息子は元気だ。息子の介護も、お願いできるのか?息子というより、もう孫だが)

 

 左右にゆったりと揺れながら近づいてくる、サーラの胸に刺激されたおれの心臓は、さらに鼓動を早める。


 そして彼女の汗と、髪の香りが入り混じった、甘酸っぱい匂いを感じたときには、心筋梗塞寸前であった。


(ほら、枕より、私のオッパイは柔らかいだろう?いっぱい甘えていいぞ。あっ!先っぽはいじっちゃだめだって。たく、そんなに体を擦りつけて、いくつになっても元気なんだな。でも、このままだと眠れないだろ?仕方がないな、少しスッキリさせてやるから、途中で死ぬなよ?)


「おら、これを被ってさっさと寝ろ」

 

 突然、視界は闇に閉ざされ、桃色の谷も、甘ずっぱい香りも、耽美な妄想も、消えてしまった。

 

 頭から掛けられた毛布を取ると、サーラはすでに、ベットから離れていた。


「じゃあ、お休み。おねしょすんなよ」

 そう言って、サーラは部屋を出て行った。


「そんなわけないかあ……」

 俺は枕に顔をうずめ、ベットの上をゴロゴロと転がった。


「これから、どうしよう……」

 冷静になった俺は、ベットの天蓋をみつめ、呟いた。

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