第6話 どちらさまですか?

 平面的にも敷地の広い屋敷であるが、さらに二階建てになっており、部屋の数がどれほどあるのか、想像もつかなかった。

 

 俺は駆け出したいほどの衝動を押さえ、キアーラの後に続く。現実世界の俺がどうなっているのかという不安は消えないが、こんな美しいメイドが五人もいる屋敷の主人になれるなんて、現実世界では絶対にあり得ない。

 

 このままここで、一生暮らすのもいいんじゃないかと、思いはじめていた。

 

 キアーラは口数が少ない性格らしく、無言で俺の前を進み、浴場へと案内してくれた。


「すげえ、修学旅行で泊っているホテルの大浴場より、脱衣所が広い」


 おれは感心して、脱衣所を見渡す。

 すると、キアーラが、メイド服を脱ぎ始めているのが目に入った。


「ちょ!キアーラさん?どうしてあなたが脱ぐんですか!?」

 

 メイド服を畳む手を止めたキアーラが、不思議そうな目でこちらを見る。まるで初めて猫じゃらしを見た、子猫のような目だ。

 

 見てはいけないとは思いつつも、水色の下着に映える褐色の肌から、目を逸らせない。

 

 キアーラは下着姿のまま俺に近ずくと、右手を振り上げ、スっとその手を下ろした。


「え?なに?」


 彼女の右手が、目の前を通り過ぎると、俺の衣服の前面がパックリと割れた。


「いやん!」

 

 俺は慌てて、露わになった自分の体を隠した。彼女の手刀は、まるで鋭い刃物のように、おれの着ていた丈夫そうなローブを切り裂いたのだ。


「ぬし、一人で風呂は危ない、さっさとする」

 

 茫然とする俺の耳元で、小さな声でキアーラが言った。

 どうやら彼女は、風呂にまで一緒に入ってくれるらしい。別に風呂に危険はないと思うのだが、メイドとは、やはりそこまでしてくれるものなのだと、俺は確信した。

 

 それなら、もうビビる必要は何もない。全ては同意の上だ。おれはキアーラが下着を脱ぎ、体にタオルを巻き付けるのを堂々と見つめた。

 

 一枚のタオルにくるまれた彼女の体は、まるで陸上部の女子のように引き締まっており、女性らしい膨らみもしっかりと主張していて、この上ない健康美を放っている。

 

 キアーラががこちらを向いたので、俺は慌てて視線を逸らした。じっくり見ているのはばれているだろうが、小心者なので顔を向けられると、見ていない振りをしてしまう。

 

 視線を逸らした先には、大きな姿見の鏡があり、そこで初めて、俺はこの世界での自分の姿を目にした。

 

 そして、愕然とした。


「うそ、だろ……」

 

 鏡には、一人の老人が映っている。

 

 おれの祖父は九十二歳で他界したが、その祖父とあまり変わらないように見えるほどの老人が、映っていたのだ。

 

 まさかと思い、俺は鏡の前で、右手を上げる。すると、鏡の中の老人が、しっかりと左手を上げた。

 

 それでも信じられず、俺は激しく腰を前後に動かした。

 

 鏡の中の老人は、まるで俺と競うように、激しく腰を振っている。


「ぬし、なにしてる。早く入る」

 

 キアーラは異常行動をしている俺の手をひき、浴場へ連れて行った。

 

 浴場は大理石で作られており、椅子に座らされた俺は、キアーラに頭からお湯をかけられた。そしてそのまま、背中を洗われる。

 

 本来、美少女とのお風呂シーンなんて、これ以上にない興奮するシュチュエーションであるはずだった。しかし、俺はただただ俯いて、茫然としていた。

 

 この状態がどういうものなのか、悟ったからだ。


「老人介護だ……」

 

 どうりで、キアーラはなんの恥じらいもなく、服を脱いだわけだ。こんな老人が欲情するなど、思ってもいないのであろう。

 

 教会で、俺が笑われていた理由もわかった。こんな老人が、魔王と戦えるはずがない。

 

 カエデから聞いた奇行も、納得がいった。この体の持ち主は、すでに呆けていたのだ。


 伝説の勇者であった父は、いったい何歳で死んだのだろうか。

 ゆうに百歳は超えていたのであろう。

 

 当主としての自覚が目覚めたのではなく、単に脳みそが普通になっただけだったのだ。


「ぬし、お湯に浸かる」

 

 キアーラに持ち上げられ、俺は大きな浴槽に浮かべられた。そこで、自分の手を見つめる。グローブをしていたせで気がつかなかったが、ずいぶんしわしわな手だ。

 

 周りの世界の変化にばかり気にしていたため、俺は自分の変化に気が付いていなかった。

 

 体はまだ達者だったのか、動くことには不自由がなかったのだ。

 

美女にかしずかれる、夢のような生活。それなのに、俺自身がこんなに老いていては、ただ生殺しの日々が続くだけではないだろうか。

 

 呆けたふりをして、彼女たちにふれることは出来るだろう。しかし、それ以上のことには、きっとならない。

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