第2話 揺れる果実
たしか、今日は朝からビーチで海水浴だったはずだ。
美しい砂浜、透きとおる海、きらめく太陽。
しかし、俺と親友の春人は、そんな景色には何の興味はなかった。
「おい、孝弘氏、二組の飯島、半端じゃない尻をしておるな」
「ぐふふ。春人氏、しかし、委員長のパイオツには敵うはずもなし、あれぞ真夏の果実」
同級生がはしゃぐビーチを、俺たちは少し離れた丘の上から、カメラの望遠で覗いている。
俺たちは写真部であり、修学旅行の思い出をカメラに収めるという名目で、シャッターを切りまくった。
こうして隠れているのは、なるべくみんなの自然な写真を撮りたかったからだ。しかし、修学旅行の思い出に残る画像は、女子だけになるだろう。
「あれ?春人、委員長の胸が、更に大きくなっていないか?」
「ばか!俺らに気付いてこっちに来てるんだ!逃げるぞ!」
「こらー!あなた達、そこで何をこそこそ撮っているの!?」
隠し撮りをしているのを見つかった俺と春人は立ち上がり、丘の背後にある林に逃げ込んだ。
「こら!そこは立ち入り禁止よ!戻りなさい!」
低く張られたロープを飛び越え、林の中へ侵入した俺たちの後ろから、委員長の酒井美帆が声を上げながら、追い掛けてくる。
委員長はむっちりとした体形をしており、足は遅かった。しかし、俺たちは委員長の追跡を振り切れない。
「おい!春人、すげえぞ!」
「ああ、なんて狂暴なんだ・・・」
ビキニにパーカーを羽織っただけの委員長は、大きな果実をブルンブルンと揺らしながら、俺たちを必死に追いかけてくる。
俺たちの目はその果実に釘付けになり、もっとよく見ようと、少しずつ委員長に追いつかれる。
しまいには委員長と対面しながら、バックで進んだ。
「あっ」
もう手を伸ばせば届くほどの距離に委員長が迫ってきたとき、一歩先を走る春人が、間抜けな声を上げた。
どうした?と、春人の方に目を向けると、自分の足元に、地面がなくなっていた。
「うわああああああ!」
驚いた俺は、俺たちを捕まえようと手を伸ばしていた酒井の腕を、咄嗟に掴んだ。
「きゃああああああ!」
酒井は俺に腕を掴まれ、一緒に地面のないその先へ、落ちることになってしまった。
体が反転し、頭から下に落ちていく。幸い、視界に写るのは、水であった。
林の湖か、海から流れ込む海水の貯まり場か。この高さなら、怪我をすることはないであろう。
咄嗟位にそう考え、着水の衝撃に備えた。そして、酒井を道ずれにしてしまったせめてもの償いに、俺は空中で酒井の頭を抱きしめた。酒井も必死に、俺の胴体にしがしがみつく。
(これは!水着の布越しでもはっきるわかる弾力!しかし硬くはなく、とろけるように形を変え、俺のあばらにフィットする。そして、この温もり!ふれた部分だけが熱を感じるように、全ての神経がそこに吸い寄せられ・・・あれ?おれは落下していなかったか?なぜだか、天に昇っている気がする・・・)
酒井の果実の柔らかさを体感できる、幸せな三秒間だった。
そこまでは思い出せるのだが、その後どうなったのかが、思い出せない。
気がつくと俺は先程の教会で、葬式に出席していた。
もしかしたら、想像以上に強く頭を打ち、気を失ってしまっているのだろうか。まさか、死んではいないと思うのだが。春人と、酒井は、無事だったのだろうか。
祈るふりをして、記憶を辿っていた俺が目を開くと、いつのまにか自分の周りには、誰も居なくなっていた。祈りを終えた人々は、家路についたのであろう。
日はすっかり沈み、辺り一面が、群青色の世界になっていた。
「うわ、すげえ」
空を見上げると、まさしく〈天の川〉と呼ぶに相応しい、輝く星々の集まりが目に見えた。
そして、夜空を二つに分かつような星の川から、絶えず星が流れ、流星が空気を切りいて進む「シュー」というかすかな音まで、聞こえてくる。
あまりにも美しい夜空と、ビル一つない群青色の大地。こんな景色は見たことも、想像したこともなかった。
吹きつける風が冷たい。
「これ・・・もしかしたら、夢じゃなくないか?」
呟くと同時に、はっきりとした空腹を感じた。
夜空から視線を戻し、台座の上の十字架に目を向ける。
「死んでるところ、申し訳ないけど、あなた誰ですか?」
周りに人がいなくなったので、ようやく俺は、ずっと聞きたかった疑問を口にした。
「返事はない、ただのしかばねのようだ」
もしかしたら、ゲームの世界のように、死んだ人の霊魂が話したりしてくれるのではないかと期待したが、返事はなかったので、自分で答える。
(もしかしたら、一晩寝れば、元の世界に戻っているかも知れない)と思ったが、空腹と寒さで、とてもではないが、野宿はできない。
俺がこの墓に眠る英雄の息子であるのならば、住む家はあるはずだ。そう思い、街へ降りてみることにした。
「でも、その前に一応」
俺は十字架のまえに四つん這いになり、地面を叩きながら叫んだ。
「父さん!どうして死んじゃったんだよ!僕を!僕をおいてかないでよ!」
亡くなったのは自分の父親らしいので、街へ降りる前に、俺は悲しみに暮れる演技をした。家が見つかったら泊めてもらうつもりだったので、せめてもの家賃がわりにと。
我ながら、迫真の演技であったと思う。誰も見ていないのだから、恥ずかしがることもない。
俺は肩を震わせながら激しく地面き、嘆きの咆哮をあげた。
「おい」
「え?」
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