The Last White Bullet

kaito-18

第1話 祈り

 ある日、この国で最大の教会〈サン・ピエーロ〉に、国中の司祭が呼び集められた。大司教の後ろに、千人を超える司祭が並び、天へと一心に祈りを捧げる。

 

 司祭だけでなく、この国の全ての人が、祈りを捧げていたであろう。大人も、子供も、男も、女も。


 一人の英雄の死を、悼むために。


 葬儀には、女王をはじめとする王族までもが出席し、献花を望む人々の列は、教会の入り口からでは、最後尾が見えないほど続いた。

 

 まるで国葬であり、この英雄がいかに、人々にとっての希望であったのかが、はっきりと分かる光景であった。


 祭壇には、豪華な金細工が施された、重厚な棺が置かれている。


 司祭達が祈りを終えると、一人の女性が祭壇へ上がり、棺の前に立った。


(・・・・・まじか)


  祭壇に上がった女性を見て、俺は思わず心の中で呟いた。

 

 ステンドグラスから差し込む光を浴びた彼女は、髪の毛の先から、つま先まで、全てが黄金色に輝いている。

 

 そして、彼女の豊満な体を包んでいるのは、薄い絹の布だけであった。 


 光りの角度によっては、彼女の体すべてが、透けて見えてしまうだろう。


 「今日、天へと旅立つ勇者。ディオ・カインよ。汝の功績は、このブレシア王国二百年の歴史に、永遠に刻まれるであろう。その功績を称え、女王の名において〈スパーダ・ディ・ソーレ〉の名を授けます」

 

 女王が宣誓すると、女官が棺の中に、金糸の布と、一通の書状を入れた。


「カインの息子、エノクよ、我が国はいま、魔王『シュワシュワパイン』の襲撃により、大きな危機を迎えています。偉大なる父を超える活躍を、期待していますよ」


  まさか女王が自分に話しかけているのだとは思わず、俺は首と上半身を傾け、少しでも女王のまとう布が、透けて見える角度を探していた。


 こんな金髪美女の裸体を拝めるチャンスは、一生に一度かもしれないのだ。


(もう少し、もう少し下からだ!もっと低く、潜り込むように!)


「エノク、大丈夫ですか?」

 

俺の体が八十度ほど前傾したところで、女王は不安げな表情で再び、声をかけた。


(・・・エノクって、もしかして俺のこと?)

 

 さらに上半身を前傾させ、下からえぐり込むように女王を見上げたところ、彼女と目があった。そこでようやく俺は、女王が話し掛けている相手が、自分だということに気が付いた。

 

 周りの人々も、全員が俺のほうを向いている。


「・・・はい」

 

 体を垂直に戻した俺が、取り敢えず返事をすると、何故か周囲から失笑が漏れた。

神聖な教会で、先ほどまで皆、真剣に祈りを捧げていたにも関わらず、そこらじゅうから「くすくす」と声がする。

 

 あげくに、話し掛けてきた女王すら、俺を見て笑いを堪えているようだ。柔らかそうな頬が膨らみ、ほっそりとした肩が、小刻みにプルプルと震えている「言ってはみたものの、お前じゃなぁ」と、言いたげであった。


(なんなんだ一体?なんでエノクとか呼ばれて、返事をしたら笑われるんだ?)

 

 そもそも、俺は何故この場所に自分がいるのかすら、わかっていなかった。


 親父が死んだらしい。それは理解した。


親父・・・毎日遅くまで働いても、給料日にはいつも母さんに文句を言われていたね。

親父・・・妹はすでに、親父を死んだことにしていたよ。

親父・・・お小遣いの一万円はほとんど、ペットのハムスターのために使っていたね。

親父・・・あなたの人生は、幸せでしたか?


 そんな父親であったが、最後は女王に称えられ、こんな盛大な葬式を開いてもれるなんて、息子としては誇らしい気持ちに・・・なるはずがなかった。

 

 うちは近所のお寺に先祖代々の墓があり、祖父がなくなったときも、お坊さんによってお経が上げられた。

 こんな西洋の教会で葬式を行うことなど、絶対にない。

 

 そもそも、俺は修学旅行の途中であったはずだ。

 大して学力の高い高校ではないが、修学旅行が海外ということで、それを楽しみ入学してくる生徒も多い。自分もその一人であった。

 

 俺達の代の修学旅行は、南の島であり、常夏のリゾートを体験しているはずなのである。

 

 だからこれは、夢なのであろう。


 どうせ夢ならば、女王の体がもっとハッキリと見えればいいのに。実物の女性の裸を見たことのない俺のイメージは、これが限界なのだろうか。


 そんなことを考えていると、一人の女性が近づいて来た。さきほど、司祭たちの前に立って祈りを捧げていた、大司教である。


「どうぞ、お父上様の棺の前に立って、私に続いて下さい」

 

 大司教といっても、厳めしい人物ではなく、むしろ幼い顔立ちをした女性であった。しかし、透けるような白い肌と、薄い緑色の髪と瞳は神秘的であり、神に仕える神聖さを十分に感じさせる。


 彼女がまとうローブもやはり透けており、その中には、濃紺のハイレグ水着のような服を着ているのが、はっきりと見えた。


 直視していいのか、戸惑ってしまうような姿だ。


(すごいくい込みだ・・・宿泊先のホテルで、週刊誌のグラビア写真を見たからか・・・)

 

 どうせ夢なのだからと、グラビア写真を見るときのように、俺は堂々と彼女を凝視した。

 自分でも、ひどく卑猥な表情をしていたと思う。しかし、彼女が俺を軽蔑している気配はなく、警戒して体を隠すこともしなかった。あどけない顔で、俺をみつめるだけであった。


 いい夢だ。


(まさか、俺の服まで透けていないよな?)

 

 彼女の姿を堪能しているうちに、俺はそう思いついて、自分の服装を確認する。手には革のグローブをはめ、上等そうなローブを着ているが、透てはいなかった。


「さっさと歩けよ、クソが」

「え?」

 

 空耳だろうか、とつぜん汚い言葉が聞こえた。


 まさか目の前にいる、可憐な大司祭が言ったとは思えず、俺はキョロキョロと周りを見渡した。


「耳も聞こえねえのか?ボケが。この場で親父の後を追いたくなかったら、さっさとしろ」

「・・・はい」


 彼女は笑顔のまま、俺の横を通り過ぎ、教会の扉へと向かった。


 俺の父親らしい人の遺体が収められた棺は、甲冑を身に着けた、屈強そうな四人の女騎士に担がれ、左右に割れた人垣の中を行進する。


 先ほど気が付いたのだが、女王をはじめ、大司教も、司祭達も、全員が女性であった。棺の後に続く人達も、全てが女性である。男は皆、仕事にでているのだろうか。

 

 大司教の先導で、一行は森を抜け、街を一望することができる、高い丘へと辿り着いた。

 

 銀色の巨大な十字架が立つ台座の前に、すでに穴が掘られている。騎士達はその穴へ棺を納めると、丁寧に土をかぶせ、棺を埋葬した。

 

 再び、その場にいた多くの人が、祈りを捧げる。すでに日は傾き始め、赤い光が十字架を照らしていた。

 

 この場にいる全ての人が、心から英雄の死を悼んでいるのが伝わってくる。しかし、当然ながら俺には、なんの感傷もなかった。

 

 空気の読めないやつは、ここで誰かに話しかけたり、騒いだりするだろう。しかし、俺はそんな真似はしない。

 

 学校でも大した成績ではないし、スポーツも得意ではない。しかし、周りの反応を窺う術には長けており、クラスでいじめられたり、浮いたりすることはなかった。


『無難』


 俺を一言で表すと、そうなるだろう。

 

 俺は夢のなかでも普段どおり行動した。

 人々の祈りはなおも続き、夢にしては、ずいぶんと長く、退屈であった。


(もしかして、俺は眠っているんじゃなくて、気を失っているのか?そういえば、どうして夢を見ているんだろう)

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