第4話 旅立
仮面の意思も彼女の想いを察し、必要最小限の言葉のみを捧げる。
(……私は誓いの通り、どこまでも貴女様と共にあります)
「ありがとう……しかし、今更城にも戻れないわね……」
(先程も申し上げましたが、とにかく弱った体を労わることです。後のことを考えようにも今のままでは……)
そこまで意思を紡いだところで言葉を止める。剣であった頃に培われた鋭敏な感覚が彼に悪意が迫りつつあることを伝えてくる。
「追っ手……!」
(……悪魔と呼ばれた以上は覚悟していましたが、考えていたよりも早い……!)
怯えたようにつぶやくレド。シュヴァンレードは自分の予想を超える速さで追撃されたことに歯ぎしりをすると同時に疑念を抱く。レドの話が確かなら今の城内には明確な主がいないはずである。大臣辺りがそれを代行していたとしても、追撃隊を組織してこちらの潜伏場所を掴むまでが随分早い。仮面となってから感じる嫌な感覚が具体的な形で目の前に現れるまで時間はかからなかった。
森と鳥たちのざわめきの中現れたのは鎧に身を包む兵士たちと、外套を着た一人の女。
「シルヴィーヌ……」
「……そこにいましたか、レド・ファーマ。今度こそあなたの命を断たせて頂きます」
「私を殺すなら処刑台の上ではなくて?」
「悪魔を殺すのに……場所を選ぶ必要はありません」
シルヴィーヌは仮面にも劣らないほどの無表情でそう言うと手を上げて合図を送り、それを見た兵士たちが一斉にレドに向かう。
(レド様……!)
「……あなたに任せます、シュヴァンレード……」
身動きのできない彼女に他の手はない。レドは仮面の意思にすべてを委ね、再び銀に覆われる。
兵士達はそれを見て一瞬怯るもののすぐに気を取り直し槍で串刺しにしようとするが、シュヴァンレードは姿勢を低く取ると地を削り土を握りしめると、そのまま正面にいる兵士の脚めがけて飛び込む。槍が突き立てられるものの彼の動きはそれより早く、脛に体をぶつけて一人を倒すと顔に土をかけて目を潰し槍を奪い取る。
油断はしない。まだ同じ舞台に上がっただけである。シュヴァンレードは慎重に間合いを取り槍を構える。剣であった頃の彼にとって槍ほど厄介な相手はいなかったと言ってよい。離れた弓も厄介だが、そもそも離れて弓を撃たれる状況に持ち込まないことこそが大切であり、不意打ちであっても急所に撃たれなければ問題ないし、運良く察知できたのなら大きく動かずとも初撃は回避できる。
しかし、槍は違う。剣より有利な間合いを持ち素人でも先手を取りやすく、おまけに集団戦でこそ真価を発揮する。剣士一人が戦場で多数の槍兵に囲まれたのなら、腕利きであったとしても死を覚悟する必要があった。
だからシュヴァンレードは能力に驕らない。剣を受け付けぬ体と俊敏さに槍を得たとはいえ未だに数で劣り、かつ主君の体に過度の負担もかけられない。
背後を取った兵士数人が体に槍を絡ませようとする。動きを止めて前の兵で仕留める戦法を感じた銀の化身は先手を打ち、正面の相手に突進して首元を狙い槍を突き立て仕留める。中にいる主人がそれを悲しい視線で見ているのを意図的に無視しつつ彼は動きを止めない。続けて槍の穂先を左手側の兵士に突きつけて怯んだ隙をつき、腕と肩の境目を突き刺してから刺した相手を押し倒して一度態勢を整える。これでやっと二人である。対して兵士はまだ多数であり、主君であるレドの体は悲鳴を上げ続けているのが分かる。やはり戦うのは上策とは言えなかったが、確かめなければならない事がひとつある。
シュヴァンレードはそれを主君に伝え、意味を理解したレドはシルヴィーヌに一つの問を投げかける。
「……あなたは何故ここにいるの、シルヴィーヌ?」
「何故、とは?」
「あなたは私をよく知っているけど、女官の一人に過ぎない……兵を動かす身分には無いはずよ。どうしてあなたが指揮を執っているの?」
言いながらレドは気づく。無表情に見えたその顔が嘲りを押し隠そうと装っていただけに過ぎないことに。シルヴィーヌは濁りきったその瞳で銀の化身を射る。
「……なあんだ、もう仕掛けに気づいちゃったの? レダであったときもそうだったけど、やっぱりあんたは邪魔ね」
「……レド!」
「それはあんたでしょ! ……わざわざレドを名乗ってくれたおかげで後始末が楽に済むと思ったけど、とんだ想定外ね」
正面の兵士たちから注意をそらすことなくシュヴァンレードは言葉に耳を傾ける。この言葉遣いを何処かで耳にしたことがある。
「……私が気になるのね? 丸分かりよ、仮面くん。それとも『
「えっ……?」
(貴様……っ!)
戸惑うレドに構わず、今は失われたはずの名で呼ばれた彼は我を忘れて槍をシルヴィーヌに向ける。
「……私とやる気かしら? でもその槍で貫いたところで死ぬのはこの女だけよ」
「まさか、あなた……そうやって……」
「そういうことよ。レドも結構良い体だったけど、最後までナヴィードを完全に篭絡できなかったし飽きちゃったから彼ごと捨てたの」
人間とは思えない汚らしい言葉を吐き出し続ける女に銀の主従は静かに怒りを向ける。
「シルヴィーヌを放しなさい、レド!」
「無理よ。あんたも見たでしょう、レドだった女の姿を……この女も吸い尽くしてあげたわ」
(答えろ! 何故かつての名を知っている!)
「さあ、何故かしらね……私が死んだら分かるかもよ?」
シルヴィーヌだったものはそこまで話すと銀の主従が構える槍に自らの左胸を貫かせる。予想外の動きに二人は完全に動きを止めるがそこに隙が生まれてしまう。
耳の辺りに何かが打ち込まれて主従は揃って悲鳴を上げる。
(ぐうっ……!)
「い、いやぁ……っ!」
「……この女の命と引き換えに、あんたが仮面を……永遠に外せなくなるピアスを打ち込んであげたわ……よくお似合いよ……レダ様……」
血を吐きながら嘲笑する。
「悔しかったなら……私を倒したいのなら……追ってきなさい……レダ、そして『星の光』……私はまた何処かに遊びに行くわ……この
「待ちなさい……!」
「さようなら……新郎新婦のお二人様……」
レドの制止も虚しくシルヴィーヌだったものは事切れ、あっという間に生気を失い干からびていった。同時にそれまで棒立ちだった兵士たちが動きを取り戻し、今起きた出来事を目の当たりにして、統制も何もなくこちらに襲いかかろうとしてくる。
(逃げます……よろしいですね?)
「……行きましょうシュヴァンレード。ここはもう私達の在るべき地ではない……」
仮面の言葉に従い、レドは悲鳴を上げる体を自らの意志で動かし、シュヴァンレードに支えられながらその場から離れ、慣れ親しんだ領土を後にした。
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