明るくて優しくて頼もしい真面目な良い人だった僕が幸せになるまで

そると

昨日と今日と明日はつながっているんだ。

「ただいま~」靴下を脱いでそのまま洗濯機に放り込んで手を洗う。

「おかえり、わかっていると思うけど今日はオデンだよ」


カンナの声は少し低くて、そこが心地いい。


「知ってるー、お風呂入れとくね」ポトフの次の日はオデンだ。


1DKのキッチンの小さなテーブルにはオデンと塩じゃけとプチトマト

「なんか今日のオデン豪華じゃね?肉でかいし」

いつものオデンと違う、肉がでかい上になんとチューハイまである。



言いながら必死で記憶をたぐる、記念日か?

何の記念日だ?

結婚記念日で無い事だけはわかる。

思い出せ!


「健くん、記念日かもって思ってる?違うよ」カンナが声を出して笑う、フワフワしてるセーターがゆれる。

「違うんだ、イラストが売れた?」

心の底から安堵する。記念日じゃなかったことにね。


カンナはイラストレーターやってる、確定申告するくらいには仕事があってスゴイ、凄いんだよ。

可愛くって凄くってオデンも作ってくれる。


「ねえ、どうして私と結婚したのかな?って」

「うん?」

「どうして?」

「うーん」

「知り合った頃、結婚はしないって言ってたからさぁ、どうしてかなって思って」


そう、絶対に結婚はしないと思っていた。


「あー、あの頃はさぁ病んでたんだよねー。僕の両親の話したじゃん、どこの誰だかわからないって」

「6歳から会ったことないって言ってたね」

「色々あって、遅れてきた中二病ってやつかな、このクズの遺伝子を残してはいけない!みたいなノリだった」


「あー、はじめて会った時すごい顔色していたものね。怖かったくらい」

カンナの指は細い、細すぎるんじゃないかなって心配になって聞いたら

手がでかいから細く見えるんよ、バカじゃない?って叱られた。

その細い指がトマトジュースをコップにつぐ。


「げぇー、トマジュ―呪いにしかみえん」

「人の飲み物つべこべ言わないの、で、そんな中二病はいつ完治したん?」


「いつなんだろなー」


思い出す。


僕は、西の方の地方都市の外れで育った。

自転車でいける範囲にやっとコンビニがあるような土地だった。


父親は知らなくて、母親はクズだった。


6歳で養護施設に入って、そこから一度も会っていないしどこにいるのかも知らない、知らないので「可哀想」とか言われてもピンとこないのだけど、


テレビや漫画で知った家族にあこがれて、あんな感じってどんなんだろうって、あそこにいつか届こうって。


頑張った。


明るく正しくスポーツや勉学にいそしんで、ムカついても微笑んで、幸い体格には恵まれていたので、さしてトラブルは無かった。

女子が可愛いのが生きやすいのと同じように、男子は体格が良いことが大事。


おかげで何の問題もなく地元の高校に進学して、生徒会長もやったりした。

でも、大学は考えもしていなかった。

奨学金とかなんとか制度でいけない事も無かったようだったけど、少なくても地元はそんな環境じゃなかった。


小学生のころから、18になると養護施設を出て行かなくっちゃいけない、そのための準備をしなくっちゃって大きくなっていたしね。


そもそも、僕の中の一番の願いって言うのが、今の町で家庭を持つことだった。


高校を卒業したら、地元の会社に就職して、付き合っていた真奈美と結婚して家庭を持とうって思っていたんだ、それが僕の知っている一番の上がりだった。


そう、それが夢で希望ですべてだった。


賢いつもりでいても、色々見て来て世の中を知っているつもりでも、やっぱり10代の子供だった。


清く正しく生きて行けば、その先には優しい結果があるって思っていたんだ。


僕が恋人気取りで結婚したいって思っていた真奈美から、話があるって言われて、別れ話かもしれないと、最近何か言いたそうな態度だったので、別れたいって言われたらどうする?理由を聞いて、説得して、それからどうする?


他に好きな人が出来たって言われたらどうしよう?誰だ?いや、そんなはずない?ないのか?


ぐちゃぐちゃの気持ちで待ち合わせ場所に向かった。


まだ寒い頃だった、小さな電灯が一つあるだけのもみじ公園で真奈美につげられた。

うつむいた真奈美の顔は見えない。


何度かのためらいの後で、思ったよりもしっかりとした声だった。

「健ちゃん、柳建設に入社できる思うとるじゃろう」

「うん、内定もろとるようなもんじゃけぇ、安心しとるよ」

「入れん」「内定無しになっとるから」

真奈美が言い切った。


柳建設は、地元の企業の下請けの下請け、さらに下請けの20人くらいの会社で、施設長とも関係が深くて学校にも繋がりがあった。


「そないな訳なかろーが」僕は混乱した。意味がわからなかった。

僕の成績にも、内申点にも申し分は無かった。


「専務の甥が入社する事になったんよ、あの、不良の孝雄や・・・」

「孝雄って、鑑別所入っとった?」覚えている、中学で一緒だったろくでなし


真奈美が僕をまっすぐに見た、目に涙が盛り上がって頬をつたって落ちていく


「健ちゃん都会に行かにゃあアカン、この町はバックボーンがないとおえん、うちらも結婚できん」ホロホロと、真奈美の頬に涙がこぼれる。


真奈美がうつむく、顔が見えない、小さな声で、聞き取れないような声で

「ごめん」そう言って去っていく背中がかすむ。


何のために自分を殺して、笑って、勉強して、運動して、明るくて優しくて頼もしい真面目な良い人でいたんだろう?

そんな事よりも、血のにじむような何年もの努力とかよりも、血のつながりが、そう言ったものが大事にされるんだ。


って怒ろうとしたんだ、そう、怒って、何かに怒りをぶつけてやろうってね。


だけどね、実際は、うっすらと感じていた。

真奈美の両親からの何気ない目つきやもろもろ、気が付いていたけれど、頑張れば何とかなるのかもしれない、と、マンガや映画のように。


思いあがっていた。

現実はこんなもんだった。

僕が熱望して努力していたものが目の前でかっさらわれた。ろくでなしに。


ろくでなしの孝雄が、改心したとかで僕が行くはずだった柳建設に入社する事になって、施設長と先生にめちゃくちゃ謝られた、柳建設の社長も謝りたいって言ってたそうだけど断った。笑って断ったんだ。


僕は泣かなかった、静かにあきらめた。

澱のようにたまっていく何か、そんなものはいらない、もういらないんだ。


そして、親切な地元の人たちの色々な申し出を断って、施設の先輩のつてで東京に来て、結局キャバクラの黒服をしていた。


黒服になった理由?寮があったからだよ。住むところは大事だ。


寮に住んで、どっかの誰かから譲り受けた窮屈な黒いスーツを着て、掃除や買い出し、女の子の悩み事相談、愚痴の聞き役、トラブル対応、

明るくて優しくて頼もしい真面目な良い人の僕がポロポロと剥がれていく。


地元の会社に就職して家族を持つ夢からは、はるかに遠ざかってしまったけれど、これでいいやって、結局どこに行ったって、親がクズでどこにいるのかすら知らないっていうのはついてまわる事なんだ。


どこにいたってバックボーンは大事なんだ。


負の連鎖って言うのを覚えて、そっか、負の連鎖を断ち切らなくっちゃね。ってなったのがこの頃だった、遅い中二病。


店で夏祭りをする事になって、嬢たちが浴衣を着て出勤するやつがあるんだ、それでヨーヨー釣りをするから準備しろって言われて困っていた。

どこに売っているんだろ?

一緒の寮に住んでるタクローはヨーヨーすら知らなかった。

ヨーヨーを知らないってちょっと信じられなかった。


タクローと僕は困惑していた。

「健さん、ぼく荷物運びます」ヨーヨーの手配を丸投げされた。


狂いそうな暑さの中、ヨーヨーを持っている背の高い女がいたんだ。

「お姉さん、そのヨーヨーってどうしたの?」


「大学のイベントでもらったんだけど・・・、あなた死にそうな顔してるよ」そう言って小さな包みをくれた。

「おお、ありがとー、なにくれたのかな?」

「チョコよ」

「チョコレート好きなんだありがとう嬉しい」って心にもない事言いながら、


目が合った。


瞬間、恋に落ちた。


それがカンナだった。


「チョコレートのポリフェノールで元気になれるから、あなた、目が淀んでるよ」


僕は毎日を削って生きていた、そして疲弊していた。


怪しいものではない事をわかってもらって、大学の先輩にヨーヨー釣グッズを売っているところを聞いてもらって、アマゾンで一式揃うって話になって、でも結局大学のが余りそうで、来年は使わないから安く買って欲しいって話になった。


アマゾンで何でも揃うのも驚いたし、大学のイベントグッズがキャバクラに流れたのも面白かった。


なんだろ?


都会って面白いなって思ったんだ。


肩の力が何となく抜けて、明るくて優しくて頼もしい真面目な良い人が加速度的に剥がれて来て、頼りなくて、間抜で、不真面目でも良いんじゃないかなって感じて来たのが多分そのころ。


カンナには、過去、一度もないくらいにしつこく電話番号を聞いて、そのくせ何度もためらってから電話して、お茶に誘って、ご飯に誘った。

ディズニーランドとかも行ったけど、好きだって言えなかった。


店のお客さんで来ている社長さんがいて、うちで働かないかって誘われていた。

その会社に面接に行った。

5人ほどでやっている設備会社だ。


「健君、エクセルって使える?」

「え? 簡単なマクロなら何とかって程度です。すいません。」

あー、やっぱ無理か、無理だよな、仕方がない、エクセル、使えるって言うほど使えない。


「これがね、壊れてて、出来なくなってんだよなー」

見ると顧客名簿のようだった。名簿は授業でやった。好きな分野だった。

「都道府県と住所と電話番号とか、並べ替え出来たのが出来なくなっちゃってんだよねー」


もしかしたらすごく簡単なことかもしれない「良かったら今から見ましょうか?」思った通り簡単な事で、僕はそのままそこで働くことになった。


その後、カンナに告白して、まあ、それまでもグイグイ行ってた訳だけど、「私のために転職したなんてバカじゃない?」って大きな口あけて笑うカンナが可愛い


そう、それで、結婚したいって思ったのは何でだったんだろ?


カンナの両親とも会った。どんな目でみられるのか緊張したけど、カンナのお母さんの「じゃあカンナ、姑の苦労しなくてすむじゃない?私は本当に苦労したんだから」って話で終わった。

都会がこんな感じなのか、カンナの両親だからこんな感じなのか、わからなかったけれど、面白いなって思ったんだ。


それから一緒に暮らしだして、同棲ってやつを少しして貯金して結婚した。


どうしてカンナと結婚したいって思ったんだろう?

「なんだろ?わからん」


ふと、目の前のオデンが目に入る。


「ポトフの次がオデンじゃん、その次がカレーで、そういう発見がね」


このオデンは最終的にカレーになる、ポトフの残りに竹輪とか醤油とか入れてオデンになって、

オデンの残りに、追いお肉と玉ねぎ人参、生姜とセロリ炒めて、トマト缶を入れてカレールーを入れて、そうすると最高に美味しいカレーが出来る。


カンナ曰く、リサイクル料理だそうだ。


「うーんとね、知らなかったんだ」

「ん?」カンナが首をかしげる

「昨日と今日と明日がつながっているって、知らなかった」

「どういう事?」


「どっか安心して生きてなかったんだけど、気を張って生きてたんだ。きっとずっと、

でもカンナといると、今と未来がつながってて、一緒に幸せでいられる気がしてね」

チューハイのプルタブを開ける。

「楽しくて、面白くて」

大根を箸で割る、中まで味が染みてる

「ポトフからはじまってカレーで終わるなんて、経験した事が無いんだよ」

大根をほおばる旨い

「あっつ、旨、ご飯は、ずっと、管理栄養士が考えた、なんていうか、ちゃんとしたメニューだったんだよ」


「ちゃんとしてなくて悪かったわね。」カンナがふざけて口を尖らせる

「自分たちで調理もしたな、指導してもらって」

「美味しくできたん?」

「んー、普通だった」


ふふん

カンナが笑う

「なんだ?へんな笑い方して、なんだよ」


「あのね」

「うん」

「えっとね」

「なんなん」

「赤ちゃんがね」


その瞬間、カンナを抱きしめた。


衝動だった。


神様!

神様!

神様!


「カンナ!パパになるん?」

ぎゅーっと抱きしめた。

「ん、私はママになるんだけどね、パパは健くんだよ」

「どっちでもいい」

「良くないけど、泣いてるし、バカじゃないの」

「カンナも泣いているし」


ギューギューと抱きしめる。


「ずっと一緒に、ずっとね」

カンナの腕が絡まって背中にまわって僕を強く抱きしめる。


僕たちは号泣して、しゃくりあげた。



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