#1 日常
『───続いて、次のニュースです。昨夜、女優の
気持ちのいい目覚めを台無しにしたのは、毎日欠かさず視聴している朝の情報番組だった。どうやら、また芸能界から魔女が見つかったらしい。しかも、その魔女は最近話題の新人女優だ。
「あーあ、これじゃ今期の月9も打ちきりかな」
ただ、主演のなかに魔女がいただけでどんなに面白いドラマやアニメもすぐに打ちきりになってしまうのは、視聴者としてはあまりおもしろくない。
「って、私も他人事じゃないか」
楽観的なひとりごとを呟き、私は椅子に掛けていたブレザーとダッフルコートで寒波専用の防壁をこしらえる。
そして机に置かれた昼食代をポケットにねじ込み、額縁のなかで笑う母に向かって、
「いってきまーす」と一言。
私は脇に雪の積もった路をいつものように歩き出す。
「うわっ、滑る」
向かう先は教室、二年C組の窓際だ。こうして、私こと
真正面から襲いかかる空風と我慢比べをしながら歩くこと数十分、私の通っている学校、私立天沢学園が見えてきた。一刻も早くこの寒空から逃れるために、急いで靴を履き替え、教室までの階段を駆け上がる。
(この時間帯なら、既に暖房が入ってるはず…!)
十分に暖められた空気を求めて、私は教室の扉を勢いよく開ける。そうすれば、外の寒さが嘘のように思えるぬくぬく空間が────!
「───なんでも昨夜の大雪で室外機が凍って動かないんだと」
────ありませんでした。
暖房に裏切られた私は体も心もますます冷え込み、失意のなかしおしおと席につく。
「アカネー、今朝のニュース見たー?」
私に話しかけてきた明るい空気を纏う女子高生の名は
「おはよ、彩愛。今朝のニュースってアレ?京奈ちゃんが魔女だった、てやつ」
「そう、それそれ」
耳を澄まして周りの会話を聴いてみると、漏れ聞こえる会話の大半は魔女の話だった。誰もが知る女優が処刑対象であることの衝撃は、ひとりで抱えるには重すぎたのだろう。
「にしても、何で魔女ってだけですぐに処刑されるんだろ?別に犯罪したわけでもなくない?」
不満げに口を尖らせる彩愛。彼女は魔女の扱いに納得がいかないようだ。
「今はないけど、昔は結構デモとかあったらしいからね。そのせいじゃない?」
「だからって、今の魔女が昔と同じとは限らないじゃんか」
自分が魔女であるわけでもないのに、魔女の在り方を憂いている。心優しい友人がいることに感謝をしながら、私はずっと暖めていた質問をなげかける。
「じゃあさ。もしも、私が魔女だったとしたら、彩愛はどうするの?」
「別にどうもしないよ?いつも通りにするし。それに、魔女だからって、アカネがアカネじゃなくなるなんてこともないし」
世間では異端と蔑まれる考えを、彼女はさらりと言ってのける。そんな頼もしい友人にあてられ、私も自然と笑みがこぼれる。
「そっか。ごめん、急に変な事聞いちゃって」
「いいって、そんなこと。それよりもさ───」
きーんこーんかーんこーん。
学生の朝のささやかな楽しみは、チャイムであっさりと奪われる。始業の合図だ。ぞろぞろと各自の席に向かうあちこちから憂鬱をのせたため息が聞こえてくる。
ほどなくして、担任が教室に入り、教室を一瞥し、号令をかける。
「はいやるぞー。日直ー?」
間延びしながらも学生の気を引き締めるには十分な声だ。その声に応えるように、今日の日直の彩愛が声をあげる。
「きりつ、礼、ちゃくせき」
朝のホームルームに、担任の機械的な連絡が部屋に響く。しかし、そんなことに気を遣っている暇はない。寒い。寒いのである。真冬に暖房なしの部屋で丸一日過ごすのは無理がある。
(はぁ……この手しかないか…)
仕方なく、私は限りなく危ない橋を渡ることを決断する。
クラス全員が担任の話を聞いているなか、誰にも聴こえないような小さな声で、一言だけ呟く。
『セルモ』
瞬間、私の体内を、熱が一気に駆け巡る。あとは、適温を維持するために、コントロールを絶やさなければいい。
これこそは魔法。己の知恵と研鑽で奇跡を起こす異端の力。永い時のなかで栄光と失墜の二つを知った稀なる業。そして、この力を思いのままに行使するものは、魔女と呼ばれる。
即ち───戸崎茜は、魔女である。
2.29~魔法使いのテロリズム~ 千賀 @surume118
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