最終話
────ドラッヘフェルスに革命が起きた夜が明けた。
その事件は歴史書に語り継がれることになる、ドラッヘフェルスの大きな転換点になる。
今まで竜人至上主義だった大帝国に、人間への差別をなくそうと試みる王が現れたのだ。
その男の名は、グラディオス。黒竜の血を濃く引いているが、禍竜の呪いと言われた金の瞳を持つ竜帝。
彼は王位に就いた途端に、様々な政策を打ち出し国をさらに豊かに、人道的に導いた歴代最高とも言われる賢王になっていく。
しかし、グラディオスは数年皇帝として君臨し、国を豊かに平和にする政策を全て成功させた後、何も言わず、だれにも告げずにどこかへ姿をくらませた。
▷▷
ハウゲスン領。
そろそろハウゲスンは冬になる。温度はぐっとさがり、雪もチラホラと降り出す日もある。
空は灰色。相変わらず今日も寒い。ハウゲスンは晴れている日の方が珍しいと言われるほどに日々の生活は雪と切り離せない。今だって、もう雪が降ってきてもおかしくない気温になっている。
──ハウゲスンには特殊な騎士職がある。
ハウゲスンに唯一存在している、女性竜騎士。
彼女は数年前に起きた先のドラッヘフェルスの革命において、その革命の引鉄とも言われることになる女性だ。
彼女は第一線を退き、今はハウゲスンの竜騎士見習いたちに稽古をつける教官になっていた。
「整列!敬礼!」
ノラの声で少年たちが慌てて列を作り、敬礼をする。
「今日の訓練は──」
ノラの瞳の色は、左右で違う。
片方は血よりも濃い綺麗な緋色。そしてもう片方は、禍竜を思いださせる、透き通る金。
その色違いの両の瞳の色は、隣国の竜帝と同じだという噂話がある。
訓練が終わり、ノラは騎竜であるリーヴと外に出ていた。
「なんだか寂しくなっちゃったなぁ」
リーヴの首を撫でる。爬虫類のような大きな瞳がくるりとノラを映す。
「私には、やっぱり君だけみたいだ、リーヴ」
キュ?とリーヴが鳴く。答えてくれたようで、ノラはくすりと笑い言葉を続ける。
「人の温かさを知ってしまった。友人を得てしまった。私は、贅沢を知ってしまった」
思い出すのは、ひとりの友人。今ではもう、会えることはないだろう。
彼に教えられた、人を信じるということ。人の温もり。友人という、温かくてつよい、心地の良い繋がり。
「ひとりに、なりたくなかったなぁ……」
ノラはそれだけを呟くと、リーヴを撫でて、遊んでおいで、と伝える。
▷▷
あの夜明け。ディオの魔力が弾けた瞬間。ノラの視界は回復していた。静かに泣いているディオの顔が先ず見えて、思わず彼の涙を指で拭って笑いかける。
「ああ、君は無事か?よかった」
ディオの瞳がおかしい。なにが、というか、片方の瞳の色が変わっているのだ。血よりも濃い綺麗な紅から、金色に。その金は、禍々しく映る。透き通るような金のはずなのに、どこかちぐはぐに恐怖を煽るような──
それは、金を司る禍竜の色だった。
ノラはディオを抱きしめる。その身体は頼りなく震えていた。
「泣くな、ディオ。君は竜帝だろう?全ての竜を統べる竜人だ。優しくて、強い君は、私の誇りだよ。だから、ほら、かっこいいままの君を見せて」
──俺は、してはいけないことをしてしまった。その償いとして、もしこの国を善く導けたら……その時は貴女を迎えに行ってもいいですか、ノラ
「ああ、もちろん。君の友人として、君の騎士として、君を支えるさ。ただ、私に君を護れる力は、きっともう……」
──いいえ、それが欲しい訳ではありません。わかっているでしょう?わたしは、友と離れたくないだけです。貴女は?違う?
「……君は、大切な人だ」
──ふふ、そうです。だから、貴女がたとえわたしを護れなくなっても、また何度でもはじめましてをはじめましょう。ただの人と、竜人として、友人になりましょう。なにもない、すべてをなくしたわたしたちは、きっと
「そうだな、なら、早く頑張って迎えに来てくれよ?君だけの竜騎士は、はやく剣を捧げたいんだ」
▷▷
リーヴを遊ばせているうちに、雪が降り出した。豪雪だ。はしゃぐリーヴに、それくらいにして、と伝えてもリーヴはまだ楽しそうに雪遊びをしている。
ざく、ざく、という音がノラの耳に届く。視線を向ける。お客人だろうか。
「っ──!」
口腔内が乾く。唇が寒さからではない震えでうまく動かない。喋らなければ、と思うのに口からはひゅっという息の音しかでなくて、ただ見つめることしかできずに立ち尽くす。
鬱陶しい雪すら、もう意識の外だ。豪雪の中やってきた来訪者に、視線が釘付けになる。
「……お客さん?」
ノラが掠れた声で来訪者に問いかける。すると同じく白い竜も首ごとそちらへ向けた。
「──ええ。客です。とある竜騎士に、逢いたいのですが」
「そうか、お客人。私はここの竜騎士、ノラだ。
──まずは、握手から。そしたら案内をしよう。どう?」
その言葉を聞いた途端、彼の金と緋のオッドアイが揺れた。頬を伝ってぽたりとしずくが雪のうえに落ちる。
──嗚呼、ようやく。
ようやく、逢えた。
愛する友人のため魔力を全て使い、禁忌を犯した竜はゆっくりとまたたき、瞳を細める。
慈愛のこもった視線でノラを見下ろすと、片足を半歩引いてうやうやしく頭を垂れ、竜の最敬礼をした。
▷▷▷▷
それが、おとぎ話。私が知っているのは、ここまで。
え?もっと教えてほしい?その後が気になる?
ははは、それ以上は、野暮ってものよ。ただひとつ言えるのは、女はそれからも竜騎士として、大切な友人と、そして彼女の愛した竜と共に在ったということだけ。
こんな老いた竜の昔話に付き合ってくれて、ありがとう。
竜に捧ぐ御伽噺 猫杜 ゆうき @nekomori_yuki
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