第14話

……いつになれば、私は開放されるのだろうか)


男たちは持っていた短剣でノラを死なない程度に切りつけると、ノラの尊厳を奪った。男たちの手が身体に這う感覚。それはきっと、記憶から消えることは無いだろう。なんとなく、そうわかった。

もっていた武器、短剣。それに見覚えがあった。白く透き通る色をした刃に、ノラの瞳の色の飾り紐。

────ノラが竜騎士になった際に下賜されたリーヴの逆鱗で作られた短剣だった。


それは人を傷つける道具じゃない、やめろ、それ以外でならどれほど私を嬲っていい、殺したっていい、だからそれに血を吸わせるな────


ノラの叫びを男たちは愉快そうに聞いて、笑った。嘲笑って、ノラの矜恃を、ノラの尊厳を、ノラの純潔を、全てを踏み潰して粉々に砕いた。


もう、ノラに抵抗する気は無い。それほど蹂躙されてしまった。どれだけ抗っても男たちはノラを嘲笑うだけで勝てることがない。


(もう、いっそ)


殺してくれ。


意識が沈む。そのまま死んでしまえればいい。ノラはゆっくりとまぶたを下ろした。


不意に、大きな音が聞こえてきた。騒がしい。牢の外からなにか、人の叫び声と剣戟の音が聞こえてくる。それに混じって、白竜の鳴き声もかすかにした。


顔を上げる。ノラはぼんやりと牢のドアを見る。何が起こっているのだろう。

爆発音がした。

ここを、爆破するつもりだろうか。

ここに、ノラがいると誰も知らないのだろう。助けが来ることは、もう諦めている。ただ、仲間であった、友であった白竜たちに殺されるのなら、幸せじゃないか、と。


ノラが目を閉じる。すう、と息を吸い込む。血と性の香りがした。

ああ、やっと終われる。



▷▷




「────ノラさん!!」


ディオがノラを見つけたのは、帝国への襲撃も終盤の頃だった。ざっと、城に居た竜人たちを捕縛し、ノラを探して黒竜の姿に変化し、飛び回ってノラの生命力を辿っていた。すると、皇城の敷地の隅、見たこともないような劣悪な環境の地下牢を見つけた。

まさか、と嫌な予感はあたってしまう。牢に近づく度強くなる血錆と、ノラの匂い。羽を動かし、人に出せる速度より速く牢に向かい、ドアをぶち壊す。薄暗く埃っぽい牢屋内に、倒れている人影があった。


ノラだ。


声をかけると、ノラはゆっくりと体を起こす。痛むのか、その動きはぎこちない。ノラの体を支えて顔をのぞき込む。

ひゅっ、と息を飲んだ。


「あ、ぁ……で、ぃ……お……」

「ノラさん、ディオです、あなたの友です、助けに来ました、遅くなってすみません、ノラさん、お願い、死なないで、お願いだ、貴女を失いたくない、だから、そんな顔をしないで……諦めきった、そんな、顔は……あなたには……似合わない…から、」


ノラの生命力が著しく弱っている。生きるのを諦めた人の顔だ。スラム街で何度も見た、救えない人間の、堕ちてしまった何も無い表情。


「ノラさん、大丈夫です、すぐに治癒魔法をかけますから、ねえ、だから、ねえ!死なないで!……貴女に、死なれると、わたしはッ……!」


ノラがゆっくりと震える手をのばす。抱き起こしているディオの頬に触れ、目尻を指で撫でた。


「も、う……わ、たし……は」

「ノラさん?」

「みえ、ない……んだ。な、にも……みえない……」

「わたしが治します…!だから、お願いです…諦めないで……治癒魔法は……生きるのを諦めた人には効かないんです……ッ!!」


ノラの意識が落ちる前に、治癒魔法をかける。腕に魔力を込め、白い光をノラの体にあてる。魔法が効いている感覚がして、ノラがまだ生を諦めていないことに安堵した。


「ノラさん、体の傷は治しました。どこか違和感があるところは?」

「……」

「ノラさん?」


治癒魔法は、「体の傷」しか治せない。嫌な予感がして、ディオはノラの頬に触れる。温かい。生きている温度。


「ノラさん、わたしがわかりますか」


声が、震える。


ノラさん、と呼びかけても、ノラは答えてくれない。死んでないはず。死んでない。死んでいない。この温度は、生きている温度だ、だから。


「ノラさん────声は、出せますか」


ノラの濁った瞳から、しずくがつう、と流れ落ちた。


綺麗だった瞳は、今はもう何も映すことができない。ノラの誇りだった竜騎士としての生き方は、きっともう。


ゆるさない。


激情が脳を揺さぶり、目の前が真っ赤になる。竜に転化していく。ディオの思考の中には、ひとつだけ、ノラを助ける方法があった。


大きな光がはじける。


ドラッヘフェルスの革命が起きた夜。


明け方に一瞬、人々は、奇跡を見た。

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