大団円を求めて
「ああ。では遺言はどうなるの。清照、あなたは何を遺されるの」
地獄の雰囲気と化した広間に狂った声を上げたのは朱音だった。
「お母様落ち着いて下さい」
清照はなだめる。朱音は警察にも取り押さえられている。
「遺言状のことはこれから話し合います。だから落ち着いて」
清照の必死な呼びかけに、朱音は落ち着き始めた。
「ええ。分かったわ清照。大切な我が息子。私のした事は無駄だったことは確かね」
清照は答えない。無言を持って朱音を肯定したのだ。
「私は罪を償うわ。警部さん警察署に行く前に最後の一本いいかしら」
「ええ。どうぞ」
立華は許可を出した。
朱音は何もかも諦めたらしい。自分のタバコを取り出すと火をつけ大きく吸い込んだ。
その時、土田の脳裏に犬神家の一族のあのシーンが浮かんだ。
「だめだ!朱音さんを止めろ!」
土田は叫んだ。すぐに、朱音は土田に手を向けると制した。
「私からお願いよ。清照や新菜さん、他の皆さんの仲の良さはよく分かりました。だから私たち姉妹のように睨み合う仲にらなずに、ずっとこのままでで、いて下さいね。それが私の、最後の、こと、ば」
なんと、朱音はその場に倒れてこんでしまった。
「ああ、気づけなかった。さっきのタバコに毒が」
土田は嘆いた。清照含め一同は驚いている。
これが希代の殺人鬼朱音の最期になってしまうのか。
「朱音さん。毒など入ってませんよ」
立華警部は自信満々な表情で、朱音に歩み寄ると、肩に手を置いた。
「あら。変ね」
朱音はさっきの苦しみが嘘のように身体を起こした。
「ははっ。この立華、こうなることは予測しておりましたよ。なので、朱音さんのタバコを泉美さんに言って調べさせてもらいました」
なんという奇跡だろう。これまで、訳の分からない事をいい、捜査を混乱させ、何度も阿座上家の相続人を危険に合わせた立華警部が最後の最後の局面で役にたったのである。
「さすが、立華警部。さすが犬神家の一族を読み込んでるだけありますね」
「犬神家の一族。なんですかそれ」
朱音はとぼけたような声を出した。
「いえ。こちらの話です。とにかく、朱音さんが無事で良かったです」
その言葉を聞くと、朱音は数名の警察官に付き添われ外に連れて行かれた。
一同には新菜と真琴の恋が打ち砕かれたショックを残しながらも、安堵感も漂い始めていた。
「それでは、泉美さんと氷佳琉も連行してくれ」
立華が命令すると、数名の警察官が泉美と氷佳琉に歩くように指示を出した。
その時、予想外の展開が土田の目の前に広がった。
「氷佳琉!待ってくれ」
氷佳琉を止めたのは清照だった。
「僕は、君の事が好きだ!何年でも待っている。だから一緒になってくれるかい」
土田と新館は驚いた。先程も若者の告白を見て目の前がクラクラしたと言うのに、またもや熱い気持ちのやり取りが目の前で行われ始めたからである。
「清照様。ダメです。私はあなたの命を狙いました。犯罪者です」
「でも、君は僕を守ってくれた。味噌汁をわざとこぼし、爆発時間も教えてくれたじゃないか、あの夜高那神社で君が僕たちを本気で殺そうとしているようには見えなかった。僕は君の好意を気づいていた。同時に自分の心にも気づいていた。気づいいたのに気づかないフリをしていた。それは、母への忖度でもあり、阿座上家の長男でもあるからだ。
だが、今はそんなしがらみに囚われたくない。君が望むなら、いつまでも待つ」
氷佳琉は涙を流した。そしてその場にしゃがみこむと、頭を畳につけて言った。
「よろしくお願い致します」
清照は駆けつけて氷佳琉の肩をさすった。
泉美はそんな二人を冷徹に見ていると思いきや、その目の奥には祝福の色が見えた。
大団円とはいかなかったかもしれないが、土田は静ヶ原を去った。
手厚い見送りなど不要だったので、宿の女将に支払いは新館法律事務所に請求してくれ。と告げてひっそりと立ち去った。
持っている大量の資料の中には若月弁護士に依頼された武器製造の証拠についてまとめられたものがある。
土田は、事前に新館から聞いていた若月の墓へ向かった。
「若月さん。依頼は完了しました。報酬はいりません。若者たちの素敵な場面に遭遇できたので」
土田は手を合わせて、武器製造の資料を墓に見せた。
そして、若月の墓のある小さな寺を去った。
もう12月である。静ヶ原では珍しくまだ降雪は無い。
寺の近くで焚き火をしている老人を見つけた。
「あの。すみません。この紙一緒燃やして貰ってもいいですか」
土田は一部の資料だけ抜き取り手元に残すと老人に話かけた。
「ああ、いいぞ」
土田は燃え盛る炎に、資料を投げ込んだ。土田の汚い文字はたちまち真っ黒な灰となり、上昇気流で舞い上がった。
舞い上がった灰は、天にも届きそうな高さにある。
まるで今回の犠牲者を追悼するように、白い雲と黒い灰が宙にあった。
AZAGAMIは社会的地位を失墜した。
役員や奉公会のメンバーは八割程か辞職し、武器製造の停止。融資の打ち切りなど社会的な制裁を受けた。同時に、刑事事件としても調査が開始され、当時の会長や役員は多く逮捕された。
そんな報道が全国でされている真っ只中。
土田の事務所に新館から手紙が届いた。
それは、阿座上家の一連の事件の後日談にあたる。相続についてだった。
要約するとこのようなことだった。
新菜は新しく始めたい事があると言い、相続権を放棄し、阿座上家を出たという。
清照は能に専念するために相続権を放棄。
清武は俳優業を続けるために相続権を放棄。
清智は財産相続を放棄し、空席となった進之助のポストの職を引き継ぐことに。
真琴は財産相続は放棄し、阿座上奉公会に入会したという。
また、全員が放棄した場合は財産を三分割し、桜谷孤児院。戦争孤児援助団体。奉公会に分配される事と決まっていたため、そのようになったと、新館は報告した。
土田はこの結末に不満はなかった。
きっとあの若者たちならこうするのだろうと薄々勘づいていた。
ちなみに、新館の手紙には続きがあり、報酬を支払ってくれるらしい。
土田は微笑んだ。
「寅丸!今の殺陣はもっと蛇みたいなねじれる感じがほしいんだよ」
「わかりました」
「いや、蛇の中でもコブラだなイメージはコブラだ。やってみろ」
清武の助言は相変わらず狂ってる。
しかし、寅丸は楽しかった。
清武は寅丸と阿座上家に侵入してきた清照との対決を見た時、寅丸にアクションの才能を感じていた。
すぐに、自分の所属事務所に連れて帰ると寅丸の才能は社長も認めた。
清武主演の次回作に寅丸も出演が決まっている。
二人は殺陣を繰り返し練習した。
氷佳琉はその後の裁判で情状酌量により無罪となった。
現在は桜谷孤児院の院長をしている。
孤児院は建て直され、ちゃんとした従業員を雇い。子供たちの心のケアも行き届いている素晴らしい孤児院に生まれ変わった。
「氷佳琉院長。今日は能の人は来ないの」
一人の子供が尋ねる。
「今日は来ないの。能の人は忙しいから」
もちろん清照のことである。全国公演のため毎日は会えない。月に数回二人は会うことができる。結婚したというのに氷佳琉は少し寂しかった。
「きゃーーっ!」
玄関口で子どもの悲鳴が聞こえた。
氷佳琉は急いで走った。そこには袴姿で能面を被った男の姿があった。
「清照さん。子供たちを怖がらせないで下さい」
「すまない。つい遊び心でね」
能面を外した清照と氷佳琉は抱擁を交わした。
「来るなら連絡してくださいよ」
「君の子供たちを驚かせたかったんだ。いいだろ」
「もう。あなたはいつもそうなんだから」
氷佳琉は嬉しさのあまり涙が出そうだったが我慢した。強く逞しい女性になりたかったからだ。
「よし。今日は僕がカレーを作る」
清照はそう意気込むと厨房に向かった。
その後ろ姿を氷佳琉は追いかけた。
真琴は仕事におわれていた。
実の父が儀兵衛であり、推薦されて奉公会に入ったが右も左も分からない。
しかし、真琴のアディアは儀兵衛に似たものがあり、役員たちを驚かせた。
まず、真琴が取り組んだのは戦争孤児の援助である。
今の真琴には儀兵衛の遺言状に隠された意味がわかるような気がした。
殺人が起きた場合、遺産の半分が戦争孤児援助団体に寄付されるのは、武器製造の罪滅ぼし的な意味合いがあったのだと思う。
だからその意志を継いで、AZAGAMIは戦争孤児援助団体を立ち上げたのだ。
もちろん世間の風当たりは厳しかった。
今更慈善活動を始めたところで、これでの信頼は取り戻せるものでは無い。
しかし、真琴には自信があった。
戦争孤児援助団体を立ち上げるに伴い、真っ先に志願した者がいたのだ。それが新菜だった。
彼女は自分の運命と向き合い、危険を犯してまで紛争地域に向かうと決めたのだ。
新菜から時々手紙が届く。
内容はいつも新菜自身を責めるものだ。そして最後には、AZAGAMIが奪ったものを私たちが取り戻し、援助しなければいけない。そう締めくくられている。
真琴は日本の近況を伝えるようにしている。
清武と寅丸の出演する映画について。
清照の能楽界での活躍。
氷佳琉の孤児院での奮闘。
そして最近の一番の吉報はやはりこれだろう。
清智と七清の子供が誕生したのだ。
元気な女の子だという。
難産であったが、七清は我が娘を見た時に「これが私たちの未来」と呟いたそうだ。
真琴は手紙を書き終えると、仕事に戻った。
AZAGAMIは変わらなければならない。
未来を良くするために。
完結
阿座上家の一族 栗亀夏月 @orion222
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