豆を投げつける際には、鬼役の人のことも考え、節度を持って投げましょう。
うたた寝
第1話
「節分しようぜー」
お昼時、書斎の机の上で本を枕にして豪快に寝ころんでいた彼女は突如部屋に突入してきた彼のそんな素っ頓狂な提案に起こされることとなった。
ノックをしなさい、と何度注意しても理解しやがらないので、彼女はもうその辺は諦めたが、この訳の分からん提案を急にしてくる癖だけは直してほしいものである。とりあえず、
「は?」
不快感満載の顔で上半身を起こして彼の方を見ると、彼は屈託のない笑顔でもう一度、
「節分しようぜー」
とのたまった。非常に腹立たしかったので、枕となっていた本でも投げつけてやろうかとも思ったが、その前に彼が言葉を続けてきた。
「そもそも節分って知ってるか? ジャパニーズのトラディショナル文化だぜ?」
これはバカにされたものである。この書斎に一体どれだけの本が詰まっていると思っている(読んだとは言っていない)。物事の知識で彼女に勝負を挑むなど百年早い。彼女は『もちろん知っているさ』と前置きしてから得意げに、
「あれだろ? 鬼になった人に寄ってたかって豆をぶつけて楽しむクレイジーな行事だろ?」
「Oh, so crazy!!」
彼が何やら非常にびっくり仰天している。何だ? 節分という行事を知っていたのがそこまで意外か? と彼女が不審がっていると、
「キミが大分世の中の出来事をひねくれた目で見ているのはよく分かったよ……」
今度は何やら非常に呆れた顔をされた。どうも回答がお気に召さなかったらしい。ふむ、と彼女は顎に手を当て考えると、
「まぁ、多少の地域性はあるかもしれないが」
「いやいやいや、そーいうレベルの話じゃない。思ってた以上に凄いブラックな回答が来て驚いてるんだ、こっちは」
はて? ブラック?
「そうなのかい? 僕が子供の時に半強制的にやらされた節分なんてそんな感じだったけど」
「え? まさかの実体験だったの? ……うん、何かごめん」
何か今度はとても神妙な顔で謝られた。よく分からない男である。
「ああ、後あれだろ? 歳の数だけ豆を、」
「何かさっきのフリですげーヤな予感する。食べるんだよな? 食べるんだろ? 食べるって言えよ?」
「? 食べる?」
「よし、その会話止めよう。食べる以外の用途で歳の数だけ何されたのか恐ろしくて聞けん。後とりあえずもう一回全力で謝っとくわ。本当にごめん」
この男が謝らなければいけないハズのことをよくやるのは事実だが、そういう時は謝らないくせに、こういうよく分からない時だけ謝ってくるのが本当に不思議である。天邪鬼なのだろうか。
「とにかく、キミの壮絶な節分イメージはすぐに廃棄してくれ」
「壮絶?」
「うん、そこでキョトン顔できるのは本当に凄いと思うが、キミが思っている節分は世間一般の節分とは大分ズレているんだ」
「まぁ、行事の在り方というものは時代とともに移ろいでいくものだしね」
「そーいう問題でも無いと思うが……まぁいい。節分とはだ。『鬼は外』という掛け声と一緒に豆をまいて、家の中から鬼、邪気を追い払って、今年も健やかに過ごしましょう、という行事だ」
ふむふむ、なるほど、要するに、
「中二病ごっこということか」
「謝れ。今すぐ謝れ。日本の伝統文化にすぐに謝れ」
「え? だって何かそういう鬼と戦うアニメが流行ってなかったかい?」
「いや流行ってるけども、別にアニメをモチーフにした行事ではないんだ」
「ああ、アニメの方がパクったのかい」
「違う違う違う。そういう話でもない。鬼をモチーフにした話なんかいくらでもあるし、後色々怒られそうだからそーいう発言止めてくれ」
「? まぁよく分からないが、やろう、というのであれば、やろうではないか」
「おお、ホントか? 意外と乗り気なのな」
「伝統文化を受け継ぎ、後世に継承していくのは現世を生きる人間の義務だからね。それに異国の伝統文化に触れるのも悪くないじゃないか。準備が終わったらすぐにやろうではないか」
10分後
「よし、やろうか」
「いやちょっと待て」
「何だい?」
「そのガトリング砲はどうした?」
書斎で豪勢なガトリング砲を構えている彼女に注意する彼。すると彼女はニコッと笑うと、
「拾った」
「どぉこから拾ってきたっ!? 元あった場所に戻してきなさい!!」
「ウソウソ、冗談だよ」
「冗談か……。……あ、いや、喜んでいいのか? これ?」
ガトリング砲がその辺でお気軽に拾える世界線は免れたみたいだが、なら一体どうした? が当然残る疑問である。その答えは、
「買った」
「どぉこで買ったんだそんなものぉっ!!」
半分くらいは『ウソウソ、冗談だよ』待ちだった彼なのだが、彼女はふふんと笑うと、
「今時ネットで何でも手に入る時代さ」
いくら世の中ネットで大変便利になったとはいえ、ガトリング砲がお気軽にネットで個人の手に渡る時代なら色々終わっている気がする。何とも許容できない世界線ではあるが、こうして実際に手に入れてしまっている以上、迂闊に否定もできまい。彼は葛藤に葛藤を重ねた結果、
「え~、あ~、も~いいや。手に入れたのは百歩譲って妥協するわ。何に使うの? それ」
「キミはバカかい?」
「嫌だな、お前にだけは絶対に言われたくないセリフだぜ」
「人間の腕力で鬼に豆を投げつけたくらいで勝てるわけないだろ。必要最低限の文明の戦力だよ。これでも控えめに揃えたんだ」
「設定に忠実なんだが何なんだか……」
別に居る体でいいのだが。まぁ、やる気がある、と解釈すればいいのか。
「というわけで、キミ鬼役やりたまえ」
「はっはーん、分かったぞ。お前さては節分という行事にかこつけて俺を亡き者にするつもりだな?」
「うん」
「否定してくんない?」
「ウソウソ、冗談だよ。キミなんかを亡き者にした程度で前科者なんて割に合わないだろ?」
「とっても酷いことを言っているという自覚ある?」
「これもそういう体だよ。当たったところで手で当てられるよりは多少痛いかもしれないが、そんな大けがするようなもんではないさ」
「ホントだろうな?」
「疑り深い人だなぁ。だったらちょっと見ていたまえよ」
ポチッ!(彼女がボタンを押した音)
ダダダダダッ!!(豆が一斉に乱射された音)
ズザザザザザザッ!!(乱射された豆が一斉に壁を打ち抜いていく音)
ガララララララァッ!!(打ち抜かれた壁が無残にも崩れ落ちていく音)
「………………おい」
「………………何事もテストは大事、ということだね」
「お前やっぱり俺を亡き者にするつもりだったんじゃないかっ!!」
「調整をミスっただけだいっ! 何事も無かったんだからいいじゃないかぁっ!!」
「何事も無かったで許されるかっ! 何かが起きてたら大惨事だっ!!」
「ええい! 過ぎたことをいつまでもっ! 器の小さい男だねぇっ!!」
「テメェついには逆ギレかぁっ! 上等だ! 表にで、」
ピンポーン!
『すみませーん、警察の者なんですけども』
「「………………」」
言い争っていた二人はそこで顔を見合わせる。
しばしの無言の後、二人はそっと握手を交わすと、ガトリング砲の銃口をそっとチャイムが鳴った玄関の方へと向け、
「「鬼は外ぉぉぉっ―っ!!」」
豆を投げつける際には、鬼役の人のことも考え、節度を持って投げましょう。 うたた寝 @utatanenap
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