フールという男 ③


「あ、あの、……ぉ」

 

 小さく震える声のか細い響きと共に、古めかしい扉はようやく開いた。

 そこに立っていたのは、白のカットシャツに黒の長いスカートを履いた少女。おどおどとした様子で姿を見せた。

 

「久しぶりノル。ごめんね急に来て」

「へっ! ねへへ、久しぶりルル……、や、じゃなくてっ!

 その前に、よ、横の人はだ、誰?? ワタシの、知らない人!」


 そう言って指を指されたシャーロットは、少女が発した言葉と、露にしたその姿から、少女の性格を何となくは分かるような気がしていた。

 辛うじて陽の当たった髪は銀色の綺麗。しかしと扉の向こうにどんよりとした真夜中のまるでこの路地裏と変わりはなく、髪の毛の殆どから体すっぽりは影に包まれている。


「この子はシャーロット。私の、いやウチの新人冒険者シャーロット! つい最近入ったばかりよ。

 シャーロット、この子がノル。仲良くしてあげてね」

「よろしくノル」

「え。えへへ、う、うん! よろし──あ。ま、待ってぇ、それより、し、新人? あのマキナ、……さん、が?

 ルル! 目をつけられるって、この、この人は一体なに──ひぁ!!」

「まあまあそんなの良いじゃない! 新人って言っても私が連れてきたんだから! それなら安心でしょ? はいはい、ずいずい進んでいきましょうねー。

 あ、シャーロット、床散らかってるから気を付けてね」

「押さないでぇ。ここわ、ワタシの家! ワタシの家だよぅルル!!」


 ルルはくるりと少女の体を押し回し、ほそい両肩をがしりと掴んで建物の中へと押し進んでいった。

 二人の後をついて行った先は、数本の蠟燭とガラス製の丸い照明で、僅かに明るい工房だった。中は50人ほどが快適に暮らすことができるスペースがあり、外から見た時よりずっと広い。

 入ってすぐ右に、木製の机と椅子が一つ。その上には3冊の書籍が開いたままで置いてある。左手にはずらりと棚が並んでいて、得体のしれない液体やら器具やら、とにかく専門的知識を有さなければ理解できない不明の数々が保管・管理されているようである。 

 中央はぽかりと、そこだけ床は色違いで埃ない。何かが前までそこにあったことを示してはいるが、シャーロットには分からなかった。

 ただしかし、ここはそれより仄暗いの薄暗い。廊下よりはマシとはいえ、陰に包まれる部屋の中はどんよりと気が重くて気が滅入る。

 ルルはちょうど同じことを思ったのか、それをノルに真っすぐ、そのまま言った。


「それにしても、ほーんと相変わらず暗いわねアンタの部屋は。眼が悪くなりそう。照明に回す魔力は無いわけ?」

「れ、錬金術にはたくさんたくさん魔力がいるから! その、あとそれに借金もあるし」

 

 部屋の隅に転がった四角い容器を指さしてノルは言った。

 

「さ、最近は魔都と聖都の関係が悪いし……質のいい魔力がた、高くてぇ。それに今は錬金器具が無いから高度な錬金術もできないしで、うう」

「錬金術? それって石を金に変えてみせるっていう、あの?」

「ええそうよ。そしてノルは、よく爆発する錬金術師」

「爆発」

「そーよ。ノルは錬金の才能に恵まれてるけど、能力は伴ってないみたいでね。実験をしたら、8割は工房を吹き飛ばす結果になるのよ」


 いよいよシャーロットは目的地について疑問符をつけざるを得なくなった。確か今日は、装備を整えに来たのではなかったか。

 錬金術はともかくとして、間違っても爆発に来た覚えはない。


「それも物理的な爆発もそうだけど、信用の爆発」

「なるほどわかったかもしれない」

「……いかにも分かってないですって返事。

 簡単に言えば借金よ、借金。錬金術師は換金手段が豊富だから、それもあってノルは信用だけは高かったの。だから金を借りられてたのに今じゃもう、ねえ?

 ほら、この間なんてカレンが──」

「だっ、だってぇ! い、イチかバチかだったんですぅ! 失敗続きで借金が膨らんで、もう首が回らなくなってぇ! 2割にかけようと思ったらカレンはそんなのいらないってぇ!!」

「2割に全部をかけたギャンブルとか、おまけにその先のことを何も考えてないんだから、アンタの現状は妥当でしょうに……。

 聞いてよシャーロット。ノルったら命よりも大事な錬金器具を担保にしておいて、なのにこの子ったらもうホントに──」

「うう、嘘をついてごめんなさいっーーー違うんですぅー!!」


 そうして崩れ落ちる様にして床にへたり込んだノル。謝りながら、彼女はわんわんと泣き始めた。

 

「ちょ、ルル、会って間もない人の前で泣かせたよ! な、何があったの?」

「カレンに黙って、錬金器具を素材に別のモノを錬金したのよこの子。まあそれ自体は運がいいのか悪いのか、2割のギャンブルに成功したんだけど。ノルが担保にしたのは錬金器具だから、それを勝手に別のモノに変えられたんじゃ、怒るのも当然よ」

「う、うう……違うんだよぉ、もっといいモノをつくればお金くれるかと思ってぇ……。なのに、カレン『何だこれは錬金術師ノル。これでは価値はつかない』って! うっぷ……あの冷たい視線を思い出しただけでも、吐きそうぅ」

「自業自得よ。約束を破った末路ね」

「なんだクズじゃないですか」

「うわーん」


 今日初めて会ったシャーロットの鋭い言葉に、ノルはより一層涙を増やした。

 しばらくの後、ノルのそれが落ち着いた頃に本題が切り出された。3人は背の無い丸い椅子へと改めて座り直し、ルルは話し始める。


「……でまあ。ノル。今日はその残りの2割のために来たってわけ。

 そーよノル。私はカレンの代わりに買いに来たの」


 部屋の中央、ぽかりと空いたスペースを指さしてルルは言う。


「買う……え──か、買ってくれるの、ルル!

 前あ、あんなに酷評したのに、ほんとう!?」

「状況が変わったのよ。そして、どんな道具も使い方によっては最適になるから。だからこれは、そういう話と態度の変わりようってこと。

 それにいい加減、実験器具の無い錬金だけじゃ、アンタの才能が勿体ないわ」

「才能、私に?」

「嘘じゃないわよ。それだけは私、信頼してるから。アンタがどれだけ爆発させようとね」

「ルル……。うう、ありがとう。

 うん、分かった。えっと、ま、まってて今持ってくるから!!」


 そう言って勢いよく、ノルは部屋から出ていった。

 残された二人。シャーロットはノルが近くにいなくなったことを確認してから、ノルに向けて言った言葉についてを尋ねた。


「ルル、今の話は本音?」

「そーよ。え、何よその疑いの目。本音も本音よ嘘なんかつかないわ」

「だって価値がないって言ってたんでしょ?」

「それはカレン。私も少しは……、ええ、ほんの少しだけはひどい言いようをしたかもだけど、それはそれ。信用爆発させた方の落ち度ということにしておいて。

 おほん。簡単に言えば、私とノルは似た者同士なのよ。ええ、互いに理解し合うことができるから、これ以上ないってくらい気の合う人間だと思ってるの。

 だからノルがいくら信用を失っても、その才能を認めるってこと。私がノルに信頼をおくのはそう言う理由」

「共通? ええと、具体的にそれってどのあたり? 僕、まるで反対というかあまり共通はみえなかったけど」

「簡単よ。


 ノルが部屋を飛び出した拍子に落ちたフラスコの残骸をちらりと横眼に見て、ルルはそう言う。

 そして。悪い子じゃないのは知ってるからと、そのどうしようもない子を飾る言葉を付け足した。 

 やがて数分後、ぜえはあと息を切らしてノルは戻ってきた。

 あの疲れよう。この建物、ノルの家は借金の莫大さというのに相当な広さを持っているらしい。

 

「お、……は、あ、おまたせ! こ、この。これ、ほら!」


 そう言ったノルの手には、精巧な機構が剥き出しの何かが握られていた。それは先端が筒のような形をした、つまりはルルが言うには銃である。

 あるいはシャーロットが認識する限りにおいても、それは銃と呼ばれるにふさわしいものであった。


「不思議な形状の銃だね、銃なのかな? 銃だと思うんだけど、剥き出しの歯車って、もしかしなくても名残だよね」

「そーよ銃。見た目だけでも1000年前より随分進化したでしょ?」

「むしろ退化してる、ないかな。無いといいな。

 機械帝国が発明した銃はもっとこう、スマートな形だったから、うん。ここまで奇抜なデザインだと素材そのままって感じでびっくりだ」

「そう? 形だけなら悪くないって思わない? ほら、そのまま殴っても痛そう」

「殺傷能力の話をしてる?」


 形状に関してのシャーロットの意見は、どうにも納得いかない理由でそのまま流された。それに加え、二人の会話を聞いていたノルが不思議とばかりに首を傾げ、慣れない笑顔でぎこちなく、置いてけぼりにされたのではないかと割り込んだのだ。


「1000年? え、えへへ、どうしたの? も、もしかしてそう言う冗談が今流行ってるのルル? 乗り遅れてる?」


 その言い方だと、まるでシャーロットが過去の人じゃないですかと、ノルは真に受けようとはしない。

 ルルはその言葉を聞き、シャーロットにむけ、”ほら言ったでしょ?” と言わんばかりに首をかしげて笑ってみせた。ちょっと怒りが混じっているように見えたのは、シャーロットの気のせいだろう。

 そんな二人の暗黙のコミュニケーションには気づくことなく、ノルは早速とばかり二人の前に堂々と、意を決したような顔つきで立って見せる。


「は、はい! え、えっと、じゃあ……。

 こ、この銃の凄いところ言います!」


 せっかく買ってくれるというのに、もたもたしていたら帰ってしまう。そんな考えがノルの頭によぎったようで、即興のプレゼンが二人の前で始められた。


「こ、この銃は、当たれば勝利間違いなしっ。『大いなる術アルス・マグナ』は防御不可能の一撃を敵にお見舞いです!」

「そうそう、そうなのよ」

「ルル?」


 突然始められたノルのプレゼンだというのに、ルルただうんうんと相槌を打つ。


「物質を隔てる絶対の隔壁を打ち破る威力をもつこの銃は、当たればただじゃすみません!! い、イチコロじゃい!!」

「ええ、まさに。この部屋の半分以上を占拠する巨大を、こんな小さな銃という武器に落とし込んだのは、まさに天才のなせることね。ノルの本領、才能の爆発としか言いようがないわ!」

「そ、そう!? え、えっと、あと! 竜の鱗なんて何のその! これを防げる魔法使いを私は知りません!!」

「私も知らないわっ!」

「僕は何を見せられているの?」

「茶番よ」

「自分で言うんだ……。

 ま、まあでも、それだけすごいものを売ってくれるなんて、僕らはツイているってことでいいのかな? ルル?」

「……ええ。私達、これ以上ないってくらいツイてるの。ホントヨ?」

「うん。今ので僕、嫌な予感がするんだけども」

 

 シャーロットの予感は当たっていた。

 ノルは恐る恐る口を開き彼女が手に持っているソレについて、か細い声で補足を話し出したのだった。


「あ、あの私、防げる魔法はその、……知りません、けど。

 それはいいんですぅ、いいですけどぉ……」

「まってノルさん。ねぇ? まったく、あっはは! 素晴らしくも愉快なプレゼンに感服しましたから、僕。だからそれを台無しにする真似だけはその、分かるでしょう?? ルルの調子に無理に付き合う必要はないですって。

 ええ本当に。悪い付け足しの言葉とか、ここで言ったらそれは事実じゃないですかってねえ?」


 シャーロットはどうかお願いだから予感通りに話さないでくれと、彼はノルの肩に掴みかかる。その勢いで前髪がはらりと横にずれ、よく見えるようになった顔にシャーロットぐいっと近づく。二人のおでこがくっついているのは、気になることではなかった。


「うひぇ! あ、え、えっと──」

「うん?」

「た、ただし……」

「ただし?」

「……撃つと魔力がスッカラカンに……」

「ダメじゃないか!!」


 ダメであった。それも、想像よりもだいぶダメ。撃つと魔力を使い切る銃とか、魔法使いに、一体どこで使えと言うのか?


「そもそも誰が使う想定で作ったんです、これ?

 魔力をすっからかんにするってことはつまり、魔力を大量に必要にするってわけですよね。あとアレ、部屋の隅の転がってるあの四角い容器は魔力タンクでしょう? つまりノルさんの想定っていうのは……」

「あ、う。そ、想定通り……魔法使いにしか使えません」

「尚更ダメじゃないか! 魔法使いにしか扱えないくせして、その魔力をごっそり持ってく銃とかふざけてないです!? ちょっと、いや大真面目に武器として破綻してないっ!?」

「あら何よシャーロット、ロマンが分からないの? 一撃必殺。一発にすべてをかけるとか、何それカッコいいでしょ……」

「ロマンじゃ身を守れないでしょうが! 死んじゃうよ!!

 ん? ああなるほどそういう事か。僕にそのことを黙って買うつもりだったんだね!? 嘘つき! 悪魔! ぼっち!」

「人聞きが悪いわね、嘘なんてついてないわ、それに悪魔でもない。ちょっと問題のある銃を買おうってだけじゃないの。

 ──待ちなさい。聞き捨てならないこと言ったわねこの。誰がひとり寂しい日陰者の陰鬱死霊術師だって? あとで覚えておきなさい」

「そこまでは言ってないけども。でもしかし、そのままでもいいぐらいにはこっちも覚悟は決まってるよ!

 そう、僕にだって言い分はあるぞ! まずこの銃は僕が使うにしても誰が使うにしても、問題しかないと思うのだけども、そのあたりルルはどう反論──」

「そうですよぉ、だから買い手がいなかったんですぅ……。作ったは良いけど、錬金器具一つを分解して、……あはは、ガラクタをの出来上がり。うう」

「ああほらっ泣かせた。また!」


 2回泣かせたと、ルルはノルを慰めながらそう言った。

 シャーロットは初対面のノルを2回泣かせた人になった。不名誉である。

 

「ねえノル、泣かないの。いい? シャーロットがどう返答しようと買うのは変わらないから。ね、安心して?」

「僕の意見は?」

「よし、武器はこれでおっけーね。

 シャーロット。次は服を買いに行くわよ!」

「意見は!!」

 

 シャーロット3日の稼ぎは為す術もなく、そのロマンあふれるガラクタに消えた。


 

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シャーロットは一度死んで蘇る。僕はこの世界が素晴らしく、そして手に余るほど自由であることを知った。 夜空 @yozoratuki1170

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