フールという男 ②

 ──シャーロットが蘇ってから三日が経った。

 彼は公共依頼、つまり低報酬の誰もやりたがらない小さな頼みごとをシャーロットは繰り返し、やっとのことでその足で立てるようにはなっていた。

 それは例えば民家の雑草抜きから、薬草採取、下水道にたまったスライム退治。数え上げれば10の指で丁度収まるキリよい功績で、このまま順調に冒険者としての成長が期待されるところであったのだが……。


「……ったく。もう三日だってのに、なーんでアンタはいつまでもそんな恰好してんのよって!

 ドレスで冒険者このままやっていきますってこと?? アンタ死にたいの!?」

「ま、まさかそんな! 死にたいだなんて思ってないよ!!」 

 

 いつまでもドレス姿のシャーロットに、ルルはとうとう我慢ならなかった。

 シャーロットとルル。二人が訪れたのは『ノルの家』。ルルがそう呼んだ建物の前。

 位置するは魔都側。だから道中セクレントン西北にひしめく数々の魔法・武器のバラエティと商人達の熱気は、あまりの量と圧思わず眩暈のするほどで、一歩歩けば店店店が大通りをずっと埋め尽くしていた。

 ……けれどもここは大通りを外れた閑散たる裏路地の暗がり。

 ルルはシャーロットにいい加減冒険者らしい恰好をさせなければならないと、彼の首根っこをつかんだ──はいいが、連れてきた場所が場所。だってそこはただの家だ。

 まるでお茶会にでも行くかと思わせる装いのまま、さあ今日も元気に依頼をこなそうじゃないか! と、意気込んでいた今朝のシャーロットもシャーロットであるが、彼を強引に引きずったルルもルルである。

 最初に戸を叩いてからかれこれ20分は経過したが、精巧な装飾の施された古びた木造りの扉は、一向に開く気配はない。


「でもルル……いつまでも丸腰にドレスでいたのは僕が悪かったけど、その──ここ、本当に大丈夫なの? 」

「何? まさか私を信用してないの? ええ。確かにここはまるで人気が無いけれど、ここは知り合いの工房だから大丈夫。ノルは起きるのが遅いから、待ちぼうけになるのはいつものことよ」

「……それならいいんだけど。うん。僕には良し悪しがわからないし、ルルに任せたほうがいいよね」

「そーよ。それに大通りに並ぶありふれたものじゃ、アンタに似合いそうにないから」


 頭のてっぺんからつま先までも指さして、憎たらしそうにルルはそう言った。

 顔に関してはシャーロットからみて、ルルは可愛らしく映るし、大通りを通った時は、思わず振り返る人が多かったのも事実である。ただし顔はいいのにと、それがルルであると分かるや否や、ぼそりと呟く人間がいたのはシャーロットには聞こえた。

 それは『舞台裏』に所属していることなのか、今のシャーロットにはあってルルにはないものを持ち合わせているせいなのかは知らないが、とにかく残念そうな声が聞こえた。どうしてこう、


「──ふん!」

「ひあっ、な、ルル!」

 

 ”でも贅沢よねこんなの”。と、ルルが下から上に思いきり叩き上げたことから察するに、彼女も彼女でコンプレックスなのかもしれない。身長が。多分。 

 というか彼が聞きたかったのは不在の可能性だったのだが、いつの間にかシャーロットはもう聞くタイミングを逃していた。

 そしてルルは話を続ける。


「それより。アンタにも自分が無謀なことしてるって、そういう自覚あったのね」


 『ノルの家』のすばらしく年季の感じる建物を前に、ルルは口をゆがませ笑った。まるでいたずらを思いついた悪魔の顔。そんな悪い顔のまま、ルルはシャーロットのドレスをそっと撫でる。


「それが分かったのなら、分かったって言うならさ。ほーんと、私に相談してくれればいいのに。いつまでも行動に移さないのなら、いい加減私も頭に来るってもんよ。さすがに現代舐めすぎだし。

 あと何より危機感がないわ、シャーロット。いくらアンタが回復魔法の真似事ができるっていってもね、相手を打ち倒す術を持ってないってこと、忘れてない? 足元をすくわれる程、アンタは自分の足で立っていないんだからね」

「ごもっともです……言い返す言葉も無いです……」


 しょぼんと肩をがっくり落とし、そういったシャーロット。 

 特に重大な理由らしい、つまりはルルが納得しそうなもっともらしい理由というのが無いので、自らの愚行を恥じるばかりの彼。シャーロットにとって大事だと思うことが、必ずしもルルが同意できることとは限らないから、これは仕方が無い事である。

 おまけにシャーロットは客観的に自分を見ても、言い逃れのしようのない事態が昨日起きたばかりで、まさにこれにはぐうの音も出ない。

 ルルは続ける。


「いい? 公共受付のありふれた依頼の一つで命を落とすだなんて、私はそんなニアが欲しくて人生をつぎ込んだわけじゃないの。最低限身を守れるくらいの装備は整えなさいよ。

 ……だから。これは全部没収! 反省を込めて全部投資よ、これ」

 

 言って、ルルはシャーロットから奪い取った金貨の入った小袋を懐へとしまい込んだ。シャーロットは思わず悲嘆の声を挙げる。


「え。ああ、お給金っ!! うう、三日……三日の頑張りがぁ……」

「なぁにが三日の頑張りよ!! 黙って見てれば、雑草と間違えてマンドラゴラを抜いて自分の鼓膜を破るわ、魔力も隠さず薬草採取で魔物の群れにに夕食にされかけるわ、極め付きはただのスライムに殺されかけたわよね!! 回復魔法の真似事ができなかったら、アンタ今頃ここにいないわよ!

 というかアンタ、戦闘は私にまかせっきりだったでしょうに。頑張りの報酬は私にも少しあるべきじゃなかったかしらねぇ!」


 かえしてかえしてと手を伸ばしていたシャーロットは、その言葉を聞いて目を泳がせる。

 ”あ、いや、それはその……”、などと締まりのない言葉を口にしながら、もごもごと言い訳を並べ立てたが、やがて観念したのか伸ばした手をだらんと下した。


 それは昨日の事。シャーロットが薬草を取りにセクレントンを離れて向かった、魔国方面にある小さな森の中のでの話。

 シャーロットは魔物の襲撃にあったのだ。

 やはり魔物も弱い獲物を狙うのだろう。近くを通った商人の馬車など目もくれず、呑気に薬草を集める少女だけに狙いは定められたのだ。商人は魔物の姿を一目見て、その禍々しい黒の狼に恐怖から馬車で走り去った。

 シャーロットは。しかし、気が付いたころにはもう遅く、その時点で付近の村を脅かしていた魔物の群れをまるごともおびき寄せていて、数は30を超えていた。今更走り出そうと、ドレスで着飾る少女にはあまりに多すぎたのだ。

 

 しかし、魔物達は不幸だったというほかない。彼らは一匹残らず獲物の主人の魔法で灰も残さず蒸発する末路を迎えたのだから。それもどれほどルルが無残に殺そうと、ひたすらにシャーロットだけを見つめて。

 何せ体だけは破滅の魔女。無力に無警戒、魔力満ち溢れる至高の魔法使いなど絶好の獲物だったのだろう。文字通り死ぬ気でシャーロットを食らわんとした結果であった。


「で、でも」

「いーえ、でもじゃない。なーんであんな目にあって、それでも今日も元気に優雅にドレスで出かけようとするのかしら? お茶会にでも行くつもり?

 いいシャーロット。洗濯が一日で済む魔法は、毎日毎日そのお綺麗なドレスで着飾るためじゃないっての!」

 

 ぷんすかと、ルルは頬を膨らませた。


「大体、さっきも言ったけどアンタは現代を舐めすぎてる節があるわよ。

 取り柄の回復魔法の真似事だって、ギルドに血まみれで帰ってきてからやったじゃない」

「バレたらまずかと思って……ほら、ニアの事……」

「回復魔法の真似事──いえ、面倒だから偽回復とでも言いましょう。その偽回復で、アンタの正体に気が付く奴なんていやしないわよ。断言するわ」

「どうして断言できるのさ?」

「こんなへなちょこを、ニアだっていうやつはいないでしょ。アンタ通りすがりの人に自己紹介してみなさい? 破滅の魔女(笑)とか、言われるわよ。

 顔も体も1000年の歴史がうまく隠してくれてるし、堂々歩いたって分かるもんですか。魂をこの目で確認した私以外に、感づかれることはないわ。私が断言する」


 えへんと胸を張って、自信満々にルルはそういった。誰にもシャーロットの秘密を暴けるものはいないと。

 しかしシャーロットは、裏路地に差し込む仄かな光が、彼女の瞳をキラキラと輝かせているのを見た後。しばしその姿を確かに確認して、どうも忘れているらしいルルの性質を指摘する。


「……えと、ルル。断言は止めておかない? 嫌な予感がする。

 ほら、うっかり間違いが起きるって。たった1日程度でも、ルルがそういう星の下に生まれた人なのは分かるよ」

「はあ? 何よそれ、そんなのまるで私の大言は盛大なフリだって言いたいみたいじゃない」

「だって魂を確認したのに、でも取り違えたんだよね」

「げ。違う、う、うっさいわね! それはそれ、これはこれでしょう!? 過去の失敗を蒸し返すんじゃないわよ恥ずかしいからっ!

 ──オホン。……いい? シャーロット。とにかく正体がバレるとかそういう心配はいらないから。私があのマキナの『舞台裏』に所属していることもあるし、まさかそんな奴がニアを蘇らせるわけないだろうって、考えている奴は多いの、余計にね。ホント腹立つけど。

 でももし、もしよ。アンタの正体を訝しむ奴がいたとして、それはアンタを聖女か何かだと勘違いするだけよ。治癒魔法は誰でも使えるけれど、回復魔法は聖女しか使えない貴蹟なんだから、そう勘違いするしかない。誰もアンタが、聖女とはまるで真逆な破滅の魔女の体だって、そんな風に気が付く事なんかないわ」

「うーん。そうだけど……」

「ねえ何よ、まだ不安? アンタが冒険者としてやっていくのに、都合のいい事しかないでしょう? バレて困るのも、結局私が一番でしょうが。

 それとも待遇に不満? もちろんアンタの主人は私なんだから、時々は都合に付き合ってもらうけどさ。でもそれ以外は自由って言ってるのよ。それが嫌? それとも心配? どっちにしてもここで解決しておきましょう、後は嫌よ」

「……そうだね、やっぱり話しておこうか。どうして僕がずっとこのままでいたのかってこと」

「いーわね。聞かせて」


 実言えばルルはそれが果てしなく疑問だった。冒険者となったシャーロットは、まず真っ先にその重そうなドレスを脱ぎ捨てると思っていたが、彼は三日をそのままでいたのだから。

 冒険者として戦うにも逃げるにもあまりに不向きなその装い。そして特にシャーロットは魔法に関して重大な欠点を抱えているために、その心細さからナイフでもなんでも持ちたがると思っていたが、あろうことが丸腰に動きづらいドレス姿。気にならない訳が無い。

 シャーロットはそんなルルの期待に気がついたのか、恥ずかしそうに顔をそらして話し出す。


「装備を更新しなかったていうのは、僕なりの気遣いというか、すべきだって思ったんだ。シャーロットという人間として、やるべきこと? みたいな」


 まとまりのない言葉を、シャーロットはぽつりぽつりと話す。

 

「……シャーロット。悪いんだけど要領を得ないわ。それ、私に向けての気遣いじゃないわよね。初日からアンタの身の安全を気にしてた私が、見栄えが命より大事だと思ってるなんて、そんなブルジョワに見えたわけでもないでしょ?」

「……戦場に放り出したのに! いや、まあそれは経験上からくるスパルタだろうからいいか……。マキナさんも一緒にいたことだし。

 うん。僕はね、ルルは泥臭い努力ができるカッコいい人だと思ったんだよ」

「待ちなさい。ねえ、ますます意味がわからないんだけど……? その感想が行動にどう関係してるのよ」

「素敵だって話さ。きっと信じるものがあるだよね、ルルには。だからせめて、格好くらいはちゃんとしてないといけないと思ってさ」

「……っっ! いや、えーと、嬉しい言葉ね。まあその、スパルタの部分もその通りだから否定はしないけれど、今聞きたいワケでは……ああ! いえ、聞きたくない言葉では無かったわ。ええ。私、カッコいいわ、そうね」


 まさか褒められるとは思わなんだと、ルルはペースを乱される。

 時折善意100%の純粋たる称賛をまるで幼い子供の用に、しかしタイミングは大人に物故んでくる彼の破壊力は、

 あるいはルルが人間関係があまりに狭すぎるのと、異性との関係に疎いが故かもしれない。どちらにしてもルルには効いた。


「で、でもシャーロット。私以外の人を念頭に置いて判断を下したアンタは減点。後で私をほめたので気まぐれに見直すかもだけど、今のところは減点対象よ! 

 ……そ、それで? つまり……?? アンタはニアだから、それで装備を更新しなかったっていうのね。私じゃなくて、ニアなんでしょ? もしかしなくてもニアことだろうってのは分かるけれど、ええ! でも一応聞くけれど、私じゃなくて、ニア。そうなんでしょ? 言っておくけど、これは気分を左右する結構重要な問いかけだからね!!」

「え、あー。うん。……そうかなるほど」


 うむむと顎に手を当て、難しいなとつぶやくシャーロット。

 少し考え込んだ後、彼は特別な理由はないと前置きしつつ、話しだした。

 

「本当に、仰々しく大げさに言うつもりはないんだ。僕の行動の説明はとても単純な話なんだよ。

 うん。でもきっと、それは大切なことだと思ってさ。僕はこの三日を、それが正しいと信じて過ごしたんだ。ルルと同じようにね」


 息を飲んでシャーロットの言葉を待つ。 

 彼の言葉の通り、それはありふれた答えで、道端の誰に聞いても聞くことがあるであろう平凡なモノ。

 ただそれが唯一平凡でない点を挙げるとすれば、シャーロットはニアの体で、いるという事。そんな状況にいる人間が、そんなことで三日を過ごすとは到底思えないという理由が、彼をこの状況に至らしめた。

 シャーロットは言った。ごく当たり前のように。相手がただの少女のように。


「だってほら。女の子の服って、選ぶの難しくない?」


 ルルはいずれ返そうと思った三日の稼ぎを、この時一生自らのものとすると決めた。

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