第2話

「もうっ! 隊長はもう少し常識と言うものを身に付けるべきです」

 背筋を伸ばし、キビキビと歩く透湖は、不機嫌そうに呟く。

「ハハハッ! こんなに非常識な力を持った俺たちが、常識を身に付けてどうするんだい? それに、それは常識ではない。ルールを守る精神とでも言うべきものかな。しかしそれも暗黙の了解。明文化したものじゃない。守る義務はないさ」

 京介は、肩をすくめながら、透湖の隣をのっそり気だるそうに歩く。

「相手は生徒会執行部なんですよ。目をつけられると予算を減らされかねません」

「それは困るな。でも、大丈夫だよ。司書官隊うちはなくてはならない組織だ。いやでも学校側が出すさ。自衛隊や軍隊に似ているからね、俺たちは。高い優遇と肩書き、特別視されているその代償は、緊急時において自らの命。人身御供もいいところだ」

 京介は言う。皮肉っぽくではなく、あっけらかんと言い放つ彼は、その事実を誰よりも深く理解しているからこそである。

 この嵐龍館学園は完全個室の全寮制で、施設も充実しているが、その分外出には面倒な許可証を申請する必要がある。

 これだけ聞くと、規則、校則に厳しい学校法人という印象を受けるが、実際厳しい制約が課せられているのは、外出――学園外との接触に関する項目だけで、他はさほど窮屈というほどでもない。

 ところどころ、通常の学園とはズレた価値観とルールで構成される嵐龍館だが、その最も特徴的なところが、『図書館』である。

学園には、敷地内に巨大な図書館が存在している訳だが、その図書館というのが一風変わっていて、一般生徒に解放されているのは一階と、二階の一部のみ。二階の連絡通路から入る別棟と三階部は厳重なセキュリティが掛けられており、限られた職員と生徒しか入ることは許されない。特に三階部の更に一番奥には、『最重要禁書庫』があり、学園内で最も強固なセキュリティで守られている。ここには基本的に誰であっても入ることはおろか、鍵を開けることも許されていない。国が権限を持つ特別な書庫なのだ。

 文化財になるほどの古書を保管している、という名目で警備されていることになっているが、実際はもっと危ない部類の「書物」を保管しているという話は、学園の生徒ならば、誰しもが耳にしたことのある噂であった。

 下手な銀行の金庫よりも、はるかに厳重なセキュリティが敷かれている図書館。

 しかしながら、何事にも例外は存在する。

 図書館の立ち入り禁止エリアにも、入る権限を持つ生徒達。

それが夏八木京介を筆頭に五人で編成される司書官隊である。

『嵐龍館学園、第二魔道書庫特別防衛戦闘司書官隊』

通称『ブックエンド』

 彼らは『部活』でもなければ、『委員会』でもない。図書館の管理と運営、そして一部の警備を任されているという一風変わった集団だ。

 特別な審査と試験を通った者のみで構成される「司書科」の更に上位数人で作られるエリート部隊。彼らが通常の生徒ではなく、またその範疇から逸脱していることは言うまでもない。

 当然、彼らの活動時には脅威に対抗するため、常に魔法使用の許可が認められている。

「それでも、世間体というものがあります。そんなんだから、煙たがられるんですよ。それでなくても、私たちは特殊なんですから」

 プンプンッといった態度で、透湖は言う。

「はは、それは関係ないな。どこに居ても、誰と居ても俺たちはオールウェイズ煙たい存在さ」

 またもカラッと笑いながらいう京介に、透湖はため息をつく。

 本当に、この人は掴めない。知り合ってから一年になるが、実態があるようでないようで、不真面目なのに、妙なところは真剣で、なにを考えているのか分からない。と、透湖は常々思っている。

「さて、着いた。う~ん、時間は少々過ぎてしまっているな」

「隊長のせいです。早く入りましょう」

 そう言って、「第二会議室」と書かれたドアを開ける。

「大変申し訳ありません。遅れました」

「やる気が渋滞していたものでね」

 きちんと頭を下げた透湖と、対照的に冗談っぽく肩を竦める京介。

「たまには時間通りに来たらどうだ?」

 長テーブル四つを四角く繋げた一番奥の真ん中、少し長めではあるが、落着いた髪型に黒ぶちメガネといういかにも真面目そうな男子生徒が言う。この優等生を絵に描いたような風貌の彼は桐原宗司きりはらそうじと言い、見た目にも事実的にも、案の定生徒会長である。

「すまないね、桐原。だがこの会議、俺たちに必要な話題は三割もない。許してくれ」

 全く悪びれる気配などなく、京介は言った。

「本当に、君は中等部の時からそういう奴だったね。いつだって集団行動を乱す。僕たちももう五年生なんだ。模範になる行動をしてほしいものだね」

 クイッと眼鏡を上げながら桐原は言う。桐原と京介は本来なら中学校の一年生に値する『一年』からの仲で、特別親友というわけではないが、腐れ縁で年数だけは一緒にいるため、よく知っているのだ。この学園において、正々堂々と京介を叱れるのは、この桐原を含めて数人しかいないであろう。

「はいはい。それで、今回のウチへの連絡事項は?」

 空いているイスを引き、座りながら京介は言った。それに続いて、隣の空席に透湖も座る。

「そうだな。先にそっちを伝えるとするか」

 桐原は淡々とした口調で言う。

「最近流れている妙な噂を知っているかい?」

 そう問われて、京介は眉を顰める。この学園において、妙な噂など山ほどある。そして、そのうちの殆どが噂ではなく、何らかの事実が伴っている。

「思い当たることが多すぎて分からんな。どれだい?」

 少しふざけた様に言う京介を、桐原は真面目な顔で見詰めた。

「学園の旧校舎、及び中庭、図書館付近で不審な影の目撃情報が相次いでいる」

「おいおい、それは俺たち司書官隊の管轄外だろ? 敷地内の警備は警備員か、もしくは保安局の仕事だ」

 サラサラとかわすように言う京介に、桐原が幾度目かの口を開く。

「目撃情報では、影の形はすべてバラバラで同じではない。しかし、その全てが図書館のドアの前で姿を消している。ここは『司書官隊ブックエンド』の管轄だろ?」

「幻覚や見間違いの類では? あとは“魔法の残りカス《パワーダスト》”か。保安局はなんて言ってる?」

「もちろん、依頼済みさ。だがどんなに追い詰めても、図書館の前で逃げられる。警備員も保安局も、許可なく図書館への入館は禁じられているものでね」

 変わらず真面目な表情の桐原に、京介はやれやれと肩を竦めた。

「……なるほど。分かった。影の出現時間と目撃ルートの情報を後で俺の端末に送ってくれ」

「そういうと思ってね。もう君に送ってあるよ」

 したり顔で眼鏡を上げる桐原に京介は大きなため息をついた。

「準備のいい事で」

 京介はふんっと鼻で笑う。

「いつもありがとうございます」

 京介は正反対の言葉を発したのは、ここまで黙っていた透湖だった。

「いや、いいんだ。こちらこそ、この手のことを全部丸投げしてしまって申し訳ないと思っているんだ。それに夏八木とは長い付き合いだから、彼の言動にも慣れているしね」

 それまでの真面目な表情とは少し違う、優しい眼差しで桐原は言った。

「大人の対応だな。寛大すぎて涙がでるね」

 またニヤリと嫌な笑みで京介が言う。

 桐原はしょうもない、と言った顔で頷いたが、ふと表情を戻して、

「さて、それじゃ次の議題だ。体育祭が近いわけだが、そろそろクラスでの実行委員を選抜してもらいたいので、その旨を伝えるプリントを……」

 議題が移ると同時に、あからさまに興味をなくしたように宙を見詰める京介と、未だ真剣に会議に参加する透湖。その数分後には、机に突っ伏して京介は寝ていた。桐原はもちろん、そんな京介を何とかしようと思うのは、この学園でも透湖ぐらいのものである。

「隊長、おきてください。会議中です、失礼ですよ。隊長」

 肘で突付きながら、小声で透湖は京介を起こそうと試みる。そんなことはまったく気にせず眠り続ける京介。

透湖の小さな奮闘は、結局会議が終わるまで続いた。

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