第32話 お墓
私の服に甘いキャンディーの香りが染みついた頃、月楽寺のお墓に、お爺ちゃんを納骨する日が来た。
月楽寺父の安心できるベテランの読経が響く中、お母さんと私、禄朗伯父さん。それに野々宮君まで参列している。
今回の野々宮君は、葬儀社の人間としてではなく、お爺ちゃんを知る一個人として参列してくれた。
葬儀の時は、私と同様に野々宮君も、参列してお別れを言うような状況ではなかったから。
晴れた空の下。私達のお別れとは関係なく陽気に小鳥が歌う中。
たゆたう線香の煙。
低く響く読経。
時々響くお鈴の音。
お経をあげていただいた後で、お墓にお爺ちゃんのお骨を治める。
知らなかった。あの、水を入れるくぼみが空いているお墓の前の石、動くのね。そして、その石を動かした先に、RPGのダンジョンの入り口のようにぽっかりと穴が開き、そこに歴代のお骨が納められている。
骨壺でいっぱいだ。
「これ、お爺ちゃんが入ったらいっぱいじゃない?」
私が呟けば、後ろで野々宮君がククッと笑う。
え、そう思うじゃない?
「そこは、その時に何とかするんだよ」
「何とか……」
どう何とかできるというのだろう? 骨壺を小さく出来る訳もなく、物理的にぎゅうぎゅうの状態なのに。
えっと、新しく穴を掘るとか?
「その場合は、古いお骨を骨壺から出して、布の袋に入れるか……それか、土に返すかですよ」
読経の終わった月楽寺父が教えてくれる。
そうなんだ。
よく見てみれば、骨壺を入れている空間の下は土になっている。
なるほど。
「待ってくれ」
禄朗伯父さんが、骨壺を入れて入り口の蓋を閉めようとしているお母さんを止める。
禄朗伯父さんの手には、一枚の古い写真。それにあの下手くそな折り鶴。
目元が禄朗伯父さんに似た、若い女性が写っている。
少し困ったような表情でこちらを見る人は、痩せた体で座っている。
これは、ひょっとして禄朗さんのお母さん? 佐和さんだろうか?
「お棺に入れそびれたから」
そう禄朗さんは言うと、お爺ちゃんの骨壺を開けて、そこに写真と折り鶴を突っ込んでライターで火をつける。写真も折り鶴も、瞬く間に燃え尽きて、灰と化して骨壺に収まった。
禄朗伯父さんらしいちょっと乱暴な方法。
禄朗伯父さんは、それで満足したのか、骨壺の蓋を閉めて、お墓の石を戻した。
まあ、火葬した時に、火を浴びているのだから、その程度の火、どうってことないか。お爺ちゃんだって、佐和さんの写真ならば、文句を言わないどころか、喜ぶだろう。……隣の骨壺のお婆ちゃんは、白い目で見ていたかもしれないが。今回は、お爺ちゃんが主役なのだから仕方ない。
「じゃあ、俺は帰るから」
「あ、待って!」
さっさと帰ろうとする禄朗伯父さんを私は引き留める。
だって、今、聞かなければ、あの折り鶴が何なのか一生分からなくなる気がする。
「折り鶴……あれって、何だったんですか?」
「あれか……大したものじゃねえ」
禄朗伯父さんの表情に悲しみが一瞬浮かんで消える。
「あれは、俺が折って親父にやった物だ。祖父母の家に引き取られるとき、『いつか家族一緒にいられますように』ってな。小さなガキのくだらない叶わない願いだ」
そうなんだ。
その折り紙を、お爺ちゃんが大切にしていたということは、お爺ちゃんにとっても心残りであったということだのだろう。
心残りはあっても、どうにもならなかったのかもしれない。
「話はそれだけか? もういいだろう」
禄朗伯父さんは、そう言うとまた歩き出した。
「あ、あの……! お兄さん!!」
珍しい。引っ込み思案で人に自分から声を掛けるのが苦手なお母さんが、禄朗伯父さんを呼び止める。
チラリと禄朗伯父さんが、お母さんの方を見る。
違う環境で育ったとはいえ、伯父さんとお母さんは、腹違いの兄妹だ。
「また……お参りにきて下さいね」
お母さんの言葉を聞いて、禄朗さんは、「まっぴらだ」とだけ言い残して帰っていった。
わだかまりは、結局解けなかったということだろうか?
あの願いを込めた折り鶴では、やはり禄朗伯父さんの長年の悲しみは溶けはしなかったのだろうか。
「ふあ!!」
ふ、ふあ??
見れば、月楽寺父が、満面の笑み。
「心配いらん。禄朗はいっつもそんな言い方をする奴じゃ!!」
カラカラと豪快に笑う月楽寺父。本当だろうか?
DEATH・Tシャツで葬儀に来る月楽寺息子よりかは、幾分信頼できる気はするが、心もとない。
「今風にいうなれば、ツンデレじゃな!!」
いや、違うだろう。世のツンデレのイメージとはかけ離れている。
「そうなんですね! 良かった……」
お母さん?? そんな鵜呑みにして大丈夫??
……でも、まあいいか。
お母さんが安心するなら。
これから、少しずつ交流を増やして、ゆっくりでも本当にわだかまりを取り除けばいいのだ。
「やっと終わった……」
そうつぶやく私の頭を、野々宮君やくしゃくしゃとかき回す。
「まだだ。寧ろこれからだ」
「え、うそ。ちゃんと香典返しも終わったし、納骨まで済んだなら、それ以上何を……」
「相続、まだ手続きが終わっていないだろう? 骨董好きのお爺さんだったから、まず財産をキッチリ査定するところが難しい。それに、禄朗さんにも、書面を書いて話し合わなければならない。後は、スマホやその他お爺さんが会員になっていた物や契約していた物を洗い出して、それらの解約と引継ぎ。それから……」
頭が、頭がくらくらする。
「あ……四十九日の法要と、初盆と……それから……」
月楽寺父も、追い打ちをかけてくる。
人が一人亡くなるということは、とても大変なことなのだ。
亡くなった人のいた場所を、役割を、残された者が支え合って埋めなければならない。
「まあ、手を貸してやるから」
野々宮君が、優しく笑った。
その晩。私は、夢を見た。
目元が禄朗さんそっくりな佐和さんと、お婆ちゃん。そして、その間にお爺ちゃん。
正座して、微動だにしないお爺ちゃんを、二人女性が囲んでいる。
「これから、どうしたいのか。じっくり話し合いましょうね。あなた」
「そうね。時間はたっぷりあるんですもの。ね、次郎さん」
ああ、どうするのだろう。お爺ちゃん。
どう和解するのだろう。
天国での悠久の時は、決してお爺ちゃんには楽しいだけの時間ではなさそうだ。
おじいちゃんが亡くなったのに、忙しすぎて悲しむ暇がないんですけれども ねこ沢ふたよ@書籍発売中 @futayo
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