第3話 渦中
藜の視界が強い光に包まれる。咄嗟に両腕で目を覆うが、それでも眩しさが分かるほど、光は強かった。
(一体何が起こっているんだ!?)
初対面の少女に廃墟に連れてこられ、殺害宣言された挙句、視界を潰される。全く持って意味が分からない。
(でも、あの光は普通じゃ無い…………何かが起こるはずだ!)
一度だけ逃走を考える。が、周囲の状況を把握できない以上、下手に動く方が危険と考える。
少しして、徐々に光が弱まってきた。藜は恐る恐る両腕を退けて、ゆっくりと瞼を開いた。そこにあった景色は…………
「え?」
あまりの出来事に藜は素っ頓狂な声を出してしまう。無理もない。なぜなら、藜の目の前には巨大な鉄塊があったのだから。鉄塊…………いや違う。これは…………
「なんで、戦車が…………」
歴史の教科書で見た、戦前のタイプの米戦車だ。しかし、ここは日本のど真ん中。ましてや戦後十五年である。こんな所にアメリカ戦車がいる理由、それは目の前の少女を見れば明らかであった。
「っ…………制御が上手くできない…………」
(制御………やっぱりこいつが出したのか!!)
「でも………こいつを殺さないと…………」
「ま、待て!何故俺を殺そうとするんだ!?」
「いや、でもリスクが…………」
「人の話を聞けぇ!!」
必死に呼びかけるが、少女の耳に藜の声は届いていないようだ。
「おい!!……………ん?あいつ………」
藜はあることに気づく。藜が見た少女の顔は、ひどく苦しんでいるようだった。
(制御しきれていないのか……………もしや、これは好機なのでは?)
相手の状況が分かればやることは唯一つ。この状況を利用し、この場から脱出すれば…………
「ああもうっ!!このままやちゃえ!!」
「え!?ちょ、ちょっと待ったぁ!?(まさかの投げやり!?)」
彼女がそう言い放った瞬間、そばの戦車が起動する。
(こいつッ!本当に俺を殺す気かッ!!)
藜は咄嗟に、戦車の主砲の射線から離れる。その瞬間、藜の直ぐ側を衝撃波が通過し、背後に大きな爆発が起こる。背後のコンテナは跡形も無く粉砕した。
(そ、想像以上にヤバいぞ!!?)
戦車の威力なんぞ、普通は知るわけが無いが、その威力は藜の想像を遥かに上回っていた。もし直撃していれば、藜の体は原型を留めていなかっただろう。
そしてその思いは、目の前の少女も同じらしい。
「こ、こんなに…………?」
(こいつ………自分の力を理解していないのか!?)
こんなやつに殺されるなんぞ、御免である。
「に、逃げるんだよォォォーッ!」
回れ右をして、全力疾走を始めた。少なくとも彼女の精神が安定する前に、できるだけ多くの距離を取らなければならない。
(中学時代に鍛えた体…………持ってくれよ…………!!)
内心、まだ少しは心に余裕があることに安心した藜であった。
「ぜぇ、はぁ…………くそっ!春休み中に運動してなかったのが仇になったか!!」
体力回復のために一度立ち止まる。辺りは静まり返っていることから、当の目的は達成されたらしい。藜はそばにあったコンテナに寄りかかる。
「都会のど真ん中で戦車砲をぶっ放すとは…………たが、俺も何か対抗策を練らなければ…………」
(俺にもあいつと同じ紋様を持っている。それなら、俺も戦車を召喚できるのでは?)
とはいえ、肝心な紋様の使い方が分からない以上、少女への抵抗は不可能である。
(紋様を発動させるには…………)
今までに紋様が発動したと思しき状況を、思い出してみる。まず最初は昔、川で子どもを助けようとして溺れた時、次は人混みから出るのを助けられた時…………
(…………だめだ。例が少なすぎて全く分からん)
だが、少なくともこの二つに共通するものである。
(他人が関係している時……いや、それじゃぁ漠然としすぎている。他に共通点は……ん?助けようとした時と出るのを助けられた時……ってことは……)
ここで<たすけられる>という単語が共通しているのに気づく。
(だとすれば、誰かから助けを求めれば力が発動するのか?)
仮説を立てたら次は実験、理科でよく習ったやつである。
(お願いだ!!誰か助けてくれ!!…………)
「……」
ところが、紋様は何も動かない。ぶっちゃけ恥ずかしい。
(助けの乞い方が雑だったからとかか?)
その後、藜は様々な実験をしたが、どれも紋様は全く反応しなかった。
「な、何なんだよ……」
プライドを捨ててまでして実験をしたのに……と、藜のメンタルはほぼ崩壊しかけていた。再びコンテナに寄り掛かり天を仰ぐ。空は徐々に赤く染まり始めている。そろそろ日没のようだ。
(やっぱり紋様に頼らずに自己防衛するしかないのか…………)
戦車からの自己防衛とは。などと、絶望に打ちひしがれていると、どこからか足音が聞こえてきた。藜は咄嗟にコンテナの中に身を隠す。
(大体誰かは想像できるが…………ん?この音は…………!!)
足音の奥に、金属が地面と擦り合う音が聞こえた。こんな音、あれしか無いだろう………
(無限軌道、戦車がすぐそばに…………しかも複数だと!?)
どうやら相手は短時間の内に、大量の戦車を召喚したらしい。
(この間にも、戦力差は開いている、ってのか………)
その時、コンテナの向こうから声が聞こえてくる。
「どこ行ったんだろ……もう時間が無いっていうのに」
少女は未だに藜を探していた。未だに戦車の制御ができていないことを期待していたが、そんなことは、統率の取れた無限軌道の音からしてあり得ないだろう。
(このままエンジン音に紛れて動けば逃げれるか?)
同じ場所に留まっていれば、発見されるリスクも上がる。そう考えていた藜は、この場合から脱出する機会をうかがっていた。
「…………っ」
(?)
その時だった。何かが聞こえ、藜はよく耳を澄ます。
「何で……よりにもよって……わたしなのよ」
それは少女の嗚咽だった。
「こんなこと……したくて、してるんじゃ無いのに……」
「……」
彼女も自分と同じ、戦闘の意思は無いようであった。そのことが分かったところで、もう一度藜は冷静に考えてみる。
(彼女には元々戦闘の意思は無い。あいつにどんな事情があるかは知らないが、もしかしたら話し合いで解決できるのでは?)
勿論、藜も他人を傷つけることなど、なるべくしたく無いし、されたくも無い。ならばここでもう一度話し合うべきだ。という結論に藜は至った。
タイミングを見計らい、藜はコンテナの影から出て、少女に声をかけた。
「…………なぁ」
「!?」
藜が声をかけた途端、少女は即座に振り向き、藜に戦車砲を向けた。さらにその手には自動小銃が構えられている。
「ま、待ってくれ!俺に戦う意思は無い。だからその小銃を降ろしてくれ!!」
「な、何言ってるのよ!そんなことする訳無いじゃない!!」
「言っておくが、俺は君に敵対した記憶は無いし、そっちにどんな事情があるのかも知らない。殺すならせめて殺す理由を教えてくれ!」
「あなたが仲間にわたしの情報が伝えることを防ぐ。ただそれだけよ」
「仲間?一体何のことだ?」
藜はさっきから彼女の言うことを理解できなかった。自身が敵に知られてはいけない理由とは…………いや、元から藜は敵では無いのだが
「とぼけないで!……だってあなた、紋様の持ち主じゃない」
「やっぱり、この紋様が関係しているのか…………」
「もしかして…………あなた、これを知らないの?」
「あ、ああ……そもそも、これを見つけたのだって、最近のことだったし……」
少女は少し悩む動きをする。もしかしたら、戦闘について考え直してくれているのかもしれない。
しかし、彼女の放った言葉は、藜の予想と大きく違ったものだった。
「それなら、知らないまま死んだ方がいいわ」
「へ?」
次の瞬間、少女の周りの戦車が一斉に動き出した。さっきとは違い今回は複数、それも全方位から補足されている。これを全て避けようなど、体が音速を超えでもしない限り無茶な話である。
「ごめんなさい。やっぱりあなたとは分かり合えないみたい」
「嘘だろ!?」
(くそっ!!こんな奴と話し合おうっていうのがそもそもの間違いだったか!!)
こうなったらもう助からない。ならばせめて最後まで抵抗しよう、と思い、藜は残った思考力を出し切ろうとする。
(ん?いや待てよ………)
藜は自身も紋様を持っていることを思い出す。今こそ、この力を使うべきなのでは?
(助けを乞うんじゃ無くて、自分のことは自分で守る!!誰かが助けを求めたら自分の力で守り抜く!!これが紋様の正しい使い方か!)
その瞬間、今までの出来事の全てに合点がいった。川で溺れた時は溺れた自分と子どもを助けるため、人混みの中では周りに危険を及ぼさないため。そして今は…………
「っ!来い!!」
藜は自分の右手を大きく上に掲げる。その瞬間、赤い光が辺りを包んだ。
「こ、これは…………」
「嘘でしょ……訓練も無しに!?」
光が収まると、藜を守るように戦車数両が出現していた。陸自の一○式戦車である。
この出来事に少女は狼狽えた。逆に藜は、心を冷静にして少女に向き合った。
「……君はさっき、平和的解決はできない、みたいに言ったな」
「っ!?」
「なら、俺もそれ相応の自衛手段を取らせてもらうぞ!!」
そう言い放ち、藜は紋様の刻まれた右手を前に突き出す。紋様は力強く光り、手のひらにまで貫通していた。
「くっ!!」
少女も藜の攻撃に備えて構える。そして藜は迷うことなく言い放った。
「撃ち方始めぇ!!」
その瞬間、藜の戦車隊が砲弾を放つ。それに対抗して、少女も迎撃を開始する。
藜の戦車隊は装甲の薄さ、そしてそれ以上に数の差ですぐに全滅してしまった。辺りの硝煙が薄れていく…………
「なっ!?」
そこに藜の姿は無かった。
「あんなやつと真っ向勝負なんかできるか!!!」
藜は召喚した戦車隊を囮とし、再び逃走を図っていた。…………否、藜には別の作戦があった。
「よし。ここなら…………いけるッ!」
藜が到着した場所は廃工場の端。三方向を壁に囲まれている場所、いわゆる行き止まりというものである。本来であれば万事休す、と言いたいところだが、藜はこの地形を探していたのだ。
行き止まりに通じる道の脇は何らかの製造施設。トタンで作られた簡素な建物である。
「ここに配置して、俺がここに立てば…………」
しばらくして、全ての準備が整い、藜は小銃を構えた。後は彼女がここに来るのを待つのみ…………
「さぁ………いつでも来いッ!!」
一方その頃…………
「あいつ、一体どこに隠れてるのよ…………」
少女はかれこれ数時間連続で歩きながら藜を捜索している。時間が経ちすぎて辺りは真っ暗になっており、目視で捜すのは困難になっている。少女のレーダーは現在使用不可能になってしまっている。(実際は藜が
「このままじゃ日を跨いじゃうじゃない……」
敷地内はとても広く、先程は工場の中央で砲撃したため、外部への射撃音漏れをある程度軽減できたが、藜が敷地内の外側で隠れていた場合はかなり厄介である。そうならないためにも、早めに見つけて処分するのが最善であるが……………
「早く……早くしないと……」
新国際展示場から出てかなりの時間が経っているため、辺りもどんどん暗くなっていっている。
「ここが最後か…………」
今まで敷地内を虱潰しに探索してきたが、この先の角に藜がいなければさらに面倒である。
(逆にここに隠れてたとしても、下手に大きな音は立てられないし……もし逃げ出してたら……)
彼女にとってこの出来事は、あまり大事にしたくは無い。本当はもっと速やかに処理するはずだった。
「こんな事を16歳の子どもにやらせるとか、大人の考えてることって意味分かんな、……っ!!」
愚痴をこぼしつつ曲がり角を曲がった。そこで見た光景に少女は目を疑った。
目線の先には、行き止まりの壁のそばで戦車一両と共に仁王立ちしている藜の姿があった。すぐさま藜を処理しようとしたが、少女はその衝動を抑える。
(壁の向こうは人通りの多い幹線道路……外にバレたら厄介だわ……)
これ以上事態を悪化させたくない、というのが本心である。そのためにもまずは、相手をこちら側に引き寄せる必要がある。
「ねぇ、そこで何やってるの?」
「単に突っ立てるだけだ。殺すなら今がチャンスだぞ」
「…………今だけは殺さないわ。武器を捨ててこっちに来なさい」
(やはり不自然か…………?)
作戦の準備段階で気づいていたが、やはり藜の行動はどう見ても怪しい。少女がこんなに警戒するのも無理は無いだろう。だが、藜もここを引き下がる訳にはいかない。
「……ここまで来て俺を殺さないのか?もしこの機会を逃したらまた逃走するぞ」
「今ここであなたを殺すのは、こっちにとっても困るのよ」
(抵抗するか…………だがこっちもこの作戦に命賭けてるんだ。ここで諦めるわけにはいかないんだよ)
ここで藜はふと思った。冷静に考えて未成年の少女が人を殺すなんて、そう簡単にできることだろうか?
勿論、普通はできない。さっきの言動からして、彼女が民間人である確率は高い。ならば、軍人と違って殺人への恐怖があるのではないか。
そう思った藜は、少女を諭そうと試みる。
「本当は俺を殺すのが………いや、人を殺すのが怖いんだろ?」
「な、なんですって!?」
端から見れば藜が煽っているように見えるが、藜は親切で言っているつもりである。しかし、少女は藜が自身に挑発していると勘違いしてしまう。
「無理にそんなことしたら心の大きな負担になる。無理にするなら、今ここで平和的に解決した方がいいんじゃないか?」
「う、うるさい!!そんなの造作もないことよ!!人の一人や二人殺してみせるわよ!!」
「な、なんつー問題発言……」
「あんたがそこまで言うなら殺してやるわよ!!今ここで!!」
「ちょっ、ちょっとタンマ!まだ心の準備が!!」
「問答無用ッ!!」
そう言うと少女は藜に突撃してきた。それと同時に周りの兵器も作動させる。
(やっぱり平和的交渉は望めないか……こうなったら作戦通りに……)
「悪く思わないでくれ。せめて直撃だけは避けるさ……」
そう呟くと同時に藜は建物内部に忍ばせていた戦車隊を起動させる。そう。藜の作戦とは、待ち伏せ、というシンプルなものであった。彼女の戦車達に照準を合わせた藜は戦車隊に号令を出した。
「撃てぇ!!」
次の瞬間、藜の戦車隊の砲弾は廃工場の建物を貫通し、硝煙と轟音を立てて少女の戦車隊を一瞬にして撃破したのだった。
サクラの向こうに <Code戦記> 緑ノ里 @greenstar
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