第2話 遭遇
地下鉄の車内を出て、ホームを見渡す。ホームには技術展の広告が、至る所に表示されていた。それだけ大々的な催しなのだろう。そう思いながら、藜は地上に続くエスカレーターに乗った。
エスカレーターに乗りつつ、ふと辺りを見回す。周りには家族連れや大学生、外国人までもが人混みの中にいた。その中には、さっき出会った少女もいる。藜はなぜか、その少女をじっと見た。
彼女は手元のスマホをしきりに操作していた。その顔はかなり真剣な雰囲気をしている。あんな雰囲気でスマホを操作することなど、藜は一度もしたことが無い。
(ゲームでもやってるのかな?)
藜はまだやったことが無いが、高校のクラスメート達がその内容で盛り上がっていたのを思い出す。友達を作るためにも、やはり共通の話題を何個か持っておくべきだろう、と最近考えている。
そんなことを考えているうちに、エスカレーターは地上に着く。地上一階に配置された改札にパスをかざし、改札だけのシンプルな駅舎から外に出る。
「おお…………」
都会の中心である新東京駅と違い、ここ新お台場も圧巻の景色であった。海の直ぐ側にそびえ立つビル群など、地方出身の藜は初めて見るものである。
藜がいる人混みの流れは先にある、巨大な逆三角錐を四つ繋げたような形の建物、新国際展示場へ向かっている。ちなみに、この新国際展示場は戦前に存在した、国際展示場を再現しているとされている。
「おっと…………危ないなぁ…………」
藜は後ろからの人の流れに押される。なんせここには何百人もの人々がいる。360度どこからも人が押し寄せてくるのだ。
「これって一人でもコケたら終わりだよな……………うわっ!?なんだ!!?」
将棋倒しにならないことを祈りつつ前進していたところ、人の流れがいきなり止まった。どうやら前方の交差点で信号が変わったらしい。
これだけなら問題無いのだが、これだけ人が多いとそうはいかない。
藜から後方の人たちは交差点に気づいておらず、前進をやめない。つまり、藜の周り一体が、前後から押されてしまう形になっているのである。
「っ!苦しい…………何で気づかないのさ…………」
四方八方から押される中で、藜はある出来事を思い出す。
藜が東京に来る前、友達からとある事件を聞いた。それは昨日駅前で行われた夏祭りでの出来事だったらしい。大勢の人達で混雑していた道路で、一人がバランスを崩しそのまま将棋倒しになって、数十名が怪我したとのこと。
今の状況はおそらく例の夏祭りの時よりもひどい状況であろう。このままでは藜の予測通り、将棋倒しで死者が出るほどの大事故に繋がりかねない。
そんな考えが頭を過ぎっていた時、藜の視界に誰かの手が写り込んだ。そしてその手の主らしき人の声が、人混みの中から微かに聞こえる。
「わたしの手に掴まって!!」
何故か藜には、その声が自分に対して言っているように聞こえた。藜は人をかき分けて、手を伸ばし、その手をしっかりと握った。するとその手はかなりの力で、藜を人混みから引っ張り始めた。
道路の端の段差に少しコケたところで視界が晴れ、周りの景色も視認できるようになった。
「あの、助けていただき………って、あなたは……」
藜を人混みから救い出したのは、新東京で出会った外人の少女だった。どうやら少女も藜のことを覚えていたらしい。
「さっき道を教えてもらったお礼に、って思っていたんですが…………もしかして、迷惑だったり?」
「いえいえそんな!逆に助かりましたよ!もしかしたらあのまま圧死してたかも」
「死ぬ、ってそんな大袈裟な………あと、それと………」
「?」
少女は手元に視線を向ける。
「そろそろ手を離してもらっても…………」
「えっ?あっ!!す、すみません!!」
藜は急いで手を離す。話の方に意識がいっていたので、すっかり忘れていた。しかし、少女の視線は藜の顔へは向かなかった。不思議に思い、藜を少女に視線の先を見てみる。そこには…………
「なんだ………これ………」
藜の右手の甲に、淡く光る模様があった。微かに赤く光っており、とても不気味である。
(痣か…………?)
そう思ったが、痣にしては不自然すぎる。そんな場所を怪我したこともなければ、そもそも痣は光ったりなどしない。
そこで藜は、中学の時のあの出来事を思い出す。あの時見た痣。当時は消えかけていたが、この模様と一致する。
「それって…………」
少女はぼそっと呟く。
「あの、何か知っているんですか?」
「え!?いやっ、その……もしかしたらそれが、昔日本であった流行病の一つなんじゃないかなぁ……って思って」
「え!?流行病!!?」
そうなればかなりマズい。さっきまで人混みにいた訳である。その場合、感染爆発などもありえてしまう…………
「えっ…嘘…そんな、まさか……」
「ちょ、ちょっと!落ち着いてください!あくまでも想像ですから!!もしかしたらただの怪我かもしれませんし!!」
少女は慌てて藜のことをフォローする。
しばらくして…………
「落ち着きましたか?」
「ええまぁ、いい歳してあんなパニクるなんて…………面目ない…………」
(なーんか、このまま放置するのも嫌だなぁ…………そうだ!)
少女は藜に提案する。
「この後、イベントを一緒にまわりませんか?」
「えっ?一緒に?迷惑だったりしません?」
「いえいえ。そもそもわたし一人でまわるのって少し心細かったですし……」
「そうですか……なら僕で良ければ是非」
「あ、ありがとうございます!!」
こうして藜はその場で出会った外国人の少女と、イベントをまわることにした。本来は学校の課題のために来たため、あまり乗り気では無かったがなんだか楽しめそうな気がした。
彼がまさか………でも、こうなったからには…………
それから藜は何かとイベントを楽しんだ。概要は日本の歴史と発展という、あまり若者が喜ぶようなものではないかと思われたが、案外若者たちにも人気が出て、SNSなどでかなり拡散されているらしい。
そして一通り見てまわった藜は新国際展示場から出た。
「いやー結構たのしかったなぁ。これならレポートもすぐに書けそうかな……ん?」
かなりテンションが上がっていた藜であったが、となりで一緒にいた外国人の少女は、どことなく真剣な顔つきをしていた。
(気に障ることでもしちゃったかな?)
そう思い話しかけようとしたが、先に少女の方から話しかけてきた。
「あの!実はここの近くに人気の観光スポットがあるらしいんですけど……いってみませんか?」
「人気の観光スポット?」
(新豊洲市場とかかなぁ?)
新豊洲市場とは、近年漁獲量の増加してきた日本産の水産物を世界に輸出する、世界有数の巨大市場である。
「ええ。だから、一緒に行きましょ?」
「そうですね。行きましょうか」
レポートのネタが多いに越したことは無いので、藜は少女についていくことにした。
しばらく歩いたところで少女は立ち止まった。
「えっと………ここは………?」
見渡す限りの廃墟。かつて、戦後復興期に建設された仮設工場の跡地だろう。
(これも一応は日本技術の一部だからな…………あんまり感心できるものでは無いけど…………)
「あ、あのぅ………もしかして場所、間違ってません?」
藜は恐る恐る尋ねる。しかし、少女は反対方向を向いたまま何も言わない。藜は更に不安になる。もしかしたらここで殺されるのか?そんな憶測が藜の頭に浮かんだ。一気に不安になる。護身術なんか身に付けていないため、ここで襲われたら死以外になにもない。
「な、何か言ったらどうなんです!?」
藜は声色を強める。すると少女はゆっくりと藜の方へ振り返る。その顔を見て藜は息が詰まった。その少女の顔は普通の人間のする顔ではなかった。目つきは鋭く今にも人を殺しそう………いや殺す目だった。そしてその殺す人間とは、藜自身であることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
「さっき、あなたの左手に紋様が浮かんでいたよね」
「えっ?」
藜はあの時の少女と同じように、彼女の左手の甲に目が釘付けになる。そこには、藜と同じ……いや、それよりもくっきり濃い模様が浮かび上がっていた。そしてその模様は青く輝いていた。
「わたしにも、同じのがあるの」
「な、なんだって…………」
少女の口調は、出会った時とは全然違った。藜を見下しているような、声色だった。
「あなたやわたしのような人間は、この世に存在してはいけないの。だから…………」
そう言うと彼女は右手を大きく藜の方向へ突き出した。
「おねがい……死んで」
「っ!!」
その瞬間藜の視界が明るい光に包まれたのだった。
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