第一章 日本篇

第1話 夢の中

・リニアモーターカー車内

 新東京の地下を高速で移動するリニア。その車内のドア際に、一人の少年が立っている。

 青みがかった髪、それ以外はごく平凡な少年。彼の名は霧島藜きりしまれい。つい最近、新東京の高校に入学し、実家のある長野から上京したばかりである。そんな彼は…………

(新国際展示場は……次の駅で乗り換えか………)

 新国際展示場ネオ東京ビックサイトに向かっていた。彼の目的は、入学早々に鬼畜教師から出されたレポート課題を消化するための、情報収集であった。偶然にも、新国際展示場で"日本の技術展"というものが開催されていたので、現在向かっている。

 藜は生まれた年代から、新東京に来たのは今回が初めてであった。ので、今のようにスマホの地図アプリを必死に見ていないと、秒で道に迷ってしまうだろう。

(ここに来て数週間。全く慣れない…………)

 この世に生を受けてこの方、長野から出たことは無く、都会の知識など無いに等しい。

<まもなく新東京。新東京です。お出口は左側です。お忘れ物のございませんよう、ご注意下さい。>

(もう新東京か。速いもんだな、リニアってのは…………)

 足元に置いていた荷物を手に持ち、扉の近くに立つ。

<駅構内のレールに着陸します。大きく揺れますので、お近くの手すりやつり革にお掴まりください。>

 リニアは地面から少し浮いているため、駅に停車する時は小さな衝撃が発生する。

 アナウンスの少し後に、車窓の外にホームの光が流れていく。そして車両はゆっくりと停車し、ドアが開く。

 藜は沢山の人が立つホームに足を踏み入れた。


「お、おお…………」

 乗り換えのために降りた新東京駅で見た様子に、藜は目を見開いた。

 壁一面に表示される広告の映像、人混みの中に点々といるアンドロイドやホログラムの人々。何もかもが、漫画のようであった。

(目がチカチカする…………)

 つい最近まで山が直ぐ側にある農村に住んでいた藜にはかなり刺激が強い。自身の故郷とここを比べると、同じ国の街なのか疑ってしまう。

(そうだ。有楽町線のホームの場所は…………)

 藜は再びスマートフォンをポケットから取り出す。こうして見てみると、藜のスマートフォンもかなり変わった形をしている。二つの電子機器に挟まれる形で映し出される地図画面。スマホを初めて買った時、電子機器音痴の藜は、かなり苦労させられたものである。

(三番通路か。三番通路、三番通路…………)

 確認した内容を頭の中で繰り返しながら、藜は目的の場所へ向かおうとしたその時、

「あの、すみません…………」

「?」

 背後から声をかけられ、藜はその方向へ振り向いた。

 そこにいたのは綺麗な金髪をポーニーテールに纏めた少女だった。見た目は藜と同じくらいで、青い瞳を持っている。

(外国人……アメリカ人ってところか?)

 にしては日本語が流暢である。

「えっと、何か?」

 藜が尋ねると、少女は手元のスマートフォンを見せてきた。それを見ると、画面には新国際展示場の地図が表示されていた。

(この人も同じ行き先か…………)

「ここに行く電車は、三番通路を通って行けば乗れますか?」

「ええ。合ってますよ」

「そうですか!ありがとうございます!!」

 そう言うと少女は走って行った。その様子を藜はぼーっと見ていた。

(綺麗な人だったな…………でも、なんで急いでいたんだ?)

 ふとスマホの時計を見る。時計は、藜が乗るべきリニアの出発時刻が迫ってきていることを示していた。

「やっべぇ!!忘れてた!!」


・新国際展示場へ向かうリニア

(ギリギリ間に合った…………)

 あれから猛ダッシュした藜は、ギリギリのところでリニアに乗ることができた。(駆け込み乗車は他の乗客の迷惑になるので、絶対やめるように)

 朝早くに起き、さらに猛ダッシュしたので、眠気を感じてくる。藜は偶然空いていた座席に座る。

(着くのも遅いだろうし……少しだけ仮眠しようかな……)

 そう考えながら、藜はそっと瞼を閉じた。


 今から数年前…………

 当時中学生であった藜は、約二時間に及ぶ部活動を終え家路についていた。その日はここ数日の中でもかなり気温が暑い日であり、藜は疲弊しきっていた。

「高校生でもないのになんであんなハードなメニュー組むかなぁ……」

 藜が入っている部活は県大会で優勝するのは当たり前のような部活。なので、元々激しい運動に向いていない体の藜はいつもかなりの無茶をしていた。

「明日から数日は部活も休みだし、家に帰ったら思いっきり羽伸ばすかな……」

 家に帰って羽を伸ばしたい気持ちもあるが、藜には三歳年下の妹、桜がいる。まだ小学生で家に一人で留守番させるのが心配である気持ちの方が大きい。早く家に帰るため、藜は足を早めたその時、

「ん?」

 あるものが、藜の目に留まる。

 土手の上に立つ藜の目線の先で、一人の少年が川辺で遊んでいた。見た感じ小学生低学年の子である。いつもなら家に帰ることを優先させるが、藜はなぜかその少年に目が釘付けになった。足を止め、道の端に腰を掛ける。少年は石蹴りや見つけたバッタと遊んだりしていた。見ていると、小学生の頃によく友達とあんなふうにあそんでいたことを思い出す。

(そういえば最近会ってないなぁ。今度久々に家で遊ぼうかな?新しいゲーム機も奮発して買ったし……)

 などと考えていると、少年が川に入り始めた。

 ここの川は自然が豊かで、真ん中の方へ行けば小魚が捕まえられる。

(俺も昔はああやって魚獲りしたっけ……初めて入った時は思ったより深くて溺れかけたこともあったなぁ)

「ん?」

 ここで藜の頭に良からぬ想像がよぎる。

「ま、まさか……」


 藜は川を見る。川辺には少年の姿は無かった。そして、藜は恐る恐る視線を川の中央に向ける。すると……

「うっぷ……た、助けて!!がぼっ……」

「やっぱり!?っていうか早く助けねぇと!!」

 急いで土手の上から川辺に降りる。途中で盛大に転んだが今はそんなことを気にしている場合では無い。持っていた荷物を投げて、川に飛び込む。中学生ともなれば着衣泳もできる。藜は徐々に少年に近づき、距離がある程度狭まったところで手の差し伸べた。

「ほ、ほら!掴まって!!」

 藜が叫ぶと少年は気づき、藜に体全体で掴まってくる。腕に絡みついてくると思っていたため、上半身をいきなり掴まれた藜はバランスを崩す。体勢を立て直そうと試みるが、自分の体に重りがついているようなものである。そう簡単には立て直せない。

(や、ヤバイ!!体が沈んでいく!!)

 必死にもがくが、首から先しか水面から出ない。このままでは二人まとめて川に沈んでしまう。藜は残った思考力を全て使い、この状況を脱する方法を模索する。

 そして藜がとった行動は……

(お願いだっ!!誰か伝わってくれ!!)

 藜は精一杯手を上にあげた。このままもがいても助からない。ならば、誰かにこの状況を知ってもらい、助けれもらう。とは言っても声が出せない。この状況下で藜が導き出した最善の行動であった。

 少年を水面下に行かせないように体を精一杯持ち上げ、足を動かし体を限界まで上げる。

 藜の手が水面に下がっていくのと同時に、徐々に藜の意識が遠のいていった…………


「う、うーん……」

 体が暗闇から上がってくるような感じがする。意識を失っていたようだ。光が眩しく、瞼を開けるのに少し苦戦する。

「お?起きたか!?」

「ん?だ、誰?……」

 瞼を開けると目の前に初老の男性の顔が目に入る。

(この人どこかで会ったような……じゃなくて!!)

 藜は重要なことを思い出す。

「あの……ここに小学生くらいの……子がいませんでしたか?」

「あ?それって勝のことか?」

「ま…さる?」

「ああ。俺の甥っ子だ。さっきお前が助けてくれたんだろ?」

 どうやらさっき助けたのは、この男性の甥らしい。

「その……勝くんはどうなったんです?」

「勝なら風邪引いちまうから先に家に帰らせたぞ」

「そうですか……すみません。俺がいたのに結局助けられなくて……」

「いや、お前がいたから勝は助かったんだぞ」

「それは、俺の手が見えたからですか?」

 徐々に普通に会話ができるようになってくる。そしてどうやら、藜の最後の行動は無駄ではなかったらしい。

「勝のことを迎えにいったら勝がいなくて、川の方を見たら変なのが光っているもんだからなぁ……」

「変なの?」

 藜は疑問に思う。変なのとは一体なんだろう。藜はただひたすらに手を上げていただけなので、水上で何が起こっていたかは、全く記憶に無い。

「お前、何か時計でもつけてたのか?」

「いえ……そんな物は一つも……」

 戦後まだ間もない頃のため、腕時計のような精密機械はまだ高級品の一つである。まぁ、それも数年後には三桁台で買えるようになるのだが……

「まぁ……なんだ。勝のことを助けてくれたんだ。礼を言う、ありがとう」

「いえいえ、結局助けられたのは俺の方ですし……」

「いいや。俺がきちんと見ていなかったのがわるかったんだ」

「そういえば、あなたは何をしていたんです?」

「え!?いや……えっと、それは……たばこを買いに行っていてな……」

「あーー……」

 なんだか反応に困るやつであった。その後、藜は男性に礼を告げてすぐに家に帰った。


「ただいま……」

 玄関の引き戸を開ける。奥の方から桜が出てくる。

「おかえりー……って、どうしたの!!?」

 桜は全身ずぶ濡れの藜を見るなり、目を丸くする。

「えっと〜……土手のところで足を滑らせて……」

「あそこって落ちる要素ある!?」

「いや〜運が無かったっていうことで……」

「まぁそれよりも、早くお風呂沸かすから、このタオルで拭いといて!!」

「ご、ごめん……」

 本当は川で溺れた子どもを助けたなんて言えない。この出来事は、男性との間で無かったことにすることになった。藜の妹と男性の弟が心配症で、面倒事にしたくないという意味で利害が一致したからである。

「ほらお風呂沸いたから、早く入って!!」

「あ、うん……分かった」


 服を脱いで湯船に浸かった藜は、少し思い出してみる。あの男性が言っていた光っていたものとは、一体何だったのだろう。何度考えても思い当たりが無い。付着いた水滴が太陽の光を反射した、というのも考えられなくも無いが、やはり少しだけ無理がある。

 しばらく考えてから、一旦体でも洗おうと思い湯船を出た。そしてふと左手に目を落とすと、ある物に気づく。

「なんだこれ……痣?」

 左手の甲に、薄っすらと赤い跡が残っていた。端から見ればただの痣のように見えるが、藜にとっては全く思い当たりの無い傷、という恐ろしいものである。

「あ、消えていく……」

 その傷は徐々に消えていっている。もう少し調べたいという気持ちがあったが、このまま一生残っても困るため、藜はそのまま消えるのを最後まで眺めた。

 体を洗い終わり、湯船に浸かった。今までにこんなことは一度も無かった。ということは、最近の出来事に関係しているのだろう。最近の驚いた出来事といえば、藜が高校に進んだら桜がこの家で一人暮らしをする、と言ったことである。

「あれは確かに驚いたけど……」

 おそらく違うだろう。その驚きとはまた別の感情が関係しているような気がする。

「……あれ、全然思い当たりが無い……」

 最近になって、大きな出来事が全く起きたことが全く無いことに気づく。ともなると、人生レベルで起きたことを思い出さなければならない。そうなると……

「ああ……あれか……」

 藜はある出来事を思い出す。あれは藜にとって人生で一番悲惨な出来事であった。

「こんなところで思い出すなんてなぁ……」

 最近になってやっと立ち直ってきたというのに、なんだか気分を悪くしてしまった。

「はぁ……上がるか……」

 そう思い風呂から上がったところで、藜の視界がぼやけはじめる。どうやら長く風呂に入っていたため、のぼせてしまったらしい。そのままバランスを崩し、目の前に床のタイルが近づいてきた所で視界が真っ暗になった。


「ん…………んあ…………」

 意識が覚醒する。瞼を開けると、電車の車内が見えてくる。いや、電車じゃなくてリニアか。

(寝てたのか…………)

 車内のパネルには、後数分で新国際展示場駅に着くと表示されている。車内はおそらく藜と同じ目的の人が、たくさんいた。藜は近くの人に席を譲り、扉の近くに立った。

(なんか……嫌な記憶思い出しちったなぁ……)

<まもなく新国際展示場、新国際展示場。お出口は右側です>

(まぁ、直に忘れるだろ……)


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