四人の同士と壁の内側

雨水

四人の同士と壁の内側

        

 登場人物

綾瀬ちさと

大川ふゆ

橋元架流

宮野巴


中央に四人が倒れている

巴以外それぞれゆっくりと起き上がり始める


ふゆ:うう…頭いた…

ちさ:ちょっと…どこよここ!真っ暗で何も見えないじゃない!ちょっとだれか!懐中電灯とか持ってないの!?

ふゆ:えっ…すみません、持ってない、です

ちさ:明かりもないままこんなとこにいろっての!?

架流:誰だか知らないけど少し落ち着きなよ。スマホはつかないの?

ちさ:そんなのとっくに試したわよ!

架流:そっかあ、でも真っ暗と言っても互いの姿は見えるくらいだろう?案外すぐそこが出口だったりするかもしれないよ?

ふゆ:…出口?

架流:僕らがここにいるってことは入口があって、入口があるなら出口もあるだろう、きっと。

ちさ:出口があるならなんだって言うの?

ふゆ:えっと、歩いていけば出口にたどり着くかもしれない…ってことですよね?

架流:それは名案だ!君は賢いね!

ふゆ:ええ…

ちさ:こいつアホね

架流:ああでもその前にこの人を起こさないと

ちさ:この人?うわっなんか芋虫みたいなのいる!

架流:随分とユニークなポーズだね

ふゆ:というか、これだけ騒いでても起きないってし、死んでるんじゃ…!

架流:それは大変だ。おーい大丈夫かい?

 巴:う~ん…

架流:息はあるみたいだね

 巴:ぐー…ぐー…

ちさ:まだ起きないの!?というかそんな典型的な寝息あるわけ無いでしょ!

 巴:すぴーすぴりゃりゃりゃ…

ちさ:個性的にしろって言ってるんじゃないわよ!

ふゆ:まあまあ…

ちさ:は?

ふゆ:すみません…

架流:まあコントを続けてもいいけど、彼女を起こさないとこの暗闇からの脱出が遠くなるね

ちさ:もういいわよ私だけでもここから出てやる!

ふゆ:えっ待っ…


ちさと歩き出すが見えない壁(客席の囲み)に額をぶつけて派手に後ろに転ぶ


ちさ:いっっっっったーーーー!!


ちさと額をおさえてもんどりうつ

巴ちさとの声にびっくりして跳ね起きる


架流:どうやらここは思ったより狭かったようだね。あ、おはよう

 巴:おはようございます~あれ、どなたでしたっけ?

架流:初対面だから気にしなくていいよ。それにしても君よく寝るねえ

 巴:あ、はいー一回寝ると八時間は起きられなくて~

ふゆ:健康的ですね…

 巴:あれ、あなたはどちらさまでしたっけ?

ふゆ:あ、えっと大川ふゆ、です

 巴:ふゆちゃんですねー、私は宮野巴といいます。よろしくおねがいしまーす

架流:そういえば自己紹介してなかったね。おーいそこでうずくまってる死にかけの芋虫さんも自己紹介しない?

ちさ:誰が死にかけの芋虫よ!?

 巴:わあ芋虫さんが喋りました

ちさ:馬鹿にしてんの!?

ふゆ:お、落ち着いてください芋虫さ、あ。

ちさ:芋虫じゃねえっつってんでしょ!?

ふゆ:すみませんお名前知らないからつい…!

架流:いいんじゃないかな、名乗る気なさそうだし芋虫さんで

ちさ:殺す

 巴:えっと、ふゆちゃん芋虫さん、あと…

ちさ:芋虫じゃない!綾瀬ちさと!

 巴:ちさとさんですかー人間さんだったんですねー

ちさ:なんで初対面でこんなに虫扱いされなきゃなんないのよ!?私何かした!?何もしてないわよ!


ちさとの渾身の叫びで一瞬静まる


 巴:ところであなたはどちらさまでしたっけ?

架流:あ、僕?そういえば名乗ってなかっ

ちさ:無視すんな!

架流:…ったな。橋元架流です。あ、はしもとのもとはほんじゃなくて元気の元ね。よろしく。

ふゆ:言い切った…

 巴:じゃあふゆちゃんちさとさん橋元さんですね!あ、私は

ちさ:さっき聞いた

 巴:宮野巴ですー

ちさ:完全無視!?

ふゆ:お、落ち着いて

ちさ:落ち着いてられるか!こんな狭くて暗いとこに見ず知らずの他人と閉じ込められてんのよ!?しかも男いるし!こころなしか舐め回すような視線を感じるし…。こんな状況で落ち着いていられるってんなら正気を疑うわよ!

 巴:そういえばここってどこなんでしょうね?狭いようには見えないんですけど…

架流:さっき彼女がこの先に歩いていこうとして、すぐ何かにぶつかって漫画のように転んだんだよ

ふゆ:そういえば宮野さん、寝てましたもんね

 巴:そうなんですよ~えーっとすぐそこに壁があるんですよね?


   巴いきなりダッシュして壁に激突する


架流:わあ


ふゆとちさと呆気にとられる


ふゆ:えっ

 巴:いっっっっっだーーーーい!!


ちさ:ちょっと何してんの!?

 巴:こんな近くにあると思ってなくて~…

ちさ:だからっていきなり走り出すやつがあるか!

ふゆ:大丈夫ですか?

 巴:だいじょーぶ~

ちさ:あんな勢いよく飛び出してその程度!?あの壁めっちゃ硬いのに

架流:経験者は言葉の重みが違うねえ

ちさ:死ね

架流:だんだん雑になってきたね。しかしこんなに壁が近いなら探れば案外すぐに扉なんかも見つかるかも…

 巴:ああ…じゃあ右手ついて壁伝いに歩いてみます?

ふゆ:迷路を攻略するときの定石ですね!そんなにパッと考えが浮かんでくるなんてすごい…

 巴:実はこう見えてミステリー好きなんですよね~

ちさ:嘘ね

 巴:ひどい!うそじゃないですー推しは綾辻行人先生ですし!

ちさ:誰それ

ふゆ:私も知らないです…

 巴:嘘!?知らない!?人生の半分損してる!

ちさ:そんなもんで人生の半分失ってたまるか

架流:綾辻行人の作品面白いよね。僕もたまに読むよ

 巴:おお~何が好きですか!?やっぱりデビュー作の「十角館の殺人」とか?

架流:いや適当に本屋で買った「人形館の殺人」しか読めてなくてね

 巴:なぜシリーズ四作目から!?いいですかまずは十角館をおさえてください話はそれからです

ふゆ:なんか、雰囲気変わりましたね宮野さん…

ちさ:ちょっと怖…

架流:わかったわかった読んでおくよ。でもその前にここからでなくちゃ何もできないよ?

 巴:はっ確かに…!

ちさ:じゃあさっきいってた右手ついて歩くの、やってみる?

ふゆ:そ、そうでしたねたしかそんな話を

架流:じゃあ一旦…ここの壁に集まろうか。おーいここだよ

ちさ:そんなに呼ばなくても狭いんだから聞こえてるわよ


   壁際架流のもとに全員集まる


架流:あ、そうだ


   架流ポケットからハンカチを取り出して床におく


ちさ:何してんの?

架流:目印だよ。もし出口がなかったら同じ場所を延々と回り続けることになるかもしれないし

ふゆ:な、なるほど

 巴:すごーい頭いい~高校生っぽいのに私よりずっと頭良さそう

ちさ:…そういえば制服着てんのねあんた

架流:今更?

ちさ:暗くて見えなかっただけだっつの。ほんと腹立つわね

架流:わざとだよ。ところでおばさんは?


誰も反応せずに沈黙


架流:ねえおばさん

ちさ:もしかしてそれって私に言ってる?

架流:他に誰がいるのさ


ちさと左右のふゆと巴を見る


ちさ:確かにこの場にいる女で最年長は私でしょうけど…私はまだ二十代じゃーー!おばさん言われる筋合いはなああああああいっっ!

架流:ふっ…

ちさ:笑ってんじゃねえぞクソガキ

ふゆ:ち、ちさとさんっ

巴:女性にあるまじき声が聞こえますね…

ちさ:ああん?しまいには女じゃないと来たか!?上等だ表出ろお前ら!

ふゆ:ひいいいっ

架流:はいはい。表出るにも出口を探さないといけなから、ちゃっちゃと探索しようか

ふゆ:ちさとさんが起こった原因作ったの橋元さんじゃあ…

架流:アーユーレディー?

ちさ:先頭はあんたよ異論は認めない

架流:いいよ、じゃ、壁沿いに一列になってー


   先頭から架流、巴、ふゆ、ちさとの順に並ぶ


 巴:電車ごっこみたいですねえ

ちさ:うわ想像すると絶妙にダサい

ふゆ:全員高校生以上っぽいですしね…

架流:レッツ進行―!


   四人の電車(仮)が壁伝い(客席沿い)に歩き始める


ちさ:…「レッツ進行」って英語なのか日本語なのか中途半端ね

 巴:多分突っ込んじゃだめなんだと思いますよー


回る

   ふゆが壁の少し上の方を触る


ふゆ:あ、この壁円形なんですね

架流:え?


   架流立ち止まってふゆのように上の方を触る


ちさ:ちょっと、急に止まらないでよ!

架流:…ほんとだ、まずいな…

 巴:何がですか?

架流:曲がってる壁に普通のドアなんてついてる?

ちさ:ないわけじゃないでしょ

架流:確かになくはないけど、高確率で自動ドアとかだろうそれ。それじゃ壊すのはかなり難しい…

ふゆ:こ、壊すんですか?

ちさ:普通に考えて閉じ込めるなら鍵はかけてあるでしょ。

ふゆ:あ、そっか

架流:取り敢えず、進もう


無言で歩くのを再開する


ちさ:今更だけど誰も明かりは持ってないわけ

架流:あったら使ってるよ

 巴:あ、私ありますよ、光るボールペーン

三人:…

 巴:これがどうしました?

ちさ:それを…

 巴:え?

ちさ:それをっっっ早く言えーーー!

ふゆ:痛っ手がっ手が食い込んでますちさとさん!いたたたっ!

ちさ:なんっで光るものがいるって発想に至らないのよ!?少し考えればわかるでしょ!

 巴:でもこれかなり光弱いし…

ちさ:いいから先頭に回す!

 巴:はあ~い

架流:さすがにぼくもびっくりしたけど…ありがとう。…あ

ちさ:何よ、何か見つけたの?

架流:ハンカチ。

ちさ:え?

架流:僕のハンカチだ

 巴:ってことは

ふゆ:一周した…?

架流:みたいだね

ちさ:それ、って

架流:成果なし。出口は存在しない

ふゆ:そんな…

ちさ:っ!

ふゆ:ちさとさん!?


   ちさと壁を殴り始める


架流:やめたほうがいい、そんなことしても、きっと…

ふゆ:そうですよ!こんな硬い壁殴ったって、むしろちさとさんのほうが傷を…!

ちさ:じゃあこのまま大人しくしてろっての!?冗談じゃないわ!あんたたち怖くないの!?こんな得体のしれない場所で!ここで死んだって気づいてもらえないのよ!?

架流:そんな極端な

ちさ:あんたたちだって赤の他人でしょ!そんな奴らを信用できるほどお人好しじゃない。だいたいおかしいのよ、そんな悠長にしていられるなんて、そうよあんたたちも共犯なんでしょグルになって私を閉じ込めt

ふゆ:ちさとさん!

ちさ:…何よ

ふゆ:ちさとさん、私には、友達がいません

ちさ:だからなんだって

ふゆ:最後まで聞いてください。…私には友達がいません。本当に一人も、鼠一匹、ゴキブリ一匹さえいません

架流:悲惨だ…

 巴:しっ

ふゆ:そんな私が、人と話すと思いますか?

ちさ:思わない

ふゆ:ですよね。実際に親と先生以外とはほとんどはなしません。そんな私が、久しぶりにまともに会話した先生以外の他人、それが皆さんです。

ちさ:だからそれがなんだって

ふゆ:嬉しかったんです。

ちさ:は?

ふゆ:楽しかったんです。たしかにこの状況は怖いけど、それ以上に。嬉しくて楽しくて…友達になりたいって思えたんです。だから、それだけは…私達が敵だなんて言うのだけは、しないでください。私の、結べそうな絆を、切らないでください。お願いします

ちさ:…もういいわよ

ふゆ:…

ちさ:あーあーそんな顔しない!

架流:暗くて顔なんて見えないけどね?

ちさ:うっさい見なくてもわかるわよ!…ふゆ、ごめん

ふゆ:い、いえ

ちさ:橋元と巴もごめん。ちょっとまともじゃなかった

 巴:大丈夫―手は平気ですか?

ちさ:うん。ふゆ、その…いいんじゃない、友達って言い切っても

ふゆ:へ

ちさ:二人もいいでしょ

架流:まあいいんじゃないかな

 巴:ぜーんぜんいいですよー

ちさ:よし。ふゆ、今この瞬間から私達は友達だから!「友だちになりかけの人たち」なんて言うんじゃないわよ!

ふゆ:うん…うん!


   ふゆがピシという音を聞く



ふゆ:なんだろう?

架流:何が?

ふゆ:さっきからピシ、とかパキラパラみたいな音が…

ちさ:変な擬音流行ってんの?というかなんにも聞こえないけど

ふゆ:え、でもどんどん大きく…


ふゆとちさとの目にだけ割れた壁とその間から入る光が見える


ふゆ:で、出口!外に出られますよ皆さん!

ちさ:信じられない…ほんとに出口が…

架流:ちょっと待って、何を言って


ふゆがちさとの手を引いて光の方に向かい、二人は外に出る(はける)が続いた巴は壁に激突する


 巴:いっったあああ…

架流:どういうことなんだ?二人だけ壁の向こうに消えた?

 巴:二人には出口が見えてたみたいですけどねえ…ったあ…

架流:でも僕たちには壁はなにもかわらずそこにあるように見えるし、もちろん出口なんてものもない

 巴:普通に激突しましたし

架流:立ち往生していても仕方がない。取り敢えず整理しよう

 巴:持ち物のですか?あのボールペン以外持ってませんよ

架流:その整理だけどそうじゃないよ、情報の整理をするんだ。彼女たちは何がきっかけで出口を認識できたのかを。

 巴:えー何も変わったところはなかったですけど…強いて言うならふゆちゃんと私達が友だちになった…?でもそれなら私達も影響あるはずですよね~

架流:そうだねえ、それなら、共通点を探してみようか

 巴:共通点?

架流:これは曲がりなりにも誘拐だろう?そう認識していいはずだ

 巴:そういえばそうですねえ。すり抜ける壁っていう謎技術のせいでただの誘拐って言うとしっくりきませんけど

架流:少なくともなにか目的なり共通点なりがあるはずなんだ。こういうのはもうちょっと早く検討するべきだったんだけどね。

 巴:二人になっちゃったので難易度が一段上がっちゃいましたねー

架流:まあしないよりましだろう。僕の特徴を言っていくから自分にも当てはまったら言ってくれ

 巴:はーい

架流:男

 巴:当てはまると思ったの?

架流:冗談だよ

 巴:じゃなかったらびっくりですよ

架流:高校生

 巴:いいえ

架流:辛党

 巴:甘党です!

架流:親が共働き

 巴:はーい

架流:貧乏

 巴:普通かなあ

架流:友達が少ない

 巴:いる方ですよ

架流:スマホ依存気味

 巴:頷かざるを得ないですねえ

架流:思ったより共通点がないな…どうしたものか

 巴:…実はですね、これじゃないかなーってのがあるんですよ。

架流:へえ意外だな

 巴:これでも大学生ですし、結構いろいろ考えてるんですよー

架流:そうじゃなくて、自分からそういうことを口にすることが

 巴:口にする?何か食べ物ありましたっけ?

架流:…

 巴:…こういうところですよね。私ね、この壁って、壁じゃないんだと思うの。

架流:じゃあ何だと?

 巴:殻。シェルターっていいかえてもいいかも。私達を守ってくれるもの。

架流:シェルター?それなら先に出ていった二人は自分たちを守ってくれるものを自分から壊していったということにならないか

 巴:そう、でも鳥の雛だって卵を割って出てくるじゃない、生きるために。あの二人は、シェルターが必要なくなったのよ

架流:心のシェルターというわけか。

 巴:そう。ふゆちゃんは人と関わらないこと、ちさとさんは攻撃性が、それぞれのシェルターだったんだと思う

架流:君のは?

 巴:私のは…嘘

架流:嘘

 巴:そう嘘。性格も雰囲気も好きなものも嫌いなものも。全部嘘をつくことで守ってきた。…もうどれが嘘じゃないのかも曖昧

架流:それにしては、あのときは本当に楽しそうだったよ

 巴:…どの時?

架流:小説の話のとき

 巴:あ。そっか、そうだったんだ…私にもあった、ちゃんと本当が

架流:どうして僕にその話を?

 巴:私の場合、殻を破るって嘘をつくのをやめるってことでしょ。だから。正解だったみたいで、もう私には出口が見えてる。…橋元くんは?見えそう?

架流:いいや、相変わらずの暗闇だ

 巴:そっか。私、まだ残っていようか

架流:いや、出てくれて構わないよ。解決策が分かったなら自力でどうにかする

 巴:分かった。…じゃあね

架流:ああ


   巴外に出る(はける)


架流:さて…さっきの彼女の言うとおりなら僕は一生ここから出られないな。僕のシェルターと呼べるものは、「適度な距離感」と呼べるものだろうし。最後まで彼女たちの名前すら一度も呼べなかった自分には到底…はは、独り言が多くなったな、僕。


外から架流のことを呼ぶ声が聞こえる


ふゆ:橋元さーん!

ちさ:いつまでかかってんの!さっさと出てきなさい!

ふゆ:頑張ってくださーい!

 巴:大丈夫、シェルターがなくたって、生きていけるわよ!


架流ふらふらと声が聞こえる方に歩いていく


架流:なんだ、僕の殻は、とっくに破れてたのか


架流外に出る



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四人の同士と壁の内側 雨水 @amamizu415

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