探して日本 序章〜果したしかな〜<前編>

名鳥 佑飛

本編

 幼い頃、アメリカ人の父と日本人の母を亡くした大学生・ネフタリ ジェームズ(22)は、日本を訪れた。昨日は、一緒に来ていたゼミの教授・ジーター(38)と北陸で寿司を堪能し、京都の旅館に泊まった。日を改めた今は、清水の舞台から景色を眺めていた。美しく咲き誇った紅葉を見ているジェームズの横に、一緒に来ていたジーターが話しかけてきた。

「どうだ日本は?退屈か?」

「そ、そんなことないですよ、昨日の寿司も美味しかったですし、来れて嬉しいです」

 楽しそうに答えるジェームズに、ジーターは安堵の表情を浮かべて答えた。

「それは良かった」

 ジェームズは、数秒景色を眺めた後、あることを伝えようと、ジーターの方に体を向けた。

「ジーター教授」

「なんだ?」

「俺…」

 ジェームズが、ジーターに何かを話そうとしているとき、清水の舞台を走り回っていた小さな女の子がジェームズにぶつかった。年齢は8歳から10歳くらいだろうか。後ろから来た母親らしき人は、その小さな女の子に向かって叱った。

「こら雅(みやび)!走り回るんじゃない!」

「キャハハハ!」

 ジェームズは、楽しそうに走り回る女の子を見ていたが、我に返り、ジーターへ話すことを思い出した。

「ジーター教授、俺…日本で先生になりたいです!」

「…なんだって?」

 思い掛けない提案に、ジーターは驚いていた。

 ジェームズは目線をジーターから清水の舞台から見える景色を移した。

「この旅で日本にはたくさんの魅力があることを知りました。俺もジーター教授みたいに、このことを伝えたいと思いました」

 ジェームズとジーターは、清水寺に来る前、日本の名所を巡っていた。その経験がジェームズの先生になりたい気持ちを増幅させたのだろう。

「…そっか、ってことはアメリカの会社には行かず、日本で仕事をするってことだな?」

「…はい」

「…面白いじゃないか!何でもやってみろ、私から日本にいる友人に話しておこう」

「ありがとうございます」

「日本は素晴らしい国だろ、私も出来れば帰りたくないな。こうした魅力を伝えてくれる後継者が現れるとは嬉しいな。頑張れよ」

「そんな後継者なんて」

 ジェームズとジーターが話しているところに、誰かがやって来た。先程の小さな女の子である。

「おにぃさん、ごめんなさい」

 雅と呼ばれていた女の子は、軽くお辞儀をして、母親と手をつなぎ、去っていった。アメリカでは受けたことのないおもてなしに、ジェームズは感動していた。

「あぁいった風習を私たちも見習うべきだな、さて、帰るとするか」

「はい」

「アメリカに帰ったら、早速準備開始だ!」

 こうして、ジェームズとジーターは清水の舞台を後にした。


 後に、ジーター教授の勧めで、日本での教員免許を取得したジェームズは、ジーター教授と縁のあった松井教授の助手として大学教授を目指していた。この日は、松井教授との会議である。いつも彼が先導者となり、話を進めていく。

「来週も学会がある関係で、講義を頼む」

「はい」

「じゃあ会議は以上、あとは宜しく」

「分かりました」

 松井が会議室から出て行き、残っているジェームズの元に、松井と同じ大学教授の鈴木が入ってきた。年齢は50歳くらいのベテラン教授である。ポケットに手を突っ込み、偉そうな態度が話す嫌なスタイルである。

「おー、ジェームズくん、相変わらず下手くそな日本語で先生やってんの?」

「…」

「挨拶くらいしたらどうなんだ?日本では上の人に頭を下げること、これ常識だから」

「すみません」

「…にしてもさ、君、助手になって3年でしょ、いつまでやってんの?論文とか書いてさ、早く教授になれよ。それか、あれか?ジーターのコネで入ったからぬるま湯に浸かっていればいいと思ってるんだろ。舐めんなよ」

「…」

 鈴木は、会議室から去っていった。ジェームズは、鈴木教授からパワハラを受けていた。


 ジェームズは、松井教授からの計らいで1つ講義を受け持っていた。英語を教える講義である。しかし、講義を受ける生徒は、全くやる気が起きず、ジェームズは悩んでいた。注意するにも日本語がまだ乏しいジェームズは何も言えず、我慢を続けていた。ある日、日本語がおぼつかないジェームズに対して、笑う生徒が現れた。花田と竹内という生徒である。やがて、講義室の生徒全員へと伝染していき、ジェームズの講義はいつしか笑いが溢れる講義となった。真面目に講義をしているのに、笑われていることに嫌気が差したジェームズは、松井に相談する。

「私は許せませんよ、あいつら全員単位を無しにしようかな」

「それはダメだよ、英語は必須単位なんだから君が無しになんてしたら、卒業出来なくなるんだよ」

「でも…」

「君はしつこいな、助手の分際なんだから大人しく講義をしていれば良いんだ、私も考えることがあって、それどころじゃないんだ。理解してくれ」

「…すみません」

「君、少しは日本語を勉強したらどうなんだ?日本のことを伝えるためにここにいるんだろ?日本語が話せないでどうする…」

 ジェームズは、肩を落としていた。


 そんな毎日が続いたある日、ジェームズがいつも通り大学に行くと、鈴木教授から話し掛けられた。

「ジェームズくん、松井教授知らないか?」

「えっ、知らないです」

「おかしいな、朝から見ていないんだ」

 松井教授は、どこかへ失踪してしまった。教授たちが松井教授を探しに行くも、見つからない。ジェームズが捜索から帰ると、女性教授が鈴木教授と話していた。緊張感のある顔で女性教授が発した。

「大学にはいないです…」

「困ったな、もう探す場所はないぞ…」

 鈴木教授も発言通り、困った様子で手で顎を隠しながら考えている。

「なんで松井さん、突然…」

「そりゃ、あんだけストレスを抱えたら逃げたくなるよな」

「えっ、ストレス?」

「うん、ジェームズくんのせいで嫌気が差したのかな?本当にとんでもないよ」

 女性教授と鈴木教授の視線が、ジェームズに向けられていた。ジーターのコネで大学にやって来たジェームズへの風当たりは、日に日に強くなっていた。


 それから松井教授がいなくなったことで、ゼミはジェームズが受け持つことになった。しかし…。

「何言ってんだ、こいつ」

「意味分かる?」

「分からない」

 生徒の花田と竹内は、嫌気を感じていた。

「もう俺たち卒業出来ないよ」

「外国人が論文見るとか終わってるわ」

 どこからか、そんな声が聞こえて始めていた。ジェームズは、生徒たちに馬鹿にされる毎日を送っていた。それは例え目の前に生徒がいなくても聞こえる、まさに幻聴である。


 後日、ジェームズは辞表を手にし、鈴木教授の元へやって来た。目も開けられない程のクマが広がっている。

「辞めさせていただきます」

「ふーん、そうやってすぐ諦めるのか…」

「…」

「お世話になりました、とか、すみませんでした、とか無いのかね、何を学んだの?君は」

 ジェームズは、自らを雇ってくれた京和大学を去り、アメリカへ帰っていった。日本での夢は破れ、肩を落とし飛行機へ乗り込むのであった。


 ジェームズはアメリカへ帰国後、何もせず、アパートに住み着いていた。ある日、とある人物がジェームズの部屋にやって来る。

「おー!ジェームズくん!帰ってきたなら会いに来てくれよ!」

 部屋にやって来たのは、日本で教授になることを支援してくれたジーター教授だった。

「すみません…」

「謝るなよ、でも帰ってきたと聞いたときは驚いたな、何があった?」

「日本に魅力があるなんて嘘です、実際は頑張っている人を見下したり、笑われたり、辛いことばかりでした」

「松井教授は力になってくれなかったか?」

「突然いなくなりました」

「…そっか…辛かったな…」

「…せっかく教えて頂いたのに、申し訳ありません」

「だから謝るなって、今は仕事は?」

「何もしてないです」

「そうか、なら一緒に働かないか?」

「えっ?」


 ジェームズは、再びジーター教授の勧めで、アメリカの「ロックフォーハイスクール」にアルバイトとして働き始めるのであった。リーマンショックなどで生活に苦しむ者もいながら、ジェームズはジーターのコネということもあり、周りからは冷ややかな目で見られていた。そして、月日は巡り、アルバイトを始めて6年が経とうとしていた。


 ジーター教授が、ロックフォーハイスクールに来るや否やジェームズを教育していたラミレス先生と会議室で会っていた。ラミレスがジーターの顔を見ながら話し始めた。

「お疲れ様です。しばらく見ない内に、少し痩せましたか?」

「…まぁ、最近忙しくてな、で、なんか留学生が来たなんて話をしていたような…」

「あー、そうですよ!日本から着た留学生が優秀でしてね」

「へー、厳しい君が褒めるとは」

 ラミレスは、持っていたファイルから紙を取り出した。

「この生徒なんですよ」

「Miyabi Wada、ふーん」

「ただ、今月には日本に帰ってしまうんですよ、タイムズ大学を薦めたんですけど、難しいですね」

「確かにタイムズ大学はエリートが集まる場所だ。でも、タイムズ大学に行くことが全てじゃないからな。良いんじゃないか、きっと日本でも活躍するような気がするね」

「私もそう思います、でも…、はぁ…」

「どうした?」

「今日お呼びした本題なんですが、ジェームズの教育係を辞めさせてもらえませんか?」

「…何故だ?」

「彼が私に付いてから6年が経とうとしていますが、彼は全く成長する感じがしません」

「そうか」

「ジェームズを連れて来たのは、あなたですよね?なんとかしてもらいたいです」

「…分かった、じゃあ教育係は止めにしよう、その代わりにジェームズくんにはクラスを担当してもらおうかな」

「クラス?あいつには無理ですよ」

「ラミレスくん、なぜそういうことが言えるんだ?始めから諦めていたら何も出来ないんだぞ」

「…ジーター教授、なぜジェームズをそこまで溺愛するんですか?私には理解出来ません」

「その質問はよくされるよ、でもいずれ分かることだからね、まぁゆっくり待っていてくれ」

 ラミレスは不満そうな顔をしながら、会議室を出ていった。


 一方、職員室にいるジェームズは、パソコンを前に仕事をしていた。

「見てくれよ!これ」

 授業を終えたエルナンデスが、同僚のマクレーンに話し始めた。マクレーンはエルナンデスから渡された紙を見て、笑顔を浮かべた。

「うわ!凄いですね、ジャパニーズマンガですか?」

「雅ちゃんが描いてくれたんだよ」

 職員室では、日本から来た留学生・和田雅のことで話題が広がっていた。彼女から漫画を描いてもらったのか、日本文化を楽しんでいた。すると、ジーターとの話を終えたラミレス先生が職員室に入ってきた。

「ジェームズくん」

「はい?」

「会議室にジーター教授が来てるよ、君と話がしたいそうだ」

「ジーター教授が!分かりました!」


 ジェームズは、足早に会議室に向かい、会議室の扉を開ける。

「ジーター教授!」

「おー!ジェームズくん、元気かい?」

「はい!今日はどうされたんですか?」

「…君が頑張っている様子を見ておきたくてね、ちゃんとやってるか?」

「はい!」

「そうか、良いことだ。そんなジェームズくんに嬉しいお知らせだ!」

「なんですか?」

「君に、クラスを持ってもらおうと思っている」

「えっ?本当ですか?」

「あぁ、私から校長に話しておくから楽しみにしておいてくれ」

「ありがとうございます!」


「えっ、なんでジェームズが新しいクラスなんて?」

「おかしいよな」

「コネの分際で、いつまでもここにいられると思うなよ」

 ジェームズがクラスを持ったことによって、職員室は不穏な空気が漂っていた。


 次の日、ジェームズは校長に呼ばれ、担当するクラスへ向かった。移動中、校長は早口でジェームズへ話し掛けた。

「新しいクラスだから、生徒たちも緊張している。頼んだぞ」

「…はい」

「まぁ、落ちこぼれだがな」

 校長は、ジェームズに聞こえないような声で呟いた。

「うん?何か言いましたか?」

「いや、ここだ」

「ありがとうございます」

「頑張ってくれよ」

 校長は、足早にその場から立ち去った。

 久々に受け持つクラス、ジェームズは緊張しながら「Bottom」と書かれた扉を開けるのであった。

 教室に入ると、3人の生徒が座っていた。教壇に立つや否や、ホワイトボードに自分の名前をペンで書いた。

「えー、おはようございます、私の名前はジェームズです。宜しくお願いします」

 緊張しながらなんとか話した。次は3人の生徒が自己紹介を始めた。

「私の名前はアルトゥーべです。ゲームが好きです。宜しくお願いします」

 アルトゥーべは、赤い髪をしていたため、覚えやすいと思った。次の生徒が立ち上がり、自己紹介を始める。

「僕はブライアントです。髪型にはこだわっています。宜しく」

 ブライアントは、自己紹介で話したように、常な髪型を気にしていた。髪色は金色である。机には鏡が置かれ、常にチェック出来るようにしてあった。ブライアントの自己紹介が終わると、最後の3人目が立ち上がり、自己紹介を始めた。

「私はカーショーです。ここで頑張りたいと思います。宜しくお願いします」

 カーショーは、緑色の髪をしていた。この3人の中では一番真面目な印象である。こうして自己紹介は終了した。ジェームズは、この3人と新たな日々を送れる高揚感を抱きながら、最初の授業を始めるのであった。


 ジェームズを見送った校長は、校長室に戻った。

帰ってくるや否や、ラミレス先生が校長室に入ってきた。

「校長!本当にジェームズにクラスを与えたんですね」

「あぁ、それがなんだ?」

「校長まで権力に屈するとは思いませんでした。ショックです」

「ラミレスくん、彼が受け持つクラスを知ってるかい?」

「えっ?」

「Bottomクラス、その名の通り底辺のクラスだ、普通の授業にはついていけなくなった生徒が集まっている。これで懲りるだろう」

「…なるほど〜」

「ラミレスくん、君の頑張りは分かっているよ、ジェームズはきっとこれで終わりだ」

 ラミレスは、不適な笑みを浮かべていた。


 ジェームズがBottomクラスを受け持ち、1週間が経った。この日は、先日行ったテストの返却日である。全員が100点満点中0-10点以下であった。3人は慣れているのか、悔しい素振りを見せなかった。

「えー、この問題は」

 ジェームズがテストの解説をしている最中、3人を見たジェームズは、話を聞いているのがカーショーだけだと気付いた。それでも解説を続けた。

「次の問題、黄金の国ジパングとはどこか?これも全員が出来てませんでしたね、正解は日本です」

 解説を続けるジェームズは、3人の集中力が限界に達していることに気付いた。そして、小話を始めた。

「先生は、数年前、日本にいたことがあってね、とても良い場所だったなと思っているよ」

「日本にいたことがあるって本当ですか?」

「…あ、あぁ」

 ジェームズは、思わぬ反応に驚いていた。アルトゥーべが続けた。

「前に、僕はテレビで、ジャパニーズスシが取り上げられている番組を観たんだよ、とても美味しそうだった。先生は食べたことある?」

「あるよ、とても美味しかった」

「良いな〜」

「日本には綺麗な場所が多くてね、私は秋に行ったんだが、紅葉が綺麗だったよ」

「紅葉?なんだいそれは?」

「秋になると、緑の葉が色付いて赤やオレンジ、黄色に変わるんだよ」

「へー、まるで僕たちの髪色みたいだね」

 クラスにいた4人は、笑っていた。

「僕、日本に行ってみたいよ!」

 カーショーが目を輝かせて、ジェームズに訴えていた。これまで生徒には馬鹿にされた経験しかなかったジェームズにとって、これほど嬉しいことはなかった。

「じゃあ、皆で留学出来るように頑張ろう!」

 ジェームズは勇気付けたつもりだった。しかし、ブライアントとカーショーが下を向き、ボソボソと話し始めた。

「でも、僕たちの成績だと行けないかな?」

「頭が良くないと行けないんだよね」

 ジェームズは、この言葉に3人を日本に連れていきたいと思った。

「よし!先生が話してみよう、私も日本に行ったとき、連れていってもらった教授がいてね、頼んでみるよ」

「先生」

 カーショーが話し始めた。

「どうした?」

「僕、有名な大学に行って日本に行きたい!今は、行っても言葉が分からないから、もっと勉強したいんだ、お願い!」

「僕も」

「僕もだよ」

 アルトゥーべ、ブライアントが、カーショーに続いた。

「皆、よし!頑張ろう!」

 こうして、3人の日本を目指した勉強漬けの日々が始まるのであった。


 授業を終えたジェームズは、校長と話していた。「3人がタイムズ大学を目指す?正気か?」

「はい!」

「本気かい?」

「えぇ、なので新しい教科書を」

「そんな予算、あるわけないだろ、自分で頑張ってくれ」

「…分かりました、自分で何とかします、失礼します」

 ジェームズが、校長室から出て行った。校長は出て行った後、しばらく扉を見ていた。

「ジェームズくん、意外としぶといな」


 Bottomクラスの生徒が、エリートが集まる大学・タイムズ大学を目指すのは、高校内で噂になっていた。そのほとんどが、後ろ指を指すように馬鹿にしていた。それでも、懸命に猛勉強を重ねるアルトゥーべ、ブライアント、カーショーであった。


 ある日、参考書を持ったカーショーの元に友達がやって来た。元のクラスで仲が良かったダニエルであった。

「おい、カーショー」

「どうした?」

「お前は知らないと思うけど、留学生が帰るんだよ、見送りに行かないか?」

「ごめん、これから図書館に行くから」

「カーショー、無理は良くないからな、自分の学力見直した方が良いぞ」 「うるさいな、早く行けよ」

「お前より英語が出来る日本人を見てた方が良い夢見れそうだ。雅ちゃん見れないことに後悔するんだな」

 ダニエルはそう言い残し、留学生・和田雅の見送りに向かった。和田を知らないカーショーは、図書館へ向かうのであった。


 猛勉強を続けるアルトゥーべ、ブライアント、カーショーの成績は次第に上がっていた。ジェームズもその様子を見て、誇らしく思っていた。

「皆、成績が上がってるな」

「ジェームズくん!」

 普段は誰も来ない場所に、焦った様子でラミレス先生がやって来た。

「ラミレス先生、どうしたんですか?」

「ジーター教授を知らないか?今日、面会の日なのに来なくて、連絡もつかない」

 ジーター教授は、どこかに失踪してしまった。


 冷たい雨が降りしきる中、ジェームズは学校の車を借りて、ジーター教授の豪邸に向かった。着くと、まず携帯を確認した。ジーター教授に何度連絡しても折り返しの連絡はなかった。玄関のチャイムを押すと、ジーター教授のガールフレンド・キャサリンが出迎えてくれた。ジーター教授との関係は分からないが、ジーター教授が信頼していると以前話していたことは覚えていた。

「あら、ジェームズさん、どうしたの?」

「ジーター教授、帰ってませんか?」

「えっ、まだ帰ってないけど…」

「そうですか…」

「あの人がどうかしたの?」

「連絡がつかなくて」

「えっ、今朝もいつも通り出ていったけど」

「分かりました」

「私も探してみます」

「ありがとうございます」

 豪邸に戻り、身支度を整えるキャサリン。ジェームズは車に戻った。その時、携帯に1本の連絡が入った。

「もしもし」

「…ジェームズくんか、連絡をくれたんだね、ありがとう」

「ジーター教授!今どこにいるんですか?」

「私か…ここはウォールフォレストかな…、せっかくだ、君と話しておきたい、待っているからな…」

ジーター教授は、電話を切った。ジェームズは隣にキャサリンを乗せ、車を走らせた。


 ジーターがいるウォールフォレストに着き、車から降りるジェームズは、雨量が先程より増していることに気付いた。キャサリンと森の中へ向かった。手分けをして別の道を行くジェームズだが、辺りに街灯はなく道か分からない通りを進んだ。10分程進むと、森林から夜空が見え始めた。その先にジーター教授が立っていることをジェームズは確認した。断崖絶壁とも言える場所でジーターは真正面を向いていた。そして、物音に気付きジェームズを見る。

「おー、ジェームズくん、よく分かったな」

「ジーター教授!ここで何してるんですか?」

「私にも分からないよ、ただ…私は毎日に疲れてしまった、もう…終わりにしようと思ってな…」

「終わりって…」

「君に会えて嬉しかったよ、君は日本に行って変わった。どうかその魅力を探し続けて欲しい。色々なところを巡って、伝えるんだ。あとは頼んだぞ…」

 ジーターはそう言い残し、崖から飛び降りた。彼は、亡くなってしまった。


 ジーター教授が亡くなって数週間後、ジェームズはロックフォーハイスクールの校長室に呼び出されていた。

「君には今月付けで辞めてもらう」

「分かりました」

 ジーター教授のコネがなくなったことにより、ジェームズはロックフォーハイスクールをクビになった。

 受け持っていたBottomクラスの3人とも別れがやって来た。

ジェームズ「では、さようなら…」

 最後のホームルームを終え、肩を落とし歩いていくジェームズ。その様子をBottomクラスにいた3人は寂しそうに見ていた。


 ロックフォーハイスクールをクビになって数ヶ月後、ジェームズはセントラルパークのベンチに寝そべっていた。近くには、あの3人が目指すタイムズ大学が見えた。辺りは学生街のため、賑やかな声が聞こえた。ここに昼寝をしに来て早1ヶ月。にしてもこの日は、特に賑やかな声が聞こえていた。うるさいくらいであった。それがだんだんと大きくなり、体を起こすと笑顔のアルトゥーべ、ブライアント、カーショーを見つけた。3人もジェームズを見つけ、笑顔でやってきた。

「あー!ジェームズ先生!」

 発見したカーショーに続き、ブライアントが反応する。

「本当だ!」

「お前たち、何してるんだ?」

 ジェームズの問い掛けに、アルトゥーべが笑顔で答えた。

「今日、タイムズ大学の合格発表の日なんだよ、先生、僕たち受かったんだ!タイムズ大学に!」

「おー!本当か!」

 アルトゥーべ、ブライアント、カーショーは、タイムズ大学に合格するのであった。


 3人がタイムズ大学に合格してから数週間後、ジェームズは、ロックフォーハイスクールの校長室に呼び出されていた。

「お久し振りです」

 入ると、校長が笑顔で出迎えた。今まで見たことのない程、笑っていた。

「おー、久し振り、今日は申し訳ないね」

「いえいえ。突然お話しとは?」

「私も連絡するか迷ったんだけど、Bottomクラスの生徒を合格させたことで君への取材がたくさん来ている」

「えっ、本当ですか?」

 ジェームズは、その手腕が認められ、多方面から取材が舞い込んできた。


 連日取材を受けるジェームズ。この日は、日本から来た梅宮という大学教授と対談を予定をしていた。

「こんにちは、君がジェームズくんか、噂には聞いてるよ、さすが校長が絶賛するだけあるな」

「…ありがとうございます」

 対談を終え、梅宮がカバンから封筒を取り出した。

「ジェームズくん、これ、もし良ければ受け取ってくれないか?」

「何ですか?これは」

 ジェームズが封筒を開けると、中から英語で書かれた大学案内の資料が出てきた。場所は、石川県にある鼓門大学であった。

「実は、うちは非常に人材難でな、後継者が必要なんだが、ジェームズくんに是非来てもらいたいと思っている」

「えっ…」

 思わぬオファーに、ジェームズは困惑していた。

「日本に戻ってこないか?久々に」

「…私が日本にいたことをなぜ?」

「ジーター教授から聞いていてな」

 ジェームズは、梅宮からオファーを受け、石川県にある鼓門大学に助手として働くことになった。


 ジェームズは、日本・石川県の小松空港に到着した。すると、オファーしてくれた梅宮教授が迎えに来てくれた。ジェームズは、梅宮の車で鼓門大学に向かった。

「どうだ?久々の日本は?」

「そうですね…」

 後部座席に座ったジェームズは、車内から景色を見ながら答えた。

「まだ来たばっかりだから、分からないか」

「えぇ…」

「まぁ、少しずつ慣れたら良いよ」

「はい」

「大学に行く前に、ちょっと寄るところがあってな」

 梅宮は、ジェームズにそう言い残し、5分程道なりを進むと、寺に到着した。場所は石川県の加賀寺であった。車から降りたジェームズと梅宮は、寺の横に併設された古民家の玄関に向かった。梅宮がインターフォンを押すと、誰かが「はい〜」と迎えにやって来た。その人物は、ジェームズがかつて教えを受けていた松井であった。

「ジェームズくん、久し振り」

「松井教授、なんで…」

「松井くんとは知り合いでな、謝りたいことがあるんだろ?」

 梅宮に促され、松井はジェームズに話し掛けた。

「ジェームズくん、ちょっといいかな?」

 作務衣を着た松井は、ジェームズを自らの車に乗せ、とある場所に向った。その場所は福井県の東尋坊であった。


 東尋坊まで向かう車中では、ジェームズがアメリカで過ごした日々を巡っていた。ジーター教授が亡くなったことは、松井の耳にも入っていた。互いに哀しみを共有したとき、目の前に日本海が見えた。東尋坊に到着し、ジェームズと松井は車から降りた。松井は先を進み、崖の方へ進んでいく。ジェームズは松井を呼び止めた。

「松井教授」

「…今は教授じゃないんだよ」

「今、何してるんですか?」

「…私は、君にとんでもないことをしてしまったよ…あの時、逃げた時からそう思っている。今は寺で書道を教えている。まぁ、教授のときと比べたら給料は大分落ちたがな。よく、ここまで生きれたと思うよ」

 何か察知したのか、ジェームズは松井の元へ歩み寄る。そして、右手の平を松井の背中に。

「探してましたよ」

 そうジェームズが伝えると、松井の目からは大粒の涙が溢れていた。

「…私は君を裏切ったんだぞ、もう終わりだよ」

「終わりなんて…ありませんよ」

 松井は、その場に立ちすくんだ。

「ごめんな」

「辛かったんですね、じゃあ…僕がまた大学をクビになったら書道を教えて下さいね」

「…分かった!お寺も紹介する」

 ジェームズは、松井と東尋坊を後にし、加賀寺に帰り、梅宮と鼓門大学に向かうのであった。その後、到着したのは夕方であった。


 石川県の鼓門大学に赴任後、梅宮教授の助手として、経験を積み重ねていくジェームズ。ロックフォーハイスクールでの経験値から、生徒への対応も向上。梅宮教授からも、生徒からも高い評価を得ていた。さらに、梅宮教授からは論文の掲載も進められた。ジェームズは、梅宮の指導を受けながら日本についての論文を書き、提出するのであった。そんな日々が続いた1年後、梅宮教授から嬉しい報告を受ける。

「ジェームズくん!」

「どうしたんですか、梅宮さん」

「君が書いた論文が大変好評でね、アメリカのタイムズ大学から君に話が来ているんだ」

「えっ、あのタイムズ大学から」

「いやー、さすがだね、さすがジーター教授の後継者だ。行ってこい」

「はい!」

 ジェームズは、アメリカのタイムズ大学に向かうのであった。


 到着後、秘書に学長室へ案内されたジェームズは、静かに人を待っていた。秘書がノックをすると、ジェームズは立ち上がった。開いた扉の向こうから秘書と金髪の女性がやって来た。その女性とジェームズは、会話をしたことがある。女性が名刺を取り出し、ジェームズへ。名はキャサリン。ジーター教授を捜索していたときに、ジーター教授の豪邸にいた女性だ。

「久し振り、ジェームズさん」

「…キャサリンさん…」

「凄い!覚えててくれたんだね」

「…えぇ」

「会うのは、あの日以来ね。この間、国際誌を見てたら、あなたの論文が出てきてビックリしたわ、今は石川県にいるのね」

「はい、梅宮教授の助手として日々勉強してます」

「やっぱり、ジーターが言ってたように真面目な人だわ」

 キャサリンは、引き出しから封筒を取り、ジェームズへ渡した。

「もし良ければで良いんだけど、うちの大学で教授にならない?あなたの頑張りはジーターからも聞いてたから」

 ジェームズはあまりに驚き、言葉が出なかった。

「返事はいつでも良いから、でも一緒に働けることを私は待ってるから」


 ジェームズは、日本に帰国後、キャサリンからオファーがあったことを梅宮教授になかなか言えずにいた。

「ジェームズくん」

 梅宮に呼ばれても上の空だった。

「ジェームズくん!」

「はい?どうしました?」

「どうしましたじゃないよ、最近ボーッとしてることが多いな」

「すみません」

「気を引き締めていけー」

「はい」

 ジェームズは迷っていたが、梅宮教授に話してみることにした。

「梅宮教授、ちょっとお時間宜しいですか?」

「それは、タイムズ大学からのオファーのことか?」

「…なんで知ってるんですか?」

「なーに、キャサリンさんから聞いてるからな、最後決めるのはジェームズくんだから、ただ私のことは気にしないで自分が好きなように決めていいよ、君は1年間頑張ったんだからな」

 梅宮教授からの言葉を受け、考え抜いたジェームズ。出した答えは、タイムズ大学への赴任であった。ジェームズは鼓門大学を後にし、アメリカ・タイムズ大学へ向かった。


 タイムズ大学に到着すると、キャサリンが出迎えてくれた。歩くキャサリンについていくジェームズ、生徒たちは道を開け、キャサリンとジェームズを見ている。大物扱いをされて恐縮なジェームズは、キャサリンに連れられ、自分の名前が書かれた部屋に到着した。

「今日からここがあなたの部屋よ、予め役立ちそうな本は入れといたから」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ゼミ室にいこうか」

「はい」

 ジェームズは、ゼミを任せられることになった。京和大学のように卒論前の4年生ではなく、2年生というちょうど成人を迎える時期である。どんな生徒がいるのか、またしてもバカにされるのか、期待と不安を胸にしながらゼミ室へ向かった。

「ここがゼミ室、じゃあ頑張ってね」

「ありがとうございます」

 ジェームズは、扉を開けた。そこでまず目に入ってきたのは、赤髪の生徒、金髪の生徒、緑髪の生徒がいることだ。その3人がBottomクラスの教え子であることにすぐに気付いた。

「ジェームズ先生!」

 前と同じように、1番に反応するのはカーショーだ。そして、ブライアント、アルトゥーべと続いていく。

「おー!」

「先生が新しい先生ですか!やったー!」

 ジェームズは、Bottomクラスにいたアルトゥーべ、ブライアント、カーショーと再会を果たした。


 タイムズ大学で日々を送るジェームズ。3人との関係もさらに深まり、他の生徒とも打ち解け、充実した日々を送っていた。ジェームズのゼミでは、多文化共生について学んでいた。日本についても話が出た時、留学に行きたい生徒が何名かいることに気付いた。ジェームズは、キャサリンに頼み、留学を受け入れてくれる大学を探した。そして、早くに奈良の入鹿大学から返答があり、留学生を送ることにした。受け入れは1人である。ジェームズは、ゼミの中から一番成績の良い青髪のディーンを指名し、留学へ向け準備を始めた。


 そして、出発前日、ディーンにジェームズは話掛けた。

「明日からだな」

「はい」

「私も日本に初めて行った時のことは、未だに覚えているよ、2ヶ月間頑張ってきてくれ」

「ありがとうございます」

 ディーンは、日本へ向かうのであった。


 2ヶ月後、ディーンがアメリカへ帰国した。ゼミの生徒は、どのような話が聞けるのか、楽しみにしていた。しかし、ディーンから飛び出した答えは思わぬものであった。

「全然楽しくなかったよ」

「…何かあったか?」

「日本の先生は忙しいみたいで、僕のことを教室に置き去りにするんだ、1日何もしないで帰ったこともあったよ」

「そうか、でもホームステイ先は楽しかっただろ?」

「そっちが最悪だったよ、浮気がどうとかで全然楽しめなかった、僕しばらく日本には行きたくないよ」

 ディーンは、終始俯いていた。ジェームズは、受け入れ先の大学を調べた。そして、1つの答えに辿り着く。

 竹内 雅弘。

 その名前がディーンを受け入れてくれた担当の名前であると同時に、京和大学時代に自らを辞職まで追い込んだあの頃の生徒であると思い出していた。


 ジェームズは、キャサリンにディーンが受けた仕打ちを報告した。キャサリンは驚いていた。後にタイムズ大学の権力によって、竹内はクビになった。

 日本への留学が失敗に終わったジェームズは、諦めず次なる留学先をキャサリンに提案していた。しかし、その留学先はなかなか決まらないでいた。それは、タイムズ大学によって辞めさせられた教授がいるという事実のためだった。


 留学先が決まったのは、ディーンの留学失敗から1年近くが経った時、生徒も3年生に上がり、就職を意識し出している時期である。ジェームズは、キャサリンに呼ばれ、学長室へ。受け入れ先は、かつて助手として通っていた京和大学である。そして、先生は花田龍馬。彼は竹内雅弘と同じくジェームズをバカにしていた生徒だった。この1年で地位を更に上げたジェームズは、1つキャサリンにお願いをした。それは、花田が留学生を満足させなければクビにしてくれとお願いした。何でも権力で解決させることが常態化していたタイムズ大学では、普通のことである。

「分かったわ」

 キャサリンは、承諾した。


 ジェームズは留学生の3人を呼び出していた。アルトゥーべ、ブライアント、カーショーの3人はこれより日本へ向け出発する。その前に伝えることがあった。

「ようやく日本へ向け出発ですね、君たちはエリートです。もっと幅広く物事を学んでください。もし何も得ることがなければ遠慮なく私に言って下さい。意味のない教養は時間の無駄ですかからね」

 日本の学びを深めていた3人は、大分日本語が上達していた。

「OK,Lets Go!Depertureのマエにジャパニーズをキけてウレシイデス!」

「ガンバッテクルヨ!」

 アルトゥーべとブライアントが興奮気味に話した。

 カーショーが、ジェームズに日本語で質問した。

「ジェームズ先生は、何でキョウジュになったノ?マエにニホンに行ったからってイッテタけど」

 ジェームズは、間を置いて、答えた。

「私は日本へ行った時、こんなにも素晴らしい国があるのかと思った。私には尊敬していた人がいてね、今は亡くなってしまったんだが、『君はJAPANに行って変わった。どうかその魅力を探し続けて欲しい。色々なところを巡って、伝えるんだ。』って言ってくれたんだ。だから、今も探し続けている。だから、教授になったんだろうな。君達も色々なところを探して、巡って、それを伝えてくれたら嬉しいな。それが終わったら好きなことをしようかな。私は日本の書道が好きだから、書道家にでもなろうかな」

 この答えに、3人は笑っていた。


 自宅へ帰ってきたジェームズは、ソファに座る。ようやく自分にも、後継者と呼べる存在が出来たことを嬉しく思い、そして、これまでの日々を巡った。初めて日本に行ったこと、京和大学で受けた悲劇、ロックフォーハイスクールでの怒涛の日々、ジーター教授の最期、アルトゥーべ、ブライアント、カーショーとの出会い、梅宮教授の救済、キャサリン学長との飛躍、そして、あることを考えていた。


(日本という国には、まだ理解出来ないことがたくさんある。私のような他国から来た人間には風当たりが強い。上手く日本語が言えないときは、よく馬鹿にされたな。それに、しきたりにも厳しい。中でも、浮気をした有名人は、よくニュースになっていた。今はこうして生徒の前に立っているけど、どこかで道を間違えていたら、私はどうなっていたかは分からない。だから、私を狂わせた人達にも同じような道を辿ってほしいな。花田、次はお前を許さない)


 ジェームズは、机に置かれた予め書いてあった国際郵便を手にし、玄関から出て行くのであった。その果たし状紛いの手紙が花田の手元に届くのは、2週間後であった。


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探して日本 序章〜果したしかな〜<前編> 名鳥 佑飛 @torini_no

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