第25話 2ー春5 帰路

 春が自転車を押して帰っている。

 末摘花が手前の路地で曲がったので、家に近い道順だ。だが、隣には歩いている教師の晴と若紫が自転車を押していた。晴の道は彼女の家の近くである。だから、問題はないが若紫である。春と若紫は親しくないのだ。どこに住んでいるかすら知らない。


「若紫はどこに住んでいるの? 」


 春が尋ねた。


「近く……」


 会話が続かない。末摘花が居た時は黙んまりを決めていたようだ。


「イヤ。お前の家は反対だろう……。あさひゆめみしなら明日、春が学校に持っていくから帰りなさい」


 晴が教師らしい事を言う。

 若紫が着いて来る理由が解らない。教員の住所は生徒の逆恨みを買う可能性があるので、非公開であるが、秋継だけは別物である。春が帰る家だからだ。

 保育園の同級生は春の家を当たり前に覚えている。

 若紫は黙って着いて来る。

 晴が苦笑いをした。学年トップが変な事を考えてるとは思わない。

 遠くから手を降る男性が近付いてくる。


「春ちゃん。久しぶり〜。元気にしていたかい? 」


 紙袋をぶら下げて時宮 紅ときみや こうが歩いてくる。仕事帰りの様で和装を来た男性である。


「今日は出張帰りだから悪いね。着物で……。訪問着だから浮いちゃうね……」


 良い生地の着物である上に男性の着流しである。ちりめんの淡茶色の生地に初夏を感じさせる青のおびで袴を履かず、コスプレでもないのに着慣れている。雪駄を引っ掻けて歩いてくる。


「紅くん!ひさしぶり♡着物姿なんて、仕事が忙しかったの!?」


「いや、たまたま……帰って直に晴から連絡があって……。仕事始めてから先生の家には行ってなかったから……、まあ、挨拶にでもと思って……。あさひゆめみしを持ってくついでにね」


「全国にお徳今様がいるんだから和装の営業マンとしては優秀だよ。廃れるかと思った着物ビジネスで生地の買付からやってるんだ。紅は偉いよ」


 晴が隣に並んだ。

 春が溜息を吐いた。

 背広の晴に、和装の紅が夕日に佇んでいる。住宅街だが絵になる。通り過ぎる女性の視線が二人に持っていかれている。


 口を開けている若紫が呟く。


「紅時……」


 確かに呟くと、若紫は下を向いた。苦しそうな嬉しそうな複雑な表情をしている。

 まだ、この時間では誰も紅時の名前を知らないのである。


「夏らしい着物になったのね……」


「いや、未だ夏ではないからね。春ちゃんだって今年浴衣を作るって、節さんから連絡があったよ」


「え〜。ママから聞いてないよ」


「今年の夏休みには九州に帰るって聞いたぞ。その時の夏祭りに着せるつもりじゃない?節さんが……」


 春達が楽しそうに話している。

 だが、若紫の影だけ夕日が伸ばしている。

 建物と同化しそうになった時、若紫が叫ぶ。


「紅時! 」


 歯を食いしばり眉毛をハの字にして若紫が3人を見る。しかし、聞き覚えのない言葉に前の3人は声の大きさに反応しただけだった。


「どうしたの? 」


 春が心配そうに若紫を見る。


「私よ。若紫よ!紅時?解らないの! 」


 困惑している春と紅がいる。晴だけが険しい顔をした。


「待て……。時継さんと同じ反応だ……。君は誰だい……? 倫敦の仲間にいるのか? 」


「ロンドン?私が夢に見るのは文芸部の同級生と紅時だけだわ」


「文芸部の?彼女らも関係してるのか……。で、明治時代のどの当たりにいるんだ? 」


「明治?私は江戸時代に居たのよ。紅時もこんなに大きくなって……。えっ、男物の着物……、どう云う事?紅時は女の子のはずよ……」


 3人が困惑して目線を合わせた。


「紅が女の子? 」


「どう云う事? 」


「いや、あの……、その……」


 紅が口籠った。確かに、女に生まれたかったとは言えなかった。


「分かった。詳しい話は秋継叔父さんの家に行こう……」


 晴が話すと、紅が困惑した顔をした。


「いや。僕はいいよ。もう倫敦の話は終わった事何だから……」


「私は紅時しか知らないの……」 


 若紫が紅時である紅を見る。

 

「当事者だろ……。俺たちも、話を聞こう」


 紅のあさひゆめみしを籠に入れ、晴が手を引いて歩く。紅の足は重いものだった。






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倫敦 時折、春 外伝 〜朧月夜〜 木村空。 @kimurasora

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