第24話 2ー春4 練習風景2 

 顧問が帰った後の教室で机を元に戻している文芸部の生徒。


「まあ、これを読んでも朧月夜は増えないわね……。誰か……。春には悪いんだけど、伊藤先生か晴先生かに聞いた方が、源氏物語に興味があって朗読してくれる人がいるんではない? 」


 夕顔が至極真っ当な事を言った。

 自分達は類友でしかない。友達が少ないのである。顧問の手前口を合わせただけでしかない。


「ええ……。嫌だよ。特に晴には聞きたくない……。」


「女子に人気だから一人くらい見つかるんじゃない? 」


 空蝉が前の席を整えている。


「光源氏役を頼めばよくない? 」


 末摘花が答えた。


「え〜〜。それは見たいかも!いいじゃない。晴先生。美形だし! 」


 空蝉が後ろで机に乗せた椅子ごと運んでいる春を見る。


「嫌だ」


「え〜〜。見たい! 」


 空蝉が食い下がると、末摘花と夕顔が頷く。


「駄目よ。男性を混じえると性的な意味合いが強くなるから、文芸部の女性教諭がナレーションになったのよ。感情も込めずに朗読するのが、どれ程大事か演劇部顧問が言ってたよね。只の演劇部にしない為だって……」


 その場が沈黙する。

 若紫がこちらに目もくれず、答えた。

 誰も答えられなくなる。席を片付け終わると、末摘花が溜息を漏らした。


「文芸部は元から部員数も少ないし、朗読を聞きに来るのだってあんた目当ての男子に決まってる。だから、花を作ったって良いじゃないの」


「反対!私は説得しないわよ。身内にだって優しくないわよ。晴先生は! 」


「光源氏を読めばどれ程艶めかしいか分かるわよ。読みなさいよ!」


 若紫が怒鳴った。


「だから、文化祭として、光源氏はどうかと……」


 夕顔が和を治めようとした。


「読みたくないわよ〜〜」


 空蝉が手を上げている。


「空蝉は光源氏の身分が高くない若い時に出会った女性で、身分違いの一方的な愛情をするの。二度と空蝉に振られてから、身内の娘を手に入れる事でプライドを保とうとする。失恋ね」


「どう面白いの?それ? 」


「女性の心情が凄いのよ。末摘花は醜女で朧家に居るのどちらが落とせるか光源氏と頭中将が競い合うわ。一夜を共にしてから光源氏は末摘花の顔を見るわ。そして、光源氏の足は遠退いてしまうの。でも、最後は彼女を引き取って生活するわ。それぞれの女性の心理を色濃く書いてあるものもある……」


「夕顔はどういう内容なの? 」


 夕顔が若紫に聞いた。


「身分と気位の高い六条御息所ろくじょうのみやすまんどころに通っていた時に、夕顔と出会うの、素直で明るい夕顔に心を奪われた17歳の光源氏が夢中になると、物の怪もののけが夕顔を襲って彼女は絶命してしまう。恋人の始めての死が書かれているわ」


「同時進行なのね。私、そして死ぬのか……」


 夕顔が溜息を吐いた。


「戯曲には会話形式のセリフだから二人の仲睦まじい姿しかないわね。まあ、加筆するかしないかは演劇部顧問の腕一つか……」


 末摘花がバックを開いて戯曲を見ている。彼女は机を片付ける為に直に仕舞った。


「もう、読まないと……の意味が解ったわ。若紫が言う最期まで読めと……」


 夕顔が最後の机を動かしている。


「若紫は光源氏の継母である桐壺の女御の姪にあたる幼子を支援し、最後には正妻にする話ね。源氏物語のヒロインでもあるわ。戯曲では出会いの場面が描かれているわね」


「面白い程、源氏物語は光源氏が良いようにしか書かれてない……」


 空蝉が苦笑いをした。


「文学ってゴシップ記事なのかしら? 」


 夕顔が自分席に座って文庫を開いている。


「現代文学もそうだね?一人称が主流になってるし……。話を戻すけど、先生方が渡してくれた文庫は光源氏の心情しか書かれていないじゃないの……」


 末摘花は文庫を開きながら問う。


「恋愛は普遍的テーマだから時代時代で訳され方が違うのよ。そうね……。漫画であさひゆめみしがあるから、読んでみたら?あれは光源氏の漫画では代表されているから……」


「私は文庫で読んでみるわ。面白いそうだし……」


 夕顔が微笑む。


「あたしもええ機会そやし先生に渡された文庫で読み直すわ」


 若紫が京言葉を使っていた。

 空蝉が苦笑いをしている。

 春が頭を抱える。


「『あさひゆめみし』は見たことあるわ……。紅くんの部屋にあった気がする……。でも……」


 春が口籠った。

 晴と同棲している紅の家に行くには気が引ける。

 男二人が高校に進学してからは、春自身が避けられて居るのが痛い程分かるのだ。

 その時、晴が教室の前を歩いている。後ろのドアが開いて居たので見えたのだ。


「晴先生! 」


 空蝉が呼び止める。晴が振り返る。


「最終下校時刻を過ぎてるぞ。帰りなさい」


「私達文芸部は源氏物語の朗読をするのですが、光源氏役がいなくて、晴先生にお願いしょうと話していた所、何です!どうです?晴先生」


 空蝉が近付く。

 晴が訝しそうにしていると、春が小さく✕を手で作った。それを見ると晴が頷き、営業スマイルを見せた。


「顧問の先生にお願いしなさい。文芸部の先生からは何も聞いていないぞ」


「え〜〜。朗読するだけですよ? 」


「関係ない。演し物には演劇部顧問も手伝っていると聞く。先生ばかり手伝っては意味がないだろ?学校行事なのだから……」


「演劇部顧問は女子部員がいないから、文芸部を巻き込もうとしてるだけです。女子と話したいだけかも……」


「良いかい。余り良い噂を聞かなかったからと言って、自己の判断材料にしてはいけない。ましてや、顧問なのだからね」


「演劇部が男子のオタクしかいない原因でしょ……。あの先生」


 女子生徒が微妙な顔付きをしている。

 晴がゆっくりと息を吐いた。


「只の噂だ。もう帰る様に……。伊藤、こっち来い」


 春を手招きする。廊下に出ると、生徒に見えない位置に移動し晴が小声を出す。


「学校では話し掛けない約束だぞ」


「私じゃないわよ。友達でしょ?話しかけたの?! 」


「俺、これ以上教頭に目を付けられたくないぞ!秋継叔父さんのおかげで目立つ伊藤家一族なんだからな!俺も同じ中学を出てるから俺担当の教育実習生徒くらい普通に期間が終るまで通過させてくれよ」


「分かってるわよ!」


 春が頷くと、ヒソヒソ声から変わる。


「なら、帰りなさい」


「では、さよう……。晴の家にあさひゆめみし無かったっけ?」


「は?紅が持ってるけど……。それがどうしたか?」


 晴が目を潜めた。



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