魔王と従僕と愛の悲しみとそして巻き込まれた勇者。
音佐りんご。
出来れば愛のある方へ。
◆◇
魔王の城、玉座の間。
玉座には魔王エリカ、その隣で傅く従僕のルイ。
扉を押し開けて勇者が現れる。
魔王:ふふふ、よくぞ来たな勇者よ!
勇者:…………!
魔王:我が精強なる手勢を打ち倒し、この我の下まで辿り着くとは、なんじゃ、存外骨があるようじゃな?
勇者:そうか、君が……。
魔王:そう、このわしこそが魔お――
勇者、ルイを睨んでいる。
勇者:君が魔王だな?
魔王:はぁ? 何を言っておる我が――もごっ!
魔王、従僕の手で口を塞がれる。
従僕:おや。私が、ですか?
魔王:ルイ! 其方いきなり何を――もごっ!
勇者:ああ、モノクルに燕尾服、執事のような身なりをしているが、その身のこなし、視線、威圧感、僕には一目で分かったよ。君が魔王だな?
魔王:……おい。こら勇者よ。
従僕:ははははは。そうですか、一目で。
魔王:貴様も何をわろておるか。
従僕:なかなかいい『眼』をお持ちのようですね。勇者殿?
勇者:ふっ、もちろん、伊達に勇者をやっては居ないよ。間違いないさ、僕のこの全てを見通す眼――『真理の魔眼』が君をかつて無い強敵だと認めている。
魔王:いや、節穴じゃろ。
従僕:強敵、ですか。それは光栄ですね。
勇者:ここが正念場、か。
魔王:おい、ルイ。
従僕:いかがなされましたか我が主?(小声)
魔王:いかが? じゃない。其方、一体何のつもりじゃ。我を差し置いて勝手に魔王を名乗りおって。不敬じゃぞ?
従僕:まぁ、私からは名乗っておりませんが。さておき、失礼致しました。(小声)
魔王:全然失礼とか思ってないじゃろ。
従僕:えぇ、まぁ。(小声)
魔王:えぇ、まぁ。っつったか?
従僕:ふふ、とんでもない。(小声)
魔王:まったく。
従僕:ですが、ええ。これは余興でございます。(小声)
魔王:余興じゃと?
従僕:はい。あの勇者を名乗る道化を転がし、今はむっすりとしておいでのあなた様を必ずや破顔させて見せましょう。(小声)
魔王:いや、別にそんなのいらんが。其方さては楽しんでおるな?(小声)
従僕:ははははは。
魔王:全く、此奴ときたら……。
勇者:勇者である僕を前にお喋りなんて、随分仲が良いんだね? 何を話していたのか知らないけど、相談は終わったかな? 魔王?
従僕:ふふ、お待たせ致しました、えぇ。少々睦言を。
魔王:睦言いうな!
従僕:貴方こそ、大好きな
勇者:ふっ、魔王の気遣いなど結構さ。彼女とはもうとうに袂を分かっている。
従僕:左様でございましたか、いえ、それはそれはご愁傷様です。
勇者:ご愁傷様? 何がかな?
従僕:差し出がましいようですが、愛する者、守る者、信じる者。捧げる者無き戦いなど酷く惨めなものでございますからねぇ。お悔やみを申し上げたまででございます。
勇者:ふっ、あはははは。
従僕:なにか?
勇者:いや、なに。魔王のクセに随分と甘ったるい言葉を口走るものだと思ってね。
従僕:甘い。私がですか。
勇者:ああ、甘い、甘いよ。僕の信ずるは力と意志さ。
従僕:力と意志。些か、優美さに欠けますね。
勇者:それが強さというものだよ。故に、僕はこの眼と名前に誓って、君を打ち倒すよ。
従僕:それは勇ましいことでございますね。
勇者:褒めても手加減はしないよ。
従僕:そうですか? こちらは手加減させて頂こうかと思っていたのですがね? 直ぐに終わってしまっては、退屈されてしまいますからね。
勇者:っはは、流石魔王だ。その威勢がいつまで続くか見物だよ!
従僕:えぇ、精々良い余興になって下さいませ?
勇者、背中から剣を抜き放ち、
従僕、どこからともなく無数のナイフを取り出す。
勇者:僕の名はメイナード・フィン・エーデルワイス。真理の魔眼を宿す者。人呼んで真理の勇者。この名と魔眼にかけて僕は君を滅ぼすよ。
従僕:では、僭越ながらこの私、ルイ・テオドール・ストロベリが愛する御方に代わり、お相手仕りつりましょう。道化の勇者?
勇者:――斬る!
従僕:――捌く!
魔王:止めい愚か者共!
魔王の声に駆け出さんとしていた両者が止まる。
勇者:はぁ……。悪いけど戦いの邪魔をしないで貰えるかな、お嬢さん?
従僕:折角良いところでしたのに、こういうのは無粋ですよ?
魔王:邪魔とか無粋とか知ったことか! 置き去りにされる我の気持ちも考えよ! 従僕!
従僕:それはそれは。
勇者:従僕? おい、魔王。君は格好だけじゃ無く、配下に「従僕」などと呼ばせているのか? もしかして……。
従僕:……ふふ。
魔王:おい、其方何をわろておる。
勇者:幼女に傅く特殊な嗜好……!?
従僕:ぶふ……っ!
魔王:幼女言うな貴様ぶっ殺すぞ!
従僕:ぶふ……え、えぇ、その通りです。ふふ……。
魔王:はぁ!? 何を言うておるか!!
勇者:そ、そうなのか……!? うわぁ……。まぁでも人の趣味嗜好はそれぞれだしな……。口出しはしない。僕はそう、勇者だからね。
魔王:いらぬわそんな気遣い! 違うぞ!? というか何を肯定しておる従僕よ! 其方遊びが過ぎるわ!
従僕:いえ、失敬。あ、あまりに……ぶふっ、この御方の弄り甲斐がありまして……。楽しんで頂けましたか?
魔王:喧しいわ、たわけ! 我は甚だ不快じゃ!
従僕:ははは。申し訳ありません。
勇者:少し興が削がれた感じもするが、さぁ魔王ルイ・テオドール・ストロベリ! 仕切り直しだよ!
魔王:仕切り直すでないわクソ馬鹿勇者!
勇者:クソ馬鹿勇者?! ちょっと口が悪いんじゃ無いかな? 魔王、君は一体配下にどんな躾けをしているのかな?
従僕:ぶふ……! 躾け! ははは、申し訳ありません……!
魔王:おい従僕、其方良い度胸じゃな? 我を躾ける? このたわけがぁ!
勇者:やれやれ。
魔王:其方も其方じゃ! さっきから我を見ずに一体どこを見ておるのじゃ!
勇者:何をって、僕は敵を、魔王を見据えているのさ。だから邪魔をするのは止めて欲しいんだけどねぇお嬢さん?
魔王:まだ気付かんかこのたわけ! 我の隣に控えておる此奴はただの執事じゃ!
勇者:執事? いやいや、それはだってそういう趣味なんだよね?
魔王:そんな変態的な趣味の従僕を我が傍に置くと? 舐め腐りおって!
良いか? 良く聞くがよいたわけ勇者。
勇者:何を……?
従僕:おやおや、やり過ぎましたかね?
魔王:確かに我の従僕は顔は良いし雰囲気もあるが! まかり間違っても魔王ではないわ!
勇者:魔王では無い? ははは、そんな馬鹿な。
魔王:馬鹿は貴様じゃ!
勇者:へぇ? なら、魔王はどこに? まさか君が魔王だなんて――
魔王:その通り。我こそが深淵の魔王エリカ・デライラ・サンビタリア。この世界を手中に治めんとする、至高の魔王じゃ!
勇者:き、君が魔王……!
間。
勇者:は、はは、はははは! あはははははははっ!
魔王:っな!? 何故笑う!
勇者:そんなわけ無いだろう? あはははは! ご主人様が倒されては困るからってそんな、バレバレの嘘をつくなんて、いやぁ、健気だねぇ、君の配下……いや『ご主人様』は。ねぇ魔王、ルイ?
魔王:何を言うか!
従僕:ええ、我が主は大変健気でかわいらしい御方でございますとも。
魔王:か、かわいら……?! 其方まで我のことを!!
勇者:そうだね、とってもかわいらしい。魔王を前にしているというのに和んでしまったよ。もしかしてこれも君の戦略なのかな? 僕に油断させるための。
従僕:さて、どうでしょう。貴方にはそれ程の効果も無いとお見受けしますが?
勇者:へぇ、分かるのかい? そう、僕は油断なんて……。
魔王:もう赦さぬ。完全にキレたぞ、我。
勇者:え――?
魔王:
魔王、一瞬で勇者の背後に移動する。
魔王:さっきから我を見ずに一体どこを見ておるのじゃ?
勇者:な! 背後に!?
魔王:玉座に腰掛けておった我が魔王でないわけがないだろう?
勇者:僕の魔眼が追えないなんて……!
魔王:少し考えれば分かることじゃ。なのに貴様ときたら。その愚かしさ……、万死に値する!
勇者:おい! ルイ・テオドール・ストロベリ!
従僕:何でしょうか?
勇者:君は、君は本当にメイドの女の子に傅く特殊な嗜好の持ち主じゃ無いのか?!
間。
魔王:……メイド?
従僕:メイド、ですか。ふふふ。
勇者:え? メイドの女の子をお嬢様と呼び、玉座に座らせているのだとばかり思っていたんだけれど、そうではないのか……?
魔王:こ、この! 愚か者め! どこまで我のことを愚弄すれば気が済むのだぁ! こ、この我を、こともあろうにメイド! メイドじゃと!? そやつの趣味嗜好で傅かれる幼女呼ばわりならまだ許せるが……!
従僕:許せるのですね。(小声)
勇者:えぇ……? メイドさんめっちゃ怒ってる……。
魔王:メイド! ……はぁぁぁぁぁ!? ふざけるな! 何が『真理の魔眼』じゃ! 節穴どころか天井のシミか何かの間違いじゃ無いのか!? その消しゴムのカスみたいな眼で一体何を見ておるのじゃ! 一体どこを見ておるのじゃ! この溢れんばかりの才気、品格、美貌、魔力、威厳、愛嬌を奇跡的な配合で併せ持つこのわしを!!……メイド!? メイドじゃと?! このたわけ! 貴様、頭にスライムでも飼っておるのか!!
勇者:ひどいねぇ!
魔王:何がひどいものか! 貴様の心無い言動にひどく傷ついたのは我の方じゃ!
従僕:まぁまぁ、落ち着いて下さいませ、魔王様。
魔王:其方も同罪じゃ! 貴様も笑っおったじゃろ従僕!! いいや、このボンクラ・スライムと違って聡い其方が、信頼していた其方が! 面白がって私を苛めていた分、何倍も罪が重いくらいじゃわ! そなたが私のことをそんなに馬鹿にしておるとは思わなかったわ! もう傷ついた! もう嫌じゃ! こんな世界滅ぼす!
勇者:せ、世界を滅ぼすだって!? そ、そんなハッタリ――
従僕:お待ち下さい魔王様! それはマジ勘弁して下さい! 世界滅んだら私も困ります!
勇者:え、マジ?
魔王:ふん、もう遅い、並列処理で今、
従僕:調子に乗りました。何卒お許し下さい。この通りでございます。
勇者:なんなのかな、勇者であるこの僕が完全に放置されてる感じ。
魔王:其方が頭を下げておる姿なぞ見ても少しも我の心は癒やされん。
従僕:魔王様……!
魔王:魔王様などと呼ぶな! 其方はいつもそうじゃ。我のことをもっと大事に……ふん!
従僕:申し訳ありません、この私が至らぬばかりに、敬愛すべき主をご不快にさせてしまって! ですが僭越ながら私は貴女様を楽しませたくて……!
勇者:なんか、ムカつくよね、こういうの。
魔王:黙れ黙れ! 言い訳など聞き飽きたわ!
従僕:魔王様……!
魔王:だいたい其方がこのわしを差し置いて、ドS魔王みたいな顔で立っているのが悪いのじゃ!
勇者:それな!
従僕:申し訳ありません!
魔王:なんじゃその高画質な顔面、塗りが良すぎるわ!!
勇者:それな!
従僕:申し訳ありません!
魔王:そんな顔されたら「あ! こいつが魔王だな!?」ってそりゃみんななるに決まっておろう!
勇者:それな!
魔王:だって我の顔、地味だし、華が無いし、幼女だし、どうせメイド、いいや我なんてメイド見習いじゃ!
従僕:いいえ! 決してそのようなことはありません、貴女様はしっかりと魔王をやっておいでです!
魔王:嘘じゃ嘘じゃ! ふん、どうせ其方もそう思ってるんじゃろ? だから我のことを魔王と認めてないんじゃ。いいもん、世界なんて消し飛ばすもん!
従僕:お待ち下さい! 魔王様!
魔王:其方の声など聞きとうない!
従僕:あ……!
魔王:
魔王、宙に浮かび氷の殻に閉じこもる。詠唱の仕上げに入る。
勇者:いやぁ世界もまさか、こんな下らない滅び方するとは思わないだろうね。
従僕:ちょっと! 貴方、勇者でしょう? どうにかしようとか思わないのですか?
勇者:いやぁ、無理無理。今の僕の心境、
従僕:真理の勇者が聞いて呆れますね。
勇者:いやぁ、さっき気付いたんだけどね、どおりで魔眼じゃ強さが見えない筈だよ。既に世界の半分に届こうとするくらいの凄まじい力だから。いやぁ、僕ってこんなにもちっぽけだったんだなって。
従僕:くそ、役に立ちませんね勇者!
勇者:ははっ、クソの役にも立ちませんとも。というか、よくこんな化物の部下やってられるよね、君も。強さで言うと、多分君も僕と同じくらいだと思うんだけどね?
従僕:それは……。
勇者:それをあんなに茶化したり、軽んじたり。はは、メイドの女の子に傅く以上に正気じゃ無いよ。ねぇ、死の恐怖とかは感じないのかな?
従僕:えぇ、私にはそれよりも大きな感情がありますからね。
勇者:ふぅん?
従僕:それに、あの御方はとても優しい方なんですよ。かなりの寂しがり屋ですけど。ふふ。そういう意味では確かに魔王なんて似合わないですね。
勇者:そうかい。
魔王:また、勇者とばっかり話しておる……! 其方のそういうところが我は……!
勇者:あー。従僕君? ご主人様がじっと見てるよ?
従僕:貴方には見えるのですか? あの氷の中が。
勇者:まぁね、この眼で。
従僕:それは重畳。ところで勇者よ。
魔王:あ……、無視した……! ルイが我を無視した!
従僕:ところで勇者よ。
勇者:何かな? ……というか、ほっといていいの? 声は聞こえてると思うけど、すっごい見てるよ?
魔王:どうせ我なんて、我なんて……!
従僕:貴方はまだ戦う気、ありますか?
勇者:はぁ? さっき言ったでしょ? 無い無い。あんな化物――
魔王:……どうせ化物だもん。
従僕:違いますよ。
魔王:従僕……?
勇者:化物じゃないって?
従僕:いえ、それは否定しませんが。
魔王:しないのかよ。
勇者:しないのかよ。
従僕:私と戦う気があるのか、と聞いているのですよ。
勇者:うーん、それも無いけどどうしてだい?
従僕:いえ、先程は横やりが入りましたからね。あのまま戦いたかったのでは無いかと思いましてね。
勇者:うん、そうだね、確かに不満ではあるよ。でも、
従僕:だめでしょうか?
勇者:ま、構わないけれど、君には何か意図があるのかな?
従僕:ええ。
勇者:へぇ?
従僕:そして貴方の眼をお借りしたい。
勇者:僕の真理の魔眼を? それまたどうして?
従僕:あの御方の作ったクリスタルの中が見えるのですよね?
勇者:見える見える、めっちゃ泣いてる。君のせいで。
従僕:……面目次第もありません。
勇者:それは彼女に言ってきたら?
従僕:えぇ、その通りですね。故に、私は貴方に決闘を申し込みます。
魔王:決闘……?
勇者:ちょいちょいちょい!
従僕:何か?
勇者:ごめん、話の流れが分からないんだけど?
従僕:お忘れですか? 私は魔王様の従僕! 我が身の全てを賭して、勇者、貴方を倒すのです! そして勝利を捧げる! 貴女のために!
勇者:何のつもりかな?
従僕:これは舞台です!
勇者:舞台?
従僕:えぇ、この私が見事勇者を打ち倒し、我が汚名をそそぐための“舞台”!
従僕、勇者に目配せする。
勇者:……そういうことね。君に花を持たせろと?
従僕:いいえ! 花を持つべきは私では無く、我が主! 魔王エリカ・デライラ・サンビタリア様! 故に、愛しの我が魔王様に貴方の首を捧げると言っているのですよ!
魔王:そんな物いらぬわ、ばーか……!
勇者:そんな物呼ばわりは堪えるね……。
従僕:あぁ、ならば魔王様! どうかその氷の玉座で見ていて下さいませ! 貴女様の下僕、ルイ・テオドール・ストロベリの美しき働きを!
勇者:要するに前座かよ。はぁ損な役回り。(小声)
魔王:そなたなんか知らんわ! 馬鹿者! 絶対見ないもん! ふんっだ!
勇者:あらら、めっちゃそっぽ向かれてるよ?
従僕:でもちらちら見ておられるるでしょう?(小声)
魔王:…………。(ちらちらと見ている)
勇者:ほんとだ。よく分かるね。(小声)
従僕:ずっとお仕えしてますからね。(小声)
勇者:ずっと仕えててこれなんだ?(小声)
従僕:否定はしません。
勇者:……あ~あ、入る魔王城間違えたな。
従僕:しかし……ここで会ったが運の尽きです! さぁ、精々美しく散って下さいませ? 勇者、メイナード・フィン・エーデルワイス。
勇者:言ってくれる、こうなればヤケだよ! っは! 良いさやってやろう! でも、残念ながら散るのは君の方だけどね! ルイ・テオドール・ストロベリ!
従僕:我、混沌より来る漆黒の刃、恋い焦がれし深淵に捧ぐは、仇為す悉くを切り刻み供物とせん!
勇者:我が剣は神の意志、神の意志は我の意志、我の意志は我の意志、故に行く手阻む全ては神の名の下薙ぎ倒されると知れ!
従僕:
勇者:
従僕:うぉぉぉぉぉ!
勇者:はぁぁぁぁぁ!
従僕と勇者の剣が交錯する。
その様子を氷の殻の中から覗く魔王。
以下、従僕と勇者は戦いながら言葉を交わしている。
魔王:……ふんっ、まったく……! ルイの馬鹿者ときたら! それにあのスライム頭も……! 世界がもう終わるというのに、戯けばかりじゃ……! この期に及んで我のことなど見ておらん……! いいや、誰も我のことなど見ておらんのじゃ……! 勇者も、従僕も、……お父様や、お母様でさえ……。我のことなど見ておらんかった。ふふふふ、我などいなくても、何も変わらんのだ……。ルイ、其方は我のことを本当はどう思っておるのだ? 必要としておるのか……? 分かっておる分かっておる。なんじゃ、我抜きで楽しそうに戦いおって。 なんじゃあの鋭く精悍な眸で敵を睨みつけておるのにキラキラした笑顔……。
従僕:
勇者:
魔王:死の魔弾を撃ち合っておるのに、恰もテニスでも嗜んでおるかのように迸る爽やかな汗……。
従僕:ふっ! 効きませんねぇ!
勇者:っは! 見え見えだよっ!
魔王:楽しそうじゃな、ルイよ……。
従僕:楽しんで! ますかっ?
勇者:それ、僕に言って、るっ? だとしたら! 最悪っ! だよっ!
従僕:ふふっ! それは重畳! ですねっ!
魔王:大きくなったな、そして其方は随分強くなった。我など、もう傍にいなくてもよいのじゃ。其方はいつまでも守らなくてはならぬ子供じゃ無い。だというのに、我の方が其方にどうしても甘えてしまう。駄目な魔王じゃ。我は幼い。あのスライム頭に幼女などと馬鹿にされるのも当然じゃ。そうか、そうじゃな、私はもう居なくても良いのじゃ。いいやむしろ、こんなつまらぬ癇癪で其方ごと世界を滅ぼす危険を抱えた我など、其方のためを思うならば、
魔王、涙を流す。
魔王:……消えてしまった方が良い。
勇者:ねぇ、ルイっ!
従僕:呼び捨てっ! ですか! ふふっ! 随分仲良くなりましたね! 勇者殿っ?
勇者:だって君の名前っ! 長いんだもの!
従僕:魔王様にもらった名前っ! ですからねっ!
勇者:へぇっ!
従僕:
勇者:っは! 今のを防ぐか!
従僕:当たり前でしょう!
勇者:それより気付いてる?
従僕:何にですっ?
勇者:止まってるよ! 魔法!
従僕:そのようですね!
勇者:なのに続けるのっ?
従僕:貴方こそ!
勇者:僕はどっちにしろ勇者だからさ、今ここで君を倒すよ!
従僕:私とてそれは同じこと! それに、予定通りですよ!
勇者:予定か、随分ひどい従者だね!
従僕:ひどい、とはっ?
勇者:だって、そうだろう? 彼女はあんなにも泣いているのだから!
従僕、動きを止める。
従僕:泣いている? 魔王様は今泣いているのですか?
勇者:気付いてなかったのかい?
従僕:……ということは!?
勇者:どうしたの、そんなにあわてて?
従僕:勇者! 貴方には今何が見えていますか!
勇者:何がって――あれは……魔力の流れが中心に向かっている?!
従僕:っく! 遅かったですか……。
勇者:ちょっと、これはどういう意図の戦いだったのかな? 勝手に納得されても困るんだけど?
従僕:ええ、そうですね、私はただ、あの御方を怒らせるために……。
勇者:怒らせる? 何故そんなことを? というか、怒ってたから世界を滅ぼそうとしたんじゃ無いの?
従僕:いいえ、あの御方は、魔王様は悲しみ故に世界を滅ぼす宿命を背負った魔王なのです。
勇者:それはどういう?
従僕:魔王様は、生まれつき深淵に囚われているのです。
勇者:深淵?
従僕:負の感情を、特に悲しみを触媒として無限にも等しい魔力を、深淵から取り出すことが出来る力を持っているのです。
勇者:なるほど、それであの魔力という訳か。いや、恐ろしいね。
従僕:そして、その力は本来ならとても制御出来るようなものではなく、常に不安定な状態にあるのです。魔力と感情は相互干渉し、ひとたび負の感情が傾けば先程のような状態になり、立て直すことが出来なければ……。
勇者:……こうなるってことか。
従僕:ええ。普段はそれを誘発させやすく負担の少ない怒りの感情によって制御しているのです。
勇者:ああ、それで煽ったり馬鹿にしてたのか。
従僕:ええ、そういうわけです。今日はどうしてか上手くいきませんでしたが。
勇者:趣味かと思ったよ。
従僕:否定はしません。
勇者:おい。……いやそれより、だったら世界はどうなるのさ? まさかあの凝縮し続けてる魔力が爆発、とかしないよね?
従僕:ああ、それはありませんよ。おめでとうございます、勇者殿、世界の危機は無くなりました。
勇者:それは良かった。
従僕:そして、
勇者:え?
従僕:私の生きる理由も無くなりました。
従僕、自らにナイフを突き立てる。
従僕:――!
勇者:
勇者、従僕のナイフをはじき飛ばす。
勇者:ルイ! 何をしているんだ!
従僕:……ふふ、自害ですよ。
勇者:な! どうしてそんなことを!
従僕:決まっているでしょう! 魔王様の、エリカの居ない世界で生きる価値なんてない!
勇者:ルイ……! 魔王は何をするつもりなんだい……?
従僕:消滅……。
勇者:消滅?
従僕:ええ、あの御方は、制御不能に陥る程の強大な魔力を内側に向けて暴走させることで無理矢理凝縮し、圧壊するつもりなのです。とはいえ、力の均衡が崩れる際には途轍もない魔力放射が発生するでしょうから、貴方も早くここを早く立ち去った方が良いですよ。
勇者:君はどうするんだ?
従僕:言ったでしょう? 自害します。
勇者:どうして?
従僕:生きる理由が無いからです。
勇者:理由が無い? ふざけるな! 僕との戦いはどうなる?!
従僕:そんなものに何の意味があるんです? もう、見てくれるあの人は居ないのです。だったら……。
勇者:そんなの意味が分からない!
従僕:貴方には分からないでしょうね。私とあの人の関係など。
勇者:っは! 分からないねぇ! 要するにそれは後追い自殺ということか? それで彼女が死ぬから君も後を追う? メランコリックで素敵なことだ、いやぁ美しくて如何にも儚い主従関係だ! ほんともう涙が止まらないよ! あぁ悲しいねぇ! 感動をありがとう! 行ってらっしゃい! あの世で幸せに……なれるかバーカ!!
勇者、従僕を殴る。
従僕:っぐ!
勇者:っ、つーっ! 君、なんて頑丈なんだよ、殴ったこっちが痛いわ!
従僕:勇者……?
勇者:あぁもう馬鹿かな君は! なんでそんな不器用なんだよ! 君は、いや君達は! 頭にスライムでも飼っているのかい?
従僕:すらい、な、何が……?!
勇者:マイナスの感情で深淵から魔力が流れ込んできて世界が滅ぶ? か、或いは愛する女の子が死ぬ? 何じゃそりゃ! 思春期か! アホか!
従僕:あほ……!?
勇者:寧ろその世界の命運握ってるのって普通勇者だよね!? べらぼうに可愛い超絶美少女の呪われた王女様と選ばれしイケメン勇者であるこの僕の役目だよね!? それが何でこんな陰気ドS魔王風執事と情緒不安定魔王幼女のはた迷惑な馬鹿主従くそったれラブロマンスに置き換わってんだよ! あぁ!?
従僕:い、いや、私に言われましても……。
勇者:君以外に誰に言うんだ? あそこで、殻の中で耳塞いで分かりやすくかまってちゃんしてる、あの幼女か?!
従僕:かまってちゃん!?
勇者:ちなみに、君もだからな!?
従僕:私……?
勇者:「私達不幸なんです」みたいなツラしてんじゃ無いって話! この陰気くさい城の中で、主従ごっこして不幸共有してジメッジメした薄暗い悦に浸るアホがマイナス感情がどうとか言ってんなや! スライムだけじゃ無くて、菌類まで育ててんのか?
主従:いや……、
勇者:で、そして僕はなんだ? 二人の腐った愛の巣に土足でのこのこ踏み込んだ僕はなんだ? 言ってみろ。
従僕:…………。
勇者:言えや! 分かってんだよ! かませ犬だわちくしょうめ! 馬鹿にしやがって! こんな、世界どころか自分たちも救えないような意気地無し共にお株を奪われるだなんて、おい僕を勇者に選んだ女神様よ! 見てんだろ?! あんた最高に良い趣味してんなぁ! ちょっと面貸せや! 僕の最終奥義、
間。
勇者:はい無視! 知ってるー! あなたはいつもそうだもんね! 選ぶだけ選んで放置プレイ!
従僕:あの……。
勇者:こいつらが寄り添う二輪の花だとしたら、僕は荒野に蒔かれたアサガオだわ! 支えも恵みも無く打ち棄てられて勝手気ままに生きざるを得ないたった一人で道きり開く明日散るとも知れないワイルドフラワーだよ! ふぅ! かっくいー! ……はぁ。もう、ぶっちゃけるわ。
従僕:十分ぶっちゃけていた気がするのですが。
勇者:いいや、本当に言いたいことはまだ言ってない。言って良い?
従僕:……どうぞ。
勇者:告れ。
従僕:は?
勇者:告れ。
従僕:いえ、聞こえてますよ。
勇者:聞こえなかったか、告れっつってってんだよ。こら。
従僕:いや、だから、聞こえてますよ! ど、どうして、誰に!
勇者:魔王だよ、愛する女だよ、何? 僕に告れとでも? 残念ながら君達みたいな石の裏でうぞうぞしてるダンゴムシに好意は持たない!
従僕:だん?! でも、あの御方は、魔王様は孤児だった僕を拾い育ててくれた恩人で、親のよう……
勇者:うるせぇ! 君の過去なんざ死ぬほど興味ないし、死んでも興味ねぇわ!
従僕:えぇ!?
勇者:あっそあぁはいはい察し察しー。どうせ好きなんだろ? ドS魔王とか言って興味ない振りしてたのもそういうことね?
従僕:いや、自分で言っては無いですよ……?
勇者:だからどうした! その分あの幼女の方がまだ素直だわ! 君のこと顔が良いとか褒めてたしな! その点君は何だい? 照れ隠しばっかしやがって、そういうとこだぞ、マジで。
従僕:ですが、私にとってあの御方は母のような……、
勇者:母ちゃんに本音で好きって言えねぇ思春期坊やの言い訳はもういいよ。それに、さっきエリカとか言ってたじゃん。あの人とか言ってたじゃん。愛、漏れてるしキャラぶれてんの!
従僕:あ、貴方にキャラブレのことは言われたく――。
勇者:あのね、言われたくないこと言われて人は大人になるもんなんだよ! でもそれ以上に、言いたいこと言うのが大事。でなきゃ絶対後悔するから! 死んでも後悔する。僕ならきっと、自暴自棄になって自殺するより後悔するね。
従僕:それは……。
勇者:おら、どした、僕の見立てではあと3分も無いよ? てか、あ、これ僕完全に逃げられないやつじゃん。うわぁやらかしたー。他人のクソみたいな惚気にイラッときて余計なこと言ったわ。
従僕:イラッとしてたんですね……。
勇者:うん、だからね、全力で行ってこい。っは! 君が振られようと振られまいと、だーれもその結果知るやつなんて居なくなるんだから。精々、盛大に振られて惨めに散ってこい。その方が僕は楽しい。
従僕:勇者メイナード、貴方は……。
勇者:っは! 僕は勇者だからね、これでも、困ってるやつが居たら助けたくなってしまう、なんてこと無いんだからね!
従僕:無いんですか。
勇者:馬鹿か。言葉ってのは裏があったり無かったりするもんだよ。そんなの、君が一番よく分かってるだろうに。
従僕:……そうですね。
勇者:さぁ、言ってきなよ。さっさと、殻破ってきなよ?
従僕:えぇ!
勇者:そう、景気よく、行ってきな!
従僕:え?
勇者:我が剣は神の意志、神の意志は我の意志、我の意志は我の意志、故に、意志なき者に意志を貸し与え、成し遂げんとする願いにの前に立ちはだかる悉くの障害を排除する、そう全ては神の代行、この僕メイナード・フィン・エーデルワイスの名の下に薙ぎ倒されると知れ――!
従僕:ちょっと――!
勇者:行ってきなよ、男の子! 愛する人に思いを伝える、僕はその水先案内人ってやつだよ!
従僕:貴方は、無茶苦茶ですよ――!
勇者:
勇者、従僕を魔王に向けて打ち上げる。
勇者:勇者だからな!
従僕、魔王の座す氷の殻に衝突する。
従僕:やるしか……
氷の殻に従僕がナイフを打ち付ける。
従僕:うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 魔王様ぁぁぁ!
氷は物言わず。
従僕:届け! 届いてくれ!
氷は物言わず。
従僕:聞いてください、エリカ!
氷は物言わず。
従僕:私は貴女のことが!
氷は物言わず。
ナイフが砕け散る。
従僕:そんな、やはり私の思いなんて届かないのか――!
勇者:
勇者、従僕に向けて聖剣を射出する。
従僕:聖剣!?
勇者:こいつを使え!
従僕:ですが!
勇者:そいつは未来を切り開く! いいから行け!
従僕:ありがとう、メイナード!
勇者:っは! 呼び捨てかい随分仲良くなったね! ルイ?
従僕:ほんとです、ねぇっ!
氷は物言わず。
従僕:
氷は物言わず。
しかし剣が輝く。
従僕:はぁぁぁぁぁ!
氷に罅が入る。
従僕:エリカぁ!
魔王:……る、い……?
従僕:エリカ! 私は貴女のことが!
魔王:……ルイ……。
従僕:エリカのことが大大大――!
魔王:…………。
従僕:大っっっ好きです!
魔王:ルイ……!
氷が砕け散ると同時、聖剣も砕け散る。
勇者:はぁ~、いったなぁ~、氷も殻も、ついでに僕の聖剣も。ははははははは!
従僕、魔王を抱きしめる。
魔王:ルイ……! どうして……!
従僕:決まっているでしょう? 貴方のことが大大大大大好きだからですよ。っく! こはッ……!
魔王:ルイ……! だめ、我は、魔力を抑えられていない……! この魔力は、其方にとっては、毒に……!
従僕:貴女の、エリカのためなら、たとえ毒の海にだって飛び込みましょうとも!
魔王:どうしてじゃ……!
従僕:エリカを愛しているから!
魔王:んな……!?
従僕:エリカを救う! そのためなら死んだって構わない!
魔王:駄目じゃそんなの!
従僕:ええ! 駄目です!
魔王:なに!?
従僕:一緒じゃなきゃ駄目なんです! 一緒に生きなきゃ駄目なんです!
魔王:ルイ、其方……!
従僕:一緒に死ねたら本望なんて言いません、エリカの居ない世界に価値がないんじゃない、エリカと生きる世界が私にとって何より素敵でかけがえのないものなんです!
魔王:それは、
従僕:一緒に、エリカと一緒に生きていたい、
魔王:それは……!
従僕:エリカと一緒に笑っていたい!
魔王:それは!
従僕:ねぇエリカ! 大好きです。愛しています。だから、一緒に生きてくれませんか? 頑張ってみませんか? 傍でずっと支えます、ずっと一緒に居たいです。エリカ!
魔王:それは、我もじゃ! ルイ!
従僕:エリカ!
魔王:愛しておる、ずっとずっと愛しておった、でも、其方と我は違う存在、生きる時間も、在り方も、この呪いだって、いつ其方を殺してしまうか、世界を滅ぼしてしまうか分からない、我は、其方が、ルイが大大大好きじゃ、愛しておる、我が子のようにだけでは無い、其方を拾ったあの時から、名前をつけたあのときから、ルイを育てたあの時から、ルイと一緒に過ごすあの日々の中で、その形はどんどん変わり、日を追うごとに深く深くなっていった、それは恰も我の中の深淵のように、深く深くいつからか、底の見えない、得体の知れないものとなったのじゃ。
従僕:エリカ、大丈夫ですよ。
魔王:我は怖い、ルイ、其方を失うのが。
従僕:エリカ、私も貴女を失うのが怖い。
魔王:我は怖い、ルイ、其方を好きで居続けることが。
従僕:エリカ、私も怖かった、貴女を好きで居続けることが。
魔王:我はもう耐えられない、ルイと一緒に生きたいと思うのに、生きられないこの世界が、我自身が。
従僕:私はもう耐えられない、エリカと一緒に生きたいと思うのに、生きられないこの世界が、私自身の心の弱さが。
魔王:そんなこと無い、ルイは頑張っておる、それに引き換え我は……!
従僕:そんなことありません! エリカは素敵で、魅力的で、なのに私はもらったものを何も返せていない。
魔王:見返りが欲しいなんて誰が言った、ルイ!
従僕:見返りなんかじゃありません! 命を救い、居場所と、喜びと生きる意味を与えてくれたこの恩に報いたい! だから私は、私がエリカにして差し上げられることをずっと考えていました! けれど私には何も出来なかった、その悲しみを取り除くことなんて!
魔王:それは勘違いじゃ! ルイ、其方のおる日々は、世界は、我にとって何より素敵でかけがえのないものじゃった!
従僕:それは私の台詞です。
魔王:いいや、我のじゃ!
従僕:いいえ私のです!
魔王:其方はいちいち暗いのじゃ! それにちょっと重い!
従僕:重いって、それはエリカが言えることではありませんよ!
魔王:んな! そなた恩がどうとか言っておきながら! 我を軽率にディスりおって!
従僕:それとこれとは話が別です! エリカ様は軽率に自虐して、何でも無いところで勝手に転んで傷ついて、隙あらば私によしよしして欲しそうにこっちを見てくるではありませんか!
魔王:そ! そんなことないもん! というか、エリカ様! さっきエリカ様と言ったか其方!
従僕:えぇ、それが何か?
魔王:折角呼び捨ててくれておったと思うとったのに! 何故今更様を付ける! えぇ?
従僕:……い、良いではありませんか、エリカ様こそ、さっきから其方、多くないですか? ルイって、呼んでくださらないのですか?
魔王:そ、それは……! ル……あぁぁ! それとこれとは話が別じゃ!
従僕:なら、その件も別でございます。
間。
魔王:なぁ、ル、ルイ。
従僕:何ですか、……エリカ。
魔王:な、なんでもないのじゃ!
従僕:……ふふっ! 左様でございますか。
魔王:何を笑うておる!
従僕:あぁ、いえ、失礼いたしました。ですが、つい……幸せで。
魔王:幸せ、か。ふふ、……そうじゃな!
従僕:ふふっ、
魔王:ふふふ、
従僕と魔王、笑い合う。
従僕、魔王の頭を撫でる。
魔王:っな!? なぜ今我の頭を撫でる!?
従僕:えっと、つい。
魔王:つい。じゃないわ! やめろ! 放せ!
従僕:いいえ、放しません。
魔王:な、なんじゃと!? わ、我の命令が聞けぬというのか、我の従僕が!
従僕:えぇ、主の言葉に従うばかりが従僕ではないと、心に刻みましたから。
魔王:いや、ルイ、其方普段からあんまり我の言うこと聞かんじゃろ。
従僕:おや、バレてしまいましたね。流石魔王様、えらいえらい。
魔王:う、うにゃ!? や、やめい!
従僕:ほんとに、やめて良いんですか?
魔王:そ、それは、……あ! ゆ、勇者!
従僕:勇者?
魔王:勇者が見ておる! やめぬか!!
従僕:……えっと、何か問題でもあるのですか?
魔王:あるわ! 正気か!?
従僕:正気では無いかも知れませんね、いま、私はちょっとエリカへの愛が抑えられないというか、その、愛しています。
魔王:こ、こんな時にそんな顔で愛してるとか言うなぁ! っというか、近い! ずっと近い! いつまで我を抱いておるのじゃ! ふ、ふ、不敬じゃぞ!?
従僕:あぁ、抱き心地が良くて、つい。
魔王:つい。じゃないわ! 抱き心地って!
従僕:こうしていると安心するのです。
魔王:安心て、我は抱き枕か!
従僕:えぇ、抱きしめていると、貴女が今生きてここにいることを感じられる。生きていてくれて、ありがとう……!
魔王:ルイ、其方……!
従僕:……だから、赦して下さい、エリカ。
魔王:……ルイ。す、すっかり大きくなったと思っておったら、とんだ甘えん坊じゃな、まったく、仕方の無いやつじゃ、良かろ……
勇者が二人の様子を眺めている。
魔王:って、いや、じゃから勇者が見ておるんじゃって!
勇者:お構いなく~!
従僕:ほら、勇者もああ言ってますから。
魔王:ああ言ってるじゃ無いわ! 無粋か! 其方空気読め! 勇者!
勇者:えー? 結構空気読んだと思うんだけどな? というか、勝手におっぱじめたのはそっちでしょ?
魔王:おっぱじめたとか言うでない!
勇者:ははは~!
従僕:見られるのは嫌ですか?
魔王:嫌にきまっておるじゃろう!
従僕:どうしてです?
魔王:……は、恥ずかしい。
従僕:ああ、確かに、勇者が見ていては、普段みたいにお嬢様と呼ばせて甘えたりもできませんものね。失礼致しました。
魔王:なっ!? ななな何を言うか!
勇者:え? そんなことやってんの……?
魔王:引くな勇者、しとらん! 断じてしとらん! あーんとかやっておらんわ!?
従僕:たまにしか。
魔王:こら従僕!
勇者:あー、まぁ人の趣味はそれぞれだから!
魔王:そ、そんな趣味、あるわけないじゃろうが!? な、なぁ、そうじゃよなぁ、ルイ……?
従僕:……否定はしません。
勇者:あー、やっぱり!
魔王:わ、我は破壊と混沌と恐怖と絶望を司る世界の支配者魔王なのじゃぞ!? イケメン執事と、そんな、しらふじゃ人に言えないようなことなどしておる筈がないじゃろう!!
勇者:必死だね……。
魔王:というか! さっきからなんなのじゃ其方は? 我に恥ばかりかかせおって! 何なのじゃ!
従僕:エリカ様。私は決めたのです。
魔王:な、何をじゃ?
従僕:己の気持ちに素直に生きようと。
魔王:其方は大抵素直に生きてるじゃろが! というか、其方我にどんな気持ちを持っておるのじゃ!?
勇者:あ、そういえば、ずっと気になってたんだけど、
魔王:何じゃ、貴様まだおったか。
勇者:ひどくない? ま、いいや。ルイはなんで、最初に魔王のフリしたの?
魔王:え?
勇者:まぁ、僕が間違えたのもあるけど、思えばそれが発端じゃん? どうしてかなと。
従僕:……それは、その。
魔王:なんじゃ、言え、ルイよ。
勇者:素直に生きるんでしょ?
間。
従僕:……はぁ。傷ついて欲しく無かったのですよ。
勇者:は?
魔王:えっ、
従僕:だから、その、エリカが、傷つくところを見たくなかったのです。
魔王:わ、我が――?
勇者:この化物が戦いで傷つく? いやいや、無いでしょ。
魔王:おい、その言い方相当傷つくぞ!!
勇者:ごめんごめん~。
従僕:だとしても、もしものことがあったらって、……それでこんなことになってちゃ駄目ですがね、ほんとに申し訳ありませんでした。
勇者:ほんとだよね~。
魔王:え、待って。
魔王:…………。
魔王:……はぁ。
従僕:エリカ?
勇者:魔王さ~ん?
魔王:……帰れ。
勇者:え?
魔王:帰れ。勇者。
勇者:えっと?
魔王:聞こえなかったか? さっさと、帰れ。
勇者:随分な言いようだね~。
魔王:帰らぬのなら八つ裂きにして溶かしてスライムの餌にするぞ?
勇者:こっわ! ……っは! 分かったよ、今日のところはこの辺にしておいてあげるよ。まぁ、精々二人で楽しむんだね!
勇者、去ろうとする。
従僕:メイナード!
勇者:……何かな?
従僕:恩に着る。
勇者:っは! 君は恩人がいっぱいだね。
従僕:全くです。
勇者:じゃあ、また決着をつけようね?
従僕:ええ、
勇者、去る。
魔王:……ふふ、これで邪魔者はいなくなったの。
従僕:ええ。
魔王:なぁ、其方は、我がメイド呼ばわりされたこと、慰めてくれるよなルイ……?
従僕:もちろんですよエリカ。
魔王:うふふ、ありがとうなのじゃ♪
従僕:でも……、
魔王:でも?
従僕:今日は、少しだけ甘えても良いですか?
魔王:……ふふふ、良いよ。
従僕:ありがとう、エリカ。
魔王:ありがとうじゃ、ルイ。
二人、そっと抱き合う。
魔王城の外、勇者が歩く。
勇者:あーあ、今回はとんだ貧乏くじだったよ。魔王どころか従僕にも勝てないし、危うく死にかけるし、聖剣ぶっ壊れるし。
ま、でも、なかなか面白かったかな。こういう冒険も悪くない。あ、そういえば、三分、とっくに過ぎてるね。何も無いってことは、そういうことなんだろう。めでたしめでたし。
ふふ、……さぁて、次はどこに行こうかな? どこに行っても良いけれど、出来れば愛のある方へ。なんてね。
魔王と従僕と愛の悲しみとそして巻き込まれた勇者。 音佐りんご。 @ringo_otosa
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