第4話
こうしてだから、ある山里の村に、おじいさんだけがひとり、さびしく住んでおりました。
おじいさんは、むかし気質(かたぎ)の人でしたから、男子厨房に入らず――これを、金科玉条のごとく守っております。
なので、これまで煮炊きなど一切したことがありませんし、まして、水仕事などはなおさらのことです。
もしも、こういうおじいさんが、頼りのおばあさんに逃げられたなら、いったい、どうなることやら。
「こまったのう。まったく勝手がわからん」
そうです、このようにすっかり途方に暮れてしまうのです。
だとしても、ただ途方に暮れてばかりいても一向に埒が明きません。
そこでおじいさんは、突然、考えます。
「さて、どうしたもんかのう」
では、考えた結果、おじいさんは、どのような行動をとったでしょう?
別のおばあさんをさがそうとした――ここで、そう答えたのでは、まるで見込みちがいです。
「酒でも煽って、気を紛らわすとするか」
なんのことはない、このように、おじいさんは酒に逃げてしまうのです。あさましいことこの上ないですね。
もっとも、このおじいさんが酒に逃げたなら、さあ、大変。
なにしろ、おじいさんの酒癖の悪さといったらひと通りではないのですから。
やれやれ、やっぱりーーちゃぶ台をひっくり返して、それで床にとっ散らかってしまった徳利や猪口なんかをかたっぱしから庭へ放り投げています。
でもおじいさんは、もはや、ひとりぼっち。
それゆえ、酔いから醒めて、雑然とした座敷や庭が目に入ると、力なく首を振って、こうぼやくのです。
「やれやれーーあとかたづけが大変じゃ」
このようにぼやいた後には、むなしくて、やるせなくて、しだいに腹さえ立ってきます。
もちろん、自分自身に。
いつも、ばあさんに苦労かけておったんじゃなぁ――という悔恨の念にかられる、そんな夜があるのでした。
こういうことが、しばしば重なりますと、さすがにおじいさんも、やがて、やっとのことで、気がつきます。
「いまにして思えば、ばあさんにはひどいことをしたのう。ほんとうは、怒りの矛先は儂(わし)自身に向けるべきじゃった、っていうのにのう」
常日ごろ、なにくれとなく世話をしてくれていたおばあさん。
「それなのにのう……」
いまさらながらに、おじいさんはおばあさんを失った、その事の重大さに気づきます。
のみならず、あらためて、気づくのです。
「はりあいがなくて、いかん」
おばあさんのいない日々が、どんなに味気ないものか――それを、長く、深いため息をついて。
だからいって、しょせん、身から出た錆。したがって、いくらほぞをかんだところで、後の祭り。
「まったくしょうがない奴じゃ、儂という男は」
自嘲気味につぶやいたおじいさんは、すっかりしゅんと肩をすぼめて、暫時、ぼうっとした感じで手ごたえのない日々を送るのでした。
そうしていると、いたずらに時が立ちます。山に柴刈りにいかず、なにもせずとも、時だけは刻一刻とーー。
ただし、こんなことでは、いずれ、口が干上がってしまうのは、犬が西向きゃ尾は東のごとし。
「ありゃりゃ……こ、米が」
ほらね、米櫃がもうすぐ底をつきそうになっています。
「いつまでもこうしてはおれんのう」
漸く、それに気づいたおじいさんはここで、やっと、重い腰をあげます。
そこでおじいさんは、意を強くするのです。
よし、明日から山に柴刈りにいくぞ、としかつめらしい顔で自分にそう私語(ささや)いて。
こうして、おじいさんはかつてのように、せっせと仕事にいそしむようになったのでした。
それからしばらく経ったある日のことです。
いつものように、おじいさんは朝まだきからもう、粛々と、山に入ります。
このおじいさんが住む屋敷のほど近くに、水の澄んだきれいな小川があります。
ちょうど、おじいさんが柴刈りに精を出しているときでした。その小川の上流から、どんぶらこっこ、どんぶらこっこ、となにかが漂ってきたのは――。
見れば、なんとも大きな桃ではないですか。それはもう、食べごたえのありそうな。
いつもであれば、おばあさんが川岸で洗濯にいそしんでいるところです。けれど、おばあさんはもう、里に帰って、この屋敷にはいません。
もしおばあさんがいれば、「こりゃまた、たいそう、うまそうな桃じゃねぇか。そうじゃ、おじいさんのお土産にしよう」と微笑みながら、そそくさと家に持って帰るところでしょう……。
けれど、おばあさんはいないのです。したがって、この大きな桃は下流に向かって、どんどん、どんどん、流れていくのでした。
だれにも拾われなかった、この大きな桃。
はたして、どこに流れていくというのでしょうーー。
つづく
もうひとつの、桃太郎伝説 よしだぶんぺい @03114885
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